9話 己の力を知る人形皇女
目の前の人形はぐにょぐにょとゴムみたいに柔らかくなって人型へと変化していった。私はそれを呆然と見ていた。凄いね、魔法の世界の木偶人形は。訓練用のは実戦用にこんな力を持っているだねと感心してみていた。
人形はただの木がクロスした木偶であったのに、綺麗な人型となった。木目が見えてざらざらしていそうだが、木でできたマネキンみたいだ。球形関節はなくそのまま関節は繋がっているのに柔らかく折れ曲がっている。
質量法則とかどこにいったんですか?木偶人形より明らかに質量増えているよねと思い、珍しい魔法の人形だと喜んで触ろうとしたら、空を私は飛んだ。
いや、飛んだのではない。体を抱えられて宙に飛んだのだ。お父様が私の体を抱えて宙を飛んだのだ。
「おぉ~。おとーさまちゅごい!」
なんだよ、魔法を使わなくても凄い身体能力じゃんと驚き、拍手をパチパチとする。かっこいいぞ、お父様よ。
そのお父様は真剣な表情で前方を睨んでいる。なんだろう?なんかいるのかな?
そう不思議に思い、睨んでいる方を見るとお爺様がさっきの木偶人形と相対していた。真剣な表情で剣を抜き身構えている。爺さんなのに大柄な背丈と筋肉をあり凄い迫力だ。
あぁ、人型に変形するのも魔法力を使うのね。もったいないからそのまま訓練するのかな?さすが貧乏王家である。
そのままお爺様は剣を豪風が巻き起こるような威力で上から人形へと斬りかかる。
「お~。がんばれ、でくにんぎょー」
たぶん貧乏な王家の作った魔法の人形なのだ。弱いに違いない。でも戦う姿を見てみたい。
そう思い、人形よ、がんばって戦えと思った。
前世では視認するのも難しいお爺様の鋭い剣激。木偶人形はピクリと動き、手の平から木でできた剣を生み出して、その攻撃を受け止める。
木剣だと一目でわかる小枝ような剣はお爺様の魔法の剣を簡単に受け止めた。
かつんと軽いと音がして、剣が受け止められる。
訓練だから、見た目より軽い攻撃なのかなぁ。やっぱり本気は出さないよね。壊したら高そうだし、手加減必須かなとのほほんと眺めている私。
しかしお爺様は受け止められた事に驚いたようだ。素早く右に左、下からの切り払いと巧みに凄い速さで剣を振るう。
その連撃は、木偶人形はあっさりと小枝のような木剣でことごとく防がれ、さらに反撃される。
軽く振ったようにしか見えない木偶人形の一撃。お爺様はそれを受け止める。
だが、受け止めたにもかかわらず、剣ごと後ろへと下げられてしまう。ずささっと地面をこする音と砂煙が上がり、数メートルは下がるお爺様。
木偶人形は力も凄いようだ。凄いね、この王家は木偶人形にはお金をかけているんだね。
木偶人形の力を受け止めて後ろに下げられたお爺様は、数歩後ろに更に素早く下がり木偶人形を睨む。
「剣技『清流剣』」
お爺様が滑るような歩法で、まるで流れる清流が如く木偶人形の横を過ぎていった。いつの間にか剣を振りぬいている。幻視かな。本当に清流が見えたような感じがする。凄いよ、お爺様。
その攻撃にて木偶人形の胴体が横にずれる。そして上半身と下半身に分かれて地面に落ちていった。
ガランと木の音が響き、二つになった木偶人形を見下ろして汗を拭うお爺様。
「すごいでちゅ! おじーさま、つおい!」
ぱちぱちと拍手をする。幼女の拍手ですよ。ご褒美ですよ。
「いやはや、いつのまにトレントが入り込んでいたのやら」
私を抱えていたお父様が安心したように呟く。
