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白日夢に散れ  作者: 細川いろは
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序章:出会い

はじめまして!細川いろはです。初投稿になります。書きはじめたばかりの素人ですが、楽しんで読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

 悪い夢を見ていた、気がした。


 目を開けると天井が見える。暗い部屋の中でもはっきりとわかるほどの白。


 穢れのないその無垢な白さが目に飛び込んできた瞬間、僕の朝は始まる。


 眩しかった。


 この部屋の天井も、照明も、肌に触れる白いシーツも、外の世界も。恐縮してしまうくらい潔癖なその空間が僕には居心地が悪かった。


 自分に嘘をついている気持ちにさせられる。本当は何も隠してなんかいないのに、どこか後ろめたさを感じる。もう後には引けないのだと、耳元で囁かれているような気がする。


 背筋が凍りつく。


 それはどこか懐かしい嫌悪感でいて、恐ろしさでいて、快感でもある。その正体を僕はまだ知らないのだけど。


 目覚めの悪いような朝を繰り返す中で僕が日課にしたことがある。外に出てみることだ。毎朝5時に起きて病院の屋上に行く。点滴もせず、静かな病院生活を送っていた僕は簡単に病室を抜け出すことができた。


 この際死んでも良かった。

 なんて嘘だけど。


 嘘だけど嘘じゃない。だって僕には限られた時間しかないのだから。いつ死んでもおかしくない。余命が宣告されているとはこういうことなのだと、最近になってようやく気がついた。


 ゆっくりと屋上に続く階段を上がっていくと、数段先の方から足音が聞こえてきた。近づいてくる音ではなくて、僕と同じように屋上に向かう足音だ。この時間から活動しているのは夜勤の看護師くらいしかいない。見つかったら面倒なことになるのは目に見えている。それなのに僕の足は止まらない。止まる気配がない。正確には僕の意志がそれを拒んでいるのだけど、そのときは不自然に無意識だった。


 気がつくと屋上まで来ていた。外は風が吹いている。病室では感じることのできない柔らかな空気がそこにはあった。


 白いフェンスに寄りかかるようにして立っている女の子が目にとまった。他に人がいないところからしてさっきの足音は彼女のものなのだろう。

 フェンスと同じ色をしたワンピースに身を包んだ女の子は、僕には一瞥もくれずにただ黙ってフェンスの向こう側を眺めていた。


 綺麗だった。


「こんにちは」


 声をかけると彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。


「こんにちは」


 僕が発した声よりも小さな声で彼女は応えた。僕の顔を見て微笑むと、また外の景色に視線を戻した。


「ここに来るなんて珍しいですね」


 僕がそう言ったのは、これを日課にして以来この時間に屋上に来る人を見たことがなかったからだ。


「珍しいかしら」


 彼女は落ち着いた声で聞き返した。それからこう付け足した。


「ここはとっても素敵な場所。私は大好きだけどね、ここ」


「よく来るんですか」


「ええ。でもこの時間に来たのは初めて。一度見てみたいと思ったの。ここから見る朝日はきっと綺麗だろうなって」


 彼女は景色から目を離さずに静かに答えた。まるで一本一本丁寧に紡ぎ合わせるかのような繊細な口調。


 太陽が東側から昇ってくると、彼女の頬をオレンジ色に照らし出した。彼女が待ち望んだ朝日だ。


「やっぱり来て良かった」


 彼女は満足げに笑った。お日様のように温かい笑顔だった。


 太陽が全身を現すと、鳥の声が聞こえ出した。この町の朝が僕らより少しだけ遅れて始まる。


「じゃあ、私行かなくちゃだ」


 彼女は勢いをつけてフェンスから手を離した。高いフェンスがガチャンと音を立てた。背を向けて歩きだす彼女の後ろ姿を見て、僕は無性に悲しくなった。


「お願いがあるんです」


 僕の言葉に彼女は振り返らず、足も止めなかった。それでも僕は続けた。


「明日も、会いたいです」


 そのとき彼女の足がぴたりと止まった。彼女は考えたように俯いてそれからまた顔を正面に向けた。


「会えるよ」


 少しだけ時間をおいてそう答えた。

 必死に何かを押し殺すような、そんな静かな響きをもって。


「じやあ、わたしからもお願いしていいかな」


 彼女は腕を後ろに組んで空を仰ぎ見た。


「名前、ヒカリっていうの。覚えてくれる?」


 こちらを見ずに、まるで空に話しかけるような体勢でヒカリさんは頼んだ。


「忘れません」


僕の言葉に彼女がふっと鼻で笑ったような気がした。首を下に傾けてから、勢いよく空を見上げたその動作に僕はそう感じたのだ。


「ばいばい」


 今度こそ、と言うようにヒカリさんはこれまでの会話の中で1番大きな声を出して、そう告げた。


 本当はもう一度ヒカリさん引き留めたかった。けれどもそれをする口実があのときの僕には思いつかなかった。ただただ、白いワンピースに身を包んだ細い背中を見送ることしか、僕にはできなかったのだ。


 翌日、僕は昨日と同じ時間に屋上へ行った。

 けれどもヒカリさん現れなかった。何時間待っても来なかった。


 日が傾きかけた頃、諦めて病棟に戻ることにした。院内の廊下にはまだ患者が大勢いた。医師や看護師が忙しそうに廊下を行き来している。


「おい!てめえ離せよ!!ふざけんな!」


 声が聞こえてきたのは精神科の診察室からだ。白い引き戸から見覚えのある顔が現れた。


「離せ離せ離せ離せ!!あたしは病人じゃないんだ!!」


「前林さん、落ち着いてください」


 両脇に立つ看護師達が叫び声をあげる患者の腕を必死に押さえている。


 患者は間違いなくヒカリさんだった。


 けれども屋上で会ったときとは全く違うヒカリさんを前にして、僕は何もできなかった。ただ彼女が2人の看護師に連れられて診察室を後にする様子を黙って見送ることしかできなかった。


 ヒカリさんは何者なのか。


 そのときの僕はまだ何も知らなかったのだ。

読んでいただきありがとうございました。

『白日夢に散れ 序章』いかがでしたでしょうか。

次回作ではいよいよヒカリの本当の姿に迫っていきます!読んでいただけると嬉しいです。これからもよろしくお願いします。


次回予告: 第一章 一話 あたしの理由

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