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βの俺がΩ専用の制服を着た理由  作者: 朏猫


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 コザクラが向かったのは前日にヤマブキが弁当を食べていた中庭だった。勧められるままベンチに座ると、コザクラが「これ、昨日話してたサンドイッチだよ」と言って大きな保冷バッグを開ける。


「学食で人気のローストビーフのサンドイッチと特製BLTサンド、それから僕のお勧めのフルーツサンド、こっちは洋風大福サンドね」

「洋風大福……?」

「たっぷりの生クリームに求肥とあんこを挟んだサンドイッチ。変わり種っていうのかな」


「意外とおいしいよ」と言いながら、コザクラが次々とサンドイッチを並べ始めた。大福サンドなんて聞いたことがない名前にはギョッとしたものの、ほかは見るからにおいしそうな見た目をしている。フルーツサンドなんて断面がやたら綺麗だし、もしかしなくても鮮やかな緑色と赤紫の粒は高級ブドウじゃないだろうか。


(こういうのを毎日見てたら、そりゃああんなふうになるのも無理ないか)


 さっき見たヤマブキを思い出すと、また胸がギュッと苦しくなった。受け取ったサンドイッチを膝に乗せたまま俯く俺に「驚いた?」とコザクラが声をかけてくる。


「驚いたっていうか……いや、そうだな。いつものヤマブキと違っててちょっと驚いた」

「そっか」

「家じゃ、あんなふうに上品に紅茶飲んだりお菓子食べたりしないからさ」


 そういえばヤマブキがやたら紅茶を飲むようになったのもΩ高等院に通い始めてからだ。もしかしてさっきみたいなお茶会とやらで好みが変わったんだろうか。「いまでも炭酸とかココアとか好きなくせに」と思うと、寂しさだけじゃなくモヤッとした気持ちもわき上がってくる。


「花岸くん、きっとすごくがんばってるんだと思う」

「え?」

「急にΩになって、しかも通うのはここでしょ? 僕だって無理することがあるくらいだから、花岸くんはすごく努力してるんじゃないかな」


 顔を上げるとコザクラの優しい黒目が俺を見ていた。


「ここに通うΩは特別なんだ。優秀なαと結婚するために集められたΩだと言ってもいい。だから在学中に婚約する人もいるし、入学前から婚約者がいる人もいる。どちらにしてもΩ高等院出身というのはΩにとって一種のステータスみたいなもので、そういうΩを求めるαも大勢いる」

「コザクラもそういうαと結婚するのか?」

「さぁ、どうだろう。でも両親はそう願ってるみたいだし、そうなると思う」

「……そっか」


 ニコッと笑ったコザクラが正面を向いた。


「僕たちは日々成長していくけど、本質的に変わっちゃいけないのがここのΩなんだ。変わらないΩであることを求められているって言ったらいいかな」

「変わらないΩ?」

「美しい見た目に美しい所作、伴侶になったαに尽くす、そして優れたαかΩを生むこと。それがこの学校に通うΩに求められていることなんだ」


 表情は穏やかながら、どこか寂しそうに見えた。βの俺には想像もつかないことをΩ高等院のΩたちは背負っているのかもしれない。そして、ヤマブキもそんなΩ高等院に通うΩになったということだ。


「つまり、ヤマブキもそういうΩになろうとしてるってことか」

「それはどうだろう。ここに馴染もうと努力してるとは思うけど、僕たちみたいになろうとしてるようには見えない」


「もちろん悪い意味じゃないよ」とコザクラが微笑む。


「うまく言えないけど、僕たちみたいなΩじゃないΩっていうのかな。そういうのを目指してるように見える。それが珍しいのと同時に何だか眩しくて、だからみんな花岸くんに惹かれるのかもしれない」

「Ωっぽくないのがいいってことか?」

「うーん、なんて言ったらいいのかな」


 上目遣いになったコザクラが「そうだなぁ」とつぶやき、何か閃いたような顔で俺を見た。


「疑似恋愛の相手って感じかもしれない」

「疑似恋愛?」

「そう。ほら、もし相手がαだと危険が伴うでしょ? Ωは絶対的にαには逆らえないからね。それにβが相手でもΩは力では勝てないし、やっぱりちょっと怖いと思ってしまう。でも同じΩなら怖くないし、安心してそばにいられるっていうか……」