「うぬ………。このトレントは尋常ではない力を持っていた………。息子よ、兵士たちにトレントが他にいないか探させよ。普通の兵士ならば相手になれないだろうから、見つけ次第、余に伝えるのだ」
おぉ~、なんかかっこいいぞ、お爺様。でもトレント?魔物の一種だよね。そんなのが木偶人形に混じっていたのか、恐ろしい。
「わかりました。すぐに兵士たちに命じましょう」
私を下ろしてお爺様の言葉に頷くお父様。なんだか王家って感じでかっこいいよね。
そんなことを思いながら先程見つけた木偶人形とある場所を見ると、他にも木偶人形がいくつか置いてあるのが見えた。
もしかしたらトレントが擬態しているかも。私の小説の知識は伊達ではないぞと、じ~っと木偶人形を見る。トレントである差異がわかるかもしれない。そうしたら、私の力は看破とかかな?でも地味だなぁ。
じ~っと見ていてもわからない。どうやら私の力は看破じゃないのかなと、木偶人形へと恐る恐る近づく。
お爺様とお父様はまだ話し合っており、お母様や他の兄弟がこちらへと走ってきていた。どうやら騒ぎに気づいたようだ。
魔法の世界は怖いねと、私は他の木偶人形をツンツンする。木偶人形さんや、立ちあがれるのなら立ち上がるのです。そうしたら、私はトレントがいました~と叫ぶから。
そう考えていたら、何か自分から抜けていく感じがした。
置いてある数体の木偶人形がまたぐにょぐにょとゴムみたいに変化していく。先程と同じように人型へと変化していく。
全部トレントじゃん!と驚き、さっとお父様たちへと振り向いて両手を上げて叫ぶ。
「おとーさま! トレントでちゅ! ここのじぇんぶトレントでちゅ!」
はやくはやく、ここにトレントの群れがいますよと両手を上げて叫ぶ。気づいてください。アピールです。みんなアピールするのです。
そう思いながら両手をぶんぶんと可愛く振ってアピールする。その叫びに気づきこちらへと向き直るお爺様とお父様。立ち止まるお母様と兄弟。
呆然とこちらを見ている。なんで呆然としているんだよ、魔物がこんなにいるんだよと、もっと両手を振ってみる。
だが、皆は呆然とした表情を変えずにこちらへと見るだけ。
なんだよ、この木偶人形はトレントじゃないの?と後ろにいるはずのトレントを振り向いてみる。そろそろ離れないと私やられちゃうんじゃないだろうか?2歳で魔法の世界を退場は嫌です。
そう思いながら振り向くと驚く光景が広がっていた。
トレントと思っていた木偶人形は私と同じように両手をぶんぶんと振っていた。危険性はそこには見られなかった。
こういうの見たことあるような気がする。たぶん、なんかの小説とかアニメで。
「えっと、おすわり!」
そう声を発すると、正座をする木偶人形たち。
おぉ~。どうやら先程の戦いはわたしのせいだねと気づいて、恐る恐る後ろを振り向くとお爺様たちが近寄ってきていた。
わかったよ、私の力を。そしてこれは魔法ではない。魔法ではない。世界の法則に従っていない。そう何故か理解をした。自分の力を感じたときに理解した。唐突にそれが自然だと頭が理解している。
これは魔法ではない。法をくぐり抜ける理不尽な御業。即ち魔術であると。
なぜかわかったのだ。理解したのだ。理由はない。
ただ、この世界で魔術を使えるのは自分以外にいるのだろうかと、ふと、そんなことを思った。
ワハハと笑いながら、馬鹿っぽいマツリお兄様が木偶人形と戦っている。あのお兄様は脳筋だと判明した。未来では大変な思いをするのではなかろうか?あの兄が次々世代の王様だよね?
