4話 転生皇族一家
しばらく笑って満足したのか、エステル姉様は漫画を描いてくるわと言って自分の部屋へと帰っていった。
それを見て父様は不安そうにエステル姉様が去っていく姿を見る。
「おい、そろそろ誰かエステルが漫画を描くの止めてやれよ。あれ、メイドたちが邪教を崇拝し始めたんじゃとかいつか言い始めるぞ」
「心配性ですねぇ。大丈夫ですよ、メイドたちはエステル姉様の絶望的な芸術センスを知っています。なので例え邪教を崇拝し始めても反対に気づきませんよ」
メイドたちは優秀で忠実である。それはトウに確認してもらったから間違いない。皇族の使用人は全てトウが監視しているから大丈夫。そんなところで油断して家族が殺されるのは勘弁である。
「あぁ、そういえば、トウへ最近うちへちょっかいをかけてくるスパイがどこの誰かを調査するように命じてくれんか?」
のんびりとした口調でお爺様がお願いをしてくるので、頷く。
「面倒なので、自分で頼んでください。トウ、おいでおいで」
手をひらひらさせると転移魔法が発動する。そして念話にてトウが了承と伝えてくる。
一瞬のちには、目の前に40歳設定の男性が現れる。痩身で鷲のような鋭い目つき。帝都の裏世界を支配している諜報部のトップだ。いつもの黒い忍者服を着ている。凄い忍者服は目立つと思うが常に偽装をしているので、一般人には普通の服装に見えるらしい。反対に忍者服をわかる相手は要注意という訳だ。
トウは私の前に跪く。
「トウ・トビカ、ここに」
渋い声でトウは挨拶をする。
「おいおい、余はこっち。おぬしの後ろにいるぞ、こっちだ、こっち」
それをチラリと見てトウは
「ちっ、爺、何の用だ? つまらん用件なら帰るからな」
「はぁ~、なんでお前は皇帝たる余への態度がそうなんだ」
舌打ちをするトウへ溜息をついてお爺様が呟く。ブハハと叔父様がそれを見て笑う。
「仕方あるまい、貴重な勇者様だ。この態度でも許すしかないぞ、兄上」
フォローにもならないフォローを入れる叔父様。トウ・トビカは帰還させずに使い続けている勇者だ、世間には帰還したことになっているが、その力が便利すぎて手放すのがもったいなかったのである。
「で、余が頼みたい事柄は」
お爺様の言葉を手をひらひらさせて、押しとどめてトウが口を開く。
「最近、いつもより激しいスパイ活動をしてくるやつらだろう? もう判明している。東にあるトーヌ国に雇われた間者だった。もう過去形だがな」
にやりと悪そうに嗤いトウがお爺様の答えを先回りする。
それに口を噤むお爺様。
「あ~、やっぱりトーヌか~、あそこ兵を送り込んでも威圧がきかねーんだよ。リザードマンって、脳みそ本当にあるわけ? 勇者を送り込むぞと脅してもこっちへのちょっかいをやめねーんだよ」
その言葉を聞いて父様がうんざりしたように答える。
顎に手を当てて叔父様が考え考え口を開く。
「ふむ………。リザードマンの勇猛果敢さはしっていたが、それにしても強気ではないか? 勇者を送り込んだら全滅も覚悟しなければならないというのに」
「奴らは沼地の戦闘に絶対の自信を持っている。村を略奪してもすぐに沼に戻れば、例え勇者でも倒せると考えているのだろう」
トウがまたもや先回りして答える。さすがトウである。自慢の勇者だ。私は何もしなくても良いと嬉しくなる。
「最近のトーヌの略奪は目に余る。村々を襲いすぎだ。我が帝国を舐めている証拠だな」
お爺様が目をぎらつかせて言う。
「そうですな。所詮は10年でできた帝国。まだまだ我が国を見くびるやつらは多いという事でしょう」
父様の相槌にトウが頷く。
