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βの俺がΩ専用の制服を着た理由  作者: 朏猫


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 悶々としていた俺は、その日の夜ヤマブキと話をすることにした。不安なときは両親に話すよりもヤマブキと話したほうが落ち着く。「昔からそうだったな」と思い返し、そういえばヤマブキがΩだとわかったときもいろんな話をしたっけということを思い出した。

 あのときΩの話はしなかった。あえて話題にしなかった気がする。代わりに学校のことや友達と遊びに行ったテーマパークのこと、それに大学の話も少しした。いつもより夜更かししたあの夜、寝る前のヤマブキは少しだけホッとしたような顔をしていた気がする。


(俺たち、そういうところも似てるのかもな)


 あのときのヤマブキも不安だったんだろう。俺もいま不安でしょうがない。俺自身のこともだが、ヤマブキのことも心配だった。


(そういや薬、どうなったんだろう)


 きっと今日、Ωの専門医という養護の先生に相談しに行ったはず。どうなったのか知りたかったが、いざ聞こうとすると聞いていいのか迷った。


「何か話がしたいんだよね?」

「あー……うん、そうなんだけど」


 ためらいながらも「あのさ、言いたくないなら言わなくていいんだけど」と話を切り出す。


「あのさ、薬どうなった?」


 薬と言った瞬間、ヤマブキが俺を見たのがわかった。慌てて「ほら、この前みたいなことがあるかもしれないからさ」と説明する。


「俺がそばにいたら、飲ませたほうがいい薬とか知ってると安心かなと思ったんだよ」


 俺の言葉に何か考える様子を見せたヤマブキは、「たしかにそうかも」と言って通学鞄から錠剤のシートを取り出した。


「もし言いたくないなら無理しなくていいけど」

「無理なんてしてないよ」

「本当に?」

「無理してないってば。それに聞いてきたのはキキョウのほうでしょ?」

「それはそうだけど」

「それにキキョウも知っておいたほうがいいと思うし」


 テーブルに二枚のシートを置いたヤマブキが、「発情のときに飲むのはこれ」と言って白い錠剤のほうを指さした。


「まずは周期が安定するほうが先だってことで、緊急のときに飲む抑制剤をもらってきた」

「周期?」

「うん。Ωの発情は大体三カ月から四カ月に一回くらいなんだ。でもおれ、この前のが初めての発情だったでしょ? 始めのうちは周期が定まらないことが多いから、定期的に飲む抑制剤だと安定しなくなる可能性があるんだって。次にいつ来るかわからないし、急に来ることもあるから、これはそのときに飲む緊急抑制剤」

「じゃあ、こっちは?」


 もう一枚のシートには真っ赤な錠剤が並んでいた。見かけないような色の薬が少し不気味に見える。「何かすごい色の薬だな」と言う俺に、ヤマブキが「そうだね」と言いながら少しためらうような顔をした。


「あのさ、言いたくないなら言わなくていいから」

「そういうわけじゃないけど、ちょっと刺激が強いかなと思って」

「刺激が強い?」

「これ、緊急避妊薬だから」

「ひ、にん」


 ヤマブキの言葉にギョッとした。慌てて何でもない顔をしようとしたものの、そのままの顔で真っ赤な錠剤に釘づけになる。


「発情したとき、そういうことになる可能性がΩはあるから、念のための薬。発情中は理性が飛ぶっていうか、本能が剥き出しになるっていうか……とにかくそういうのがΩとαなんだけど、だからこその薬」

「そ、そっか。でもこの前はそんな感じしなかったよな……?」

「初めての発情だったからね。それに近くにαもいなかったし」

「……αがいるとやばいのか?」


 おそるおそる尋ねると「授業ではそんな話してた」と返ってきた。


「みんなも大体そんな感じだって言ってたから、そうなんじゃないかな」


 平然と答えるヤマブキに驚くとともに、そういうことがヤマブキの口から出たことが少なからずショックだった。


「……なんていうか、すごい授業だな」

「そりゃあΩ専門の学校だからね。発情の過ごし方とかαとの接し方とか、ほかにも行儀作法の授業とかあるよ」

「すげぇな」

「おれも最初はそう思ってた。もう慣れたけど」


 俺が通っている学校とは大違いだ。Ωとして学ばないといけないことがあるから専門の学校なんだろうが、それにしてもこの年で緊急避妊薬なんて普通は聞かない。でも、Ωになったらそういうことも気にしないといけないということだ。


