クララとセラ
特に俺の行動を隠す必要もないから放っておいたが、後をつけられて好き勝手言われるのも面倒な気もした。
なので、誘い出そうとわざと足を早めた。
急にそんなことをしたものだからセラは慌てた。
そしてセラは焦って俺を追いかけようとしたためか。
道の端にあった木箱に足を引っ掛けて、腐った木箱をバキッと突き破りながら……派手にこけた。
それでもまだ隠れるつもりなのか。
足に木箱を履いたまま、壁の隅にジリジリと寄り手で頭だけを隠した。
寝込んだ状態で。
頭隠して尻隠さず……、木箱で足は隠れてるが。
俺はなんとなく頭痛を感じつつ、昨日とは別のポンコツ娘に声を掛けた。
「2人はどうした?」
「アリスが熱を出したからクララがついてる」
そこからしばし無言。
やがて観念したようにセラは下から俺を見上げて言った。
「……よくぞ、私の尾行を見破った」
「やかましいわ」
俺は過酷な旅を止めてしまったせいで、こいつらが人として成長する大切な機会を失わせてしまったのかもしれない。
……いや、まだクララがいる。
あいつはまだゲームでも常識人のはずだ、多分。
「休んでおけと言っただろ?」
「……私はあなたをまだ信用していない。
それに私はアリスとクララよりも働かないといけない」
自責の念を滲ませた物言いに俺は思い当たるものがあった。
他ならぬあのとき言った俺の挑発の言葉だ。
大切な仲間を置いて逃げようとした、その自責の念がセラをこの行動に駆り立てた。
疲れ切ってめまいでもしているのだろう、それに足を取られてこの惨状だ。
「あのときほんとは逃げ出そうとしたんじゃなくて、助けを呼ぼうとしたんだよな」
セラはその言葉に下を向いてグッとなにかをこらえた。
図星だろう。
行動が仲間を見捨てて逃げ出そうとしか見えなかっただけだ。
近くに味方はいなくても、遠くの仲間に連絡してでも、もしくは身体を使って誰かを雇ってでもなんとかして助けを呼ぼうとしたのだ。
俺には敵わないことが分かったから。
1人でも逃げ出せれば、残った2人は人質として利用価値が生まれる。
それにセラは遠距離狙撃型だ。
距離を取ればまだ戦える可能性もあった。
それがわかってて俺も挑発したんだがな。
「おまえ2人が大好きだもんな」
「昨日もアリスを行かせてしまった」
昨日のアリスの奇行か。
あれっておまえらマジで……いや、うん。
俺が仲間になりたいとか言っても対価に見合ってないもんな、怪しいよな。
ごめんな、思いつきだ。
「道中、ずっと警戒してたんだろ?
索敵能力ではおまえが1番だからだろ?
だったら、疲労具合は見た目以上だ。
索敵しなくてよくなったら、意識を保つのも難しかったんじゃないか?」
悔しそうに……しかし泣くのを必死に我慢するセラ。
「あいつらもおまえのその気持ちは理解しているさ。
よく頑張ったな」
その言葉でセラはついにほろほろと泣き出す。
ゲームのスタートはこの強行軍から始まる。
それは現実に置き換えてみればひどく困難な旅路であった。
あるいはこの強行軍こそが彼女たちを兵士たらしめた理由だったのかもしれない。
俺がその機会を奪ったともいえるのかもしれない。
だが、兵士としては1流の道の登竜門といえたかもしれないが、魔導機乗りとしてはその限りではない。
それというのも魔導機という存在の特殊性にあった。
魔導機にはその精神の力が大きく影響する。
つまり感情を安定に保つことは兵士として1流であっても、限界を超えることができなくなる。
実験機や民間研究所が開発した魔導機が予想を遥かに超える戦果を叩き出すことがあるが、それはそういうことなのだ。
主人公3人娘が2人死んでしまうのも自らの命すらも駒として利用する兵士としての精神性にあった。
彼女たちは絶対に生きるのだと強い意志があれば生き残れたかもしれない。
最後の1人が生き残ったのも、2人が命を賭けてまで守られた命だからだ。
最後の1人は死んだ2人のために、絶対に死ぬものかという強い意志でオカルトマシーンを起動させた。
そしてそのオカルトマシーンに2人の魂も乗り移り最後の敵を討ち果たすのだ。
