3話 ステータス魔法と勇者たち
荘厳なる勇者召喚の儀式が終わり、てくてくと皆で移動を始める。行く場所は皇帝の間だ。そこで勇者に謁見をしてもらい、その後に晩餐会、そして困っている雑用をしてもらう。
ここ数年の行事だ。
絨毯が敷かれた広い通路をみんなでぞろぞろ歩きながら、ゆっくりと歩く。歩きながら勇者を先導しているエステル姉様が色々と指さしながら説明をしている。
曰く、この通路に掲げてある絵画は何それ誰それの、そこの花瓶は珍しいあれこれで。
芸術に興味がありすぎるエステル姉様は勇者の対応をそっちのけで語っている。センスはないが、知識は豊富なエステル姉様は常に自分の知識を披露するタイミングを狙っている。狙われた獲物は数時間は拘束されるのである。
なので、見て見ぬふりをする面々。一見、勇者様へと丁寧に説明しているように見える不思議。
てってこと歩いて、皇帝の間まで移動する。巨大なミスリル製の扉の前にはフルプレートの騎士が立っている。こちらを見て軽く頷き、声を張り上げる。
「勇者さまをお連れしたエステル皇女、ネム皇女がいらっしゃいました!」
それと共に、ぎぃと音がして巨大なるミスリルの扉が重さを感じさせずに開ていく。
中は贅沢極まる広間である。床は一面に黄金の刺繍がしてある毛の長い絨毯。クリスタル製のランプ。魔法の灯りを灯す魔法具だ。シャンデリアは金でできており、同じく魔法の灯りを灯す。
奥には黄金の椅子に座っている老年の人間が座っていた。
威厳溢れる現皇帝、ウォーレス・ヤーダ・カサマー、55歳、渋い爺さんで黒髪黒目の筋肉質な巨体、頬に傷ありがある強面をしている。背丈は195センチでこれまで幾多の戦場を潜り抜けてきた百戦錬磨の戦士。多くの人から常勝皇帝と言われている。
「ウォーレス・ヤーダ・カサマー神聖皇帝の前である、跪いて挨拶せよ!」
皇帝の隣に立つ宰相が声をあげる。セイジ・ヤーダ・カサマー、37歳、ナイスミドルな黒髪黒目の男性である。細身であり、背丈は180センチ。鋭い瞳の腹黒そうな顔の人間である。
その声に従い、皇家以外の者が跪く。この帝国では皇家一族は皇帝に命じられない限りは跪くことが無い緩い法律だ。
ロウヒ爺さんも教皇となったときに皇帝一族から抜けているので、跪いている。
同じく勇者たち4人も文句を言わずに跪く。
皇家以外の全員が跪くのを確認して宰相のセイジ父様が皇帝へと軽く頷く。
ウォーレス皇帝はそれらを見終わった後に、重々しく頷いた。
「うむ。おもてをあげよ。拝謁を許そう」
その言葉に従い、皆が顔を持ち上げてウォーレス皇帝を見る。
ウォーレス皇帝はその様子を見て、ネムへと視線を向けて頷く。
はぁ~面倒だなぁと内心で溜息をつきネムは皇帝の前まで歩み寄り、くるりと振り返り勇者たちを見る。
「勇者様。この帝国は未曽有の危機に陥っております。お助けください」
ニコリと花咲くような笑顔を勇者たちに向けて見せる。
その笑顔を見て勇者たちはコクリと頷く。
「ありがとうございます。それでは『ステータス』と声を出してください。勇者様たち専用の力ある言葉です。勇者様たちだけは自分たちの能力を見る事ができます」
その言葉に勇者たちは素直に言葉を発する。
「『ステータス』」
4人が繰り返した言葉により、勇者たちの前にステータスボードが現れたのだろう。まじまじと見ている。
ネムはそんな勇者たちを見ながら思う。ステータスってなんですか。どうやって人の力を数値化するんですか。そんなのゲームキャラだけでしょ。もうこのステータスというのも止めないかな。
余計なことを考えていると、見終わったと思わしき勇者たちがこちらを見てくる。
おしおし、これで終わりねとネムは話しかける。
「では、勇者様、貴方たちの『ユニークスキル』を教えてくださいませ。後、自己紹介もお願いします」
そんな便利な能力があれば立派な管理社会ができるのにねと思いながら。
ロングの黒髪の16歳設定の女の子が声を上げる。可愛い美少女だ。
「えっと………。私の名前はマホ・ツルギです。魔法剣士の勇者とステータスに書いてありました!」
おぉ、と騎士や魔法使い、文官たち、周辺から声が上がる。戦闘職の勇者がこんな女の子供とは思っていなかったからだ。
次に声をあげたのは、金髪の髪をお団子にまとめている女子だ。美人さんで16歳設定。
「私の名前は、パティ・シエールです。ステータスにはお菓子職人と書いてありました」
おぉと女性騎士たちから声が上がった。一部男性からも声が上がる。お菓子職人は2年前に召喚されたときには、一世を風靡した見事なお菓子の技術を残していったし、作るお菓子は天上の味だったからだ。
次は痩身の眼鏡の男。黒髪黒目の日本人ぽい40歳設定の勇者。
「僕の名前はイクオ・ミドリノです。ステータスには植物魔法の勇者と書いてありますね」
おぉぉ!と一番歓声が上がる。植物魔法の勇者は凶作時には召喚される救世主だ。枯れた穀物を植物魔法で復活させる。この勇者が召喚されたときには大豊作間違いなしであるからだ。
「最後は俺だな。てやんでぇ、俺の名前はサクゾウ・タタミ。持っているスキルとかいうやつは畳職人の勇者と書いてあるぜ」
べらんぼうめと鼻をかきながら語る白髪頭にごま塩ひげのお爺さん 60歳設定にしておいた江戸っ子である。