カコンカコンと木剣をぶつけて戦っている。完全に木偶人形の動きは身体強化魔法を使ったマツリお兄様の動きについていっている。てか、あの人は8歳だよね?なんだか受け流されて地面に木剣が当たると穴が出来上がるんですが。凄い威力なんですが。
身体強化魔法って、凄いと感心する。
それを唸りながら、お爺様が見ている。感心したようにお父様が戦いを観察していた。
「すごいな、お前の魔法は。マツリの力を易々と受け流し、力で拮抗するとはな」
「力ある言葉が何かわからないのかい?ネム」
お父様が聞いてくるが、首を横に振り否定する。
「わからないでちゅ。なんかこうバーンとシュゴーンというかんじでちゅ」
我ながら馬鹿な説明だが、魔術だと説明する必要は感じないので、これは秘密にしておく。魔法の法則を切り抜ける魔術。言う必要はないよね?
その返事に嘆息するお父様
「そうか………。たまにいるんだ。自然に使う奴等。エルフとかもそうだな、あいつら呼吸するように精霊魔法を使いやがる。力ある言葉を唱えているのに、それを意識していないらしい」
まだまだ戦闘は続いている。というか訓練だけど。
「ネムよ。この人形は何体作れるのだ?長時間行動は可能なのか?」
「う~ん、たぶんそざいのちからとわたちのそそぎこむちからによるとおもいまちゅ。100たいぐらいはつくれるかもちれません」
考え深げにお爺様は言葉を続けて、私を見る。
「確かめねばならんな、どれぐらいの数、長時間で行動できるか、力はどれぐらいか」
「えぇ、こんなに気軽にゴーレムが作れるのは凄いですよ。普通は自然発生するか、作るのに数年はかかりますからね」
おぉ~、そんなに凄いのか、やったね。私の時代がきたのかも。
私はによによと口元を緩ませて喜ぶ。知力を駆使する役柄ではないらしいので、安心もした。
「ならばこそ、ネムを連れて魔物の巣に行くとしよう」
「そうですな、これだけの木偶人形でもかなりの戦力ですし」
なんか怖い事を言っている二人。私は幼女ですよ?幼女!愛でてください。ちやほやしてください。
魔物の巣とかいらないですから。幼女虐待ですよと母様に助けを求める視線を向けると
「それなら、私も治癒魔法使いとして同行しないといけないのね。どこの魔物の巣に行くのかしら?」
止める気はないらしい。セロらしい。酷い親だ。それだけこの地が大変だということでもあるが。
でも幼女なんだから、ゴロゴロとしていたいです。のんびりとしたいです。おやつください。
お腹が空いたのですとお母様の服の袖を可愛らしいちっこいおててでクイクイとする。
それに気づいたお母様が私を見る。
「なにかしら?ネム」
「おかーさま、おなかがすきまちた。おやつ〜」
その言葉にウンウンと頷いて返事をしてくれる。
「塩あじの麦がゆがあるわ。それで良い?」
良くないよ、凄い良くないよ。麦がゆだけでも嫌なのに塩味のみ?
悲しそうな表情で母様は言いづらそうに話を続ける。
「この王国にはそれぐらいしかないの。甘味は果物のみだし、品種改良されていないから、あんまり美味しくないわ」
ガーン!幼女の住む世界ではないようだ。チョコレートを食べれる世界大戦の時代のほうが良かったか?
手を地につけて落ち込む。甘いもの大好きなのに………。どうやって生きていけば良いんだ。日頃なにからし甘味は口にしていたような記憶がある私だ。大量に食べていたというわけでもないが、何かとくちにするのが現代っ子というものだ。
「ハニービーの巣が良いのではないか? 蜂蜜も取れるしな」
「数がいないと危険なので、まずいと思ったら命の危険があると気づいたら帰還してくださいね」
その言葉に耳をピクリも震わす。蜂蜜?良いね、蜂蜜!
ちらりと見ると、蠱惑的に母様も笑っている。
「いきましょ〜、いきましょ〜。がんばりまちゅ!」
そう答えてノリノリで魔物の巣に行くことに私は決めたのだった。