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 この世には男女の性別のほかにα、β、Ωという第二次性がある。αは何事にも優秀な性で、男女関係なく相手を孕ませることができる。Ωは庇護したくなるような見た目の人が多く、こちらは男女関係なく子どもを生むことができた。二者は全体の中でも圧倒的に数が少なく、いわゆる一般人というのが大多数を占めるβだ。

 かく言う俺もβだった。両親ともにβで親戚にもαやΩはいない。それもそのはずで、αやΩは特定の遺伝子を保有する場合に現れる性別らしく、一部の血筋にしか生まれないと言われている。ただし遠いご先祖様にαやΩがいれば遺伝子を持っている可能性があるとか何とかで、両親がβでも突然αやΩが生まれるという都市伝説があった。


(そんな珍しい現象が我が家に起きるなんてな)


 赤い顔で寝ている弟のヤマブキを見ながら「しかもΩなんてなぁ」と思った。せめてαだったらいろいろ違ったかもしれないが、病院で調べた第二次性検査の結果はΩだった。


(せめてΩになったのが俺だったらまだマシだったのに)


 俺とヤマブキは見た目がそっくりの双子だ。黙っていれば両親でも間違うくらいだから相当似ているんだろう。

 でも性格はまったく違う。俺は負けん気が強く年上にも突っかかるくらいだが、ヤマブキは優しくて穏やかな性格だ。そんなだから、突然ΩになったうえにΩ専門の学校に転校すれば参ってしまうのも当然だろう。


(こんな熱まで出してさ)


 きっと無理がたたったに違いない。そんなことを思いながら額に冷却シートを貼ってやる。


「……キキョウ、もしかして看病してくれてた?」


 目を覚ましたヤマブキが申し訳なさそうな顔をした。


「気にすんな」

「おれ、もう大丈夫だよ。熱も昨日より下がったし、今日は学校に……」

「まだ寝てろって。いま無理したらぶり返すぞ」

「でも、」

「それともそんなに学校に行きたいのかよ」

「……」


 口をつぐんだということは、本心から学校に行きたいと思っているわけじゃないんだろう。俺と同じ学校に通っていたときにはこんな顔はしなかった。……ということは、もしかして。


(まさか、いじめられてんじゃないだろうな)


 半年前、ヤマブキが転校したのは選ばれたΩのみが通うΩ高等院という名門校だ。Ωの中でもとくに優秀なΩか希少なΩのみが通える学校で、学生の多くは由緒正しい家柄出身らしい。そういう奴らはプライドが高いから、ただの一般人だったヤマブキをのけ者にしてもおかしくない。


(それどころか寄ってたかって何かしてそうな気がする)


 不意に学生たちに取り囲まれているヤマブキの姿が浮かんだ。いいところのお坊ちゃんお嬢ちゃんだからおおっぴらにいじめるとは思えない。きっと教師たちが見ていないところで呼び出し、重箱の隅を突くみたいにあることないこと言っているに違いない。


(ヤマブキが言い返せないのをいいことに、あいつら……)


 本当にいじめられているかわからないが、俺の脳裏には偉そうにしているいじめっ子たちの様子が浮かんだ。そういう奴らのせいでヤマブキは高熱を出したんだ。そう思うと段々と腹が立ってきた。


「ヤマブキ、おまえいじめられてんじゃないのか?」

「え?」

「あぁ、いい。言わなくてもわかってる」

「なに? 急にどうしたの?」

「大丈夫、俺が何とかしてやるからな」


 きょとんとするヤマブキに「任せろ」と言うと、ハンガーラックにかかっていた制服を手に取った。


「おれの制服、どうするつもり?」

「おまえはおとなしく寝てろよ。代わりに俺が学校に行ってくるから。あ、予備のネックガードも借りるな」

「なに言ってんのさ。それにキキョウだって学校あるでしょ?」

「それはそうだけど……。そうだ、寝込んでるのは俺ってことにすればいい」

「えぇ? さすがにばれるよ」

「大丈夫だって。あまりしゃべらなきゃ母さんだって気づかないだろ? ということで俺、Ω高等院まで行ってくるから。制服借りるな」

「だから、どうしておれの学校に行こうなんて……ちょっとキキョウってば」


 俺を呼ぶ声がいつもよりずっと弱々しかった。熱で体力が奪われたんだろう。「こんなになるまで我慢してたんだ」と、会ったこともないいじめっ子たちにメラメラと怒りが湧く。


