2話 勇者召喚の儀
戦乱が終わることの無いクウゴ大陸。広大な超大陸。ミノタウスル、ケンタウロス、獣人にエルフやドワーフ、オークにゴブリン、そして人間と様々な人種が渦巻く戦乱が終わることの無い剣と魔法の世界。
その中で東部に位置する神聖サカマー帝国。東部の半分を支配している強大な国家だ。海に面した帝都となっており、船の出入りも活発で貿易が多々行われている。平原も肥沃であり、各地に鉄や銀、金、ミスリルと多くの鉱山を持っている。
50万の人々が住む帝都は夜は魔法具による灯りがつき、上下水道はきっちりと敷かれている。魔法具による汚染浄化も働き、汚水が発生することもない。
一番珍しいのは人間が皇族となっている点だ。人間は他の種族に比べると器用貧乏である。もちろん修行した人間は他の種族をも圧倒する力を持っているが、基本的な能力は全然低い。中途半端な能力のため、国家を建設するには途轍もない苦労がある。建設しても他の国家が侵略をしてくるため、長くはもたない。東部でも人間が支配しているのは、ここ神聖カサマー帝国と北部にある強力な竜を守護神とする竜帝国のみである。
そういった背景もあり、人間が東部の半分を支配するなどあり得なかった。
かつては。
今は違う。カサマー帝国の擁する人間の軍隊の力を疑う者たちはいない。魔法武具に身を包み、剣技も優れている強力な騎士たち。統率のとれた詠唱魔法を巧みに使う魔法使いたち。
なにより、カサマー帝国には秘術がある。それは他の国の持たない秘術。絶対的な力を帝国に与えている秘術。
10年前までは小国であり、いつ他の種族に侵略されていてもおかしくなかった王国であったこの地を一躍東部の盟主とした秘術。
勇者召喚である。
10年前にイーマ・ナーガが攻めてきた際に、王家、今は皇家となっているが、その一族が使用した秘術である。
その時に召喚された5人の勇者。光、火、水、土、風の勇者たちは王家の助力を求めるお願いを快諾して戦場へ向かったのである。
5人の勇者の力は圧倒的であり、3万いたナーガ族を全滅させた。そして侵略をしてきたナーガ族の国へと反対に攻め入り支配したのである。
その時から神聖カサマー帝国と名乗った元王国は勇者の力により多大な成果を上げてきた。
ナーガ族を倒して領土を広げたカサマー帝国へとまぐれで勝ったのだろうと思いこみ、統率された戦いが得意な狼人族、戦いにより戦力が減ったと考えて略奪にきた個人戦闘が得意な獅子人族、鉱山を奪い取らんと自ら作り上げた強力な武具に体を包んだドワーフ族。
その全てが攻めてきた。
そしてその攻撃を全て撥ね退け、反対に攻めてきた国家へと侵略をして領土を大きくしてきたのだ。
その全てに勇者が関わっていた。英雄と呼ばれるものは各種族、各国家に存在している。100人程度なら倒せる者、強力なモンスターを一人で倒せる者。英雄や名将として名高い者たちは希少ではあるものの存在している。
しかし次元が違ったのである。英雄も名将もそこらへんの兵士と同じようにあっさりと倒されていった。倒せると思ったときでも、突如強力な力を発揮して、それまでとは全く違う力を振るい勇者は英雄たちを倒していったのである。
そのため、カサマー帝国は無敵の帝国として名をしらしめてきた。各国はその秘術を奪わんと様々な行動をしてきたが、それが実を結ぶことは未だない。
そんなカサマー帝国は1年に1回、勇者を召喚する。そしてその勇者は様々な力を振るい帝国を助けて1か月後に多くの者が元の世界に帰還していくのだ。その時には皆、山ほどの財宝も美女も美食も求めずに帰っていく。
その姿はまさに勇者である。
勇者の力は様々だ。荒地を肥沃なる大地に変える魔法を使う者。凶作時に枯れ果てた麦を魔法にて瑞々しい麦へと変化させて凶作どころか豊作へとかえてしまう者。南大陸にしかなかった砂糖や香辛料を育てる方法を考えた者。多くの鉱山を見つけた者。
政治、経済、軍のあり方まで戦いだけではない、様々な知識を使い帝国を助けてくれた。
そして本日はその勇者召喚の儀が行われる記念すべき日なのである。人々は記念すべき日であり、祭りが行われる日でもある。
感謝と共に酒を傾けて祭りを人々は楽しむのであった。
その勇者召喚が行われる場所。皇帝の住む帝城、その奥にある秘術が行われる広間。
厳重なる警備が行われている。扉の前には魔法の武具に身を包む騎士の中でも特に優秀な力を持つ騎士が門番役として守っている。
中は滑らかな素材のわからない白い建材でできた広間。天井にはクリスタルでできたシャンデリアが煌々と魔法の光を発している。
ずらりと高位の魔法騎士と神官、魔法使いが壁に並ぶ。そして広間の真ん中には光り輝く魔法陣が描かれていた。幾何学模様で複雑な魔法陣である。その魔法陣がもっとも光り輝く時に勇者が召喚される。
魔法陣の前で踊る姉である皇女を見ながら、ネムはふわぁとあくびをした。噛み殺そうとしたが、眠いのだ。あくびをしないといけないと我慢ができない娘なので、そのまま小さくあくびをした。
ネム・ヤーダ・カサマー、13歳、セミロングのふんわりとした黒髪、美しい輝きの瞳、小さな桃色の可愛らしい唇。背丈は120センチの幼女から美少女へと変わる寸前の可愛らしい美少女である。カサマー帝国第2皇女の彼女は我慢という言葉が嫌いなのであった。
