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βの俺がΩ専用の制服を着た理由  作者: 朏猫


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 次の日、昼前に目が覚めた俺はすっかり平熱に戻っていた。昨日あれだけぼんやりしていた頭もすっきりし、ほかに痛いところや気持ち悪いところもない。てっきり風邪かと思っていたが、ヤマブキが言うように潜入なんて無謀なことをした疲れか何かが出たんだろう。

 それにしても、いつになくすっきり目が覚めた気がする。体のだるさも眠気もまったく感じないのは初めてじゃないだろうか。そんなことを考えながら思い切り伸びをし、まだ心配そうな顔をしているヤマブキを見た。


「もう平気だって言ってるだろ。そんな顔するなって」

「でも、昨日の今日だし」

「熱はないしどこも痛くない。食欲もある。もうすっかり元気になった」


 そう言い切った俺を見るヤマブキの眉尻は下がったままだ。「なんて顔してんだよ」と笑うと、途端にヤマブキが不機嫌な表情になる。


「なんで笑うのさ」

「だって、これじゃいつもと逆だろ?」

「それは! ……おれだってキキョウのこと心配してるんだよ」

「ってことは、少しは俺の気持ちわかったってことか」

「すぐ調子に乗る」

「あはは」


 少しだけ口を尖らせたものの、すぐにヤマブキも笑顔になった。「ご飯食べようぜ」とベッドから立ち上がったところでチャイムの音がした。


「宅配便かな。おれが出る」

「じゃあ俺はご飯の用意でもするか」

「おれが用意するってば」

「お昼なに?」

「うどん。母さんがトマトのつけ汁作ってくれてる」

「じゃあ麺を茹でるだけか。それなら俺でもできる」

「だからおれがやるってば」

「いいって。俺がやるからチャイムのほうよろしく」

「もう、病み上がりだって言ってるのに。じゃあ、先にキッチン行ってて」


 まだ心配そうな顔をしているヤマブキを「平気だから」と見送り、部屋着に着替えてから居間に入る。するとテーブルに誰か座っているのが目に入った。


「コザクラ」


 いつもアゲハ先輩が座っている椅子にいたのはコザクラだった。テーブルには有名なプリン専門店のロゴが入った袋が置いてある。それを見てピンときた。


「なるほどなぁ。先輩がヤマブキの好物ばかり買ってくるのはコザクラが情報源だったのか」


 俺の言葉に「お邪魔してます」と言いながらコザクラがニコッと笑う。


「花岸くんにはいろいろ話を聞いてもらっているから、そのお礼だよ。せっかくなら好きな物のほうがいいかなと思ってアゲハに入れ知恵をしてた」

「おれの好物ばかりって言うけど、キキョウも好物でしょ?」

「そうだっけ?」


 とぼける俺に「そうだよ」とヤマブキが口を尖らせた。それを見たコザクラが「やっぱり双子だと好きなものも似るんだね」と感心したように口にする。


「それにしても二人揃って熱を出すなんて、双子ってそういうところも似るんだね」

「あー、なんか小さい頃からそうだったぽい」

「この前もおれが先に熱出して、次の日にキキョウが熱出したしね」

「双子ってすごいな」

「こういうの、すごいって言うのか?」

「言うんじゃない?」


 そう言って笑ったコザクラが「もう起きて大丈夫なの?」と俺たちを見た。


「もう平気。それなのにヤマブキ、まだ寝てたほうがいいとか言うんだぜ?」

「心配性だね」

「だろ?」

「ということは、いつも心配されてる花岸くんの気持ちがわかったってことかな」

「あー……うん。まぁ、たしかに」


 言われて否定できなかった。ヤマブキより俺のほうがしつこいから、ヤマブキのほうがもっと大変だっただろう。思わず頬をポリポリと掻くと、二人が「ははは」と笑った。


「あ、金曜日は車ありがとな。助かった」

「おれからもありがとう。まさかあんなふうになるとは思わなくて油断してた」

「お礼なんていいよ。それに発情は自分でどうこうできるものじゃないし、初めてのときは僕だって大変だったから」

「いろいろ覚悟はしてたんだけど、どうにもならなかった」

「そのうち慣れていくよ。今回は軽かったみたいでよかったね」

「薬、ありがと」

「ううん、気にしないで」

「それにプリンも」

「ここのプリン、好きだって言ってたでしょ? キキョウのぶんも買ってきたから二人で食べて。ええとね、ミルクプリンにチーズプリン、焦がしキャラメルプリン、それに季節限定のベリーソースのプリンも買ってきたんだ。あとはティラミスプリンに桃のプリンでしょ? メロンムースのハーフプリンもあるから」

「すげぇ豪華だな」

「気分はお見舞いっていうか、初めての発情のお祝いって感じかも」

「……そういうふうに言われると何だか恥ずかしいんだけど」

「あはは。そうだ花岸くん、週明け保健室に行くといいよ。養護の先生、Ωの専門医なんだ。一応、担任の先生に発情のこと伝えておいたから、たぶん行けば相談に乗ってくれると思う」

「ありがと。そうする」


 きっと薬の相談をするんだろう。聞いてもわからないかもしれないが、何かあったときのために種類くらいは知っておきたいと思った。「後でヤマブキに話してみるか」と考えいると、コザクラが「じゃあ僕は帰るね」と言って席を立った。


