7話 人形皇女は王族の秘密を知る
母親である金髪美女。カラサ・ヤーダ・カサマー。歳はいくつだっけ?たしか26歳だっけ?強気な目をしていて妖艶な唇。150センチぐらいの美女だ。
私の母親である。その母親は驚くべき言葉を発した。全体で見るときつそうなイメージがあるが、やはり母親というイメージが強いので優しい感じに見える。たぶん娘視点だからだ。
「フフフ、驚いているみたいね。前世の記憶を持つのは王族と直系の親族のみなのよ。私も記憶があるわ。日本の記憶があるでしょう? 一般的な記憶がぼんやりと。それと強烈に覚えている記憶」
軽く胸の前で腕を組んでカラサ母様はドヤ顔で言う。どうやら王族の力らしい。後、胸がでかい。何故私は授乳時に記憶を取り戻さなかったのか、歯嚙みをしてしまう。いや美少女だから。前世は美少女だから。特段意味はないよ?
「性別や自分の名前は思い出せないでしょう? その代わりに前世特典というのかしら、強力な魔法力が備わっているけどね」
あぁ、なるほど、それでこの国は成り立っていたのねと納得する。王族の直系が前線に立って死んでいくのは結構ある。たしか去年も侯爵の爺さんが死んだと記憶している。強いから死んでいくのか。
「なりゅほど、かあさまのいうとうりでちゅ。きおくありまちゅ。せいべちゅやなまえはおもいだせないでちゅね」
舌足らずな声を発して返事をする。ちょっとこの舌足らずな言葉はかわいいけど、面倒だ。早くちゃんとした発音になるように気を付けよう。
そしてこの会話は日本語ではない。東部共通語だ。英語が苦手だった私は心底ほっとする。新しい言語を覚えることは難しい。というか覚えられないと思うので、2歳までに話せて一応読み書きも教わっていてよかった。
あ、そういうことか。だから2歳までにやけにスパルタな教育をしたわけね。たとえ覚えられなくても脳には刻み込まれている。なにしろ幼いのだ。スポンジのように教育を吸収していく。使いこなすことは難しいだろうが、それでも記憶にはあるのだ。そして前世の記憶を取り戻せば、その記憶を扱う事は難しくない。
なるほど、よくできている。過去から面々と続く王族専用の教育方法なのだろう。
「気づいたみたいね。そう、教育も早くから行われているのは、前世の記憶を思い出してから活用できるからなの。反対に言語教育などをしていないと前世の記憶を取り戻したときに凄い苦労するわ。昔の王族は大変な思いをしたみたいね。昔の日記に日本語で東部共通語なんぞ覚えられるかとか愚痴がたくさん書いてあるのが多いのよ」
肩を竦めながら、クスリと蠱惑的に笑うカラサ母様。そしてこちらへと真面目な表情で話しを続ける。
「さて、みんな待っているわ。貴方の目覚めを待っていたのよ。ついてきなさい」
手を差し伸べてくるので、喜んで手を握る。その手は暖かくてどこか安心する感触だった。美女の手を握ることができたことが嬉しい気持ちもあるが。
優しい目つきになりカラサ母様は言う。
「前世持ちだからって、遠慮はしないでいいのよ? みんな前世持ちだから」
ルンルンと楽し気に繋いでいる手を振りながら歩く。
ドアからでると、皮鎧を着た兵士が立っていた。槍はちょっと曲がっているがピカピカだ。でも貧相な装備。王族を守る兵士がこれ?
兵士が先導していき、てくてくと歩く。ボロボロの石造りの西洋風の城。松明で煤けている壁、窓はなく木窓が嵌っているが、それも外れかけて歪んでいるのが見える。ちょっとつつけば壊れそう。
そんなに歩かずに王の間まで到着するちょっと大きい木の扉。兵士がそこにやはり皮鎧を装備して槍をもち門番をしていた。
その門番はこちらを見て頷く。そして声を張り上げる。
「カラサ次期王妃、ネム第2王女がご到着いたしました!」
そして、扉へと振り返り、よいしょと言いながら扉を開けてくれる。木の扉は穴が開いておりこれも壊れそう。
でも兵士たちは真面目そうだ。皮鎧も鉄の槍もぼろいけどピカピカ。きちんとしている人たちだ。
なんだか、そんなことに喜びを感じて、なぜ喜びを感じたのかわからずに王の間へ足を踏み入れる。
そこには3人の大人の男性、2人の男の子、1人の女の子が待っていた。周りには護衛の兵が壁に立っている。
やっぱりぼろい。王の間は石畳で絨毯すらない。玉座も、あれ玉座?ぼろいただの大きい木の椅子にしか見えない。
王様であるお爺様がこららへと鋭い視線を向ける。そしておもむろに頷き、玉座に座る。
テクテクと王の前まで歩いていく。足運びとかはそういえば習っていない。優雅に歩かないといけないね。王女だしと母様を見ると、普通にスタスタと歩いてた。
首を傾げる。歩き方とかないのかな?しずしずとゆっくりと歩くとか。そういえば教育の中には礼儀作法はなかったと思い出す。
宰相であるお父様が玉座の前についた私たちを見て声を張り上げる。
「陛下、我らが新たな王族が到着いたしました」
むむ、私は生まれたときから王族じゃないの?と疑問顔になる。
それに気づいたお爺様がにやりと強面の顔を歪めて笑う。お爺様怖いのでその笑顔は禁止、禁止です。怖いんです。
「王族になるのは2歳からなのだ。我が孫よ。2歳にして力に目覚め天才となる。それが我が王家と直系の宿命よ」
重々しく私を見ながら語るお爺様。なるほど、天才ね………。たしかに2歳にして前世の記憶を取り戻して覚えている記憶を活用できれば天才だ。そして転生特典で魔法力の強大………。王族が王族でいられる理由であろう。
「ではネムよ。そなたの備わった記憶を語るのだ。役に立つ物があるかもしれん」
期待しているのかな?でもあんまり期待をしていない感じでお爺様は聞いてくる。
どうしようと母様へと視線を向けると、にこりと微笑みを返してきた。
「私の記憶はケーキ屋だったわ。ケーキを作っていた記憶があるの。この世界では砂糖がお決まりの南大陸からしか手に入らずに馬鹿高いから手に入ることもないけど。後、わたしは料理下手なの」
なんと役に立たない記憶だと驚愕する。砂糖が手に入らないのにケーキ屋の記憶、後料理下手。
驚愕した私にお爺様の寺で焼け死んだという記憶、お父様の俺tueeの小説の記憶があるとの答えを続けて聞く
まじですか、この人たち前世特典の記憶を使って内政チートとかできないわけ?
