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とある世界の終末

作者: 姫崎しう

あらすじにもある通り「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」のその後の話です。

前作で満足された方にとっては、蛇足となる恐れがありますのでご注意ください。

 もう何度目かになる仕事。100年に1回というのはわりと休めるが、神ほど長く存在するのであればなかなかに面倒くさい。

 100年微睡んで、働くのは1年のこともあるので、人間的尺度で言えば、100日休んで1日働くみたいな感じだろうか?

 年に3~4日働く計算なので、だいぶニートしているとは思う。


 でも神の水準だと、下手すれば1000年寝ていたなんて話もあるのだ。その10分の1だと考えれば、大したことではない。コンスタントに100年微睡んでいるのは、他にいないのかもしれないけれど。


 今回もルルスに起こされて、崩壊に向かう世界にやって来た。

 文月とルルスは留守番させている。

 今回の世界では不要だから。


 崩壊が近い世界は、何かと騒がしい。

 だけれど、この世界は静かだ。静かすぎると言っていい。

 緑がきれいな森の中にいるのに、音がしない。風がない。


 水の流れも感じない。


 動物の気配もない。


 ただ、森があるだけ。


 森の外には何もなく、見上げる空はただ青く、雲はない。


 僕――わたしが歩く音だけがするけれど、耳に届いた時点でピタッと消えてしまう。

 そんな世界を少し歩いて、それを見つけた。


 大きな大きな、鹿のような精霊。

 存在感は凄いのに、消えてしまいそうな雰囲気もあるこの世界の唯一の生き残り。


『誰だ?』

「わたしはフィーニス、正しくはデアコンティラルフィーニス、たぶん17000歳くらい。

 終末神をやっている一般人だよ! よろしくね」

『終末神か……ようやく終わるのだな……』


 渾身の挨拶をスルーされた。

 悲しいが、まぁ仕方がない。この精霊――ルルスとはまた違った生態した精霊だけれど――は、この世界が出来たときから、ずっと存在している神にも近しい存在だ。ちなみにわたしより年上。


「そうですね。この世界は遠くない未来に消滅します」

『そちらが普段の口調か』

「そうですが、一度スルーしておいて掘り返すのはどうかと思います」

『神に対して不敬だとは思うが、久方ぶりの会話でな。年甲斐もなく楽しんでおるのだよ』


 ハスキーボイスで揶揄われる。


「別に不敬だとは思いませんよ。遠い昔ですが、わたしは1人の人でしたから」

『それが終末神であり、契約神か』

「というか、わたしの話を信じるんですね」


 いきなり現れて、終末神ですなんて言われてもまず信じられないと思うのだけれど。

 大体終末神を知っているのか。世界崩壊が近づかないと世界に降り立てない存在のはずなのだけれど。あと普通に契約神の事もバレている。名前に入っているから、多少知識があれば分かるのかもしれない。

