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βの俺がΩ専用の制服を着た理由  作者: 朏猫


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「第二次性が違うと大変そうだな」


 それまで無言だったアゲハ先輩の発言に、つい「余計な口出しすんなよ」と睨むような視線を向けてしまった。すぐにばつが悪くなって視線を逸らしたが、先輩は気にしていないのか定位置になった椅子に座ったまま俺を見ている。


「双子というのは年の違う兄弟と違い、お互いのことを感覚でわかり合えると聞いたことがある。だが、第二次性が違えばその感覚も違ってくるはずだ。それが不安に、いや寂しいと感じる要因になっているんじゃないのか? 心配はその表れだろう」

「……知ったふうな口を利くな」

「兄弟仲がよければそう思うのも無理はない。俺もずっと兄を心配しているから気持ちはわかる。といっても兄は六歳も年上だから、若輩の俺に心配されたくはないだろうがな」


 ふとコザクラに聞いた話を思い出した。コザクラの表情からそれなりに大変そうな環境にいるんだろうことは想像できる。しかし優秀なαの兄弟に俺の気持ちがわかるはずがない。そう思うと途端にムッとなった。


「あんたのお兄さんもαなんだろ? αっていえば優秀だって聞くし、何も心配することなさそうだけどな」

「……コザクラに聞いたのか」


 しまった。誰にも言わないと約束したのに、うっかり本人に話してしまった。やらかしたことに気づき、イライラしていた気持ちがどうしようという気持ちに変わる。


「その、聞いたのはαの兄弟で仲がいいってことだけだ」


 言い訳じみた俺の言葉に「仲がいい、か」とため息をつくような言葉が返ってきた。


「たしかに俺は兄を尊敬しているし、兄も俺を一人のαとして尊重してくれている。α同士だとライバル心を持つ兄弟が多い中では平和なほうだろう」

「……α同士の兄弟って大変なんだな」

「さぁ、どうかな。ただ、そういう意味では俺たち兄弟は恵まれている。それなのにコザクラは俺たちのことを心配しすぎなんだ。たしかに以前は許嫁という立場だったかもしれないが、いまはそうじゃない。ただの従兄弟同士なんだし、そこまで気にしなくていいのにな」

「ちょっと待て」

「なんだ?」

「いま、許嫁って言ったか?」

「言ったが」

「……もしかして、コザクラとあんたって、」


おそるおそる聞いた俺に、先輩は何でもないことのように「許嫁は兄のほうだ」と答えた。


「そもそも許嫁だったのは少しの間でしかない。そのうえ兄のほうから婚約を破棄した。普通なら怒ってもよさそうなものなのに、コザクラは相変わらず俺たち兄弟と快く接してくれている。兄のせいで嫌な目に遭ったというのにな」


 きっと先輩たちの世界では許嫁だとか婚約だとかは日常のことなんだろう。


(もしかして、あのときの寂しそうな表情は許嫁だったお兄さんを思い出してたのかもな)


 そう思ったものの、それにしては心配する相手がアゲハ先輩というのが腑に落ちない。


(やっぱりコザクラが好きなのは先輩のほうなんじゃ……)


 でも、婚約者だったのはお兄さんのほうだ。


(婚約者はお兄さんだけど、本当に好きだったのは弟のほうとか……)


 浮かんだ考えに「それじゃドラマだろ」と突っ込んだものの、どうしてもそう思えて仕方がない。アゲハ先輩のほうはどうなんだろうかと思って様子を窺っていると「兄は我が儘なんだ」と話し始めた。


「我が儘だけど優秀で、穏やかなのにつかみどころがない。遠野蜜の家を背負うべき立場にいるのにいつも自由だ。俺はそんな兄にずっと憧れてきた。兄が本気で自由になりたいのなら手助けしたい。兄の足枷を俺が何とかできるなら何とかしてやりたい。そう思っているのに、どうにもできないのがもどかしい」


 おそらくお兄さんを思い浮かべているんだろう表情に陰りはない。ただ、どこか寂しそうに見えた。応援しているような内容なのに、まるで置いて行かれることを不安に思っているようにも見える。


(……そっか、先輩も俺と同じなのか)


 不意にそう思った。俺の知らないヤマブキを見ていると戸惑ったり困惑したり、最後にはモヤモヤしてイライラした。消化不良のように胸の辺りがグッと重くなる。

 きっとこんなふうになるのは“ヤマブキに置いて行かれる”と思ったからだ。これまでずっと一緒で誰よりも身近にいたヤマブキが、俺の知らない別人になっていくような気がして戸惑った。


(それだけじゃない。この先どうなるのかも不安なんだ)


 入学直後に学校に出した進路表には同じ大学名を書いた。取りあえず二人一緒にいれば安心だとお互い思っていた。学部は違ったものの、同じ大学に行けばいいよねと話していたヤマブキを思い出す。

 でも、ヤマブキはΩ高等院に転校してしまった。βとΩじゃ進む未来は違ってくる。Ω高等院で進路表なんてものがあるのかわからないが、もしあったとしても俺と同じ大学名は書かなかっただろう。

