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Cafe Shelly

Cafe Shelly 大人になりたい、なりたくない

作者: 日向ひなた

 そこは私にとって別世界だった。

 クッキーの甘い香りとともに、なんだかほろ苦いコーヒーの香りが入り交じっている。ジャズっていうんだっけ。軽やかで、それでいて重みのある音楽が流れている。そこにいる人たちはみんな大人で、会話も私にはわからない言葉を使っている。まるで異空間にいるような感じ。そんな中で私は一人、グレープフルーツジュースを飲んでいる。

「でねぇ、美咲ったらホント変なのよ…」

 隣では大笑いしながら二人でおしゃべりをしている。一人は私のママ、そしてもう一人はママの友達。ママは私が隣にいるのを忘れているようだ。ここにはそれくらい熱中させる何かがあるんだろうな。

 ふぅ、なんだかつまんない。置かれている本も大人のファッション誌や興味のないグッズの本だったり。私が読めそうなものが一つも置いてない。大人の世界ってこういうのなんだ。こんなことなら、さっきママに本屋で何か買ってもらえばよかった。そもそも買い物に一緒に行こうって言ったのはママなのに。そしたら道でばったりママの友達に出会って。気がついたらこのお店に連れてこられていた。私を暇な小学五年生だと思っているのかしら。でも喫茶店なんて初めて入るな。

 それにしても退屈だな。ママは私のことを完全に忘れているみたいだし。窓の外をボーっとながめて時間をつぶすしかない。そのとき背中をトントンっとたたかれた。

 えっ!? 振り向くときれいなお姉さんがそこに立っていた。さっきジュースを運んでくれたお姉さんだ。

「ねぇ、ひょっとして退屈なんじゃない? よかったらおねえさんとお話ししない?」

 そう言ってにこやかに笑うお姉さん。

「でも…」

 ママのほうをちらりと見る。が、ママは私がお姉さんと話をしていることすら気づかないみたいで。

「大丈夫よ。あの、すいません」

 お姉さんはママに話しかけた。

「あ、はい」

「私、この店の者なんですけど、お嬢さんと遊んでもいいですか?」

「えぇ、かまいませんけど」

 ママの返事はあっさりしたものだ。

「よし、じゃぁあっちに行こうよ」

 私はお姉さんに促されるままにカウンターのほうへと移った。そこには色とりどりの二色の液体の入ったビンが並んでいる。

「わぁ、きれい」

「えっと、お名前は?」

「あ、美沙っていいます」

「美沙ちゃんね。私はマイっていうの。よろしくね。美沙ちゃんはどの色が好き?」

 優しい目でそう語り掛けるマイ姉ちゃん。私はなんだかホッとした気分になった。それからマイ姉ちゃんに色について教わった。色にはそれぞれ意味があって、そこから今の心の状態やなりたい自分がわかるんだって。

「じゃぁ美沙ちゃん、将来なりたい自分を思い描いてここから一本選んでごらん」

 私は百本以上もあるボトルを一つ一つじっと眺めた。好きな色はピンク。でも今はピンクを選ぶという気持ちが湧いてこない。私が選んだのは、上が紫で下が水色というもの。

「このボトルね。これは新たな可能性を示すボトルなの。きっと大人になったらいろいろな可能性にチャレンジしてみたいって思っているのね。壁にぶつかっても大丈夫よ。美沙ちゃんの進むべき道がちゃんと見つけられるから。だから安心して何にでもチャレンジしてみてね」

「はいっ」

 マイ姉ちゃんにそう言われるとすごく自信が湧いてくる。私も大人になったらマイ姉ちゃんみたいになりたいな。きれいだし、やさしいし、そして自分の背中を押してくれる、そんな人に。あぁ、早く大人になりたい。

「マイ、ちょっとこっちを手伝ってくれないか」

「あ、はぁい。美沙ちゃんごめんね、ちょっと仕事をしてくるね」

 カウンターから呼ばれたマイ姉ちゃんは裏へ消えていった。そしてまた私はひとりぼっち。ふぅ、とため息。ママを見ていると、あんな大人にはなりたくないって思う時がある。今がまさにそうだ。自分のことばかりで頭がいっぱい。そばに悩める娘がいることなんか、全く目に入っていない。どうせ大人になるなら、マイ姉ちゃんみたいな人がいいな。

「美沙、そろそろ帰るよ。ほら、何してるの?」

 ほら、何してるの。これはママの口癖。私は何もしていない。むしろ勝手なことをしているのはママの方だと思うんだけど。

「はぁい」

 その言葉に対して私はそう返事するのが一番だと悟った。無理に逆らえば、ママの攻撃がさらにひどくなるからだ。

 帰り際、マイ姉ちゃんがちらりと姿を見せた。そして笑顔で小さく手を振ってくれた。私もにこりと笑って手を振った。

「さ、美沙、行くよ」

 そんな私に気づかずにママは私の手を引っ張って店を出た。

 結局私は何のためにここに連れてこられたのだろう。単なるママの御供にしか過ぎないのかな。そう考えたら、なんだかむなしくなってきた。

 マイ姉ちゃんが言ったとおり、大人になったらいろいろな可能性にチャレンジできるんだろうか。本当に私の進むべき道って見つかるのかしら。将来の期待と不安が入り交じった気持ちで家路を急いだ。

