表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

楊、そして夢恵

 ホテルで一度、二人と別れた唄はまず、ホテル入り口で彼を待っていた女性に、話しかけた。その女性は水色のワンピースに身を纏っている。

「久しぶりではないか、唄」

やんさん、お久しぶりです」

「たまにはお前の顔をみたくなってな」

「この街の住民みたいですね」

 唄が楊と呼んだ女性は、中華の貴人を思わせる顔立ち、口調をしている。

「もちろんだろ。街にいけば、そこの住人に扮装するのが掟。目立つのは、一部の金持ちと、お前みたいな頭の悪い暗殺者だけでよいのだ」

 楊は、唄が持つものと同じ巾着を差し出した。

「先週の報酬、新たな仕事、そしてきれいな服だ」

 唄はそれを受け取り、自分が持っていたのものを楊に渡した。

「ありがとうございます。確かに、約束通りのお金、青と白の市松模様の和服、受けとりました」

「他の模様を渡しても、着さえしてくれないことはもうわかったからな。何故それにこだわるのだったか」

「おぼろげに覚えている、小さな頃の記憶ですよ」

「そうだったな。何度聞いてもわからない。それより、一緒にいたのは誰だ?」

「前にも言いませんでしたか。この街の情報屋ですよ」

 顔に扇子で風を送る唄。

「その男でないのは、わかっておるだろ。女の方だ」

 楊は、声に威圧をかけた。

「彼女は、仕事の依頼人です」

「この私から流された以外の仕事はするな、と言ってるはずだが?」

「暗殺ではありません。用心棒ですよ」

「本当にただの用心棒か?あまり人と接しないばかりに、あの女に惚れてしまったのではないのか?」

 楊はわざとらしく鼻を鳴らした。

「彼女とは、明日家まで送ればそれで終わりなのですから、そんな心配は要りません。では、僕はあなたから受けている仕事あんさつがありますので」 

 唄はその場を去ろうとする。

「お前が生きているのは誰のお陰か、忘れることのないようにな」

 それだけ残し、楊も去った。

 唄は、ホテル街を出て低級住宅地まで歩いた。

 今日の標的ターゲットは、この高級住宅地の一画に暮らす夫婦。大手のIT企業で働く二人は、裏社会に情報を流している噂がある。だが、唄はそれが原因で暗殺するのかは知らない。依頼人すらも知らないのだ。