「だからアイドルなんだ」と続いた言葉に「なるほどな」と思った。ここのΩだって同じ十代だから恋愛の一つや二つはしたいはず。俺の周りでも彼氏ができたとか彼女と別れただとか、そんな話は毎日のように聞く。

 でも、ここではそういうことはきっと許されないのだ。Ω高等院のΩは恋愛することが許されていない。だからΩらしくないヤマブキに憧れて、同時に恋愛感情に似た気持ちを抱くのだろう。


「思ったより大変そうだな。ヤマブキもだけどコザクラもさ」

「あはは、やっぱりキキョウは優しいね」

「そんなんじゃねぇよ。……なぁ、話、聞こうか?」

「え?」

「いろいろ教えてもらったおかげでヤマブキの状況もわかったし、お礼ってほどじゃないけどさ。もし話して気が楽になるならと思って。あ、もちろん誰にもしゃべったりしないから。ヤマブキにも言わないから安心していい」

「やっぱり花岸くんのお兄さんだなぁ。そういうところ、本当にそっくりだ。双子って性格も似るのかな」

「似てないだろ。っていうか真逆に近いと思う」

「そうかなぁ。優しいところも心配性なところも、それにちょっと意地っ張りなところも似てると思うけど」


 ニコッと笑ったコザクラが「ありがとう」と言いながらペットボトルの紅茶を差し出した。

 それから俺たちはたわいもない話をしながらサンドイッチを食べた。「俺、明日までしか来れなくなった」と告げると「そっか」とコザクラが残念そうな顔をする。


「せっかく仲良くなれたのにね」

「学校に来れなくても友達には変わりないだろ。そうだ、アドレス交換しようぜ」

「うん」

「何かあったら連絡しろよ。話くらい、いつでも聞いてやるからさ」

「わかった」


 こうして若干しんみりした昼休みが終わった。

 昼休みが終わり、学生たちが教室に戻った頃を見計らって学校を後にした。今日はオープンキャンパスの都合で午後の授業はないらしい。コザクラより先に帰っておこうと思った俺は急いで最寄り駅まで行くと発車直前の電車に滑り込んだ。


(母さんも帰りが遅いって言ってたっけ)


 朝も早くに出て行った。おかげで家で変装することができた。明日も朝の荷出しがあるとかで早いらしいから、三日間とも家で変装できそうだ。

 地元の最寄り駅に着くと、運良く目的のバスが到着したところだった。三番目にバスに乗った俺は一番後ろの座席に座ったものの、やっぱりチラチラ視線を向けられる。「はぁ」とため息をつきながら外を見たところで、窓に映る自分の顔に目が留まった。

 朝、がんばって伸ばした髪の毛は少しだけ元に戻りつつある。伊達眼鏡を外しているからか、やっぱりヤマブキに似ていた。ふわふわな髪の毛も少し大きめの茶色の目も、何なら鼻や唇の形まで瓜二つと言っていい。


(でも、俺とヤマブキは違う)


 学校でのヤマブキの様子を思い出すと眉間に皺が寄った。違うことは悪いことじゃないのになぜかモヤモヤする。

 眉間に皺を寄せたままバス停に着き、今朝のヤマブキのように不機嫌な顔のまま家路を急いだ。ちょうど家の門が見えたところで黒塗りの車が家の前にスーッとやって来る。


(そういや今日は木曜だったっけ)


 どうやらケーキの配達は火曜日と木曜日に決めたらしい。後部座席から降りたアゲハ先輩の手には相変わらず小洒落たケーキの袋がある。


「制服、似合ってる」

「……どうも」


 挨拶代わりにそんなことを言われたところで嬉しくも何ともない。そう思いながら「どうぞ」と家に招き入れ、取りあえず紅茶を入れるかとティーカップやポットをテーブルに用意した。


「制服を着ると、ますますヤマブキくんにそっくりだな」

「さすがにこのままで行ったりしてないからな。髪型変えて伊達眼鏡もしてる」

「なるほど、変装か。だが、それだけじゃあの学校のΩたちを騙すことはできない。Ωでないことは簡単に見破られるだろう。それでもこうして潜り込めているということは、やはりきみはΩに違いないということだ」