「え? 来たばっかなのにか?」

「紅茶くらい飲んでいってよ」

「ううん、本当に様子を見に来ただけだから。それに病み上がりのキキョウに悪いし」

「そんなことないって」


 立ち上がったコザクラの肩に手を置きながら「遠慮するなよ」と顔を見た。


「ううん、また今度に……」


 言いかけた言葉が止まる。俺を見るコザクラの眉間に皺が寄るのがわかった。どうしたんだろうと首を傾げていると、俺より少しだけ上にある顔がグッと近づいて来る。


「おい、何してんだよ」


 また匂いを嗅がれるのかと思って慌てて仰け反った。俺がβだということはわかっているはずなのに、まだ匂いが気になるんだろうか。「これじゃ先輩と同じじゃないか」と思いながらコザクラの肩を押し返す。


「何度も言うようだけど、俺βだってば」


 αやΩにとって匂いを嗅ぐのは普通かもしれないが、俺にとっては気持ちのいいことじゃない。悪意がないとわかっていてもギョッとするし抵抗感だってある。


「ごめん。ただ、この香りって」


 そうつぶやいたコザクラがヤマブキを見た。ヤマブキもなぜか変な顔で俺を見ている。


「なんだよ」


 思わず不機嫌な声が出てしまった。それに先に反応したのはコザクラだった。「ごめんね」とコザクラは謝ったが、ヤマブキは眉間に皺を寄せたままじっと俺を見ている。


「キキョウ、あのさ」

「なんだよ」

「いまから変なこと言うけど、怒らないでよ」

「変なことってなんだよ」


 ムッとする俺にヤマブキが「あのさ」と、少し言いよどみながら口を開いた。


「キキョウ、おれと同じことになってるかもしれない」

「同じって何がだよ?」


 何を言われたのかわからなかった。何のことだと首を傾げていると、「花岸くんが言ってること、間違ってないと思う」とコザクラまで言い始める。


「僕にはほんの少ししかわからないけど、たしかに香りがする」

「実は昨日も少し香りがしたんだ」

「ということは、間違いないんじゃないかな」

「やっぱり」

「おい、二人して何なんだよ」


 俺だけのけ者にされているような気がしてムッとした。「わかるように話せよ」と言うと、少しためらいながらもヤマブキが「あのさ」と話し出す。


「キキョウもΩになりかけてるんだと思う」

「……は?」

「だから、おれと同じで後天性Ωかもしれないってこと」

「いやいや、なに言ってんだよ。俺、βだぜ? それにコザクラだってΩの匂いはしないって言ってただろ?」

「あのときはしなかった。でもいまは違う。ほんの少しだけど、たしかにΩの香りがする」

「だから、なに言ってんだって。俺がΩなんて、」

「間違いないと思うよ」


 真面目な声に「コザクラまで冗談やめろって」と笑ったが、コザクラの表情は変わらなかった。ヤマブキを見ると眉間に皺を寄せたまま俺を見ている。


「冗談なんかじゃないよ。昨日も香りがしたしコザクラも香りに気づいた。検査してみないとはっきりわからないけど、キキョウもΩになりかけてるんだと思う」

「……俺が、Ω……?」


 頭が真っ白になった。ヤマブキがΩだと言われたときも驚いたが、それの比じゃない。Ωという言葉がグルッと頭を巡って、そのままこだまするように頭の中に何度も響く。


「俺が、Ω」


 口に出した途端に頭がカッとなった。また熱が上がったのか目の前がグラッと揺れて、慌ててテーブルに手をつく。


「俺がΩ……そうか、だから先輩は昨日あんな目で俺を見たのか」


 不意にアゲハ先輩を思い出した。苦しそうなのに黒目だけが異様に光っていた。その目で俺をじっと見ていたのは俺がΩだと確信したからに違いない。


(まさか、先輩が言ってたとおりになったってことか……?)


 アゲハ先輩は俺がΩかどうか確認したくてΩ高等院に潜入する手助けをした。もしかしなくても、そのせいで俺の体は変わってしまったんじゃないだろうか。


(……いやいや、そんなことあるわけない)


 それじゃあβがΩやαに近づくたびに第二次性が変わってしまうことになる。そんな話はこれまで聞いたことがない。そもそも後天性Ωは数が少なく、そう簡単に起きる現象じゃないはずだ。

 それでも「もしかして」と思ったのはヤマブキの件があるからだ。双子はほとんど同じDNAだと言われているから、俺がΩになっても不思議じゃない気がしてくる。「そんなはずない」と否定したい気持ちと「あり得なくはない」と思う気持ちで頭がグチャグチャになった。


(Ωになるってことは、俺もヤマブキみたいに変わるってことか……?)


 そう考えた瞬間、目の前が真っ暗になった。いままで普通にやって来ると思っていた明日が急に霧の中に消えてしまったような気がして胸がグッと重くなる。


(……そっか。ヤマブキもこんな気持ちだったのか)


 突然Ωになったと言われたヤマブキも同じような気持ちになったに違いない。それでもヤマブキはいつもどおり過ごしていた。少なくとも俺や両親の前では以前と同じように振る舞っていたと思う。学校での様子には驚いたものの、こんな気持ちで毎日いたのかと思うと泣きたいような気分なる。


「もしかして、アゲハもこのこと知ってるの?」


 不意に聞こえてきた声にハッとした。つぶやいたのはコザクラで、気のせいでなければ声が少し固い気がする。


「たぶん気づいてると思う。昨日、ケーキ持って来たときに会ったから……って、コザクラ?」


 そう答えた俺をコザクラがなぜかじっと見ている。アゲハ先輩そっくりの黒目だが、なぜか昨日の先輩よりずっと強い視線に感じて首筋がぞわっとした。

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