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(まさか一日目でヤマブキのクラスメイトに会えるなんてなぁ)


 それにΩの知り合いも初めてだ。つい「これがΩなのか」なんて観察するように見てしまったことを思い出し反省する。


(あんまりジロジロ見ないようにしないとな)


 本当はヤマブキの様子を直接見るつもりだった。それができなかったのは残念だが、コザクラからいろいろ話を聞けたのは大きな収穫だったと思う。

 ちなみにコザクラとは名前で呼び合うことになった。というのもヤマブキも俺も同じ「花岸」で、俺をいちいち「お兄さん」と呼ぶのがこそばゆい。コザクラに「僕のことも名前で呼んでほしいな」と言われたこともあり、互いに「キキョウ」「コザクラ」と呼ぶことにした。


(ということで昨日は見られなかったけど、リミットの明日までにちゃんと確認しておかないと)


 昨夜、父さんを説得して今日の病欠届けを出してもらうことができた。ただし父さんが手助けしてくれるのは明日までだ。「気持ちはわかるけど、一週間もは駄目だよ」とは父さんの言葉で、俺の我が儘でやっていることだから嫌だとは言えない。

 ということで残り二日間、無駄な時間は少しもないわけで、今日は午前中からヤマブキの様子を窺うことにした。コザクラに移動教室のタイミングや通る場所を教えてもらったから、こうしてこっそり待ち伏せすることもできる。


(いじめられてるわけじゃないってことはわかったけど、それでも気になるんだよな)


 コザクラが言っていた王子様、お姫様という表現が気になった。このままじゃそっちが気になって期末試験どころじゃない。


(たしか移動教室では渡り廊下を通るんだよな)


 うまく隠れられる場所もコザクラに教えてもらった。「心配になる気持ち、僕もわかるから」と言っていたが、アゲハ先輩はそんなに大変な状態なんだろうか。本人を見る限りそうは感じないが、少なくともコザクラは心から心配しているように見える。「お礼にコザクラの話、聞いてやるかな」と思いながら茂みに隠れていると、制服を着た集団がやって来るのが見えた。


(来た)


 息を潜めて渡り廊下をじっと見つめる。ゾロゾロと出てきたのはヤマブキのクラスメイトだろう。半袖の袖口に赤いボタンが光っている。十人くらいのグループが通り過ぎると、すぐに次のグループがやって来た。


(……って、何だありゃ)


 先頭を歩いているのはヤマブキだ。それはいい。問題は取り囲んでいる奴らで、その様子はまるでドラマや映画のSPみたいに見えた。


(いや、SPはあんなことしないか)


 よく見れば右隣にいる女子はヤマブキの腕に手を絡めている。左隣にいる男子もやたらと距離が近い。それに全員がヤマブキを見ているような感じで周りを見ているわけではなさそうだ。ヤマブキの表情は遠目ではっきりしないが、緊張しているだとか嫌がっているだとかいうふうには見えない。


(もしかして、あれが親衛隊とかいうやつか?)


 あまりの密着振りに頬が引きつらせていると、ヤマブキたちの後ろから「花岸先輩!」という声がした。見るとヤマブキより少し小柄な男子が小走りで近づいて来る。そうして手に持っていた箱を差し出そうとしたとき、左隣にいた男子がスッと前に進み出た。


「差し入れは禁止だって言ったよね?」

「でも、花岸先輩に食べてもらいたくて、調理実習のときみんなでカップケーキ作ったんです」

「こういうものは一切受け取らない。それが決まりだよ」

「でも、」

「一つでも受け取ればきみみたいな人たちが大勢押しかけてくる。それが花岸くんの迷惑になるとどうしてわからないのかな?」

「……でも、」


 先輩と口にしたということは箱を持っている男子は一年生に違いない。上級生たちに囲まれて怖いだろうに、それでも必死に食い下がっていた。そんな状況を見かねたのか、ヤマブキが「ありがとう」と言って箱を受け取った。


「みんなで食べてもいいかな」

「は、はいっ! あの、ありがとうございますっ」


 感極まったような後輩にヤマブキがニコッと笑った。それを見たSPもどきの親衛隊たちからは「はぁ~」とうっとりしたため息が漏れる。


(……何だありゃ)


 何とも言えないやり取りに思わずポカンと口を開けてしまった。

 その後も似たようなシーンを見ることになった。同学年の女子たちに手紙をもらったり後輩の男子たちにデートに誘われたりと、「あれ、ほんとにヤマブキだよな?」と確認したくなるくらいのモテっぷりだった。

