表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

夢恵の雇い主

 夢恵は誰かの話し声で目を覚ました。

「あら、起こしちゃった?」

 ひとつのソファに唄と舞が並んで座っている。

「今は朝か?」

「夕方よ。それにしてもよく寝たわね」

 何やら怪しい赤色の飲み物の入ったグラスを、くるくると回す舞。

「ウタ、大丈夫か」

「あら、心配してくれてるわよ?」

「聞こえていますよ。体調は大分よいです。助けてくれてありがとうございます」

 舞は唄の肩に腕を回している。

「こんな可愛い子に助けてもらえるなんて、ウタちゃんは運がいいわよね。アタシ、こんな子に抱えてもらってたなんて知ったら、興奮しちゃうわ」

「モンファさんは、どうしてあのまま逃げなかったのです?」

 舞の言葉を無視する唄。それでも、舞は気分を悪くしない性格だった。

「敵を打つ手がかりを失う気がした」

「この子、端的に話すわね。かわいいわ。あら、そういえば、あなたの飲み物入れてあげてないわね」

 それを聞いて、夢恵は顔をしかめた。何を飲まされるのか心配になって唄の方を見ると、唄の前には湯気の立ったカップがある。

「なにかわからないけど、これお茶よ」

 カップに温かそうな液体が注がれていく。それを受け取った夢恵は匂いを嗅ぐ。

「ジャスミン茶」

 夢恵はゆっくり飲み始めた。

「飲んでくれてよかったわ。それで、ウタちゃんはこれからどうするの?」

「どうしましょうか。モンファさんが雇い主について話してくださるのが、まずは一番いいのですが。そうでなければ、情報集めからしなければいけませんから」

 カップをおいて中身を見つめる夢恵。その味に故郷を思い起こしていた。

「これは、何も知らない他人の一意見として聞いてほしいんだけど。あなたはたぶん、ウタちゃんと同じようにその雇い主に命を救ってもらって、ここまで育ててきてもらったんでしょ?それでその人はどれだけのことをあなたにしてくれた?その人と、あなたの本当のご両親、どっちがあなたにとって大切な人かしら。その雇い主を庇うことと、パパとママの復讐、どっちが大事?」

「ゃ……ん」

 張は小さな声で呟いた。

「あら、なんて言ったのかしら?」

「楊……」

「楊さん……ですか?」 

 唄は耳を疑った。

「あら、楊さんってウタちゃんの雇い主さんと一緒じゃないの?まぁ、性が同じってことはよくあるわよね」

「下の名前はわからないのですか?」

「教えてくれない」

「住んでいた地域は?西京シャーキンですか?」

「そうだ」

 唄は信じられなかった。今の話では、自分の雇い主である楊さんが、夢恵の雇い主でもあり、自分を殺そうとしていることになる。

「あら、まさかの同じ人?かわいそうね」

「あり得ない話ではないです。何らかの理由で僕を不必要、もしくは邪魔な存在と考えたとすれば、あり得ます。しかし……」

 唄の頭には、最後に見た楊の姿が浮かんでいた。

「まだ完全にそうとは決まったわけではないのよ?ウタちゃん」

「あの少女を殺すように命じたときに、その人はどんな格好をしていましたか?」

「水色のワンピースを着ていた」

 それは、まさに唄の雇い主があの日に着ていたものと同じ服装である。

「僕の『楊さん』も、同じ色のワンピースを来ていました」

「ウタちゃん、可哀想に」

 舞は唄の頭や背中を撫でた。

「同じなのか」

「いまのところ、同一人物の可能性が強いですね」

「ウタは腕がいいはず。なぜ殺したい?」

「そうよ、その楊さんがウタちゃんを殺したい理由がわからないわ」

「それは、これから探すか、本人に聞き出すしかないです」

 唄は下を向いている。

()つむいて ()らをみあげて ()まされて」

「ウタちゃんも、そんな風に思うことあるのね。まぁ、まだ確定した訳じゃないし、希望を持ちましょう。ほら、ご飯食べて元気だしなさい」

 様々な料理を机に並べていく舞。

「ウタちゃんが久しぶりに来て、嬉しくていっぱい買っちゃったわ」

 

 食事を終えると、夢恵は再び眠った。

「この子、よく寝るわね」

「疲れているんでしょう」

「ウタちゃんも寝ないといけないわよ」

「あなたが横に座っているから、横になれないのですよ」

「あら、ごめんね」

 舞は空いてるソファに移動した。

「それで、どうするつもりなの?」

「どうしましょうか。いずれにせよ、今晩泊まる場所を探さなければいけません」

「それってここに泊めさせてほしいってことかしら?」

 まばたきしながら、唄を見つめる舞。

「もし可能なら、それがありがたいですが。無理は言えませんから、どこか探します」

「何言ってんのよ。アタシを悪い人から助けてくれたウタちゃんを、見捨てるわけないわよ。それに、敵が誰でどこにいるかも分からないのでしょ?ここにいなさい」

「ありがたいことですが、僕はあの悪人を殺すのが仕事だっただけですよ」

 扇子で顔を扇ぐ唄。夜でも空気がジメジメとしている。

「もう少し遅かったら、今のアタシはいないのよ。だから、あなたが助けてくれたの」

「そうでしたね」

「お友達は明日帰ってくるのかしら?」

 「お友達」とは、累のことだ。累がカスミをロックストーンへ連れていっていることも舞は唄から聞いている。

「そのはずです。無事だといいんですが」

「あれは大丈夫よ。強いしカッコいいし。カッコいい男はみんな強いのよ」

 累は両腕を曲げて、筋肉を見せるポーズを取っている。

「そろそろ眠くなってきました。扉の鍵は閉めていてくださいね?」

「わかっているわ。アタシ、こんなに信頼されて嬉しいわ。それじゃあ、ゆっくりお休みね」

 舞はゴミを集め、外に出て鍵を閉めた。

「アタシは金で動くような人間じゃないわ」

 そう呟いて、闇の街へ消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