この世で最も価値の無いものは何でしょう?
惑星の女神は、地球を育んだ人間にお礼をしようと考えた。彼女は足元まで伸びた銀髪をふわりと靡かせ地上に降りる。白の布服がチューリップの様に膨らみ大地の草花を揺らした。
その様子を不思議そうに観ていた木こりの男が一人。女神は彼に近づきこう言った。
「人間にとって、最も価値のあるものは何ですか?」
男は怪しみながら、しばらく考えていた。
「うーん、うまい酒、かな。オレの場合」
「なるほど」
女神は、再び質問をします。
「では、最も価値の無いものは何でしょう?」
男はすぐさま言いました。
「ゴミ、ゴミだよゴミ!」
「ゴミ……?」
「業者や観光客が森の中に不法投棄して来やがるんだ!」
女神はそれを聴いてある案が浮かびました。
「では、ゴミを酒に変えてあげましょう」
「お前さん。それは飲んでも大丈夫なのか……」
「正真正銘の酒です。女神醸造の」
「ほ、ほう……」
女神は試しに近くのゴミ──ポリ袋から『うまい酒の入った瓶』を創り出しました。恐る恐る飲んでみた男は、
「こりゃあなんだ!? う、うめぇー!」
そう言ってガブガブ酒を飲みました。男が次々に飲んでいるのに一向に量が減らない。魔法のお酒の瓶。
女神は、
「ふふ、これが女神の力です」
満足気に言います。
さて。
女神の力が本物であることを知った男は、欲を出します。
「その……『金』って知ってるか? 地球で最も価値のある鉱石なんだけどさ……」
「知っていますよ、でもそれならば『うまい酒』と引き換えになってしまいます」
男は考えます。
彼は今までこんなに『うまい酒』を飲んだことは有りません。しかし『金』の魅力には敵いませんでした。
「き、金! 金が欲しい!」
「わかりました」
女神は、酒瓶の中身を金粒に変えました。それは、振れば無限に出てきます。男は喜びに満ちた顔で、「これで『うまい酒』が飲めらぁ!」と、お礼もせずに女神の側から去っていきました。
とはいえ。
女神も気分が良いものです。一人の人間の願いを叶えたのですから。
コソッと女神は男の後をつけました。どうやら酒瓶の中に入った金粒を自慢している様子。仲間の木こりと『うまい酒』を飲んでいます。
(なるほど、金粒で『うまい酒』は入手出来るのですね)
女神はすぐに金の価値を理解しました。
しかし、事件は夜に起こります。金粒を巡って木こり同士が揉め合い、終いには殺人事件が起こったのです。
盗ったのは木こりでは無く、酒場で賑わいをみていた政治家の男でした。政治家の男は権力で事件を隠蔽し、賄賂を配りまくって出世し、大統領になりました。
大統領のスローガンは、大きな政府。今までとは大きく国の舵が変わるから国民から大反発が起こりました。
大統領は金で雇ったヒットマンに邪魔者を消させました。彼が笑う分だけ、国民の顔が引きつります。
また、隣国も調子がおかしいことに気付き、貿易でカマをかけてきます。しかし、エネルギーも物資も、買うだけの金粒が、その国の大統領にはあります。彼はそのすべてを自分のものにしました。
やがて、戦争に発展しました。
科学的に優れていた隣国は、大統領の持つ金粒の出る酒瓶に目を付けました。
酒瓶を持てば、戦争に勝てる。
隣国は仲間を集い、大統領の居る独裁国を打破しました。そして、金粒の出る酒瓶を手にしたのです。
しかし、
「これは軍事的協力した私のものだ」
「いや、苦しいなか多額の資金援助をしたのは私だ、返してもらおう」
「えーい、勝った国のものに決まっとろう!」
再び『金粒の出る酒瓶』を巡って戦争が起こったのです。女神は目の前を通った詩人に問いかけます。
「この世で最も価値のあるものは何でしょう?」
詩人は『うまい酒』を飲んだような顔でしみじみ言いました。
「道端に咲くちいさなタンポポさ。人間よりも美しく強く咲く。どこへだって渡れる、欲のない素敵な花だよ」
真に受けた女神は、金粒の出る酒瓶に世界中の人間を閉じ込めます。代わりにタンポポを全国に撒きました。
人類は消滅し『地球』はタンポポの惑星となったのです。
「ふふ、きれいな惑星ね」
惑星の女神は、次の生命体が棲む惑星に向かって行きました。
終
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