「 短夜 」
数多の星が夜空に輝く午後8時。今日は隣町の花火大会で、僕は帰りの電車に乗るため、友人と別れ駅へ向かう海岸沿いの通りを歩いていた。
横から、潮の香りをのせた涼しい風が僕の頬に優しく触れ、汗ばんだ体を少しだけ冷やした。
花火が終わるまであと1時間ある。ちょっとだけ浜辺に行ってみようと思い、僕は履いていたサンダルを脱いで砂浜へ降りていった。
その時だった。おそらく今日見た中で1番大きい花火が「ドカーン」と大きく響きながら打ち上がり、それと同時に、波打ち際に立つ1人の少女を白色に照らした。
目が離せなかった。どうしてかは分からない。綺麗な紺色の浴衣を着ていたせいなのか、
少し泣きそうな顔で花火を見上げていたせいなのか、僕はさっきから素足の裏につきまとう砂の気持ち悪さすらも忘れてしまっていた。
すると彼女もこちらに気づいたらしく、僕はずっと見つめてしまっていた事を申し訳なく思い、とっさに声をかけた。
「綺麗ですね、花火」
それは自分でも驚くくらい弱々しい声だった。
「うん、とっても綺麗ですね」
彼女の端麗な見た目に似合う、真っ直ぐで心地よい声だった。歳は僕と同じくらいに見えた。
「よかったら、ちょっと歩きませんか」
彼女が向こうを指差しながら言った。
「はい」
今度ははっきりと答えた。
絶え間なく打ち上がる花火が海面に映され、綺麗な映画を見ているみたいに幻想的だった。
そして、今日初めて会った人とこうして一緒に歩いている事がなんだか気恥ずかしく思えた。
それから色んなことを話した。お互いの学校のこと、彼女が飼っている猫について、小さい頃に僕が行ったオーストラリアの話。
歳はやはり僕と同じで、“大人しそう”という彼女の第一印象とは違いよく笑う人だった。
もっと彼女のことを知りたい。不意にそんなことを思ってしまった。
気がつくともう花火は終わっていて、僕たちのいる浜辺が静寂に包まれる。
「終わっちゃったね」
静かに、消えそうな声でそう彼女は言った。
隣を見ると、彼女のまとめていた髪が風にほどかれ、何本かの束になってゆらゆらと揺れていた。綺麗だった。
「あのさ、また会える?」
無意識だった。僕はそんなことを言ってしまった。「いや別に、変な意味はなくて…」と撤回しようとしたら、
「会えるよ、きっとまた会える」
彼女がまるで、花火が散って消える時のように儚く、でもとても綺麗な笑顔で僕に言った。
どこまでも深い夜の底。紺色の空には白い小さな穴がいくつも空いて、僕の心を見透かされているみたいだ。
今日のことは、ずっと忘れないだろう。潮風と草木の混じった夏の匂い、波が引く時の音、風に吹かれた君の髪の揺れ方。
その全てが僕に絡み付いて離れなかった。名前も、どこに住んでいるかも分からないけれど。
君と別れた帰り道、もうとっくに見えなくなっている君の姿に振り返った。
「また会える、か」
その日、僕は君を好きになった。
一夏の恋を、一夏で終わらせたくはない。