 初めて喫茶店に行った日から二日後、学校で作文の授業があった。題材は「将来の夢」。ちょっと前まで私は幼稚園の先生にあこがれていた。小さな子どもと遊ぶのが好き。でもママが友達と電話でこんな話を聞いているのを耳にした。

「あそこの幼稚園、先生の入れ替わりが激しいらしいよ。給料安いわりには園長先生にいろいろとこきつかわれるし。おまけに主任の先生が幅をきかせて、言いたいことも言えないっていうし…」

 私がそれを耳にしていたことは気づかなかったんだろう。でもその話を聞いてから、幼稚園の先生になりたいって気持ちが急激になくなった。だからといって別に何かなりたいものがあるわけではない。この作文の題材にはかなり頭を悩ませた。う~ん、やっぱ無難に幼稚園の先生って書いておくか。でもイマイチその気になれないし。かといって他の職業なんて思いつかない。どうしようかな…。

 このとき、ふとマイ姉ちゃんの顔が思い浮かんだ。そうだ、マイ姉ちゃんみたいな人になりたいって書こう。喫茶店でお客さんと楽しく会話して、手作りのクッキーも焼いて。クッキーなんて焼いたことないけれど、一度作ってみたくなった。なんだかワクワクしてきたな。

 こうして出来上がった作文。我ながら上出来だ。そのせいか、先生からも「内容が活き活きしているね」とほめられた。作文って苦手だったけれど、自分が書きたいものだと思ったら楽しく書けちゃうものなんだ。ウキウキしながら家に帰って早速ママに報告。

「ねぇ、ママ、今日ね、学校でね…」

「美沙、今お料理で忙しいから後でね」

 ママは夕方パートから帰ってくると、いつも忙しそうに夕食の支度をしている。私がまだ小さかった頃は、家に帰るといつもママがいていろいろとお話しができていたのに。去年からパートに出始めてからママは変わった。なんだかいつも忙しそう。でも私の話くらい聞いて欲しいな。

 夕食の下ごしらえができて、ママがソファに座り込む。そのタイミングを見計らってもう一度声をかけた。

「ねぇ、ママ、今日学校でね…」

「美沙、ごめん。このテレビだけは見せてくれない?」

 これもわかっていたこと。ママは今、ケーブルテレビのあるドラマにはまってる。これを見たいがために夕食の準備を急いで終わらせているようなものだ。私には何がおもしろいのかがわからないけれど。手にした作文がなんだかつまらないものに思えてきた。そして夕食の時間がやってきた。

「今日もパパ遅いの?」

 ママがダメなら、せめてパパに作文の話を聞いてもらおう。そう思ったんだけど。

「今お仕事が忙しいのよ。さ、早く食べてちょうだい」

 ママは目線をテレビに向けてそう答える。どう考えても作文の話なんてできそうにないな。ならば最後の手段に出るしかない。

 食事が終わり、ママは食器の洗い物をしている。食器を片づけたダイニングテーブル。私はそこに自分の作文を目立つように置いた。これならママも読んでくれるだろう。そしてお風呂に入る。上がった頃に気づいてくれればいいのだけれど。期待をしてお風呂から上がってみると…ない、作文がない。よし、ママはちゃんと手に取ってくれたんだ。そう思った矢先

「美沙、学校のプリントはちゃんと片づけておいてね。邪魔になるから机の上に置いといたよ」

 ショック! ママはダイニングの上にある作文をただの宿題のプリントだと思って、目も通してくれなかったんだ。さすがに頭に来た。急いで二階に駆け上がり、机の上にある作文に手を伸ばし、真ん中から破って捨てようと思った。けれど手はそこで止まった。そして自然に涙があふれてきた。

 あんなママ大嫌い。私、あんな大人になんかなりたくない。

 気が付くと朝。私はあのままベッドで涙を流しながら寝ていたみたい。ボーっとした顔で階段を下りる。

「美沙、なにしてんの? 早く支度しなさい」

 ママはせわしく朝食の準備。

「はぁい…」

 顔を洗おうと洗面所へ。そこにはひげを剃っているパパがいた。

「お、美沙、おはよう。どうした、何か元気ないぞ」

「う、うん…」

 まさかママが原因とは言えない。

「あのさ…パパ…あとで読んでもらいたい作文があるんだけど…」

「おっ、作文か。それはぜひ読ませて欲しいな。今忙しいから、会社に行く途中に読んでもいいかな?」

「うん」

 パパの言葉で少し元気になった。私は急いで顔を洗い、着替えを済ませて作文をパパに渡した。パパみたいな人だったら、大人もいいかなって思う。でもママみたいな大人はいやだ。