「いいから寝てろって。ヤマブキは何も心配しなくていいから」


 まだ何か言いたそうなヤマブキに「寝てろよ」と念を押して部屋を出た。それから自分の部屋に入り、Ω高等院の制服に袖を通す。


(体型もそっくりでよかった)


 背丈も体型もヤマブキと俺はそっくりだ。顔もそっくりだから学校の奴らは入れ替わっているなんて気づかないだろう。


(それにしても着心地最高かよ)


 学生が金持ちばかりだからか制服もピカイチの高級品らしい。「そういえばこの制服、雑誌やネットで話題になるくらい人気があるとか言ってたっけ」と、ヤマブキが話していたのを思い出す。


(そんな制服着てたって、やってることは最低じゃないか)


 だが、俺はやられっぱなしじゃない。いつものヤマブキだと思ったいじめっ子たちが声をかけてきたら、まずはおとなしくついていく。ついていった先で何か言われたら倍にして言い返してやるつもりだ。これまで一度も言い返したことがないに違いないヤマブキが急に態度を変えれば、いじめっ子たちも怯むだろう。それでもまだ何か言ってくるようなら、また俺が入れ替わってぎゃふんと言わせてやる。


(俺がヤマブキを守ってやる)


 小さい頃からヤマブキを守ってきたのは兄である俺だ。見た目がそっくりの双子でも俺はヤマブキの兄なんだから、俺がヤマブキを守ってやらなくてどうする。そう息巻くたびにヤマブキは「キキョウは大袈裟に考えすぎ」と笑っていたが、こういうときこそ俺の出番だ。


(……よし、どこからどう見てもヤマブキだな)


 きっちりと制服を着た俺は、何度も鏡を見ながらヤマブキらしい表情を作った。我ながらヤマブキそっくりすぎて笑いたくなる。これならいじめっ子たちも騙されるに違いない。ネックガードを付ければ……よし、完璧なヤマブキだ。


(それにしてもいい匂いがするな)


 制服からほんのりいい匂いがした。甘いようなすっきりしているような不思議な香りだが嫌な感じはしない。


(ヤマブキのやつ、いつの間に香水なんか使うようになったんだよ)


 双子なのに知らないことがあるのは少しへこむ。ほんの少し寂しさを感じながら時計を見ると、そろそろ家を出ないと間に合わない時間になっていた。慌ててあれこれ用意を済ませて居間に行けば「あら、熱はもう大丈夫なの?」とキッチンから母さんが顔を覗かせた。


「うん、もう大丈夫。代わりにキキョウが熱出しちゃったみたい」

「あら、やっぱり双子って同じタイミングで体調を崩すのね」

「え?」

「小さい頃からどっちかがお腹が痛いって言うと、必ず次の日にもう片方もお腹が痛いって言ってたのよ? 喉が痛いときも目が痒いときも必ず次の日同じことを言うのよねぇ」


「おかげで続けて病院に通わないといけなかったのよ」と母さんが笑っている。俺はと言えば「そんなことあったっけ?」くらいの感覚で、よく覚えていない。


「学校行ってくるね。お弁当、キキョウの持ってくから」

「あら、朝ご飯は?」

「キキョウが部屋に持って来てくれたの食べたから大丈夫」

「昨日の今日なんだから無理しちゃ駄目よ」

「うん。いってきます」

「いってらっしゃい」


 鞄を持って玄関に行くと、ちょうど仕事に行く父さんが靴を履いているところだった。


「熱は下がったのか?」

「うん。代わりにキキョウが寝込んでる」

「やっぱり双子だなぁ」


 母さんと同じことを言う父さんを横目で見ながら靴を履き、玄関前の姿見で最後の確認をする。制服はバッチリだし、ネックガードを付けたからかますますヤマブキにしか見えない。


(これなら絶対にばれない)


 右手をグッと握り締めた俺に父さんが「車で送ってくか?」と声をかけてくれた。


「ううん、大丈夫」

「無理するなよ?」

「うん、ありがと」


 普段は何も言わない両親だが、ヤマブキがΩ高等院で苦労しているんじゃないかと内心は心配しているんだろう。そんな両親のためにもいじめっ子は俺が何とかしなくては。改めてそう決意した俺は「これから俺はヤマブキだ」と自分に言い聞かせ、ヤマブキになりきってからドアを開けた。

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