2 転校生のお願い
クラスの席順は男女男女と上下左右交互に並べられている。
英雄の席は一番窓際の最後列である為為、居心地としては最高のポジションだ。
昼間の太陽は暖かいし、暇に感じれば外を眺めて授業の時間を潰せる丁度いい間取り。
この教室にやって来て一番最初に幸運だと思ったのはまさしくこの席に座れたことだろう。
・・・と、思っていたのだが・・・。
「・・・」
「・・・ッ」
今日から転校して同じクラスメイトとなった生徒、土御門リリーと呼ばれるイギリスからの帰国子女が英雄の席の隣となってから、気が付けば睨んできていた。
すでに授業は最後の科目となっているのに、朝からずっと睨まれては目を背けての繰り返し。
本来であれば、昼休みになれば学年クラス関係なく見学に来られるほどの美貌を持つ同級生に視線を向けられれば恋の一つでも溢れてもいいだろうと思うのだが、英雄はそんな気は一切起こる事はなかった。
それよりも、命の危険を感じて仕方がなかった。
(お、おおおお落ち着け俺ぇッ! 彼女は魔王じゃない! ここは前世の異世界じゃない! これは現実! 夢じゃないッ! だからとなりにいる席の彼女はただの人違いッ!)
何度目かも忘れてしまう自己問答と自己暗示をかけて片目を薄く開いて隣を見る。
「・・・・」
ダメだ。
獲物を見る目だありゃ・・・。
授業が終わり次第にでも殺しにかかりそうなほどの殺意を感じた。
◇ ◇ ◇ ◇
「え~、それでは終礼を終わるぞ~。 えー、皆気お付けて帰れ~」
クラス委員の号令を終えた同時、俺は廊下までの脱出ルートを脳内でイメージする。
窓際から教室の出入り口まで約20歩。
それまでに魔王(土御門リリー)と視線を合わせず、且つ気取られずに教室から脱出するには、鞄を背負わず抱えて教室の半分まで歩く。
そこまで行けば、あとはゾロゾロと教室を出るクラスメイトに紛れ廊下まで歩けばいい。
(・・・・今ッ!!)
完全にイメージをした通り、鞄を背負わずに前で抱え土御門リリーの背後を通りすぎる。
(よし、よしよしよしッ!! あとはこのまま前の太田クンとその仲間達に紛れればミッションコンプリー―――トッ!!)
決死の覚悟と教室から出られる確信に、思わず小さく微笑みを浮かべた。
しかし、すぐに制服の袖が何者かに引っ張られ動きを止められてしまう。
その引っ張っている相手が誰なのかは教室の前方側にいるクラスメイト達の唖然とした光景に察した。
「ねぇ、ちょっと待ってくれる?」
そう声をかけてきたのは転校生の土御門リリーである。
「・・・ナニカナ?」
「私この辺りの土地勘がまだあまりないの。 よかったら少しこの辺りの事を教えてほしいのだけれど。 どうかしら?」
「い、いや~・・ボクこれからちょっと用事が・・・」
「バッキャローーーーーーーッ!!!」
「ブべッ!!?」
突然背後から強烈な脳天チョップを振るわれた。
頭を抑えて膝を曲げ、チョップしてきた背後の男を見る。
「な、なにすんだよ豚メガネッ!!」
「貴様こそ一体何を言っているのだこのムッツリ野郎ッ!!」
「はぁ?!」
いつにもない太田クンの鬼気迫る気迫に押されて後ずさる。
「いいかムッツリ君ッ! 貴様には今、丁度胸当たりに2つ選択肢が表示されているのだッ!」
「いや、されてねぇよ」
「いいか? 2つの内1つは【 ぼ、僕が君に街の案内をッ! 】と驚くセリフと【 良いぜ。 オレが君にこの街の事を教えてやるよ。 キラッ】とイケメンボイスで相手を口説くセリフが表示されているのだッ!」
(なに言ってんだコイツ)
「それだと言うのになんだ貴様はッ! 用事? そんな物は嚙んだティッシュにくるんで捨ててしまえッ! そんな事よりも自分が今やれることをやるのが男・・いやッ! 漢という物だろうッ!!」
太田クンの背後では友人達が、「やめろよ太田氏ッ!」「あ、ダメだこれ。 完全にスイッチ入ってるわ」「はーい皆さんお騒がせしました!」「とりあえず回収ですな」などと、太田クンの暴走を止めて教室から引きづりだしていった。
「・・・それで? 返事は?」
「・・・」
あの騒動の中に紛れ込んで太田クン達と一緒に教室から退出したかったが、未だ土御門は英雄の袖を掴んでいる。
なんならあの騒動の中で片づけを終えてカバンまで肩に掛けて帰る準備を終えていた。
心なしか断ったら殺すとでも言いたげな眼と雰囲気が溢れているように見える。
・・・いや、確実に殺られるッ!!
「・・・いいぜ。 オレが君にこの街の事を教えてやるよ。 キラッ」
その日、転生して生まれた中で初めて女子から冷たい視線を受けた。