 私、将来どんな大人になるんだろう? 作文に書いたみたいに、マイ姉ちゃんのような大人になりたい。そんな思いがグルグル頭の中で渦巻いた一日。おかげでボーっとして先生に二回も注意されちゃったけど。この日の夜、めずらしくパパが早く帰ってきた。久しぶりに三人そろっての夕食。ここでパパがこんなことを言ってくれた。

「美沙、あの作文読んだぞ。なかなかおもしろかったな」

 パパのその言葉に私は救われた。おもわずにんまり。

「え、なに、作文って何よ? どうしてママに読ませてくれなかったのよ」

 突然ママが怒ったように言ってきた。

「なんだ、ママはまだ読んでなかったのか? ちょと待ってなさい」

 パパはカバンから私の作文を取り出した。

 私は今のママの言葉に不機嫌。だって読ませようと思って読まなかったのはママなのに。ママは不機嫌な態度で奪い取るように作文を読み始めた。しばらく沈黙の時間が過ぎていく。パパがお茶をすする音だけが響いた。そして一通り読み終わったとき、またもママが信じられない言葉を。

「美沙、あなたあれだけ幼稚園の先生になりたいって言っていたのに。そんなにコロコロと将来の夢を変えるものじゃありません。そんなにすぐに心変わりするようじゃ、なにごとも長続きしないのよ。自分でやりたいって言ったことはやり続けないと」

 バンッ!

 私は持っていたお箸をテーブルに叩き付けて、泣きながら二階の自分の部屋に走った。もうイヤだ。ママなんかだいっきらい! 私の気持ち、何もわかってくれないじゃない。ママこそなんでもかんでも長続きしてないじゃないの。私はベッドの上でうつぶせになってずっと泣き続けた。

 翌日は土曜日。学校が休みだったのが幸いした。いつもなら「いつまで寝てるの!」とママにしかられるところ。けれど今日は八時を過ぎても何も言ってこない。私がどれだけ腹を立てているのか、ママにもわかったのだろう。けれど私の腹の虫は治まらない。実は目はずっと前から覚めていた。そしてあることを考えていた。今から起きてママの態度次第では、そのあることを今日実行しようと思う。

 パジャマのままリビングに降りてみる。

「美沙、おはよう。起きるのが遅かったから先にご飯食べたよ」

 声をかけてきたのはパパ。ママは台所で片づけものをしている。が、あきらかに不機嫌な態度。私は黙って、用意してある朝食に手をつけた。ママは私に目を合わせようともしない。私がここに来たからなのか、さっさと洗面所の方に移動して今度は洗濯の方に手をつけ始めた。

「美沙、昨日はごめんな。ママにはしっかりと言っておいたから」

 パパはそう言ってくれたが、ママはたぶんパパにそうやって言われたのが気に入らないのだろう。ママの気分はすぐに態度に出るからわかる。結局朝ご飯を食べている間、ママは一言も声をかけなかった。ママがその気なら私も計画を実行に移すしかない。

 朝ご飯を食べ終え、私は部屋に戻り、着替えを済ませて行動開始。リュックに必要と思える荷物を入れ、なけなしの小遣いを全部お財布に。手紙を書いてそれは机の上に置いた。そして、誰にも見られないようにそぉっと玄関へ。ここまでは大丈夫。靴を履いて玄関を出ようと思ったときに、がちゃりとリビングのドアが開いた。

「ん、美沙、どこかに出かけるのか?」

 パパだ。

「う、うん。友達と遊ぶ約束してるから」

「そうか、気をつけて行っておいで」パパはそのままトイレに消えていった。

 私はぼそりと「いってきまぁす」と言って家を出た。そう、家を出たのだ。いわゆる家出というやつを実行に移した。といってもどこかにいくあてがあるわけじゃない。しばらく身を隠してママに私がどれだけ怒っているのか、その気持ちを伝えたかった。

 さぁて、どこに行こうかな。下手に友達のところに行ってしまうとすぐに見つかるし。とりあえず公園に足が向かった。ベンチに腰掛け、小さな子どもが遊んでいるのをぼーっと眺める。そこにはあの話題のホームレス中学生が住んでいたのと同じような遊具がある。今夜はこの中で過ごそうかな、とさえ思ってしまった。でももう寒いし、それは無理だな。

 見上げると青い空。けれどときおり吹く風は冷たい。このままじゃ風邪ひいちゃうな。どこか暖かいところに行こう。といってもあてはない。この街で一番大きなお店がいっぱい入っているあそこに行こう。しばらくは時間がつぶれるだろう。