(発情が来たってことは、ヤマブキも子どもができる体になったってことなんだよな……)


 思わずお腹のあたりを見てしまった。慌てて視線を逸らしたものの、どうしても気になって目が向いてしまう。「ますますヤマブキが別人になってたみたいだ」と思いながら、同時に俺もそうなるのかと思うと不安になってきた。

 もし本当にΩになったら、俺にも発情というのがくることになる。もしヤマブキみたいに外で発情したらどうなるんだろう。ヤマブキは学校だったからよかったものの、街中で起きていたらどうなっていたかわかったものじゃない。


(ちょっと待てよ。そもそもヤマブキは電車通学だ。もしかして通学途中でああいうことになってたかもしれないってことか?)


 途端にものすごい不安に駆られた。自分がΩになったらと想像したときよりも強烈な不安がこみ上げる。


「ヤマブキ、やっぱり電車通学やめたほうがよくないか?」

「急になに言い出すの?」

「だって発情が不安定な状態なんだろ? またあんなふうになったらやばいだろ」

「そのための抑制剤だよ。それに一度経験したから、前兆も何となくわかると思うし」

「いや、それでも危ない。毎日父さんに送り迎えしてもらうのは無理だけど……そうだ、そういうの学校に相談とかできないのか?」

「ちょっとキキョウ、また勝手に突っ走っている」

「でも、」

「それより、おれはキキョウのほうが心配だよ」

「え? 俺?」


 きょとんとする俺に、俺そっくりの顔が睨むように見つめてきた。


「だって、キキョウはいつΩになるかわからないでしょ」

「そういう話だけど、なるかどうかわからないだろ」

「なる確率のほうが高いって先生も言ってたよね」

「だからって、いますぐなるってわけじゃ、」

「わからないほうが危ないよ。Ωになった途端に発情する人だっているんだから」

「……」


 そこまで言われると不安になる。ヤマブキのことで消えていたはずの不安感がぶわっと押し寄せてきた。

 ヤマブキが言うとおり、通学途中で発情したらと考えるとたしかに恐ろしい。たとえば学校の中でそうなったらどうなるんだろう。いま通っている学校にはαもΩもいない。ということは誰もΩのことを知らないということで、うまく対処してもらえないかもしれないということだ。


「あのさ、これからいうこと、怒らないで聞いてほしいんだけど」


 ヤマブキが神妙な顔で俺を見ている


「キキョウもおれと一緒にΩ高等院に通ったほうがいいと思う」

「……は?」

「ううん、通うべきだ」


 いつになく真剣な顔に気圧されつつ「なに言ってんだよ」と小さく笑った。


「俺、βだぞ? βがΩしか通えない学校に通えるはずないだろ」

「そうだけど、キキョウは限りなくΩに近いβなんだと思う。おれだけじゃなくコザクラにも香りがわかったってことは、そういうことだよ」

「でも俺はβだ。検査でもそう言われただろ?」

「でも香りがした。ΩはΩやαの香りに敏感だから間違えるはずがない。もう一度検査したら数値も変わっているかもしれない」

「そういうの屁理屈って言うんだからな」

「違うよ。おれはキキョウのことが心配なの」

「だからって、いきなりΩ高等院に通うってのはさすがに無理があるだろ。そもそもあそこは選ばれたΩしか通えないんだろ? 俺がΩになったとして、選ばれるかもわからないのに」

「選ばれるよ。キキョウはおれと同じだから間違いなく選ばれる」

「おまえなぁ」


 呆れる俺にヤマブキの表情は真剣なままだ。


「おまえ、何をそんなにムキになってんだよ」


 それまでジッと俺を見ていた目がスッと横に逸れた。


「なぁ、なに隠してんだよ。何かあるからそんなに必死なんだろ?」


 逸らしていたヤマブキの目が再び俺を見る。その顔は真剣そのものだが、なぜか泣きそうな表情にも見えた。


「……キキョウは狙われてるから」

「はぁ? なんだそれ」

「冗談とか大袈裟とかじゃない。キキョウは狙われてる」

「なに言って……」

「キキョウはアゲハ先輩に狙われてる」


 アゲハ先輩という言葉に俺は否定することができなかった。怖いくらいジッと俺を見ていた黒目を思い出し、背中がぞわっと震える。


「アゲハ先輩はΩ高等院のΩが憧れるくらい優秀なαだって言われてる。先輩の許嫁になりたがってるΩもたくさんいる。そういう魅力的な、ううん、強いαは自分だけのΩを見つけるのがうまいんだ。そして見つけたΩを絶対に逃がさない。もしかしたらキキョウを発情させるために何かするかもしれない」