「仕方あるまい。ネム様以外役に立たない皇族が支配しているのだ。もう少しましな転生の記憶をもっていないのか、貴様ら?」
うぐっと全員が息を飲む。
「仕方あるまい。余の転生の記憶は一つ。なんだか寺で寝てたら焼き殺された記憶だけじゃ。あれはなんじゃろうな?」
お爺様がそう語る。寺で焼き殺された記憶は凄いと思う。
「私は貧乏のまま死んだ記憶だけですね。なので金が欲しい。贅沢をしたい」
叔父様が飄々とした顔で言ってくる。これだけ聞くと皆のトラウマが転生の記憶に残っているのではと思われる。
「俺は無料小説の記憶だけだわ。俺tueeの小説が大好きだったな………」
どうもトラウマだけではない事を父様が教えてくれる。しょうもない記憶なので語りたくないのであろう。
共通点は性別とか名前は一切覚えていない事だ。私も覚えていない。のんびりと酒を飲んで遊んでいたおっさんの記憶なんかないのである。名前も覚えていないし、きっと混乱した記憶が見せる幻想だろう。今の自分は美少女なのだ。男に欠片も興味を持たないで女性しか気にしない美少女だが。
「本当に役に立たない記憶だな。お前ら」
呆れた表情でトウが言うが、反論をする男たち。
「いやいや、昔の一族で役に立った記憶は、リバーシと将棋のみだぞ? 一番悲惨なやつなんか元素記号?とかいうやつで覚えていても全く意味がなかったという日記があったぞ」
「そうそう。それに私たちには日本人という役立たない記憶も残っているみたいですが、もうほとんど関係ないでしょう。関係するのは礼儀が嫌いで楽観的なところだけですかね」
「あぁ、それ以外に俺らには強力な魔力がある。一族直系はネムを除いて一般人より遥かに魔力が高い。それだけで皇族になるにふさわしいよ。多分ね」
お爺様、叔父様、父様とそれぞれに異なった反論をする。まぁ、その通りだ、一通り覚えている私と違う。それに魔力が高いのは人間族では有利である。他の種族と戦う時に有利になるからだ。
その力で10年前まで細々と目立たないように暮らしてきたのが我が帝国である。
「まぁ、記憶が役に立たないことは同意するんだな………、なんか悲しい奴等だ………」
疲れたように同情したようにトウが哀れみを込めた表情で頷く。
パンパンと手を叩き、話を戻してあげる。
「で、どうするんですか? トーヌへとまず勇者を派遣するんですか? 戦闘職は一人しかいませんが」
「う~ん、それもなぁ……………。被害的には鉱山の周辺に巣を作ったワイバーンロードの方が大きいんだ。金山の周りに作ったから、現金の収入減がでかい。村々はそこまで利益的には問題じゃないからな………」
父様が現実的なことを言う。それだと村々がいつまでたっても救われないではないか。もう一人戦闘職がいればよかったとか呟いているが、今更です。今更なので畳職人を作った私に罪はありません。
「非道な事を言いますね。父様、それならばショウ兄様を派遣しましょうよ。今回の儀式イベントも馬鹿らしいと言って、地方の視察に向かいましたし。大丈夫、今度は大丈夫です。私が眠くなければ、ショウ兄様は大活躍間違いなしです」
ぶんぶんと細い腕を振り回して提案する。さぼり癖のあるあの兄様はちょっと活躍してもらいましょう。
その提案をジト目をしながら父様は聞いて、話し始めた。
「う~ん、あいつ今どこにいるの? 視察ってどこに行ったんだっけ?」
無責任極まりない宰相である。まぁ、いつものことだが、家族には緩く甘い一族なので。
「たしか西に行くと言っていたぞ。余へ西のドワーフ族からの武具の納入が遅れているから催促してくると言っていた」
酒をグイグイを飲みながらお爺様が教えてくれる。