「ネム様、大事な儀式中ですぞ。お戯れはおやめください」
そっと目付け役のギュンターが耳元に声をかけてくる。
ギュンター・オディオン、60歳、ネムの目付け役の白髪のお爺さんだが、歴戦の騎士であり武門の名門の生まれであり巧みな戦いをする。背丈は180センチぐらいの大柄な爺さんである。ネムの突発的行動を抑制するために将軍職を引退してわざわざ目付け役となったお爺さんだ。
「だって、あれですよ? 見てくださいよ、あの踊り。チンパンジーでも、もっとまともな踊りをしますよ」
ギュンターへと小声で返答をする。周りが静かに見守っているので、話し声が聞こえないように無詠唱で防音魔法を発動させて。通常は詠唱が必要であり、発動時には魔力感知の得意な人間には魔法発動は気づかれる。だが、ごく自然に使用した防音魔法は周りに気づかれることもなく発動した。
エステル姉様、たしか儀式前に新しい儀式召喚の踊りを考えたので披露するとか言ってたな………。
ジト目で謎の踊りをする姉を見つめる。両手を掲げて、ひょこひょこ反復横跳びをしているように見える。たまにぴょんぴょんとジャンプするのは、スキップのつもりなのだろうか。ベンチャラーベンチャラーとか声をかければ宇宙人が呼び出されそうな踊りだ。
「エステルお姉様は美術関係のセンスは皆無なんです。なんで、いつも勇者召喚の儀式をお姉様にやらせるのですか。もう適当な巫女か何かを作ってやらせればいいのではないですか」
可愛く口を尖らせて、小声でぼそぼそと抗議をする。
エステル・ヤーダ・カサマー、15歳、ロングの美しい金髪、パッチリした瞳、魅力的な唇。背丈は150センチの美しい少女。カサマー帝国第1皇女である。欠点は美術品大好き、絵とか芸術品や踊りが大好きなのだが、本人に欠片もセンスがない事であろう。
それなのに、こういう催しでは絶対にしゃしゃり出てきて、踊りを見せようとする困った人だ。
ネムの言葉に苦笑交じりにギュンター爺さんが返事をくれる。
「ダメですぞ、皇家が召喚できるという事が大事なのです。それを皆に見せるのも良いパフォーマンスとなります。眠くても我慢してください」
「はぁ~、仕方ないですね。帰ったら昼寝しますからね。決定ですよ。絶対に昼寝しますからね」
話しながら見ていると踊りは佳境に入ったらしい。
お姉様がドヤ顔で奇声を上げた。
「きぇぇぇ! おでませ、勇者様!」
なんでああいうセリフを言うのかね。去年はもっと普通の詠唱だったはずだ。誰だ、あのワイルドな詠唱を教えたのは。
嘆息するネムだが、魔法陣は光り輝いた。強く光り、天井を貫き、外まで光の柱が作りだされる。
「閃光魔法は得意なんだから、それでいいじゃん」
閃光魔法を活用して綺麗な光景を作ればいいのにと、不満ブーブーで、輝く魔法陣を見つめる。さすがお姉様、無詠唱でこれだけの光の柱を作るのは難しい。まぁ、光り輝くだけでそれ以外に効果はないんだけどね。
しかし、その光景を見ている者の感想は違うみたいだ。光の柱を見て、おおっと感嘆の声が周辺の人間から漏れる。
カッと一際輝く魔法陣、ちらりと視線をこちらに向けるエステル姉様。指でゴーゴーと合図を送っている。
ほいほい、わかりましたよと、ネムは転移魔法を発動させた。先程と同じく発動は無詠唱であり自然に溶け込む発動は誰も気づかれない。
そして発動した魔法により、光り輝く魔法陣の真ん中に人影が生まれる。
「きぇぇぇ、勇者様、おいでませ、勇者様!」
それを見てまたもや調子に乗って踊り始めるエステル姉様。眺めていると魔力を吸い取らせそうである。あの趣味が無ければ可愛い美少女なのに。いつもは小鳥のような美声の美少女と言われているのだ。一回でも歌声を聞いた者は絶対に歌わせないけどね。
「さすがはエステル様! 勇者様は召喚されましたぞ!」
エステル姉様のこれ以上の暴挙を止めるべくエステル姉様の隣に立っていた神聖勇者教の教皇であるロウヒ爺様が大声を張り上げてエステル姉様の踊りを止める。ロウヒ・ヤーダ・カサマー、52歳、ふくよかな体格をした穏やかな爺さん。10年前に召喚できた勇者と帝国皇家を祀る神聖勇者教の開祖にして教皇。あとついでに守銭奴でもある。現皇帝の弟だ。見た目は穏やかでもあるので、人を安心させ人心を掴むのが得意なお爺さんだ。
ロウヒ爺様の大声で、渋々と踊りを止めるエステル姉様。たぶん後でメイド達に残りの踊りの部分を見せるつもりだ。可哀想なメイド達。
光り輝く魔法陣は、少しずつその光を失い、魔法陣には4人の男女が立っていた。
「はいはい、いらっしゃいませ、傀儡なる勇者様」
ネムはそう呟き、防音魔術の対象外にいるギュンターがその声を聞いて苦笑する。
踊りを止めたエステル姉様は、誰をも魅了するであろう輝く笑顔をその魔法陣の中心の人影に見せる。笑顔は皇家の基本なので、それぞれ皆魅力溢れる笑顔を作れるのである。両手を広げて歓迎の挨拶をする。
「あぁっ! いらっしゃいませ、勇者様。この帝国は今未曽有の危機にあるので、助けてください!」
その言葉を聞いてネムは思う。そろそろそのセリフ止めない?と