8話 人形皇女は力を調べる
そこそこ大きな更地、というか訓練場に私たちは移動した。兵士が訓練していることは無い。今は春なので種まきにほとんどは行っている。後は魔物を防ぐための護衛だ。春は冬眠から目覚めた熊や虎、狼に加えて魔法を操る魔物が現れるので油断できない。ピンチの時は王族自ら剣を取り戦いに赴くのだ。
そんなガランとした訓練場にみんなでぞろぞろと移動する。
先頭にいたお爺様が声を発する。というか護衛たちよ。お爺様より後ろで歩いていていいわけ?護衛より強いんだろうけどさ。
「では、それぞれの力を見せよう。まずは余からだな」
一応、自分を余と呼ぶお爺様。でも、この貧乏な国で余は恥ずかしいです………。
腰にある剣を抜くお爺様。魔法の力を感じる青き光を纏っている。さすがに王様が鉄の剣というわけではない。
訓練場においてある離れた場所にある木偶へと向けて身構える。なんだか空気が震えるような感じがする。なにかカッコイイことが起きそうなイベントでわくわくする。
「剣技『ソニックスラッシュ』」
右から横薙ぎにお爺様は鋭く剣を振るう。木偶からかなり離れているにも振るわれた剣から衝撃波のようなものが飛び、木偶へ迫る。
衝撃が命中した木偶はその衝撃波で真っ二つに分かれて地面に落ちる。
ふぅ~、と額に浮かんでいた汗を拭い剣を仕舞うお爺様。
「かっこいい! かっこいいでちゅ! すごい! おじいさまかっこい~!」
小さく可愛らしいおててで、思わず拍手をパチパチとする。幼女の拍手は微笑ましい。
「そうか? まぁ、そうだろうな、余の力はそんじょそこらの敵には負けんからな、ワッハッハ」
孫に褒められて喜び高笑いをするお爺様。単純な性格で、これで王様かと心配になるが。
「でも、敵にもたまに陛下レベルの敵がいますからね。やっぱり数は必要ですよ」
お父様がお爺様に水を差すようにつまらなそうに言う。余計な一言である。前世はきっと空気の読めないコミュ障に違いない。
勝手に実の父をコミュ障にするネムである。
では、次はお父さまですねと目をキラキラさせて見つめる。
その視線に気づいたお父さまは気まずそうにコホンと咳ばらいをした。
「あ~、コホン。私の魔法は感知魔法なんだ………。なので見せる事は出来ない」
「え~。え~。みたかったでちゅ」
がっかりだよ、お父様。役に立つだろうが目立たない。勇者パーティとかから追い出させそうな魔法もちだ。
うぬぬと悔しがるお父様を放置して、次はお兄様たちが前に出てくる。
マツリお兄様がにやりと笑いこちらへと自信満々にくる。そして私の脇腹へと手を回す。
とやっと声をかけて持ち上げて高い高いをしてくれる。なんだろう?嬉しいけど。
遊んでくれるのかなと、キャッキャッと喜びの声を上げる。
「身体強化魔法『ストレングス』」
なんか嫌な言葉をマツリお兄様は発した。
ちょっと降りますので、離してくださいと言おうとしたときには遅かった。
ぽ~いと空高く放り投げられた。
「うぉぉぉ! 高い、高い!」
なんか脳筋が言っているが、私はそれどこではない。小さいがそれでも城なのに、その天井まで見えるほどに高く放り投げられたからだ。
「ひぇぇぇぇ」
叫び意識が飛びそうな私。そのまま落ちていく。
ぬぅ、落ちていくときの風が顔に当たる感触、落下感はジェットコースターみたいで楽しい。
ヒューと落ちていく先を見るとマツリお兄様の代わりにショウお兄様が入れ替わっていた。
ショウお兄様はこちらへと魔法を発動させる。
「オーラ魔法『オーラバリア』」
その言葉で自分の周りに緑色のバリアが現れた。そして誰にも受け止められずに地面へと激突した。
「ぐはっ」
目を瞑る私。ちょっと幼女には耐えられ高さだよと恐怖した。
でも、ポンポンとボールみたいに跳ねて私は転がる。
おぉ、どうやらバリアの力みたいである。衝撃を受け止められたみたいだ。ほっと安心する私に更に追撃が来た。
得意顔でエステル姉様が指先をこちらへと向けて魔法を発動させる。
「閃光魔法『フラッシュ』」
ピカッと眩しい光が目を焼く。
「ぐぎゃー、めが~めが~」
有名な言葉を発して目を手で覆い苦しみゴロゴロと転がる。土の地面で転がるので泥らだけになってしまう。というか容赦なさすぎだろ、この家族。幼女をなんだと思っているのだ。エステル姉様には後でタックルをくらわしてやると誓う。きっとぷにぷにしていて触り心地が良いと思います。
「はいはい、治癒魔法『ブラインドネス』」
母様の唱えた魔法。光の粉が私に振りかかり瞳の痛さを癒していく。痛みが無くなったのでようやく手を顔から離してエステル姉様を睨む。
「いたいでちゅ! よーじょぎゃくたいでちゅ!」
相手も幼女だが抗議である、断固抗議である。裁判にして訴えても良い。賠償金は私の頭をナデナデしてくれることで良い。エステル姉様の頭なでなでは多少乱暴だけど好きなので。
「治癒魔法があるから、フラッシュ程度なら大丈夫よ」
妹へと非情なことを言いのけて、伸びてきた髪をふわさっとかき上げる。幼女なのに似合っている。カメラ、カメラはどこですか?ちょっとこの幼女は可愛いですよ。
そのやり取りをみていたお爺様が声をかけてくる。
