6話 人形皇女2歳目覚める
これは帝国建国記
じょしょ~よりはるか昔へと話は戻る。
それは第2皇女の目覚めから始まる。今はまだその身は王女であるが。
目覚めと共に帝国の建国記が始まるのである。
さてさて、人形皇女の人形劇、開幕でございます。
何か周りが騒がしい。なんの騒ぎだろう?最近は祭りをするのにも周辺住民で反対する人が多いから床屋のおっちゃんが許可をとるのが大変だとぼやいていた。祭りの太鼓がうるさいのだそうな。でも、祭りだよ?太鼓の音が毎日鳴り響くわけでもないのに、狭量な心のやつもいるもんだねとおっちゃんと話していた覚えがある。
そこで気づく。私いつ寝たっけ?たしか寝たよね?あれれ、記憶がないぞ。
ぼんやりと私は目を覚ます。視界がぼやけて見えにくい。瞳に溜まる涙のせいだ。
特に悲しいわけではない。寝てたからあくびと共に涙がでただけだ。自分はそんなに殊勝な性格をしていない。でも最近は涙もろいかもなぁ。ちょっとした感動話でも涙腺がちょっと緩む。歳なのかなぁと思い、よいしょと起き上がった。
なんだか肌触りが変な敷布団だ。布団や枕にはこだわっているのだ。お高い低反発枕やらデパートでふかふかの布団を買っていたりするから、こんな変な肌触りは変だ。
敷布団を見るとゴワゴワとした毛皮のような敷布団であった。毛皮がチクチクしていて微妙に痛い。それが何枚も重ねられている。だから床に寝たような硬さだと気づいた。いや、床よりはましだが贅沢をしていた私にはきつい。
枕もしょぼい。なんか藁を固めたような枕だ。なんだこれ?どこでこんなの売っているわけ?反対に感心してしまう。
掛け布団も敷布団と同じ毛皮のようなというか、これ毛皮だよね?薄くてゴワゴワしているけど。
ポイっと横に掛け布団を撥ね退ける。でも毛皮かぁ、合成が多い世の中で珍しい。もしかしたら、いや、きっと高価なものかも。枕も見たことの無いものだ。天然素材を使用した物は高いと相場が決まっている。
と、いうことはこの布団は高いのかしらん?私どこで寝ているの?と周りをキョロキョロと見る。
不思議な空間であった。何が不思議かというと………。
ぼろい。石でできている部屋だ。なんだかそこかしこの壁や床がひび割れているしぼろい。窓も木窓だしガラス製品も見えない。申し訳程度に蝋燭の燭台が寝台から離れたテーブルに置かれているのが見えた。
それも燭台といっていいのかどうか………。胴の皿に蝋燭が一本たっているだけである。あの蝋燭で怪談話とかしたら怖そうなシチュエーションになりそう。
やはり出来が悪いと思われるチェストが唯一の家具としておいてある。なんか傾いているけど。
蹴りを入れたらバラバラになりそうな感じ。
ここどこ?私はだぁれ?と状況がよくわからない時のお決まりのセリフを内心で呟き、そして青ざめる。
私の名前なんだっけ?え?なんだっけ?
自分の暮らしや友人たちは思い出せるが、自分の事がぼやけて思い出せない。
これはもしや………。
無料小説で読んでいた内容を思い出してくる。あの中では着ぐるみを着て活躍する女の子の小説が好きだったなぁと。全巻買ったなぁと。
いや違う。転生物では大所帯に生まれた騎士の子の話が好きだった。あれは転移物だ。
いやいや違う違う。かぶりを振って斜め上にいく思考を修正する。いつも最初に思う事とは違う事を途中で考えてしまい最初に考えていたことをすっかり忘れるのは自分の悪い癖だ。
そこで新たな真実に気づく。自分の手を見る。腕を見る。華奢でちっこい。可愛らしいおててだ。
グーパーと手のひらを自分の顔の前でやってみる。
にぎにぎ、にぎにぎ。可愛らしい右手を左手で触ってみる。
おいおい、これはもしかして!子供?いや子供どころかもっと幼い感じだ。ぺたぺたと体をさわるとつるぺたな胸はともかく下半身にあるものがない。いや、最初からなかったっけ?性別すら思い出せないのだ。
こ、これは異世界転生?
