5話 勇者と皇女
旅行の服装やらなにやらを3メートルはあるカバンに詰めて、小さい体で運んで行くティピを見ながら、私はのんびりとついていった。てってこと歩く隣にはフードを被った人がついてきている。
ブカブカの白いロープに身を包み、その姿は誰にもわからない。ロープの中を覗き込もうとしても、透視魔法を使っても阻害される魔法のローブだ。腰に剣をさげていることだけがわかる。
ローブを剥ぎ取らない限りは相手が誰かはわからない。私のスカートにも付与されている強力な逸品である。
これがあるから、飛んだり跳ねたり寝っ転がったりしても下着は見られることはない。数年前に下着丸だしで寝ていたら、さすがに女性としての自覚を持つように母様に怒られたので、魔法道具を作る勇者に作ってもらったのだ。
あの勇者は便利であったが、あれもこれもと作らせていたら財政破綻しそうになったから慌てて中止したという経緯がある。魔法道具の素材は高いのである。
金山をたくさん持っている私には関係ない話だったが、国庫とは関係ない私の私物なので、少し寄付してくれという訳のわからない皇帝のお願いを断固拒否したせいもあるかもしれないが。
それ以来、こっそりとしか魔法道具は作れなくなった。普通の魔法使いでは1年に1個作れれば良いレベルなのが魔法道具なわけなので。悔しい。
天井まで10メートルはあるだろう荘厳な廊下を歩いていると、働いている官僚たちがペコリと挨拶してくる。にこやかに笑顔で軽く頭を下げる。皇族は常に笑顔で魅力しないといけないのだ。ただし女性に限る。男性は偉そうに軽く頭を下げるだけ。ずるい。まぁ、私も男性の笑顔など見たくもないけど。
このカサマー帝国は他の国と礼儀においては一線を画している。爵位が下の者は上の者から声をかけられない限り、話しかけてはいけないだとか、爵位によって挨拶の方法を変えなければいけないだとか、正直訳のわからない中世だか魔法の世界だかの礼儀は我が帝国ではアウトだ。
皇族がそんな礼儀に耐えられないので、公式行事で多少零作法がうるさくなるぐらい。それもハハーッと跪いて頭をあげよと皇帝が許すだけ。いつもはお互いに頭を軽く下げて、今日はいい天気ですね、そうですねと挨拶をお互いに交わす素晴らしき日本の礼儀仕様である。
他国から見たら正気ではないと言われるぐらいに、緩い帝政なのだった。実際に帝国に新たに仕える貴族はその緩さに面食らう。
まぁ、小国から成り上がった帝国だ。仕方ないのです。将来も日本人の記憶を持つ皇帝が存在する限りは礼儀はうるさくはならないだろう。
そしてもう一つ緩いのは私がメイド一人と歩いていることからわかる。護衛が城内ではいないのだ。いや、いるんだけどね。私には必要ない。というか、皆公式行事以外はホイホイと一人で歩き回る。厨房につまみ食いに皇帝がたびたび現れるアットホームな城内なのだ。
城内では皇族を傷つけることは難しいので。
皇族のダメージは城内にいる限り、城が受け持ってくれる。身代わり人形ならぬ身代わり城。
すなわち城を破壊するぐらいの攻撃ではないと皇族は倒せない。これもまた魔法道具の作り手の勇者に作らせた。ゆえに皇族はホイホイと城内を歩き回る。捕縛だけは怖いがそれを防ぐ魔法道具もまた皇族は常に装備しているので、無敵なのだった。バランスブレイカーも良いところだ。
そんなことをつらつらと考えながら歩いていくと裏門前に到着した。すでに馬車は用意してありギュンター爺さん率いる私の騎士団の精鋭が集まっていた。
美女と美少女で形成されている騎士団。名前は百合騎士団である。他意はない。ないったらない。
それに団長はむさ苦しい爺さんだ。普通の騎士団だと私は信じている。
私が到着したことに気づいて副団長が歩み寄ってくる。
「ネム様。お待ちしておりました。今回はリザードマン退治だとか」
ぴょこんと頭を可愛くさげて挨拶をしてくる。
背中まで流れるような金髪ロングヘアーの女の子。ぱっちりおめめで可愛らしい、悪戯好きで笑うと小悪魔的な13歳。背丈は140程の娘だ。
リコ・ファナタスト。百合騎士団の副団長。最年少の副団長である。見かけと違い様々な幻惑魔法と巧みなレイピア捌きの使い手。天才少女だ。世間ではそう言われている。
他の女騎士も若い美女と美少女。素晴らしきかな私の騎士団。目の保養になって嬉しい。女騎士たちも皇族の近衛兵なので給料が良くて嬉しい。ウィンウィンな関係だ。
私が直々に面接をして顔で選んだ騎士団。小説やアニメの中でしか存在しない騎士団。すなわち彼女らは存在できない騎士なのだ。なにが存在できないかというと話は簡単。美女、美少女に力はなかりけり。
彼女らは実は弱い。リコはそれでも副団長になるぐらいの強さはあるが。
多分一般騎士と戦えばしばらくは耐えれると思う。副団長からしてそのレベル。真の強さを持つのはギュンター爺さんだけ。
