魔王様、勇者を想う
稲妻が轟く雲が空を覆い尽くし、雷が地を打ち付ける。深い森の中心に聳える高い山には見上げるだけでは足りない程の高い、鉄の城がそこに佇んでいた。
その城の主人は玉座に座り、頬杖をつきながら不気味な笑みを湛え、空を見つめている。
「ケイオス」
「ここに」
玉座の主人は側に控えている側近、ケイオスと呼ばれた者はそっと主人の前に跪く。
「勇者の現在はどのようになっている?」
「は、レコニスラットからの報告によると、現在勇者は人の国の王から魔王様討伐を命じられ、それを受けたとのことです。」
「ほう、それで?」
「は、その後、王の末娘で魔法の達人と呼ばれる女と教会の秘蔵っ子の聖女、親友の近衛騎士をお供に出立しました。」
「ふむ」
「そして王は旅支度の支援として銅の剣と旅人のマント、50Gを勇者に渡しました。」
「なんだと⁉︎」
城の主人はケイオスの最後の言葉に戸惑い、驚きの反応を示した。
「その情報は確かな情報なのか⁉︎」
「は、王女と聖女と…」
「そこではない!」
わなわなと震える主人の怒りの言葉にケイオスは畏れ、再度深く跪く。何が主人の琴線にふれたか分からない。ただレコニスラットから来た報告を偽りなく話しただけなのだが。
「銅の剣と旅人のマントと50Gだと?そんなもの支援と言えぬではないか!そんな貧相な装備と4人で宿に1泊しただけで消し飛ぶ金、初めての旅は金がかかるだろう?何故それしか支援をしてやらんのだ!」
「魔王様?」
「あの王め、昔から浅慮なところがあったが堪忍袋の緒も切れた!ケイオス!今すぐあの王を滅ぼしに行くぞ!」
マズい、魔王様は勇者への支援が乏しいことに大変ご立腹のようだ。ここは止めねば国が丸ごと滅びかねない。
「魔王様!人の領土へは攻撃しない古からの不可侵の契約があります!今一度お考えなおしを!」
「ならぬ!彼奴が王になった時から気に入らんかったのだ!王位を継承した時から税を上げ、民を苦しませてきた!不満の矛先を変えるために勇者という者を作り上げ、我らを悪者にしてこちらへ送り出す。そして行き倒れた旅人を何度も見てきた!」
まずいまずい、このままだと本当にあの王を滅ぼしかねない。王だけならまだしも、魔王様の手加減は手加減じゃない。国も滅んでしまう。魔王様、ご自重ください!
「ま、魔王様」
「なんだ!ケイオス!」
「魔王様の力は甚大です。その力があれば人の国の王も容易く葬ることができるでしょう」
「うむ」
「しかし周りにいる者、城下にいる民はどうなってしまうでしょうか?魔王様の腕の一振りは大地を安易と抉ってしまいます。城下にいる民も無事では済みますまい。」
魔王様はシュンと落ち込んでしまった。
「ならば、ならばどうすれば良いのだ?」
よし、なんとか怒りを治まったようだな。しかしこうなった魔王様は妥協案を出さないと納得してくれない面倒なところがある。
「私に良い考えがあります。」
「…聴かせい」
「人の国には魔物というものが蔓延っております。魔物を倒した時に素材として売買出来るように技術提供をするのです。」
「しかしそれだと金を稼ぐのは大変ではないのか?」
「大変であることは否定しません。しかし自分で素材を入手して売買出来る事ができれば、万が一お財布を落としたところで素材の売買で金銭を確保する事ができます。」
どうだ?これで納得してくれたか?
「ぬう、それは勇者の成長にも繋がっておるしな。あい分かった。ではロハスを」
「はっ」
良かった、納得してくれたみたいだ。ロハスは代々狩人を生業としていて、現在は魔王領の害獣対策部隊副隊長として魔王城に勤めている。
5分ほどでロハスがやってきた。
「魔王様、ロハスが参りました。」
「うむ、ロハスよ」
「はっ!」
「人の冒険者になり、勇者のサポートをするのだ。魔物の素材や採取技術を提供せよ」
「はっ!必ずや勇者を一人前の狩人として育てて見せましょう。」
「必ずやその使命、はたしてみせよ。」
「はっ!」
そうしてロハスは勇者をサポートすべく人の国へと向かっていった。
これからも勇者の動向を逐一把握しておかねばな。しかし、何故こんなにも今回の勇者を気にかけるのか?考えてみたが、分からないことを気にしても仕方がないという結論に至り、静かに自室へ戻るケイオスであった。