 先程の楊という人物、もしくはその手下から、殺す人物と日程を教えられるだけ。それ以外は何も教えられることはない。

 標的ターゲットを発見した。夫婦は道端で話している。唄は既に調べをつけており、二人がこの時間にこの辺りにいること、他の人通りが少ないことを確認していた。

「こんにちは」

 二人の背後に唄は立ち、夫の方の首に簪を素早く突き刺し、抜いた。夫は倒れた。

「助けてください。娘がいるのです」

 妻は膝をつき、祈るように唄の顔を見上げた。

「そうですか。僕が調べたところによるといないようですけど」

 女は腰のホルダーから銃を引き抜き、唄に銃口を向けた。

「知ってたのか……」

 女の前にいたはずの唄は、背後に立っていた。女がもっていたはずの銃も唄の手に握られている。

「ボクは親子という関係に弱いのです。だから、子供のいるような人間は基本、避けてもらってます」

 鋭い針が妻の首に刺さっていく。

()わかれと ()からずいくが ()そうかな」

 唄はまた、ホテル街へと戻るために歩き始めた。

 ホテルに戻った唄は、自分の部屋(205)に向かったが、202の部屋の前で違和感を感じたのか、立ち止まった。すると、ドアが開いてなかに入れられた。

「おかえり、唄。助けてくれ」

「だれですか?」

 二人の視線は縄で縛られた少女に注がれている。

「あの子の部屋に侵入しようとしていた。だから、捕まえたんだ。でもな、全然話してくれなくてさ」

「どうして侵入しようとしたのですか?」

「ウタ、許さない」

 唄をにらみつける少女。

「おまえ、この子になにした?前の彼女?」

「累、今はそんなこと言ってる場合じゃないです。あなた、許さないと言ったのはどういうことです?僕が何をしたのでしょうか」

 少女と少し距離を置いて、唄はしゃがむ。

「ウタ、うちの家族殺した。許さない」 

 少女は体をねじらせて唄に噛みつこうとする。唄は立ち上がってよけた。

「お前が今まで殺してきた誰かの子供か?」

「わかりません。でも、どうして僕が殺した、とわかるのです。誰かに聞いたのでしょうか」

 唄は腕を組み、いつものごとく頭を扇子でコツコツと叩く。

「それは言えない。でも、ウタが親を殺したと聞いた。だから、その大事な人間を殺してやればいいと」

 その言葉に、唄はハッとした。

「もしかして、水色のワンピースを着た女性ですか?」

「言わないといってる」

 少女はそっぽを向いた。

「もしこのまま何も言わないのだとしたら、殺すしかないよな」

「そうですね。残念ですが」

 二人の言葉を聞いて、少女は首を横に何度も振った。

「まだ死ねない。家族の敵をうつまで、死ねない」

「あなたの家族はどこで殺されたのです?」

「中華の地だ」

「僕はもう、四年ほど中華の地には足を踏み入れてませんよ」

「嘘だ」

「それに、僕は子供のいる人は殺してないですよ」

 少女は唄をにらんでいたが、涙を流し始めた。

「嘘だ!家族を殺したのはお前だ。そう聞いた」

 そう叫んだあと、少女は声を出してわめき始めた。

「まてまて、そんなに泣かれるとオレたちも困るし、お前も困るだろ」

 必死になだめる累。

「唄、どうする?普通ならもう殺すべき相手だが」

「困りましたね。暗殺に失敗した暗殺者は、今殺されなくても、雇い主に殺される羽目になりますから」

 それを聞いて、少女は首をまた横にふる。

「これは、仕事じゃない。復讐に手を貸してくれただけ」

「それは、お前の勝手な解釈だ。そして、お前にそれを言ったやつは、きっと唄を消したい、もしくは隣の少女を消したくてお前にそんなことを言ったんだ。お前にそれを言ったのは、お前の雇い主か?」

 泣きじゃくる少女の頭を累は掴んだ。少女は迷っているような顔を見せる。唄は累の手をどかせた。

「累、乱暴にしては可哀想ですよ。あなたの雇い主に言われたのですか?名前までは聞きません。それだけ教えてください」

 腰を下ろし、少女の目をまっすぐと見つめる唄。

 少女は目をそらし、ゆっくりと頷いた。

「そうですか。教えたくださり、ありがとうございます」

 立ち上がって唄は累の方を見た。

「恐らく、僕の存在が邪魔になった誰かの仕業でしょう。そして、おそらく……」

「お前のところの組織の、誰かってことか」

「そう考えるのが妥当です。それにしても、彼女をどうしたものか……名前を教えてもらえはしないのですか?」

 少女は目をあわせないように、下を向いている。

夢華モンファ

「モンファさんですね。少しベッドに縛らせていただきます。そして、しばしお眠りください」

 張の体はベッドの足に縛られた。そして、彼女の首は唄の扇子で叩かれた。

「累、一度部屋を移りますよ」

 唄と累は武器をすべて回収し、205の部屋へと移動した。

「どうする?」

「親の敵をうちたい、と言われると殺しにくいですね」

「お前は、そういう感情あるのか?」 

 累は新たに煙草に火をつけた。

「ここ、禁煙ですよ。僕は、わからないです。両親の記憶もほとんどないですし。おぼろげにあるのは……」

「白と青の市松模様だろ」

 累の口から煙が吐き出された。

「とりあえず、カスミは僕といたら危ないようですね。明日、累がロックストーンまで送ってくれますか?」  

「オレはいいけど、お前はどうするんだ」

「明日もここで仕事がありますし、モンファさんのこともありますし。もう少し早かったら、楊さんに聞けたのですが」

「あのおばさんが怪しいんじゃないのか?」

「それは、わかりません」 

 ふいに、唄の体は壁に押し付けられた。

「おい、唄。オレは出会う前のお前を、知らない。出会ってからだって、時々このグレイストーンで会うぐらいだ。だが、オレはお前に命を救ってもらった。そして、オレとお前は暗殺者と情報屋、という関係よりは深いものだと思ってる。だから、言う。あのおばさん、その組織、本当はお前の」

 唄は開いた扇子を累の口元にかざした。

「その話は何度も聞きましたよ。でも、君が僕に命を救ってもらったのと同じように、僕もあの人に命を救ってもらったんです」

 累の体を押し返し、唄は壁から離れてドアへと向かう。

「話が長すぎましたね。モンファさんが退屈しますよ」

 二人は202に戻った。夢恵は気絶したままであった。

「今晩は寝ずの番ですかね」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