 きっとこの先会話も噛み合わないことが増えてくるはずだ。そう思うだけで胸がギュッとなるのは心配や不安を感じているからだけじゃない。


「ヤマブキのやつ、小さい頃泣き虫な上にいじめられがちでさ。だから俺がずっと守ってきたんだ。Ωになってからもそうしてやろうと思ってた。心配だったってのもあるけど……たぶんあんたが言ったとおりだと思う。俺の知らないヤマブキを見るたびにモヤモヤして、勝手に知らないやつになるなよって思ったんだ。見たことがないヤマブキを見るたびに不安になった」

「その気持ちには覚えがある。それまで両親の言うとおりにしてきた兄が突然大学を辞めたとき、別人になったように見えてショックだった」

「αでもそう思うなら、βの俺が思ってもおかしくないか」

「感情に第二次性は関係ないと思うが?」

「だってあんた、優秀なαなんだろ? 優秀なやつでも不安になるなら、俺がこんなふうに感じるのもしょうがないよな」

「へぇ、俺のことを優秀だと思ってくれていたのか」

「α高等院のαは優秀だってことくらい俺だって知ってる」

「その中でも俺は飛び抜けて優秀だ」

「……その性格はどうにかしたほうがいいと思うけど」


 俺の言葉に先輩の眉がひょいと上がった。その表情から、わざと言ったんだろうかと思った。もしかして俺を笑わせようと思ったのかもしれない。


(なんだよ、案外いいやつじゃねぇか)


 どうやら先輩はただの変態αじゃなかったらしい。それにちゃんと話せば通じることもわかった。


「ついでに言っとくけど、俺はΩじゃないからな。いい加減諦めろよ」

「それはきみに自覚がないだけだ」


 この件だけは話が通じないんだなとため息が漏れる。


「やっぱりあんた、優秀なαじゃないだろ」

「きみこそ意地っ張りだな。Ω高等院に潜入できたということはΩだという立派な証だ。きみのほうこそ、いい加減認めたらどうなんだ?」

「認めるも何も……って、あんたもしかして」


 見下ろした先輩は相変わらずキラキラしたすまし顔をしている。だが、口の両端がほんのわずか上がったのを俺は見逃さなかった。


「Ω高等院に行けばはっきりする。そしてきみは予想どおり追い出されなかった。少なくともきみにはΩと感じられる何かがある。それを一流のΩたちが証明してくれた。協力した甲斐があったな」

「……最悪だな」

「きみは間違いなくΩだ。香りがしないのは体質的な問題だろう」

「俺はβだって言ってるだろ」

「いまはβのほうが強く出ているだけだ。だが間違いなくきみはΩだ。俺がΩの香りを間違えるはずがない。ヤマブキくんがそうだったように、きみもいずれΩになる。それも貴重なΩに」


「貴重なΩに」という言葉を聞いた途端に首筋に鳥肌が立った。ぞわっとした感覚に背中まで嫌な感じになる。


(いいやつかもと思ったけど、やっぱりこいつはオレ様なαだ)


 さっさと帰ってほしい。そう思ったものの、テーブルに置かれたケーキの袋を見るとこのまま追い返すのはよくない。それにさっきのは間違いなく八つ当たりで、そのまま帰すのは借りを作るようで嫌だった。


「紅茶、飲んでけよ」


 謝るのは癪に障るが、代わりに紅茶の一杯くらいは飲ませてやろう。そう思って提案すると、キラキラ眩しい笑顔で「ありがとう」と言われて少しだけドキッとした。


(まぁ、俺をΩだと思い込んでること以外はそんなに悪いやつじゃないみたいだしな)


 それに学校のやつらと違ってヤマブキのことをからかったりしない。俺がどう思っているかを的確に言い当てるところも、別に悪い気はしなかった。そう思った自分に驚きながら、買い置きのティーバッグを取り出す。


「俺がいれるんじゃうまくないかもしれないけど」

「きみが用意してくれるだけで嬉しいよ」

「……あんた、そうやってこれまでも口説いてきたんだろ」

「口説く必要はなかった」

「はいはい、優秀なα様はモテるんでしょうね」


 ヤマブキは茶葉を使って紅茶をいれるが、俺にそんなことはできない。ティーバッグをポットに入れ、ドバドバと電気ポットのお湯を注いでから何となくの感覚でカップに注いだ。ヤマブキがいれるものとは色も違うし香りも違う。

 ふと、昼間見たお茶会を思い出した。ヤマブキはああいう場所でおいしい紅茶の入れ方を学んだんだろう。そう思うとやっぱり胸の辺りがグッと重くなる。


「今回のことは確認ときっかけに過ぎない。だが、これできみの中のΩも目覚めるはずだ。俺はそう確信している」


 内心「まだそんなこと言ってんのか」と呆れたものの、うなじのあたりを何かに撫でられたような気がしてゾワゾワした。おかげで文句を言いそびれてしまう。


(そりゃあこいつは優秀なαなんだろうけど、それくらいで怖がる俺じゃないからな)


 さっきから鳥肌が立っているのは先輩が怖いからじゃない。そんな言い訳を心の中でしながら先輩の向かい側に座った。


(誰がこんな変態αを怖がるかよ)


 それを示すように先輩をキッと睨み、香りの薄い紅茶を一気に飲み干した。

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