がばっとベッドの上で立ち上がる。
そうしたら、一気に頭に知識が浮かんできた。
様々な日本の思い出、今の自分の思い出。奔流の如くに流れ込んでくる。
「うぁぁぁぁぁ」
その知識の奔流に飲み込まれるような量に頭がひどく痛くなる。
たぶん痛い。こういう時は痛がるものだよと、ベッドの上にそっと寝っ転がりゴロゴロする。ばたんと倒れると痛そうなので、そっと寝っ転がった。だってこの敷布団チクチクするし。
ゴロゴロと頭を抱えて苦しむ。たぶん苦しんでいる。健康なこの身体は全然頭痛もないけど。これは苦しむシーンなのだ。高熱をだしたり、頭痛がしたりしないといけないのだ。
ちょっとこの敷布団チクチクするよね。私、よくこのベッドで寝ているなと思い出す。どう考えても痛くはないことがバレバレである。
日本の知識、自分の暮らしが大量に流れ込んでくる。王様に一人で竜王を倒しに行ってこいと言われて倒しに行った自分、過去で大ボスに変化した最初のボスを退治にしにいく自分、異世界転生物とか良いなぁと思ってちょくちょく無料小説を読んでいた自分、ラーメン、たこ焼、すき焼き、ステーキ、ハンバーグ………。
漫画や小説、ゲームの知識ばかりだった。役に立たないことこの上ない。でも日本の一応一般的知識も入ってくる。
たいした量はなかった。あっという間にインストール終了。前世の記憶からなる性格も入ってきたが、真面目な美少女だったのだろう。全然今の自分には影響しなかった。たぶん少ししか影響していない。前世の自分は美少女だったのだ。
立てば芍薬、歩けば牡丹だっけ?たぶんそう、そんな感じの美少女だったことがうっすらときおくにある。たぶんある。捏造ではない。日本酒を飲んで升にも日本酒って入るから2杯分で高くてもお得だよね。だからいつも自分は一番高い日本酒を飲んでいた。それと一緒に焼き鳥を食べるのが最高だった。あぁ、焼き鳥食べたい。今度お気に入りの居酒屋にまた行こう。
はっ!違う違う。また違う思考をしていた。そしてもう居酒屋には行けないと寂しく思う。
まぁ、そういうことで美少女だったのだ。儚く若くして死んだ美少女。それに決めた。決まったので変更はありません。ちょっと食べ物の好みがおっさんに近かっただけさ。
名前も思い出せそうな気もするし、自分の前世の姿も頑張れば思い出せそうな気もするが、そんな無駄なことに労力を使ってどうするのだ。使わないので思い出さないのは決定。前世は美少女だし。
うんうん、きっと髪の毛が戦闘時には紅くなる少女だったに違いない。炎を操る美少女だったのだ。それに決めた。
なんだか現実と小説がごっちゃになっているが、別にいいだろう。自分が良いんだもの。過去の悪い事は忘れるに限る。
「えっと、わたちゅのなまえは、ネム・ヤーダ・カサマー。カサマーおうこくのおうじょでちゅ」
舌足らずな言葉遣いが可愛い。声音も可愛いとわかる。なんということでしょう。この身はきっと美少女だ。いや、美幼女だ。
「かがみはどこでちゅか?かがみ、かがみ」
自分の姿を見るために鏡を探す。キョロキョロと部屋を見渡すが鏡など無い。というか記憶にも鏡は見たことは無い。たった2歳の記憶であるが、ちょこちょこと城を歩き回っていた覚えがある。
そこではガラスもない、鏡もない。というかぼろい石造りで城といっていいのかどうか………。
「でも、まぁ、わたちはひょーい系でなく、ぜんせのきおくもちでちゅね」
可愛く舌足らずな言葉で呟く。
前世の記憶持ちで憑依系でないことに安心する。美少女に憑依するという形は嫌だ。美少女の自我に簡単に押しつぶされて消えてしまう事が簡単に予想できるからだ。いや、自分も前世は美少女だったのだが、それでも現美少女には敵わないと思う。絶対に前世は美少女。
そして思い出す。第2王女ではある。王女ではあるが貧乏なことを。
人間族は他の種族に比べると平均値が低い能力値だ。一部が突出しても全体が器用貧乏的な能力だと特化している他の種族に負けるのである。勝てるのはゴブリンぐらいだ。あいつらは王様は頭良いが、他があほなのでいくら人数を増やしても他の種族にあっさりといつも全滅させられている。ネズミのように増えて、ネズミとは違いすぐに飢餓に苦しみ共食いをする。そしてあっさりと全滅する。飢餓に苦しまない状況になっても、ゴブリンの増え方はネズミと同じ。あっという間に食料が足りなくなるのだ。そして軍隊行動などできないので、その数を生かすこともできない。
そんなゴブリンよりはマシというのが人間族である。ちょっと弱すぎない?ボーナスポイントが良い数値にでるまでボタンを連打するしかないと思う。
いや、思い出す。そういうことではない。
私は貧乏王国の王女だ。人間族で作られている小さな国家。王族が珍しく強力な魔力を持っているのでなんとか魔物を倒して、他の国からも見逃してもらっている国だ。
そしてすごい貧乏。人間族は他の種族に相手にされない。数だけはいて、たくさんの地域に住んでいるがそれだけだ。他の種族に奴隷にされたり、下働きに使われたりして、良い暮らしはしていない。ここも貧乏アピールでなんとか他の国からの侵攻を防いでいるぐらいだ。防いでいるというか、進行しても旨味がないと思われている。
でも貧乏でも他の国で暮らすより良いそうだ。北部にはもう一つ、人間の国があるらしい。たしか古代龍と契約している帝国。そこはここよりも暮らしは良さそうだが、噂のみで北部へ行く人間は少ない。途中で他の種族につかまって農奴にされたり、魔物に襲われて死んだりするし。
つらつらと教師に教わった事を想い出す。なんだか詰め込むように教えてきた教師だった。変な教師。2歳の幼女に覚えられると思ったのだろうか。
2歳に対してのスパルタ教育を思い出し不思議に思う。それでも覚えていたのだから私は優秀だ。さすが幼女。幼女最強。あぁ、鏡が欲しい。欲しいったら欲しい。他の国にはあるんだろうな。
そんなことを考えていたらドアがノックもなしに開けられた。
そして優しそうな金髪美女が入ってきた。いや、彼女は母親だ。前世が美少女だったと気づかれないようにしないと。美少女にこだわる私。そこは譲れない。でも、前世があるとか言うと母親は嫌だろう。まっさらな自分の子に異物が入ったと思われるのではないだろうか?
迫害されるわけにはいかないと身構える。表情が硬くなったことに気づいたのだろう。母親が口を開いた。
「おはよう、ネム。どうやら前世の記憶を思い出したようね。体調は悪くない?」
えぇ~と、口を大きく馬鹿みたいに呆然と開けるネムだった。