「このように、それぞれ得意魔法がある。魔法は『力ある言葉』を発するか、脳内で思い描く。そして魔力を込めると発動だ。イメージにより多少効果が変化するので、力ある言葉8割、イメージ力2割というところか」
腕を組みながら教えてくれるので、その内容を頭に入れる。
「イメージで威力が全然変わるとかいうことは無いんだ。あくまでも力ある言葉が主となる。というか魔法の世界に来て思うんだが、小説の主人公はよく水の分子とかを想像できるよな? 絶対にできないと断言するぞ。顕微鏡とかがひつようだ。小説の主人公は視力100とかで細菌とかも見れてしまうのか?」
お気楽そうにお父様が語る。てか、この人は外見は鋭い瞳と腹黒そうな顔だちをしているのに、言動がいちいち軽いな。
「だが、威力は力ある言葉に込める魔法力でも大きく変わるのだ。一定以上の魔法力を練らなければ発動すらしない力ある言葉もある。魔法力が多い王家に有利なシステムなわけだ。この世界は」
お爺様が補足してくれる。なるほどねぇ、イメージ貧困なので助かります。というか、お父様の言うとおりだ、どうやって分子とか原子とかをイメージするんだよ。具体的には絶対にイメージ不可能な内容だ。
「さて、この戦乱の時代、王家はそれぞれの力を振るわなければならん。そなたの得意魔法を調べるとしよう」
「どうやってですか?」
首を傾げて尋ねる。ふふふ、幼女の首を傾げる姿は可愛い。鏡かカメラが絶対に必要だ。
「各魔法の初歩の力ある言葉を教える。それを魔力を練りながら唱えていくのだ。発動したものが得意魔法である可能性が極めて高い」
「え~! そこはすてーたちゅとかいう、まほーがないんでちゅか? かんてーまほーとか」
ステータスに、鑑定魔法は剣と魔法の世界に必須でしょ。いや、鑑定魔法は最近できた概念かもしれないけどさ。いちいち試していくのは凄い大変で苦痛だ。
私の期待は首を横に振ったお父様によって、あっさりと砕け散った。
「ないんだ。そんな魔法。ステータスがあったら完全管理社会も可能だし、鑑定魔法があればもう努力しなくても知識はある程度補完されるだろうがな」
苦笑いとともに話を紡ぐお父様。たしかに………、鑑定したらなんでもわかるなら、目利きが必要ない。それに付随する様々な物事も消えていくだろう。植物学者とかいなくなること請け合いだ。そうすると進歩もなくなるだろう。
仕方ないなぁと嘆息する。
そしてお爺様たちがそれぞれ口頭でこちらへと力ある言葉を教えてくる。
「えっと………。こうとうでなくてもいいでちゅよ? ようひしとかがあればよむことができまちゅ」
その言葉にがっかりと頭をおとすお爺様。ぼそぼそと声を出す。
「羊皮紙はそんなにない………、あれを作るには羊を潰さないといけないからな………。そなたに教えた羊皮紙は文字の基本のため、苦労して先々代が集めた物だ」
おーまいがーと天を仰ぐ。どうやらスタートダッシュは大変そうな生まれとなったようである。
それから数時間、力ある言葉を聞いて試していく。ロマンあふれる炎の魔法から治癒魔法。死霊魔法まで全てを確かめていく。
………そうしてさらに数時間………。
不思議そうな表情でお爺様が顎をさすりながら言う。
「おかしいのぅ、なんでどれも発動しないのだ? 魔法力をちゃんとこめておるか? さぼっておらんか、おぬし。発動時の魔法力すら感知できんが」
「む~、ちゃんとこめていまちゅ! たぶん!」
プンスコと怒り、お爺様へと反論する。
多分ねとしか言いようがない。魔法力が自分には感じられないからだ。なんだよ、魔法力って。
「一休みしましょうか。まだ試していない魔法はあります。毒魔法とか、あれ力ある言葉ってなんでしたっけ?」
お父様がお爺様と相談しているのを尻目にトボトボと訓練場を歩き回る。
むぅ、これは嫌な予感がする。小説とかであるぞ、魔法力がないけど、知力で頑張る主人公とか。
そういう立場だとどうしよう、どうしよう。正直、そういうのタイプじゃないので。私も魔法をビシバシ使っていきたい。そういう主人公の座は譲るので神よ、我に魔法の力を与えたまえ。
そんなことを考えながら、隅っこに行くと木偶人形が地面に刺さっていないで倒れていることに気づいた。訓練用の予備だろう
木の十字に縄でくくった簡単な木偶ともいえない木偶人形だ。でも訓練にはこれぐらいで良いのだろう。
ツンツンと手でつつくと木のザラザラした感触が返ってきた。
「むぅ~、わたちはまだよーじょでちゅ。もうすこしちからのかくせーにはひつようなじかんがあるとおもいまちゅ」
そう思うよね、人形さん?私は人形遊びをする年齢だ。しばらくは魔法の力を探すのは止めようと現実逃避する。主人公な知力を生かすキャラは嫌だ。脇役でもいいから、魔法を使いたい。
そう思いながら木偶人形をつついていると、頭の中から何かカチリという嵌った音がしたような感じがした。
なんじゃらほい?幼女の体に異変がと思った私は驚いた。
目の前の木偶人形がぐにょぐにょとゴムみたいに曲がりくねり人型へと変化していくのだから。
なんと魔法の世界の木偶人形はこんな変形もするのかと呆然と私はそれを見ていた。