業(ごう)は深いが避けられない戦い
旧都ラクト圏内に入ったとはいえ、マークレストのある研究所に接近するためにも、出撃は数度にわたることになるはずだ。
地上部隊では車輌も5000を越え、航空機も含め反乱軍戦力の半分を賭けた一大侵攻だ。
歩兵、工兵もろもろ含めて軽く万を超えている。
傭兵時代を通してもここまで大規模な戦いに参加したことはない。
記憶ねぇけど。
それが全て旧都ラクトで戦火を交え殺し合う。
追い詰められてのことではあるが、反乱の軍を興したアリスたちの業は深い。
それが避けることができない事情によるものだとしても。
そして、ここで宰相クーゼンを止められなければこの戦火は世界に広がる。
そのどこまでも深い野心ゆえに。
業を背負い、命を背負いながらもなさねばならないことがある。
たとえ己の命がここで尽きたとしても。
『……私は自分が生き残りたいだけのただの浅ましい女です』
「そう言ったわりに随分簡単に命を賭けるじゃねぇか。なぁ、アリスよ」
出撃前のコックピットの中で俺はアリスの言葉を思い返し、独り言を吐く。
第1次攻撃隊から適時出撃していたが、戦力の損失が大きく、俺とセラは急遽第4次攻撃隊で出撃することになった。
本来ならギリギリまで俺たちを温存して、研究施設圏内に来たところでクララたちを回収しに行くのが望ましかったが、旧都ラクト侵攻はそう容易くはないのはわかっていたから想定内だ。
回収チームは航空輸送機を囲んで3機で飛ぶ予定で、俺とセラともう1機は状況により編成される。
最悪、そのもう1機はアテにしない方が良いかもな。
今回の臨時出撃はセラの他に3人が一時的に俺の小隊に入る。
スー、トロワ、トリスの3人で全員少尉だ。
なので、俺が臨時の小隊長となる。
「3機で連携しながら行動してくれ。
サポートは任せてくれていい」
スーがそばかすで姉御肌で赤髪の女性で、トロワとトリスが金髪男女の双子。
トロワが姉でトリスが弟。
トリスから言わせれば、トリスが兄でトロワが妹だ。
仲が悪い双子のように振る舞っているが、いつも一緒にいて互いを気にかけている様子もあるので、実際はかなり仲が良いのだろう。
「ナイト様のお手なみ拝見ってね。
しかし一足飛びに中尉様とはねー」
「わりぃな、戦争中だけの応急処置だから勘弁してくれ」
傭兵なので、仮に最後まで尽くしたとしても内乱が終わればお役御免で放り出される。
そんなもんだ。
役職とは給料を示す目安でしかない。
「いいのよ、組織ってのはそんなもんだしね〜」
スーは元歩兵あがり。
魔導機乗りとしての適正があったとして、魔導機隊に配属されてそのまま反乱軍に参加しているそうだ。
トロワとトリスは政府の懲罰部隊に家を焼かれ、政府軍への敵意と飯のタネに反乱軍に参加したらしい。
それ以上は語らなかった。
なのでこの5人での会話は主に俺とスーの会話になる。
出撃直前の簡単な段取りの言葉を交わし、数分程度の待ち時間。
スーはおそらく気になっていたであろう話題を口にする。
「実際、ナイト様はお姫様たちに手を出したのかな?」
「ナイト様はやめろ、クロでいい。
残念ながら、高嶺の華過ぎて俺にはもったいない存在でね」
「……我慢しているそうです。
我慢しなくていいのに」
今まで黙っていたセラはこんなときにだけ口を挟む。
「黙っとけ。
時間だ、行くぞ」
「あいよ、クロ隊長」
「了解」
「……了解」
「……ぶー、クロ師匠のいけず」
いつものセラの口調でアリスみたいな言い方をしてくるが、当然スルーだ!
前線に到着すると、状況はすでに逼迫していた。到着ばかりの俺たちに気づき接近する敵機まである。
「……第2次攻撃隊が壊滅したそうです」
トロワが飛び交う通信を解析して報告してくれる。
戦場で分析をしてくれる人間は助かる。
「これで互角だっていうんだから、政府軍の物量はおそろしいね!」
接近してくる敵部隊を牽制しながら、スーはそんなことを言い放った。
互角……?
確かにゲームでもそんな表現があった。
だが、すでに第2次攻撃隊が壊滅している。
普通に考えるのであれば、それほど旧都ラクトが堅牢であるで片付くのかもしれない。
事実、反乱軍の総攻撃であれど陥落する気配はない。
一進一退の攻防でこちらの中央部隊が大きくその進軍を阻まれているだけ……。
違うな。
ゲームでも序盤は互角の戦いを繰り広げていたが、徐々に押され始めたとあった。
だが、大きく優勢と言われているのは第2部隊と第4部隊の北側だ。
中央側は初めから苦戦している。
《《壊滅が確実な》》北側がどんどんと勢いに任せて進軍することで優勢と見えているのだ。
つまり反乱軍はこの時点でどうしようもなく負けている。
「わかっていたことだが見ると聞くとは大違いだな!
スー、トロワ、トリス。
それ以上、突出するな!
粘り強く踏ん張らないとこの戦い……容易く食われるぞ」
これが反乱軍に罠のことを教えなかった結果か。
いいや、目の前の人がこの世界をゲームで知っていると言えば、その時点で誰もがその目の前の人物の正気を疑う。
この怪しい脳をいじくった改造手術は、そういうものだ。
……それでもアリスなら信じただろうか?
そんなどうでもいいことを考えて、俺は苦笑した。
それでも俺はその道を選ばなかった。
反乱軍が予定調和の中でたくさん死んだとしても。
試したかった。
俺がどこまでいけるのか、どこまで生きるってことに向き合えるのか。
その瞬間こそが最高に興奮する。
あり得ないゲームとやらの記憶をぶち込まれたせいで俺のどこかは壊れたのだ。