 バスに揺られながら昔のことを思い出していた。あそこはお父さんとお母さんとよく一緒に行ってたな。最近はパパが仕事が忙しくなったし、ママも平日働いているので、休みの日にどこかに出かけることも少なくなった。あのころが一番楽しかった。ママも私の話をよく聴いてくれていたし。どこでそんなになっちゃったんだろう。たぶん働きだしてからだな。ママ自身に余裕がなくなったって感じ。

 そして気がつくと降りるバス停。私は目の前にある大きな建物の中に入っていった。さすがに土曜日だけあって人が多い。通る人、みんな笑顔でほほえんでいる。私一人だけがしょんぼりしているんじゃないかな。なんだか世界から取り残されている気がしてしまった。

 あらためていろんな人の表情を眺めてみる。ここで一つ気づいたことがある。子どもはとてもはしゃいで楽しそう。けれど大人の中の半分くらいは楽しそうじゃない。これってなんなんだろう?

 それにしてもつまらないなぁ。一人でいるって、こんなに寂しいものだったんだ。私の心はだんだん不安でいっぱいになってきた。まずは今夜どこに泊まろうかな。小学生じゃホテルも泊めてくれないだろうし。インターネットカフェ、あ、あそこも保護者と一緒じゃないとダメか。うーん、困った。

 こういうときって子どもは不便よね。あー、大人だったらそんなに困らないのに。はぁっと肩を落としてベンチに座る。時間はもう午後五時を過ぎている。外はだんだん暗くなってきた。

 そのとき、私の頭の中である一人の人物が浮かんだ。マイ姉ちゃんだ。マイ姉ちゃんに会いたい。あの優しい笑顔に会いに行きたい。

 よし、あの喫茶店に行こう。でも場所をよく覚えていない。けれどここにずっといても仕方ない。意を決して私はバスに乗り込んだ。

 たぶんここだろうという場所で降り、なんとなくの記憶を頼りに歩き始めた。しかし周りが暗くなってきたのと、元来の方向オンチのせいで見たこともないところに迷い込んでしまった。

 え、どこ、どこなの。マイ姉ちゃんにも会えないの? 私の心はさらに不安に包まれる。もう泣きそう、というか涙が出てきてるよぉ。私はその場に立ちすくんでしまった。

「うっ、うぐっ、ぐすっ」

 泣きたくなくても涙が勝手にあふれてくる。体を動かしたくても動かない。誰か助けてよっ。

「美沙、ちゃん?」

 えっ、私を呼ぶ声。その声には聞き覚えがある。やさしく、やわらかく、温かい響き。その声の方向をパッと見る。

「マイ姉ちゃんっ!」

 私は思わず駆け出し、そして抱きつく。そして今度は思いっきり声を出して泣いちゃった。マイ姉ちゃんは私の頭をやさしくなでてくれた。次第に心が落ち着く。

「美沙ちゃん、寒くなってきたからお店に行こうか」

「うん」

 マイ姉ちゃんの手をギュッと握って、一緒に歩き出した。手から温かさが伝わってくる。なんだか懐かしい感じ。私が小さい頃、ママとこうやって手をつないでお散歩したことがあったな。私、大人になって子どもができたら、毎日こんなふうに歩いていきたいな。

カラン、コロン、カラン

「ただいまー」

「マイ、美沙ちゃんはいたか?」

 お店に着くなり、ここのお店のマスターがそう聞いてきた。その顔はとても心配そうだった。私はマイ姉ちゃんの後ろからゆっくりと顔を出した。

「あーよかった。寒かっただろう、こっちにいらっしゃい」

 マスターに促されるようにカウンターの席に座った。

「美沙ちゃんはコーヒーは飲めるかな?」

「コーヒー牛乳くらいなら…」

「よし、わかった。じゃぁ今から入れてあげるから待ってて」

 マスターは優しい口調で私にそう言ってくれた。

 前に来たときには気づかなかったけれど、マスターもマイ姉ちゃんと同じ香りがする。なんていうんだろう、優しい気持ちに包まれるって感じの。お店を見ると、お客さんがいっぱいいる。なのにマイ姉ちゃんもマスターも私を気にかけてくれている。マイ姉ちゃんはエプロンをつけるとバタバタと駆け回り始めた。

 あれ、こんなに忙しいのに、マイ姉ちゃんはどうしてあのときあんなところにいたんだろう? その意味はマスターの次の言葉でわかった。

「美沙ちゃん、お家に電話してもいいかな? お母さんが心配しているよ」

 そうか、お母さんがお店に連絡したんだ。作文にマイ姉ちゃんの事を書いていたから。ひょっとして忙しいのにマイ姉ちゃんは私を捜しに出てくれてたんだ。そう思ったら急に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 マスターの言葉に私はこっくりとうなずいた。