でも、それで良いよね?可愛いは正義なのだ。それに実際に戦えば彼女らは強い。私が裏で強化しているから。
普通の騎士を強化すればもっと強い騎士が生まれる?意味がわからない。美女と美少女だからこそ強化する価値がある。むさ苦しい男たちは修行して強くなれ。
私は可愛らしく微笑みを返して頷く。
「そうです。リザードマンへと威圧行動をすることになりました。道中よろしくお願いしますね」
さすがに侵攻作戦とは言わない。正直に言うのはギュンター爺さんだけだ。
小首を傾げて、花咲くような微笑み。その微笑みを見て、うっすらと頬を染めるリコ。ふふふ、可愛いよ、リコ。
内心でほくそ笑み、馬車へと移動する。
全長30メートルの馬車。細長い長方形。窓が各所に設置されており、中身は台所からシャワー室。ベッドまで用意されている。この馬車をひく馬はいない。魔法で勝手に走る。ぶっちゃけキャンピングカーである。魔法で衝撃防御やらなにやらを付与している居心地が良すぎる車だ。
でもこの世界の人たちは頑なに馬車と言い張る。馬いないでしょ、どこにいるわけ?と何回も話したが、皆は馬車は馬車ですと言って聞かなかった。異世界七不思議の一つだ。
キャンピングカーは五台用意されている。私の物だ。
「全員搭乗するんだ! 行軍開始だ!」
パンパンと手を叩いてギュンター爺さんが遠足の引率者みたいなことを言う。さすがにその命令できっちりと皆は動き出した。
中にテコテコ歩いて入り、備え付けのソファに寝っ転がる。ひらひらと手を振りながらゴロゴロする。
至福の一時だ。やったね。むふぅと私はすよすよ寝るのでした。
運転席にギュンターは座り、後ろを見る。
「姫様は寝たか?」
「はい、もうぐっすりです、ギュンター様」
リコが真剣な表情で頷く。儂もそれを見て頷き返す。
「よし、それならば出発だ。目的地はトーヌ。油断はせぬように」
「かしこまりました。皆、戦意は充分です」
静かに声を発するリコを見ながら鼻を鳴らす。
「もっと兵士を連れて来れれば問題無いものを。陛下もネム様に優しすぎる」
「仕方ありません。ネム様は必要なければ兵士を連れては来ませんので」
苦笑いをしながら答えるリコを見ながら思う。
「う〜む………。ネム様が異性に興味をもって頂ければ問題無いのだが……」
「皇族は全てなにかしかの欠点があります。それにこれぐらいなら許容範囲では?」
リコは真剣な表情を変えずに儂を見る。まぁ、そうかもしれないが。本当に必要な時にはトウが注進するので今回は問題無いのだろう。
「で、姫様は何を連れてきた?」
リザードマンを侵攻するつもりならば強力な物のはず。その判断に曇りはあるまい。
ネム様が寝たので暇になったティピが運転席に来るのを見て問いただす。
「えっと、試作型の勇者と言っていました。今回の召喚に使う勇者の試作だとか」
にこやかに言うティピ。
軽々しく帝国の最重要機密を語るが、その機密を儂ら騎士団は全員知っている。もしも誰かに言ったら、聞いた人間もろとも極刑は間違いない。
「魔法剣士タイプか?」
その問いには、運転席に同じく近寄ってきたローブを被った物が答えた。
バサリとフードをとって答える。外からはこの馬車の中を覗くことはできない。強力な妨害魔法が付与されているからだ。
それは召喚されたはずの女勇者であった。双子かと言われるほど同じだ。感情が無いことを除けば。
「はい。私はマホ・ツルギ試作タイプです。戦闘能力は通常タイプと変わりはありません」
能面のような表情で淡々と語る物。
ネム様が作りし勇者の人形だ。ネム様の強大な力を隠すために陛下が勇者を召喚したことにした壮大な嘘の始まり。
その原点。儂は初号機を思い出す。確かに光の勇者たち五人もこんな感じだった。よく見ればおかしく感じる代物だ。
しかし今の帝国で人形だったと言っても誰も信じまい。すでに宗教が生まれており、多数の帝国臣民が信仰している。
当時は僅か3歳の子供であったネム様は儂らが感知できぬ魔力で人形を作り出した。急に作り出したので雑な作りだと当時のネム様は不満そうであった。
戦う人形。ゴーレムとは違う自分で考えて戦う人形だ。英雄に相応しい力を持った人形は通常でも強かった。
だが人形なのだ。ネム様が人形を操った時には………。
ため息をつき、ティピを見る。何人かの人形をネム様は確保している。ティピもその一つだ。しかし外見からはわからない。血を流し物を食べて感情に赴くままに喜怒哀楽を見せる。
神の所業である。敬って離宮に閉じ込めてもおかしくない力なのに、陛下たちは気にせずに同じ皇族として各地へと派遣する。
その寛容さと今回のような勅命に対して儂は尊敬をしつつも止めてもらいたいと思うのだ。
そうして馬車を出発させた。哀れなるリザードマンの国へと行くために。
リザードマンたちは、勇者の力を思い知るだろう。その命をもって。