1 普通じゃない転校生
ごく普通の何処にでもある公立高等学校。
ふつうーの共学であり、ふつーうの人間が通う偏差値が上でも下でもないふつーの学校。
特に部活動が強豪なわけでも、進路に強いわけでもないふつーーーーーうの高校。
しかし
何故か入学式も終えて1ヵ月も過ぎて5月を迎えた今日。
ふつーうの高校のふつーうのとある1年の教室は、何故か普通の雰囲気ではなかった。
「おいどんな子が来ると思う?」
「そうだなー。 時期が外れた転校生。 しかもイギリスからの帰国子女。 日本人の母親とのハーフと来た」
「それだけ聞くとすでに美少女である事は確定しているな」
教室の真ん中では男子生徒がありもしない想像を膨らませて語り合っており。
「やーね男子は。 誰が女子だって言ったのよ」
「昨日の先生の話ではイギリスからの帰国子女が転校してくるってだけしか言ってないよね?」
「つまり、イケメン男子である可能性もある・・・と」
前の教室側でも男子同様、ありもしない想像で歓喜を上げている。
「おい源! お前はどう思う?」
「うん?」
窓際でホームルームまで静かに寝ていた男子生徒、源英雄は、眠たい頭を上げる。
「だーれでもいいよ。 転校生なんて」
「なに言ってるんだよ源クンッ!」
「そうだよ源くん! これは俺達男子組にとっては人生を左右するビックイベントだと言うのに?!」
「ビックイベント~??」
「その通りッ! 海外からの帰国子女ッ! 時期を外した転校生ッ! これは我ら男子にとって青い春が訪れる神からの御導き。 ここで彼女とお近づきになれたものが、我らが生きる世界の主人公としての存在を認められるのだッ!」
「おい誰か。 この豚メガネを今すぐに保健室へ連れて行ってやれ。 病名は中二病だ」
「ブヒィーッ!? 誰が転生したら豚になっていた件だブヒィーッ!!」
源とクラスメイトの会話がすべて聞かれていた為、教室内では笑いが込み上げた。
豚メガネ及びクラスメイトの太田くんが別の生徒に怒りを宥められていると予鈴のチャイムがなる。
生徒達は落ち着かない様子を見せながらも席に着き、本礼まで近くの友人と会話をしながら担任を待つ。
(転校生ねぇ・・・)
確かに太田くんの言う通り漫画やアニメの世界だと幼馴染の美少女との10年ぶりの再会だとか、休日に出会った初対面の出会い最悪の少女と出会ったりするのが醍醐味ではあるのだろうが、現実とはそんなうまくいかないものだ。
美人な幼馴染も急な転校生との恋ストーリーも普通は起こらない。
何故なら普通ではないからだ。
普通とは何事もない日常を過ごすという事だ。
恋も勉強も、運動も友情も、すべてが普通に過ごす日常であり、漫画やアニメのような御都合な事が起こるわけがない。
そんな非日常、普通はしない・・・ハズ、なのだが。
「なんなのかね~。 最近は見る頻度が増えた気がする」
周囲の賑わう声を聞きながら瞼を閉じる。
◇ ◇ ◇ ◇
物心がついた時から、よく見る夢がある。
見た事も聞いた事もない、こことは別の異世界の物語。
その見ている人物は自分自身である事は自然と理解していた。
まるで漫画やアニメのようなファンタジーな世界で、そこには剣と魔法が飛び交う冒険が日常な世界。
そこで俺は勇者として崇め称えられ、沢山の人から応援されていた。
一緒に旅をしていた仲間もいた。
俺を合わせて男2人、女3人の5人パーティ。
どうやら俺はこのパーティーで魔王を倒す旅をしているらしい。
色々な出来事と出会いを繰り返して、長い旅路の果てに、俺達は魔王を打倒した。
なんの変哲もない冒険譚であり、物語のような英雄譚。
この見ている夢が妄想でも想像でもなく前世の記憶であると自覚するのに、それほど長い年月はかからなかった。
それから俺は、今の日常を大事に過ごそうと強く思った。
あんな命の危険に迫られる非日常な世界なんてまっぴらごめんだ。
この世界に転生したのだ。
ごく普通の、当たり前の日常を過ごし、生きていく。
それが転生した勇者だった俺の目標である。
◇ ◇ ◇ ◇
「おーそれじゃあみんな席につけー」
すでに全員席についているが、担任の教師はいつもこのセリフを第一声に言って教室に入る。
「えー、昨日に言った通り。 えー、今日はえー、転校生を、えー紹介する」
教室の前で待機させている生徒を招きいれると、沸いた声を出したのは男子の方だった。
「えー、それじゃあ自己紹介して」
担任に言われると、転校生は黒板に自分の名前を書いて教室全体に視線を回す。
「・・・・」
「ん?」
気のせいか、一瞬目が合った時に睨まれたような・・・・っというか、見た事があるような・・・。
「初めまして皆さん。 今日からこの学校に通う事になりました。 土御門リリーと申します。 どうぞよろしくお願い致します」
流暢な日本語で深くお辞儀をする転校生に、クラスメイトは驚きの声と湧き上がる男子の歓声が教室の外まで響き渡った。
「うォォォォォッ!!! 超絶美少女帰国子女キタァァァァッ!!」
「俺にもようやく春が・・・ッ」
「ねぇ、誰か美女と話せるコミニケーション術を知ってたら伝授してほしいのだが?」
一方、女子の方では彼女の容姿をマジマジと見て見惚れている。
「うわスゴ、何あの胸。 何カップ?」
「肌しろッ! まつ毛長ッ! 足細っ!! 髪サラサラッ! モデル体型で超羨ましんですけど!!」
「どうしよう、同性なのになんだかドキドキしちゃう!」
みんな意見は多種多様ではある物の、深々下げる礼儀正しさと美貌によって転校生の印象は良好のようだ。
――――ただ一人を除いて。
「ァ・・・ぇ・・ァぇ?」
「・・・・」
ジッと見つめてくる転校生リリー。
滝のように汗を流してリリーと視線を逸らす男子生徒、源英雄は気付いてしまった。
もしかしたら、いやそんな事があるはずもない。
そうやって自分に言い聞かせていたが、つい昨晩にも同じ夢を見てしまった為に気付くまでにそれ程時間はかからなかった。
だが、どうしても疑問を払う事もできない。
確証も出来ない。
しかし、何故か彼女が本物だと確信してしまう。
あの顔、あの髪、あの声。
英雄は彼女が誰なのかを知っている。
それは今の自分ではなく、過去の、前世の英雄が出会い、そして倒した勇者の宿敵。
(なんで・・・ここにアイツがッ!!)
担任に声をかけられても、まるで射殺すような眼でこちらを見る事を止めないリリーから、英雄は顔を窓に向けて過ごす。
(おかしい・・絶対におかしいッ! だってここは前世の世界とは全く別の異世界だぞッ!)
異世界の人物が、この世界に居るはずもない。
それは夢の記憶が前世の記憶である時点であるわけがない事実。
しかし
英雄のすぐ前にいる土御門リリーと言う少女は、前世で英雄が勇者として倒した魔王、その人物の姿だった。