「じゃぁ、お母さんが来るまでゆっくりしててね。今ちょっとマイも忙しいけれど、すぐに美沙ちゃんのところに来れるようにするから」

 それからほどなくして、マスターがマグカップに入れた温かいコーヒー牛乳を出してくれた。あ、これって確かカフェオレっていうんだっけ? コーヒー牛乳は学校の給食でしか飲んだことがない。温かいのって初めてだ。両手でカップを包み込むと、その温かさがさらに伝わってくる。そしてゆっくりと口を付けてみる。甘ぁい香りとともに、頭の中にとろけそうなものが浮かんできた。

 何、これ? 誰かに抱っこされている感覚。すごく安らいで、心がホッとする。すっごく昔にこんな感じを味わったような気がする。そう、まだ私が小さかった頃。ママの胸に抱かれて、スヤスヤと眠る。そんな映像が頭の中に浮かんできた。

「美沙ちゃん、少し落ち着いたかな?」

 突然マイ姉ちゃんが声をかけてきた。そこで私はハッと我に返った。

「う、うん。このコーヒー牛乳、なんだか不思議な味がするね。すっごく温かくて、なんだかホッとする」

「美沙ちゃん、今までよくがんばってきたね。ずっと心がさびしかったんだよね」

 マイ姉ちゃんにそう言われた瞬間、心の奥でガマンしていたものがワッとあふれ出てきた。私はさびしかったんだ。このさびしさを誰かにわかってもらいたかったんだ。私はマイ姉ちゃんに抱きついた。そしてわぁっと声を出して泣いてしまった。マイ姉ちゃんは私の髪をやさしくなでてくれる。

 あぁ、この温かさだ。さっき感じたのは。けれど微妙に違うことにも気づいた。何が違うのかはわからないけれど。

「美沙ちゃん…」

 マイ姉ちゃんはぎゅっと私を抱きしめてくれる。おかげで心は落ち着いてきた。お店も一段落したみたい。今度はマスターが私に声をかけてくれた。

「美沙ちゃん、さっき飲んだコーヒー牛乳はどんなだったかな?」

「うん、なんだか心の奥まで温かくなる感じがしたの。昔、まだ私が小さかった頃、ママに抱かれてスヤスヤ眠る。あんな感じ」

「そうか、美沙ちゃんはママにもっと甘えたかったんだね」

「えっ!?」

 言われて気づいた。さっきマイ姉ちゃんに抱っこしたときに味わった感覚。あれは残念ながらママから感じるものとは少し違う。ママだったらもっと包み込んでくれるような、そんな気がする。でも、今のママには抱っこされたくない。そのことを素直にマスターに伝えてみた。

「そうか、美沙ちゃんは今のママは嫌いなんだ」

「うん。今のママって自分のことしか考えていないし。私のことなんかどうでもいいって感じがするもん」

「美沙ちゃんのママって、今一生懸命なんだね」

 マスターのこの言葉、私にはよくわからなかった。おかげできょとんとしている私。

「どうして、何が一生懸命なの?」

「これはたぶん、だけどね。美沙ちゃんのママ、今まで美沙ちゃんを育てることに意識を向けていたんだよ。自分の時間を犠牲にしてね。美沙ちゃんは自分の時間を犠牲にして、人のために何かをしてあげようと思うかな?」

「う…ううん…」

 そうは思わない。やっぱり自分の時間は欲しいから。

「美沙ちゃんのママはそれをやっていたんだよ。そして美沙ちゃんが大きくなって、もうママの手を離れてもいいかなって思ったんだろうね。だから自分のことをやり出したんじゃないかな。そして今はそれが楽しくて、そのことに一生懸命なんだよ」

 そう言われると何も言えなかった。ママにはママの時間がある。それを私のためにすべて使うのはママに悪い気がする。でも、もう少し私のことを見て欲しい。その気持ち、どうやらマスターにも通じたみたい。

「けれど、自分のことばかりで美沙ちゃんのことを見てくれないのはさびしいよね」

 私はその言葉に大きくうなずいた。

「美沙ちゃん、やじろべえって知ってる?」

「やじろべえ?」

 やじろべ、教科書で見たことはあるけれど実物を見たことはない。

「たしかこんな感じでふらふらしているのかな…」

 私は両手を横に広げてみせた。

「そうそう、それ。あれって両方のバランスがそろっているから、ちょっとつついても倒れることがないよね」

「うん、わかる」

「美沙ちゃんのママ、昔は育児っていうおもりがきっと重かったんだよ」

 マスターは両手を広げている私の右手をぐぐっと下に押した。おかげでバランスを崩して倒れそうになった。

「そこで今度は自分というおもりを重くしようと思ったんだね」

 今度は右に傾いている私の体の左手をぐぐっと下に押した。おかげで傾いた体はまっすぐになった。

「けれど自分というおもりが重くなりすぎて…」

 マスターはさらに私の左手をぐぐっと押した。おかげで今度は体が左側に傾いた。

「わかるかな? つまり美沙ちゃんのママは今ちょっとバランスを崩しちゃっているんだね。だから、そのバランスさえ整えることができれば、活き活きとした優しいママに戻ることができるよ」