「……考えすぎだろ」


 一瞬言葉が詰まったのは、Ω高等院の潜入に先輩が協力した理由を知っているからだ。それをヤマブキに言えば大騒ぎになると思うと言うことはできない。


「考えすぎなんかじゃない。αっていうのはそういう人たちなんだ。それに先輩は誰よりも早くキキョウの香りに気がついた。おれでさえ気づかなかったのに」

「……たまたまだろ」

「おれも最初はそう思ってたよ? ケーキを持ってくるのだって、もしかしておれが狙いなのかもって思ってた。おれが珍しい遺伝子を持ってるから、だから近づいてきたんじゃないかって疑ってた」


 ヤマブキが持つという特別な遺伝子が何かは知らない。でも、ヤマブキ自身がそう思ったということは、αに狙われるような遺伝子だということだ。


「キキョウもおれと同じかもしれない。そうだとしたら、きっとアゲハ先輩はキキョウを狙い続ける」

「何だよ、それ」


 笑い飛ばそうとして失敗した。俺を見ていた黒目を思い出すだけで背中がぞわぞわし、うなじがゾクッと震える。


「先輩はキキョウを狙ってる。それに、もしかしたら二人は……」


 そこで言葉が止まった。それ以上ヤマブキが何か言うことはなかった。


「おれは本気だよ」


 静かな部屋にヤマブキの声が響く。


「このままじゃキキョウが危ない。だからΩ高等院に通ったほうがいい。あの学校ならアゲハ先輩でも無茶なことはできないから」

「そんなこと言っても、こっちから通いたいって言っても無理だろ」


 俺の言葉にヤマブキが「大丈夫」と口にした。


「養護の先生にキキョウの話をしたら、特別に検査してくれるって言ってくれたんだ。それを元に判断することになるらしいけど、間違いなくキキョウは通うことになるよ」


 ヤマブキがここまで強く断言するのを俺は見たことがなかった。それだけ俺のことを心配しているということだろう。それは嬉しいが、正直Ωになっているなんて自覚はまったくなかった。

 二日後、俺は再びΩ高等院に行くことになった。今回は潜入ではなく保健室に行くためだ。私服で歩く俺の隣にはΩ高等院の制服を着たヤマブキがいる。その横顔はキリッとしていて、どこか別人のように見えた。


「おれがキキョウのこと守るから」


 最近よく聞くようになった言葉に複雑な気持ちになる。ヤマブキと一緒にΩ高等院の校門を抜け、保健室がある特別棟とかいう建物に向かった。


(保健室……って言ってたよな?)


 到着した部屋は保健室とは思えないほど広くて立派なところだった。いくつも扉があるということは個室にベッドが置かれているということなんだろう。

 そんな保健室を預かっている養護教諭はとんでもない美人だった。自身もΩだというその先生は、小柄というよりスレンダー美人という言葉がよく似合う。そんな美人の先生は、採血のほかに触診や香りの検査というものをしてくれた。


「検査結果は明日の午前中にはわかるよ。ご家族で話を聞くなら最寄りの病院に送っておくけど、どうする?」


 俺が口を開く前にヤマブキが「お願いします」と答えた。

 そうして俺たち家族は第二次性の検査を受けたあの病院にもう一度行くことになった。前回同様、家族全員で診察室に入ると、やや緊張した俺を見ながらαの医者が「大変珍しいですが」と説明を始める。


「たしかに限りなくΩに近い数値に変化しています。短時間でここまで変化することは稀と言ってもいいでしょう」

「それってどういう……」


 少し掠れた俺の声に、医者が検査結果の紙を出した。


「後天性Ωになりつつある、いえ、後天性Ωといってもいい数値です」


 まさかとつぶやいた声は掠れて音にならなかった。愕然とする俺の手を握ったヤマブキの手の熱さに、俺はこれが現実だということをようやく理解することができた。

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