「はぁ?」

「俺たちαやΩは本能で第二次性を嗅ぎわける。Ωとして突出したΩ高等院の学生を騙せるということは、きみがΩだという……」

「俺はΩじゃない」


 アゲハ先輩の言葉を遮るようにそう口にした。いつもより強い口調だったからか、先輩が少し驚いたように目を見開く。


(俺はΩじゃない。Ωじゃないからヤマブキのことがわからないし、ヤマブキが別人みたいに見えるんだ)


 モヤモヤしていた気持ちが今度はイライラに変わる。


「何度も言ってるけど俺はΩじゃない。匂いもしない。あんた優秀なαなんだろ? いい加減わかれよ」

「その俺の本能がきみはΩだと言っているんだ。それにあのとき確かにきみからΩの香りがした。あの香りは……」

「だから違うって言ってんだろ! Ωを探してるんならヤマブキに声をかければいい。顔もそっくりだしヤマブキは正真正銘のΩだ。っていうか、最初からヤマブキ目当てだったんだろ。俺をダシにするんじゃねぇよっ」


 イライラしていたからか、当たり散らすように声を荒げてしまった。言ってすぐに「しまった」と思ったものの、先輩がヤマブキ目当てで近づいたんじゃないかというのは前々から思っていたことだ。内心「くそっ」と舌打ちしたところで「なに騒いでるの」とヤマブキが居間に入ってきた。

 興奮していたせいか玄関を開ける音に気づかなかった。「何やってんだよ俺」と思ったものの「何でもない」という言葉さえ出てこない。


「玄関にまで騒いでる声聞こえてたよ? あ、先輩ケーキありがとうございます。もう、キキョウったら紅茶出してないし」

「うるさい。そもそもケーキを持って来いなんて俺は言ってない」

「キキョウってば、またそんなこと言って」

「そんなに食べたいならおまえが全部食べろよ」

「何をそんなに怒ってるのさ」

「怒ってねぇよ」

「怒ってるでしょ」

「怒ってねぇって」

「怒ってる。っていうかそれ、八つ当たりだよね? どうしておれや先輩に八つ当たりするのさ」

「だから、怒ってねぇって言ってるだろ」


 強く言い返した俺にヤマブキが口を閉じた。いつもは柔らかいヤマブキが段々と眉をつり上げていく。


「言っとくけど、怒りたいのはおれのほうだからね」

「……なんだよ」

「今日、あちこちでおれのこと見てたでしょ」


 心当たりがありすぎて言い返せない。グッと唇を噛み締めるとヤマブキの目尻が少しだけ上がったような気がした。


「おれが気づいてないとでも思った? どうせコザクラからあれこれ聞き出したんでしょ」

「コザクラは悪くないからな」

「もちろんコザクラは悪くない。優しいコザクラを利用したんだよね? そうまでしてどうして監視するようなことするのさ。おれ、そんなに頼りない? そこまでしないと駄目なやつに見えるってこと?」

「そんなこと思ってねぇよ。そうじゃなくて、俺はただヤマブキが心配で、」

「おれだってもう十六だよ? 泣き虫だった保育園生の頃のおれじゃない。それなのにキキョウはいっつもそうだ。おれが大丈夫って言っても信じてくれない。すぐに勘違いして思い込みだけで行動する」

「別に信じてないわけじゃない。だけど何かあったんじゃないかって、」

「だから、そういうのはもういいって言ってんの。大丈夫って言っても制服借りてまで学校に来るし、見つかったら大変だと思って隠れる場所教えてあげたのにコソコソ覗き見したりして、それじゃあ心配っていうより監視されてるようにしか感じない」


 ヤマブキが睨むように俺を見た。


「そんなことしてくれなくていい。そもそも守ってくれなんて頼んでない」

「でも、おまえΩになったばかりだし、」

「そんな必要ないって言ってんの。おれだって毎日がんばってるのに、そんなの無駄だって言われてるみたいで気分悪い」

「そんなこと言ってな、」

「言ってるようなものでしょ。……おれ、Ωになってわかったんだ。キキョウがそばにいなくても自分のことは自分でできる。キキョウに心配されるようなことは何もない」


 返事ができない俺に、俺そっくりの顔がキッと睨みつける。


「もうおれに構わないで。学校まで来てコソコソ覗き見たりもしないで。おれは一人で平気だし、もうキキョウに守ってもらう必要ないから」


 そう言って居間を出て行くヤマブキに俺は何も言えなかった。

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