 そうなんだぁ。ママはバランスを崩しているだけで、ママ自身が変わったという事じゃないんだ。また元のママに戻れるんだ。そう思うとなんだか安心できた。

「じゃぁ、大人になったらやじろべえみたいにバランスをもたないといけないの?」

 ふと湧いてきた疑問。マスターはやさしくその問いに答えてくれた。

「そうだね。お仕事にばかり傾いちゃうと、心の病気になることもあるんだよ。いつもお仕事の心配ばかりして、気持ちが休む暇がなくなるでしょう。そうなると心の病気になっちゃうこともあるんだ。だから息を抜くときにはしっかりと抜いて、心も体も休める。これが必要なんだよ」

「そっかぁ。なんかママよりパパの方が心配だな」

「美沙ちゃんのパパはお仕事で毎日遅いのかな?」

「うん、最近特にそうなの。晩ご飯、一緒に食べる日が少なくて。あ、でもパパは土曜日と日曜日はしっかり休みはとってる。そして美沙と遊んでくれたりしてるよ」

「へぇ、いいパパだね。でも美沙ちゃん、今日はママだけじゃなくそのパパにも心配かけちゃっているんだよね」

 ここで初めて気づいた。私はママに心配をかけさせようと家出をした。でもそれは同時にパパにも心配をかけさせたことになるんだ。ここで深く反省。大事なパパの休みの時間をこんなことに使わせてしまっただなんて。

「わたし…わたし…」

「美沙ちゃん、もういいよ、それがわかれば」

 マイ姉ちゃんがギュッと私を抱きしめてくれた。

「美沙ちゃん、自分がしたことがわかればそれでいいの。そこから何をしなきゃいけないのか。そっちの方が大事なんだからね。それができるようになることが、本当の大人になるってことなのよ」

 本当の大人になる。そうか、そうなんだ。ママみたいな大人になりたくない。マイ姉ちゃんみたいな大人になりたい。でもそれがなんなのか。大人になるってどういうことなのか。それがよくわかっていなかった。

 ママも自分がしていたこと、わかってくれたのかな? 私がどれだけさびしい思いをしていたのか、わかってくれたのかな? 私は自分がやったことがよくわかった。パパだけじゃなくママにも迷惑をかけたことがわかった。だから今度からきちんとその気持ちを伝えようと思った。

「マイ姉ちゃん、ありがとう」

 今度は私がマイ姉ちゃんをギュッと抱きしめた。そのとき

カラン、コロン、カラン

 お店のドアが開く音。それと同時に聞こえてきたのは

「美沙っ」

 ママだ。ママは一目散に私に駆け寄り、そして私を強く抱きしめてくれた。

「美沙っ、みさっ…ごめんね、美沙…」

 その声は今にも泣き出しそうだった。いや、ママは泣いているんだ。

「美沙、まったく心配かけさせやがって…」

 後ろからパパが涙ぐんだ目で私を見てそう言った。

「ごめんなさい…」

「このたびは大変ご迷惑をおかけしました。本当にありがとうございます」

 パパはマスターとマイ姉ちゃんに深々とお礼をしている。ママはようやく落ち着いたみたい。私をぎゅっと抱きしめ、髪の毛を何度もなでながらじっと私の目を見ていた。このとき、コーヒー牛乳を飲んだときのあの感覚がよみがえってきた。

 あぁこれだ、これなんだ。私が欲しいと思っていたのは。あたたかいママのぬくもり。私もママをぎゅっと抱きしめ、頬をママの胸に埋めた。なんだか懐かしいママの香り。しばらくこうしていたいな。

「美沙ちゃん、本当にごめんね。ママ、美沙ちゃんのさびしい気持ちわかってあげられなくて」

「ううん、私もごめんなさい。ママは今まで私にかかりっきりだったのを、ようやく自分のことで楽しんでいたのに」

 ママはこのとき、えっ、とびっくりした表情。

「そんなこと…」

「さっき、マスターに教えてもらったの。ママは今まで私のことに時間をとってくれて、バランスを崩していたんだって。だから自分のことに時間を使うことでバランスをとろうとしていたって」

「美沙ちゃん、あなたそんなことを考えてくれていたのね…」

「だからバランスがとれたらもう少し私のことも見て欲しいの。私のお話を聞いて欲しいの」

「わかった。今度からもっと美沙ちゃんのことを見てあげるね。そしてお話もいっぱい聴いてあげる」

 ママはにっこり私にほほえんでくれた。あぁ、これが本当のママの姿なんだ。

「美沙ちゃん、だいぶ落ち着いたかな? お二人ともよかったらコーヒーを飲みませんか? 私がおすすめするスペシャルブレンドですよ」

「あ、はい、いただきます」

 マスターはそう言うとコーヒーを入れ始めた。私はカウンター席にパパとママに挟まれて座り直した。

 二人の顔を交互に見渡す。パパは「もう心配かけるなよ」って。ママも「今度からちゃんと美沙ちゃんのことを見てるから、もうこんなことはしないでね」って。私は二人の言葉に大きく「うん」とうなずいた。