「私も……逆境で笑っていられるアリスみたいになりたい」
「……アレにはなるな」
いや、まじで。
俺とクララは2人だけでカーマクラフト整備工場に足を運ぶため宿を出た。
昨日はセラで今日はクララ。
体調の問題もあるが、交代で俺に付くことで俺という人間を計っているのだろう。
出会いからして怪しいからな。
いきなり身体を捧げようとするアリスがおかしいのだ。
街の大通りを通るがスリはいない。
治安が良い証拠だ。
つまり警備が行き届いているので、3人娘だけなら街に入るだけで一苦労だっただろう。
整備工場に向かうが進捗を確認するだけで、特に他の心配は要らない。
何かあれば工場の方から連絡があるからだ。
整備士たちもいい加減なことはしない。
仕事に誇りを持っているし、なにより不正を働くようなら傭兵ハンター組合からソッポを向かれる。
傭兵や魔物専門のハンターたちは魔導機の整備で大量のお金を落としてくれ、魔物素材も回してくれる持ちつ持たれつの関係だ。
魔導機には魔物の素材が使える。
魔の素材で動く機体、それが魔導機だ。
「セラも熱を出してしまいました、すみません……」
「気にするな、安心して気が抜けたんだろう。
おまえは大丈夫か?」
これだよ、大人の落ち着いた会話。
3人とも同年代のはずだがな?
「だ、だだだ、だいじぶです」
だいじぶってなんだよ?
3歩後ろをロボットのように足と手を同時に出しながら、赤い顔でクララはついてくる。
見るからにガチガチで全身で緊張してます、を表現していた。
「お、おお、男の人と2人でデートなんてハジメテで。
け、研究はしてたんですが、いざそのときがくると、緊張してしまって。
ハジメテなので優しくしてください!」
常識人でまともな人なんていなかったんだ……。
拝啓、ゲームの中の俺。
おまえはどうやってこんなポンコツどもとライバルをできていたんだ、教えてくれ。
クララはアリスとセラと一緒にハジメテのデートシミュレーションを、幾度も繰り返し練習したことを聞いてもいないのに教えてくれた。
きっとゲームではこの強行軍が原因で、こんなポンコツぶりはかなり消え去っていたに違いない。
……俺はナンテコトをしてしまったのだ。
ゲームでクララが死ぬ場合。
3人の最終魔導機であるオカルトマシーンを敵基地から奪取する際に、最後まで敵基地に1人残りハンガーのシャッターを開け、オカルトマシーンに乗ったアリスを脱出させる。
基地の窓からクララの最期の笑顔が見えたところで、クララがいた操作室の部屋が爆発。
死体も残らず消え去ってしまう。
作戦のために自らの命すらも駒として使う兵士としての一面でもあり、仲間のために命を捨てる様子が描かれたシーンともなっている。
俺はなんとも言えない気分で頭を掻く。
その冷徹な兵士の心が良いと言う気にはなれない。
そうかといって今のクララは……。
「パンを咥えて走って角でぶつかることで恋が生まれるそうです!
私たちの研究では頭をぶつけることで、ハジメテ見た人に恋してしまう刷り込みの原理が働くのではないかと……」
誰か!
誰か俺を助けてくれ!
ポンコツ空間が襲ってきて、ポンコツ空間に飲み込まれる!
クララが次第に話に夢中になり、同類2人と変わらぬポンコツぶりを発揮しだしている間も俺たちの距離は3歩開いたまま。
心の距離かな……。
俺は大きくため息を吐く。
「……話はわかったから隣並べよ?」
背後からのスニーキングは落ち着かん。
昨日のセラといい、背後を取るのが好きなのか?
確かに戦場でもバックアタックは基本だ。
相手が構えているところに真正面からただ突っかかるなど、ただの自殺志願だ。
突っ込むにしても相手の虚を突くために加速するとか。
……だとするとポンコツどもがポンコツを繰り広げ俺の虚を突くのは、ポンコツなりの戦略として理に適っているともいえるのかもしれない。
「ポンコツポンコツってなんですか!
私たちはポンコツじゃありません!」
クララがなぜか俺の心の声にツッコミを入れた。
「口に出ていたか!?」
「思いっきり!」