皇女バレる
反乱軍は西の都シーアを本拠地とする。
西では随一の街というより、東側の大都市クラスの街がそこしかない。
中堅クラスの街はいくつかあるが、大都市をいくつも抱える東側とはやはり大きく違う。
それに内乱に発展してからはアリスたちも戦場に出ずっぱりで、こんなふうに大都市で買い物を楽しむ余裕もなかったことだろう。
アリスの本来の身分からすれば十分にその贅沢が許されたはずだが……。
おっと、その話は秘密秘密。
そんなふうにアリスたちが俺の周りで奴隷ごっこをしている中、街の通りの市場内でにわかに騒ぎが起こる。
どうやら捕物……つまり、犯罪者を捕まえるために官吏が走り回っている。
その犯罪者もスリや詐欺師などだけではなく、政治犯や官吏が怪しいと思っただけなどの冤罪も多数ある。
とにかく俺も含めアリスたちは政府軍に見つかるとマズいので、そっと騒ぎから距離を取るべく動き出そうとするが。
人混みを抜けた逃亡者が通りの先に姿を見せた。
こちらからは随分距離があるので、巻き込まれずに済みそうだと思った矢先。
逃亡者がこちらを見て動きを止めた。
彼は目を見開き、目を凝らし叫んだ。
「姫!?」
横目でチラッとアリスたちを見ると、蒼白な顔で固まっている。
あ……、やばっ。
硬直してしまった男は後ろから飛び込んできた官吏に取り押さえられる。
捕らえられながらも男は叫ぶ。
「姫様!!!!!!
必ず助けに参ります。
その日まで決して諦めてはいけません!」
視線を逸らし、こちらに官吏の目が向かないように天に向かうように吠えた。
俺は素知らぬ顔をしたまま、おもちゃの手錠とおしゃれである首のチョーカーを付けた3人娘を連れて無言で宿に戻った。
あの捕まった男からは、遠目でアリスたちの姿がどう見えていたか。
うん、まあ、きっと奴隷にされているように見えたんだろうね……。
──しばし俺たちは無言。
おもちゃの手錠をつけたまま、罪人のように深く頭を下げて沈んでいる3人。
プライベートだと思ってはっちゃけてたら部下に見られて、しかもその部下はそれに驚き捕まってしまった。
その姿は罪を深く反省するようでもあり、事実そうである。
まさかこんなところを仲間に見られるとは思わなかっただろうし、その仲間がそのせいで捕まってしまうなど誰が思おうか?
なんとも居た堪れない空気とはこのことである。
やがて、無言に耐えかねたようにアリスが俺の方を見て、うつろな目で言った。
「……実は私。
このマークレスト帝国の皇女なんです」
あえて知らないフリをしていた事実を当人からバラされて、俺はついに頭を抱えた。
知ってるわ!!!!
その上でアリス本人たちはさして俺への態度が変わる様子もなく。
「あの〜、捕まったグレイルは我々にとって大事な仲間でして……。
師匠、なんとかなりません?」
へにょっと困り顔で俺を頼ってくる。
「へ、へー……。
いやいやまさかぁー、ハハハ」
「先生、お気づきだったのですね」
俺の渇いた笑いは真面目な顔したクララに流された。
知らないふりをし続けたかった!
どう聞いても厄介ごとのタネでしかないから。
知ったのは初日の盗聴からの会話からだけでゲーム知識では出てこない。
反乱軍の皇子も最後まで登場せずに最終戦後、マークレスト帝国は共和制に移行しているが、そういう理由だったのか。
アリスもしくは他2人が死亡する戦いの後、反乱軍が異常なほど柔軟になったのも、旗頭たるアリスが死んだからか。
もしくはアリスが色々と吹っ切ったからとも考えられる。
どちらにせよ、アリスがこうして兵士として戦っているのも、この反乱軍の特異性の一つといえよう。
反乱軍における旗頭の皇子は本当の意味で飾りでしかないということだ。
そもそも性別も偽っている。
これはマークレスト帝室が皇女に継承権を与えていないからでもあるだろう。
帝室に男子優遇の風習があるが、それはマークレスト帝国が女神から認めらた国という伝説のせいでもある。
女神から力を授かるのは男性。
そんなこじつけで皇女の配偶者が新たな皇帝になるという例も歴史上ある。
アリスが矢面に立たないのは、それを防ぐ目論見もあるだろう。
なおさら、行きずりの俺に身体を捧げようとかしたら駄目じゃねぇか!
さて、それはともかく逃亡者ことグレイルについて、俺のゲームの記憶にあった。
自らを皇子の忠臣と名乗る騎士グレイル。
反乱軍でもエース級であり、最後の戦いまで主力として存在していた。
普段は騎士らしい紳士さを見せるが、アリスが戦死したときだけは暴れ回って嘆くシーンがあった。
アリスが好きだったのかとか思ったが……なるほど、姫ね。
任務でコカの街に入り込んでいたのだろう。
なにかヘタをこいて官吏に追われているところか。
ゲームではアリスたちが帰還して、遅れて部隊に帰還しているから、ここでは捕まらずに逃げ切ったのだろう。
ゲームならアリスたちは西にまっすぐ逃げているので、グレイルには会わないはずだった。
俺の介入でそれを曲げてしまったか。
グレイルは官吏に追われながらも、偶然アリスたちを発見した。
そして、あろうことか奴隷にされているとでも思い込んだのだろう。
幸いこちらは特定はされなかったので、このままアリスたちは逃げることが可能。
グレイルは反乱軍のエースの1人でゲームで最後まで生き残る……はずである。
「師匠……、無理ですか?」
黙って考え込んでいた俺を見て、3人が哀しそうな顔でうつむいた。
それはもう、さすがの俺も気の毒に感じてしまうほどの落ち込みよう。
なんだかなぁー。
俺、こいつらの世話係じゃねぇんだけど。
俺は皇女に対して態度を変えるべきかどうか、わずかに考えた。
結局、あまりの面倒臭さにそのままの態度を継続することにした。
「ああ〜、もう!
わかったわかった。
なんとかしてやるから、ちょっと待ってろ」
アリスの頭を子犬の頭を撫でる程度にぐりぐりしてやる。
アリスの髪はこんな移動の途中であるのにびっくりするほど柔らかく滑らかだった。
「髪柔らけぇな?」
「ななな!?」
普段、夜這いどうのこうのというわりには、そんなことでアリスは真っ赤な顔で動揺する。
俺は軽く苦笑し、改めて3人娘に大人しく待ってろと告げてから、宿を出てハクヒのところに向かった。