「はい、おまたせ。スペシャルコーヒー、シェリー・ブレンドのできあがりです」

「いただきます」

 二人とも同じタイミングでコーヒーを飲み始めた。するとみるみるうちに顔つきが変わった。

「あぁ、なんて心にしみる味だ」

 これはパパの言葉。

「なんだかすごく落ち着く」

 こっちはママの言葉。私も飲み残したコーヒー牛乳を飲んでみた。するとさっきとは違う味。身体の奥からぽかぽかしてくる感じがしている。さっきはママに抱っこされている感覚だったけれど、今度はウキウキして走り出しそうな、そんな感じ。走り出せるのはパパとママがしっかりと私のことを見てくれているから。いつでもパパとママがそばにいる。私はパパとママを交互に見つめた。パパもママも私にほほえみかけてくれている。

「マスター、このコーヒー不思議な味がしますね」

 パパがそう尋ねた。

「えぇ、このシェリー・ブレンドは飲んだ人が欲しいと思っている味がするんです。ですから、飲んだ人や同じ人が飲んでもそのときの気持ちで味わいが変わってくるんですよ」

 へぇ、そんなコーヒーだったんだ。あ、ひょっとしてこのコーヒー牛乳もそうだったのかな。だからさっきと違う味がしたんだ。

「美沙ちゃんはどんな味がしたの?」

 マイ姉ちゃんが私に問いかけてきた。

「うん、さっきはホッとする感じだったけど、今度は今にも走り出しそうな感じ。安心して大人になれるって気持ちがしてる」

 自分で言ってびっくりした。そうか、大人になることに不安がいっぱいだったのが、今なくなったんだ。

「美沙ちゃん、とてもお父さん、お母さん思いの優しいお子さんですね」

 マスターがそう言ってくれた。家出なんてしたのに、どうして優しいって言えるのだろうか? パパもママもえぇっって顔でとまどっていた。

「美沙ちゃんがさびしい思いをしていたってことは、それだけご両親に関心を持っているって証拠でもあるんですよ。関心を持っていなければさびしいなんて思わないでしょう。もっとこっちを向いて欲しいって願望は、裏返すとそれだけお二人のことを見ていたって証拠でもあるんです。だからこそ、お母さんの変化にも気づいているし。お父さんのことも仕事で忙しいことを心配していましたよ」

 マスターの言葉は私の気持ちをとても軽くしてくれた。実はさっきまで申し訳ないという気持ちの方が強かったんだ。パパとママは私の方をじっと見つめてくれた。

「美沙、ありがとうな」

 パパは私の頭を軽く叩いて、にっこり笑ってそう言ってくれた。

「私も美沙ちゃんに負けないくらい、しっかりとあなたのことを見てあげるわ」

 今度はママがそう言ってくれた。マスターもマイ姉ちゃんもにっこりと笑っている。なんだかホッとするな。私は飲み残したコーヒー牛乳を一気に飲み干した。

 それから私とパパとママは手をつないで家に向かった。帰りは久しぶりに家族そろって食事にも行った。なんだかこんなのって久しぶり。

 ここで思ったこと。それは、私は大人になったらこんなあたたかい家族をつくりたいってこと。そして毎日笑って過ごしていたい。カフェ・シェリーのマスターが言ったように、子どもばかりに目を向けないで自分とのバランスもとっていきたい。できるかどうかわからないけれど、今回のことのことを思い出していこう。

 このとき、マイ姉ちゃんにやってもらったオーラソーマのボトルのことを思い出した。確か私が選んだのはいろいろな可能性にチャレンジするって意味のボトル。壁にぶつかっても大丈夫。自分の進むべき道がちゃんと見つけられる。だから安心して何にでもチャレンジしてみてって。マイ姉ちゃんはそう言っていた。そうか、そうなんだ。私は大人になっても大丈夫。何にでもチャレンジして、自分の進むべき道を見つけられるんだから。だから家庭も仕事もきっとうまくいくはず。そんな自信が湧いてきた。

 ここであることをひらめいた。

「ママ、今いいこと思いついたの」

「ん、なぁに?」

「あのね、喫茶店のマイ姉ちゃん、とてもすごいんだよ」

「すごいって、何が?」

「マイ姉ちゃんね、カラーセラピーっていうのができるの。ほら、喫茶店に二色のきれいなビンがいっぱい並んでいたでしょ。あれを使って人の悩みなんかを解決してくれるんだって。だからママも一度みてもらうといいよ」