 しかも声をかけた全員がうっとりした顔でヤマブキを見ている。王子様かはわからないが、どうやらアイドルであることは間違いないようだ。一番驚いたのはヤマブキの様子で、いままで見たことがない表情や受け答えに呆気にとられてしまった。

 戸惑いと混乱のなか昼休みになった。前日にコザクラと待ち合わせの約束をしていた俺は、指定された温室の近くに向かった。


「キキョウ、こっちだよ」


 手招きされて向かった先は垣根の奥で、コザクラがいる辺りだけぽっかり空いている。「ここから花岸くんが見えるから」と言われて視線を向けると、弁当を広げているヤマブキの姿があった。


「毎日弁当食べる場所変えてんだな」

「毎日変えてるわけじゃないと思うよ。昨日、先輩たちのお茶会に誘われてたからこっちだと思ったんだけど、当たったね」

「お茶会?」

「うん。ほら、あそこにガーデンチェアとテーブルがあるでしょ? あそこが誘った先輩たちのお気に入りなんだ」


 ヤマブキが弁当を食べているところから少し離れたところに、ホテルかよというようなお洒落な椅子とテーブルがあった。


(あんなものまで置いてるなんて、やっぱり金持ちの学校は違うな)


 そんなことを思っていると、校舎側から学生が数人近づいて来るのが見えた。それに気づいたヤマブキが立ち上がってお辞儀をしたということは、あれが呼び出した先輩たちなんだろう。


(ってことは、今度はお姫様のヤマブキってことか)


 見たいような見たくないような複雑な気分になりながら静かに見守る。


「もしかして待たせたかな」

「いえ、ちょうどお昼を食べ終わったところです」


 そう答えたヤマブキが手早く弁当箱を保冷バッグにしまった。


「それはよかった。じゃあ食後のティータイムにしよう」

「今日はキーマンのミルクティーとスコーン、それにバタークッキーもあるよ」

「そろそろダージリンのセカンドフラッシュが手に入るから、次はそれにしようか」

「暑くなってきたからアイスティーもいいね」

「コーヒーやハーブティーもいいんじゃないかな」


 あれこれ話しながら先輩たちが手際よくティーカップや皿を並べ始めた。大きなバスケットの一つには食器や飲み物が、もう一つにはどうやらお菓子が入っているらしい。


「お茶会なんて、何かすごいな」

「そう? 学食ならもっと本格的なアフタヌーンティーが楽しめるんだけど、花岸くんが断ったから」

「断った?」

「うん。ほら、学食だとすごく目立つだろうからね」


 小声でそんな話をしながら「もう十分目立ってそうだけどな」とヤマブキを見た。先輩が引いてくれた椅子に座る姿は驚くほど堂々としている。表情もどこか大人びていて、俺が知っているヤマブキとは明らかに違っていた。


(まるで別人みたいだ)


 一瞬、そんなふうに思った。先輩を前にしても笑顔を絶やさず、紅茶を飲んだりお菓子を摘んだりする姿もいつもと違う。それはまるで……。


(この学校のΩって感じがする)


 午前中から見てきたΩたちは、まさにいまのヤマブキのような感じだった。口を大きく開けて笑ったり、友達同士でふざけ合ったりする人は誰もいない。仕草もどこか上品で、「こういうのが選ばれたΩなんだな」と感心したくらいだ。

 いまのヤマブキは、そんなΩたちによく似ていた。今朝家で見たヤマブキとはまったく違う。表情も仕草も俺がよく知っているヤマブキと違いすぎて、そのせいか段々と違和感が強くなってきた。


(……なんだよ、すっかりこの学校に染まりやがって)


 そう思ったら胸がギュッと苦しくなった。寂しいような悔しいような、それでいてイライラするような変な気持ちになる。半年前、Ωだとわかったときに「たとえΩになってもヤマブキはヤマブキだ」と思っていた気持ちが少しずつ崩れていくような気がした。


「紅茶のおかわりは?」

「いただきます」

「スコーンにクロテッドクリームを塗ってあげよう」

「いやいや、ジャムが先だろう?」

「クリームが先だ」

「何を言ってるんだか。かの国の女王陛下もジャムが先だと有名じゃないか」

「それはご子息がコーンウォール公爵だからでしょ?」

「そういう記事が以前出ていたね」


 俺にはさっぱり理解できない話をヤマブキはニコニコしながら聞いている。その表情にドキッとし、どうしてか鼻の奥にツンとするような痛みを感じた。

「まるで英国のアフタヌーンティーみたいだね」と囁いたコザクラに曖昧に頷き返す。


「僕たちもお昼を食べよう?」


 コザクラの言葉に頷き、静かにその場を後にした。

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