刹那を争う戦いの後で
「独断先行もはなはだしい!!
だいたい事前に伝えていれば鹵獲も可能だったのではないかね!」
歓喜に沸く基地に帰還してすぐに俺たちは作戦参謀室……ようするにさっきの部屋に呼び出されて、俺だけお叱りを受けた。
そんなわけで俺は作戦参謀次官の称号のついたおっさんの肩に親しげに腕を回し、にこやかにロドリット将軍に言った。
「……なあ、このおっさん殺していい?」
室内に膨れ上がる殺気。
それだけで俺が本気であることは伝わるはずだ。
警備兵とコーラルたちが緊張を走らせる。
たった15分。
そのたった15分遅れていれば、こいつらも俺たちもここにいなかったかもしれない。
アレはそういう戦いだ。
あのままなら、どこかの建物に必ず直撃を受けていたはずだ。
そのときにその場にいた者は死ぬ。
敵にも悠々と逃げられて。
そういう状況だったのだ。
この組織にずっといるならば、俺もこんなことはしない。
どんなに赦せないものであろうと、組織に所属するならば2つの方法しかない。
抗い去るか、従うか。
俺はいずれ去る人間だ。
だから、俺は俺のスジを通させてもらう。
かつて万の兵を一方的に殺した世界最強の将軍がいた。
殺したのはすべて味方だけどな。
無能な働き者は万の敵より恐ろしい。
絶対不可能な無謀な作戦を実行させ、無意味に兵を自滅に追いやった最低最悪の将。
「将軍。西方解放軍が勝利したいなら、そんな無能な働き者はいますぐ殺さないとダメだぜ?
前線で必死に戦う味方のためにも、な?」
それがこいつなら俺は一切をためらわない。
前線で戦い倒したいがゆえに、その魂を穢すヤツを俺は赦さない。
それが俺の傭兵としての矜持だ。
その緊張の最中、ロドリット将軍はニヤリとした笑みを浮かべ肩をすくめて見せた。
「そう言わず許してやってくれ。
大丈夫、彼は無能な働き者ではない。
此度のことも誰かが先に注意しておかないと口さかない輩が似たような不満を口にするのでな。
軍の維持というのは想像以上に神経を使うのだ」
それにはとても納得がいった。
おっさんは俺の殺気を受けて冷や汗をかいてはいたが、へたり込んだりはしなかった。
なるほど、将軍の言い分もあながち間違いではないようだ。
おっさんもそれなりの胆力を持っている。
おっさんはそんな俺を忌々《いまいま》しげに睨む。
俺はお手上げと言わんばかりに両手を挙げて降参を告げる。
「そりゃあ悪かった。
まさにその通りだな、謝罪する。
次回、《《その余裕があれば》》あんたが言った鹵獲も十分に検討する。
鹵獲できた方が都合がいいのは確かだしな」
そんな俺に吐き出すようにおっさんは心からの思いを口にする。
「……わしは貴様を姫の夫などと認めんぞ」
「そっちかよ!?」
そして俺の隣でおっさんたちに相対して、腕組みして頷いているアリスに向かいおっさんはわめく。
「姫! 何故、こいつなのですか!
顔も少しは良いかもしれませんし、姫を無傷で救出したうえに、少し作戦が上手くいって、誰も墜としたことのない空中戦艦を撃沈させ、咄嗟の判断で拠点シーアを守り切ったなどというとんでもない成果を挙げはしましたが、グヌヌ……」
「そりゃどうも……?」
なんだかよくわからないが、褒めてくれてるんだよな?
一兵士としての立場でありながら、こんなふうにいまだにアリスは幹部に皇女としての影響力があるんだな。
それはともかく……。
アリスもそうだが、クララもセラもしれっと先程から俺を護るように立っている。
「……なあ、おまえらなんで《《こっち側》》についてるんだ?」
「へっ? こっち側ってどっち側ですか?」
3人が同時に室内をキョロキョロと見回しつつ、俺に身体を寄せてくる。
こうやって俺の動きを封じる作戦かな?
絶対、違うんだろうなぁ……。
「おまえら、俺が本気でこのおっさん殺そうとしたらどうするつもりだったんだよ?」
アリスは不思議そうに首を傾げる。
「師匠はちゃんと警告してくれてたじゃないですか?」
「いや、それはそうだけどな」
いきなり殺したりするサイコパスではないつもりだが。
きりりとした表情で毅然とアリスは皇女らしい口調で。
「将であるなら、兵の士気を下げるようなことは言ってはいけない。
作戦参謀次官としては言わざるを得ないことではありますが、本来、コーラルさんを通して伝えるべきことです。
直接、師匠に作戦参謀次官がそれを口にするというのは迂闊としか言えません」
それからアリスは俺の方を上目遣いで見上げ、許しを請う。
「ですが、彼も職務ゆえのこと。
師匠、お許しください。
このうえは私が身体で責任を取りますので」
こっちはこっちでアリスがいつも通り変なことをほざいている。
幻聴かな?
「姫ぇえええ!
私めは認めませんぞ、そんな何処の馬の骨にぃぃいいい!」
「エメックうるさい!
私はもう師匠の女です!」
エメックと呼び捨てにしているので、アリスとはかなり信頼関係ができている相手なのだろう。
姫と執事の爺みたいな感じか。
「なに言っているの、アリス。
先生のところに1人でいかせはしませんわよ?」
「……私たち3人はいつでも一緒。
あの日、そう誓った」
桃色の誓いだっけ?
クララとセラがアリスの肩を叩き、グッと親指を立てて口の端を吊り上げる。
やだ、2人ともなんだか漢らしい!
「クララ、セラ……。
へへ……、熱い友情ね」
鼻の下を少年のように指でこするアリス。
なあ……、なんでそこで友情ごっこしてんの?
俺の意思を無視してなんの話をしてるんだ?
「ううぅぅ……、ロドリット将軍。
今日はヤケ酒に付き合っていただけますかな……」
「飲もう。
姫の……我らが娘の嫁入りに」
ロドリット将軍まで男泣きをして、アリスたちを見ながら強く頷いている。
「またんかい」
なに、このポンコツワールド?