羨ましい。私も早く大人になって酒を飲みたい。その時は絶対に日本酒職人を作ることに決めている。
「は~ん、あいつもちゃんと仕事のために行ったんだな。考えて逃げたな、あいつ。頭良いな」
顎を摩りながら、父様が嘆息する。そしてこちらを見る。
なんだか嫌な予感がする。早く逃げなければと勘が叫んでいる。
「さて、私もそろそろ帰りますね。早く帰らないとオヤツの時間になりますので」
椅子からぴょんと飛び降りて、部屋へと帰ろうとするが、父様にグイと首根っこを掴まれた。
「猫でもないのに、そういうことはやめてくださいよ」
抗議をする私へと父様が悪そうな表情で見ていた。
「おし、ネム皇女へ命令する。トーヌへと威圧をしてこい。暇だろ? 勇者召喚も終えたし」
ぬぐぐぐと唸る私。暇ではない。私は昼寝をしたり夜寝をしたり朝寝をしたりして、合間におやつを食べないといけないのだ。忙しすぎる。
だが、その抗議は失敗に終わる。お爺様が口を挟んだからだ。
「そうだな、ネム、お前行ってこい。残念な結果になっても構わんから」
「勅命だな。ネム皇女、頑張ってくれたまえ」
むぅ~と頬を膨らませて口を尖らすしか、私はできなかった。
無力な私である。しくしく。
「あ、ちなみにトウは置いていってね、こいつにはまだ頼み事がたくさんあるんだ」
鬼か。
鬼のような親の手から離れた私はプンスコと怒りながら部屋まで帰るので歩いていた。
外で待っていたギュンター爺さんが近寄って私が不機嫌な事に気づく。
「どうしました? 何かあったのですかな?」
「むぅ~ん。鬼のような父様にトーヌ侵攻作戦を任されました」
威圧しろと言われたが、別に侵攻作戦でいいだろう。リザードマンも兵士がいなくなれば恭順するに違いない。
面倒な事柄なので、ぷんぷん頬を膨らませながら歩いていく。
「ふむ………。侵攻作戦なのですか? 予算はいくらで任された兵隊は?」
へんな事を聞いてくるギュンター爺さんである。ぼけたかな?
「予算はなしです。任された兵隊? そんなものはありません。というわけでいつもの通りです」
その答えに苦笑いをしながら頷いたギュンター爺さん。
「わかりました。それでは私は正門前で馬車を数台用意いたしましょう」
「ほいほい、よろしくお願いします」
その言葉に頷き部屋へと戻る。
帰宅するとソファにのんびりと寝っ転がり、メイドがお茶を飲みながら漫画を見ていた。
私が忙しくしている時に、メイドが遊んでいるとは言語道断である。お茶を取り上げてごくごく飲んであげる。
ようやく私が返ってきたことに気づいたメイドが起き上がる。
ティピ・ピーシー、博識な15歳設定の赤毛のショートヘアの女のことである。背丈は140センチぐらい。メイド服が似合っている可愛い少女だ。
「ありゃ、お帰りなさい、ネム様。晩餐会まで戻らない予定では?」
「晩餐会なんて最初から出席するつもりはありません。トーヌへ向かうことになりました。準備をよろしくお願いします」
「トーヌと言ったら、リザードマン案件ですか。貧乏くじをひきましたね。ネム様」
指示に従い、箪笥を開き服を用意しながらティピがおしゃべりを続ける。
「そうです。父様ったら全く酷い人です。本当に親なんでしょうか?」
その言葉に苦笑してティピは手慣れた様子でトントンとカバンに洋服を詰め込む。
「で、兵士はその様子じゃいないんですよね? 今回は誰を連れていく予定ですか?」
その言葉を耳に入れながら私は自分専用の魔法の金庫の前に立つ。
手を翳して魔力を送ると、登録された魔力と判断した金庫の扉がキィーと開き始める。
「ギュンター爺さんと貴方と………」
今回は誰にしようかと、金庫に佇む様々な人形を見て考え込むのであった。