 精霊はのぞき込むようにこちらを見ながら答える。


『この世界にもう我しか存在しないことは知っておる。

 だとすれば、別の世界から迷い込んできたか、超常の存在のどちらかしかあるまいよ』

「貴方だって、大概超常の存在だと思いますけどね。神ならざる身で、世界を一から見届けるなんて」

『気が付いたらそうなっておっただけの事よ』


 そうはいっても、普通に何十億、何百億……それ以上の年数がかかる話だ。

 いかに精霊と言えど、それだけ存在できることは本当に稀なこと。そもそも、世界が作られて最初に生まれた世代が、最後まで残っていることが奇跡以上の何かだ。


『それで、終末神は何をしにこの世界に降り立った?』

「基本的には崩壊する世界から残したいものを掬い上げるためですね」

『あいにくこの世界には、すでに森と我しか残っておらぬ』

「そうみたいですね。水や風はすでになく、空や大地は虚構みたいですし。

 この森だって、貴方がいるから存在しているようなものですよね。

 つまり実質この世界に残っているのは貴方だけです」

『つまり我を掬い上げに来たか』

「掬い上げられたいですか?」

『選択肢などあるまい?』


 仮にも神の言葉。この精霊、話口調こそ尊大な感じだが、どちらが上かは理解しているらしい。

 だけれど別にわたしはこの精霊を掬い上げに来たわけではない。

 掬い上げなくていいと言われているから。むしろ選ばせてやってほしいというのが、今回の依頼だ。


「いいえ。今回ばかりは選択肢はありますよ。

 望まなければ、このまま世界とともに消えていってもらって構いません」

『そうか……ならば、その判断をするために、話し相手を続けてもらうぞ?』

「面倒ですがいいですよ」


 今までの仕事に比べれば、簡単だし。

 個人的にもこの精霊の話には興味がある。


「話し相手は良いですが、いったい何を話しましょうか?」

『我の生涯を一から……と言いたいが、語りきるには時間が足りぬ。それに神であれば、ある程度は分かるであろう?』

「そうですね。この世界については大体知っていますから、ほぼ貴方の事も知っているという判断で良いかもしれませんね」

『ならば聞こう。終末神から見て、この世界はどうだ?』

「そうですね。これでも100以上の世界の崩壊を見てきた世界崩壊のプロですから、採点は辛めですよ?」


 などと前振りをしてみたけれど、回答を待つ精霊はいたって普通の顔で待っている。

 存在している時間が長いと、これくらいで動揺することもないのだろう。

 わたしは……どうだろうか? 17000年くらい生きているとはいえ、起きている時間はもっと短いのでその境地には達していないと思う。


「わたしから見て、この世界は美しいです。綺麗な終わり方をしていると言ったほうが良いでしょうか?」

『その心は?』

「世界が崩壊するときというのは、基本的に騒がしいものです。

 地が裂け、嵐が遊び、マグマが満たされ、水が暴れる。生物たちの悲鳴がこだまして、地獄のような様相を見せるものです。

 何故なら、本来その時に世界が壊れるはずではなかったから。世界に住む者たちの行動の結果、著しく世界の寿命は短くなり、崩壊したからです」


 100以上の世界を見てきて、そうではない世界は存在しなかった。

 無理をした世界は、悲鳴を上げるかのように、呪詛でも吐くかのように崩れていった。


「ですが、この世界は違います。世界が天寿を全うしようとしています。

 ですから崩壊間際なのに、こんなにも静かです」

『そうか』

「これまでの世界は、無に落ちていきました。ですが、この世界は無に溶けていくでしょう。

 穏やかに、穏やかに。立つ鳥が後を濁さないように、何物にも迷惑をかけることなく、ひっそりと」


 いわゆる一つの到達点。これがこの世界だ。


『ならば思い残すことは何もない。我は世界とともに消えるとしよう』

「わかりました」

『だが1つだけ頼まれてほしい』

「内容次第ですね」


 わたしは神としての万能性はどちらかと言えばない。

 人の心は読めないし、デフォルトで飛べるわけでもないし、瞬間移動もできない。

 だからできることは案外少ない。


『できればこのような世界があったのだと、覚えておいてほしい。

 我が消えれば、この世界を覚えているものは誰も居なくなるだろう?』


 この世界を作った神なら覚えて良そうなものだけれど、黙っておく。わたしは空気が読めるからね!

 それにこの世界の地に足を踏み入れ、直に感じた存在となれば、わたししか残らないだろう。


「ええ、では夢に見ることにしましょう。わたしは基本寝ていますから」

『ああ、それで構わない』

「それでは、忘れないように最後までこの世界にいることにしましょう。

 寝ているかもしれませんけどね」

『それは我にも言えることだな。もう寝ることしかやることもない』

「それじゃあ、いったんお休みなさい」

『ああ、我も寝るとしよう』





 森が端から溶けていく。

 この世界も今日で終わり。

 端から世界が消えていく。


『今日で終わりのようだな』

「今日で終わりですね」

『付き合ってくれたこと、感謝する。最後に良い経験をすることができた』

「こちらこそ。よくこの世界を守ってくれました」


 別れを告げる間も、世界が無に溶けていく。

 空はすでに青くなく、地面は薄氷のように心もとない。

 消える木々は最後の瞬間まで、鮮やかな緑色を残しているのが、この世界を象徴しているのだと思う。


 やがて、精霊の身体も消え始める。

 存在感が薄くなる。目の前にいるのに、遠くにいるかのようだ。


「それじゃあ、夢の中で会いましょう」

『ああ、いつでも会いに来てくれ』

「それでは、また。さようなら」


 わたしの言葉を最後に、精霊は消えてしまった。

 世界が消えたので、わたしの役目も終わりとなる。

 早く戻って、微睡に沈むことにしよう。世界を見届けた精霊に、もう一度会えるかもしれないし。

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