ぶほっと皇帝の座っている場所から噴き出すような息が吐かれた。
畳職人って、なんだ?と人々は面食らう。戦闘職は2人はいると思われたのだ。今回の雑用は面倒で場所も遠いので。
ちらりとネムが後ろを見ると、このバカ娘めっ、やりやがったなという怒りの表情を宰相であるセイジ父様が額に血管を浮き出して見ていた。
皇帝は嘆息して呆れた表情をしていた。
私は知りませんよ。畳でゴロゴロしたかったのですと内心で思い、そっぽを向く。
そしてこれから1か月頑張ってくれ勇者よと皇帝が激励をして、勇者たちが頷いて頑張りますと答えて謁見は終わるのであった。
謁見の間から出て、勇者様は勇者様専用客室へと連れられていった。
残る皇族はプライベートルームである家族の間に移動した。
ふぇぇぇとソファに埋まり疲れをとろうと瞼を閉じる。すやぁと夢の世界に入ろうとしたところで、頭をはたかれた。
「痛いではないですか。お父様。痛すぎるので眠いです。おやすみなさい………」
「ダメだ!なんで戦闘職が一人しかいないんだよ。おかしくない? 絶対におかしいよね。小説になると召喚されたけど、私だけ勇者でしたという、勇者が間違えて召喚されたようにしか見えないよね! なんで勇者召喚で勇者以外が多いんだよ!」
「仕方ないのです。だってみんなの希望を揃えると、ああいうふうになりました」
憮然として、ソファから父様を見上げる。可愛く上目遣いをするのに、家族には通じないらしい。怒っている。
首を傾げて、不思議そうに父様は尋ねるので親切に教えてあげる。
「まず今回は4人の勇者を召喚することに決まりました。そこで父様が戦闘職の召喚を、母様がパティシエを、叔父様が植物魔法の使い手を求めたんです。で、勇者を作る私の権利として、欲しい勇者を作りました。すなわち畳職人です。畳の上でゴロゴロしたかったのです」
間違っていないでしょ?みんなの希望通りでしょと教えてあげる優しい私。
「おやじっ! なんで希望を言わなかったんだよ! それなら戦闘職が2人になるだろ! 今回の雑用は多いし敵も強いから面倒なんだよ。戦闘職を希望してと言ったよね。俺」
怒鳴る父様。目を泳がさせながらお爺様が答える。
「ロウヒがな、今年は凶作があるかもしれないと言ってきてな? それならば臣民を守る皇帝としては当然の要求なので、ロウヒに権利を譲ったんだ」
「はい。30年物のワインを手土産にしたら、あっさりと権利を譲ってくれました」
ロウヒ叔父様が頷いて、人々を騙している柔らかな笑顔を見せた。たぶん凶作と称する袖の下をたっぷりと入れてくれる地域へと植物魔法の使い手を派遣するつもりだ。
「お父様、仕方ないですわ。芸術家を呼び出そうと私も思ったのに、ダメだしされましたもの」
エステル姉様が悔しそうに言うが、みんな放置した。いつものことである。
「うぬぬ。カラサはどこだ?我が妻は?」
お父様が周りを見るがいない。当然だ。
「もうお菓子を作らせにパティシエのところに行きました」
当然でしょ。甘いの大好きな母ですものと言う。パティシエを呼び出したのだ。我慢している理由はない。私も後でチョコレートケーキを作ってもらおう。美味しくて珍しいの。
皇帝であるお爺様がコホンと咳ばらいをする。家族のみの時は威厳のないことおびただしい。
「仕方あるまい。戦闘職の勇者、えー………なんだったっけかな?まぁ、魔法剣の使い手だ。あいつを馬車馬のように働かせればいいだろう。余の責任ではない事を言明しておく。ワイン美味かったし」
ぬおぉぉと頭を抱えてうずくまる父様。ちょっと可哀想なのでフォローの発言をしてあげる。
「父様、父様、わかりました。トウを派遣させますよ。使ってあげてくださいませ」
優しく微笑んで提案したのに、嫌そうな顔をする父様。
「あいつじゃ、勇者の活躍にならないだろう? だめだめ、勇者じゃなかったら皇族じゃないと。うちの名声にかかわるからな」
「セコイですねぇ。そんなに名声が関わる雑用なんですか?」
「あぁ、ワイバーンロードが作る群れの退治、レッサードラゴン退治だろ? ダイアモンドトータスの退治に、ジュエルゴーレムの退治、リザードマンへの威圧行動………」
それを聞いて呆れる。ちょっと面倒な敵が多い。リザードマンを除くと死人がでそうだ。
「なんでそんなに放置しておいたんですか? 皇族で退治をすればいいじゃないですか?」
「あぁ! そうだな! 皇族専用の鎧ならば、いくらかは退治できるだろうな! でもあれを使うの嫌なんだよ! バカ息子がそれを装備して、退治しに行って脚とか腕とか反対に曲がるようになって戦っていたんだぞ。お前もう少し兄の事をかんがえてやれよ! ゾンビか化け物じゃね? とか兵士たちに言われて噂を消すのが大変だったんだぞ。しばらくは戦わせることはできん!」
「眠かったんです。なので傀儡魔法がうまく動かなかったんです。ゲームキャラと違って人間は反対方向に腕は曲がらないんですね」
顔を手で覆い嘆息する父様。エステル姉様は口を馬鹿みたいに開けて大笑いしているし、いつの間にか爺様と叔父様は酒盛りをしながら将棋をしていた。
そんな皇家の秘密は直系の皇族はほんのちょっぴり前世の日本の記憶を持つ一家である。