「それって占いみたいなもの?」

 ママはちょっと渋い顔。でもここでパパがこう言ってくれた。

「へぇ、そいつはすごいな。パパ、今会社でいろいろと悩みがあるから、一度みてもらおうかな」

 そう言いながらママを肘でつついているのがわかった。

「そ、そうね。ママも一度みてもらおうかな。なんだかおもしろそうね」

 ママはあわててそう言い直した。まったく、ママはこういうのへたくそだなぁ。きっとパパから私との会話は注意するように言われているんだな。そう考えると親って子どもにも気を遣わなきゃいけないから大変だなって思っちゃった。私はもうそんなに子どもじゃないんだから。そのくらいわかるわよ。そう思いながら、上目遣いでママを見ながらストローでジュースを飲み干した。

 ま、いっか。マイ姉ちゃんのアドバイスをもらったら、きっと何かが変わるんじゃないかな。そんな期待をもちつつ、最後の一切れのピザをパクリっ。


 それから一週間後。私は再びマイ姉ちゃんのいるカフェ・シェリーにいる。でも前と違うのは、すでにお客さんがいなくなった夜の時間だってこと。そしてマイ姉ちゃんの格好がいつもと違う。白のワンピースを着て、いつも見る活発そうなものじゃない。とても神秘的でステキだな。

「お待たせしました。美沙ちゃん、ここからはお母さんと二人でお話しをするから。マスターと一緒にいてくれるかな?」

「えっ、一緒にいちゃいけないの?」

「うん、ごめんね。ここからはお母さんと二人っきりじゃないと、お母さんもお話ししにくいだろうから」

「はぁい」

 せっかくママに頼んで連れてきてもらったのに。ちょっと残念。でもママにマイ姉ちゃんを薦めたのは私なんだから。あとでママに話を聞けばいいか。

「美沙ちゃん、こっちにおいで」

 そう言ってカウンターからマスターが手招きをしている。

「この間においしいコーヒー牛乳の作り方を教えてあげよう」

「うんっ」

 この前飲んだコーヒー牛乳か。あれ、おいしかったもんな。でもここでふとあることを思った。

「あのぉ、コーヒー牛乳じゃなくてコーヒーを教えてもらえますか?」

「えっ、コーヒーでいいの?」

「はい、お願いします」

 おいしいコーヒーの入れ方を教わる。これは私にとっては大人の入り口に一歩近づくことを意味していた。

「お湯は沸騰したら少し冷まして…」

「まずは真ん中にお湯を注いで、全体を蒸らすように…」

「お湯はゆっくりと、『の』の字を書くように回して…」

 そう言いながらまずはマスターが手本を示してくれた。マスターはコーヒーの入れ方になると、今までとは人が変わったように厳しい印象に変わった。けれどイヤな感じはしない。むしろそこにはマスターなりの優しさすら感じることができた。私はマスターの言葉一言一言に「はい」と素直に従った。

「そして一番肝心なこと。それはコーヒーを入れてあげる相手に対して、おいしいコーヒーを飲んでもらおうという気持ちを込めながら入れること。美沙ちゃん、わかったかな」

「はい、わかりました」

「よし、じゃぁ次は美沙ちゃんがやってみよう」

「あ、じゃぁ一つお願いがあるんですけど」

「なんだい?」

 私はマスターにそっと耳打ち。

「なるほど、わかったよ。それだったら大丈夫だろう」

 マスターは私のお願いを快く受け入れてくれた。そして今度はコーヒー入れにチャレンジ。

「うん、いいよ。そうそう、あせらないでゆっくりね」

 そうして初めて入れたコーヒー。これを私はセラピー中のママとマイ姉ちゃんに持っていった。さっきはマスターにこのコーヒーを二人に持っていくことをマスターにお願いしたんだ。

「あ、美沙ちゃんありがとう」

 マイ姉ちゃんは笑顔ですぐに応えてくれた。一方ママはちょっと険しい顔。どうやら何か考えている最中だったみたい。ママは黙ってコーヒーに手を伸ばした。そして一口。するとみるみる顔つきが変わっていった。

「えっ、うそっ、おいしいっ」

「えへへ、そう? これ、私が入れたの」

「これ、美沙ちゃんが?」

 ママは信じられない顔。そのとき、ママがあっ、という顔をした。

「マイさん、思いつきました、さっきの答え!」

 私は邪魔にならないようにそっとその場を去った。

「美沙ちゃん、うまくいったみたいだね」

 マスターが笑顔でお出迎え。私もニコニコ顔。そっか、こうやって人の役に立つことができるってこんなに気持ちいいんだ。大人になったら、もっともっとそんなことをたくさんやってみたいな。私は大人になることがとっても楽しみに思えてきた。

 大人になったら、たくさんの人の笑顔を見るんだ。そして私もいっぱい笑おう。この喫茶店、カフェ・シェリーみたいに。


<大人になりたい、なりたくない 完>

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