ほけ~と可愛い口を開けて呆けてしまう。それを見た兄さまたちも声をかけてくる。
一番上の馬鹿っぽいお兄様、マツリ・ヤーダ・カサマー8歳だったかな?黒髪黒目のお兄様が口を開く。
「俺の記憶は格闘ゲームの記憶だな。色々な格闘ゲームの記憶があるぜっ」
はいはい、そうですか、はい、次。
二番目のお兄様、おとなしそうな顔の作りをしているショウ・ヤーダ・カサマー6歳?たしかそう。ショウお兄様も声をかけてくる。
「僕の記憶は………。え~、ごほん、………ギャルゲー一般かな? その記憶があるよ」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして教えてくれる。うんうん確かに恥ずかしい記憶ですな………。
もう期待しないでお姉さまの言葉を待つ。
「あたしは古今東西の漫画を覚えているわっ! 一番役に立つ記憶ねっ! 紙がないので、今は和紙を作ろうと考えているの! たぶん漫画通りにやればできると思うわ」
ドヤ顔で言うが、漫画はいくつかの面倒な製法の箇所は省いて書いてあることが多いので期待できないですよと嘆息する。これなら私の記憶もしょうもなくても大丈夫だろう。
さて、結構色々覚えているが何がいいだろうか?というか覚えているけど、この世界では使えないな………。ノーフォーク農法?三圃式農法?名前は知っているがどうやるかは覚えていない。たしかクローバーが関係したような………。
他にも色々考えるが、驚くほどに役に立たない記憶しかない。こういう世界では内政チートをするのがお決まりだ。でも製法なんて一般的な日本人が覚えているはずがない。
砂糖の作りかたは甜菜を煮詰める。またはメープルシロップを作る?え?どうやって。作り方がわからない。小説とかには簡単に作れるように書いてあるが現実では無理だ。たぶん金を失うだけである。そしてこの国は貧乏だ。他の国が王族と戦うことと天秤にかけて、あっさりと利益にならないと判断するほどに。
「えっと………。わたちゅはどらごんたいじとか、ひかりのせんしなったりしたげーむのはなちゅがありますね」
恥ずかしい、さすがに恥ずかしくなり顔を赤くして俯きながら小声で言う。
日本酒と焼き鳥の話は出さない。だって性別を疑われるもの。前世は美少女なのに。
それを聞いてお爺様は溜息を深く吐く。
「はぁ~やはりそんなものであるか。やはり前世の記憶って役に立たないようだな。過去で役に立ったのはリバーシと将棋………。しかも他国にすぐ真似されたしな。記憶があるので最初から天才として行動できることと魔法力が一番か」
ぎぃと椅子に深くもたれるお爺様。バキッと巨体なお爺様の重量に耐えられずに背もたれが折れる。
ぐはっと背もたれが無くなり後ろに転がり落ちるお爺様。
ブフッ、と笑ってしまう。どんだけぼろいんだ。玉座。一応王様が座る椅子なのに。
ゴンっと後ろ向きに倒れこみ、ゴロゴロと転がり痛がっている。
「ぐおぉぉ。この玉座は買い替えよう! というか作り直すぞ!」
苦しむお爺様に宰相であるお父さまは冷たく言葉を返す。
「そんなお金がどこにあるんですか? 最近は隣の大国である東部一の槍使いと名高いナーガ族が怪しい動きをしているから、砦の建設費用を出すのも難しいのに」
「はいはい、これで我慢しましょうね。陛下。治癒魔法『ヒール』」
母様が手を翳し『力ある言葉』を発する。魔法だ、魔法である。母様は治癒魔法と使い手だ。軽い怪我をした時も癒してくれた。
母様の手から光の粉が噴き出して、お爺様に当たる。キラキラと輝いてゴロゴロと頭をぶつけて痛がるお爺様を癒す。
痛みがなくなったお爺様が頭をさすりながら立ちあがる。
「あ~、痛かった………。玉座は必要だぞ、息子よ! なんとかしろ」
「はいはい、日曜日に作っておきますね。木材の端切れ残っていたかな………」
宰相自ら作るらしい。日曜大工で。ちなみに我が国は曜日がある。日曜日も勿論ある。日曜が無いと耐えられないのが日本人なので。
「うむ、まかせたぞ、せめて壊れないやつにしてくれ。でだ、ネムよ」
立ち上がりこちらを見下ろすお爺様。巨体であるから、少し怖い。鋭い眼光で告げてくる。
「王家はそれぞれ強大な魔法力と得意な魔法を持っている。そなたの力も調べねばならん」
ほうほう、私もなにか得意な魔法があるんですねと、お爺様の言葉を聞いて期待するのであった。