10話 人形皇女のハニービー討伐戦
ノロノロと鬱蒼と繁った草木の中を兵士たちが歩いていく。道はなく、膝まで届く雑草群。斥候が注意しながら前を歩くので、それに合わせて後ろからついていくと、どうしても歩みが遅くなるのである。
それはたとえ優秀な感知魔法の使い手がいても変わらない。感知ではわからない自然にできた小さな穴や、崩れてくるかもしれない岩や枯れた木があるからだ。
感知魔法は完璧ではないとギュンターらは知っているからこそ斥候を出している。
セイジ様の感知魔法は優秀だ。恐らくは並大抵の隠蔽魔法では防げない。
そう。今儂たちは山登りをしていた。目指すはハニービー。農作物を食い荒らす面倒な魔物退治だ。
そして今はもっと大変なことがある。将軍になってからしばらくたつ。いつも王家の面々がこのような討伐の時にはついてきてくださる。そこには感謝しかない。常に脆弱な人間の兵士たちには王家の力が必要なのだから。
「だが、しかしのぅ………」
後ろで感知魔法を唱えて、危険な魔物がいないか?ハニービーの巣はどこにあるのかを感知魔法にて探索しているセイジ様のお腹。そこが問題だった。
どうしてあんな幼女がついてきているのかと叫びたい。ぺったりとセイジ様のお腹に守られて抱っこされているのは、未だ2歳の幼女。ネム様であった。揺られながら移動しているからだろう。スヤスヤと気持ち良さそうに寝ていた。
ネムは一番守りやすいからという理由で、父様のお腹に抱っこされています。背負われているわけではありません。背負われていると木の上からの攻撃に対処できないそうな。
そうやって負傷兵を背負って運んでいたら、いつの間にか背負っていた兵士の首が無くなっていて………。
あわわわ、忘れることにします。父様の怪談話は体験談とか前ふりをつけてくるので嫌い。こっちが異世界転生2年生と思って、本当か嘘か判断できない話をしてくるのだ。絶対に後でいつか仕返ししてやると決意した。
そうして抱っこされて数時間。見事に私は熟睡していた。ゆらゆらと揺られて移動されると電車に乗って揺られているみたいで気持ち良かったから。
その場合は寝るしか無いよね。ということで私は寝た。おやすみなさい。スヤスヤ。
そんな私は頬をペチペチと叩かれていることに気づいた。どうやら目的地が近いから起こしたのだろう。でも眠いのです……。後でにしようよ?こっちは幼女だよ?お昼寝は必須です。
ペチペチペチペチペチペチペチペチ。
だが起こそうとする攻撃は止まなかった。しつこいなぁ………。仕方ない、起きるとしますか。
瞼を頑張って開けると、むさい父様の顔がアップになっていた。
「ちぇんじ、ちぇんじでおねがいしまちゅ」
野郎はいりません。起きたときの最初に見る顔がおっさんは嫌だよねと私はまた瞼を閉じようとした。
「待て待て、なんだチェンジって? お前、普通に酷いよな? ちょっと父親に酷くない? ここまで抱っこしてきた父親に酷くない?」
「そうでちゅね。ありがと〜ございまちゅ」
一応お礼を言っておく。まぁ、一応父様だし?周囲へと顔を巡らせると、鬱蒼と草木が茂っているし、周りからはぎゃあぎゃあと、なんだか嫌な鳴き声が聞こえるし?
そう答えて降りようとするが止められる。
「ここは危険だから降ろさないぞ。このままハニービーを討伐するんだ。できるか?」
「できなければ、余が出張るだけだからな。緊張することは無い」
お爺様が強面の顔でそう告げてくるが、怖い顔なので失敗したら殺すと言われている感じもする。
王家の王様に宰相とその奥さんに娘と、兵士たちに混じってここにいた。いやはや酷いことである。全滅したらえらいことになるのは間違いない。
「ほいほいっと」
簡単に答えて、人形魔術を発動させる。手のひらをひらひらと動かして簡単に発動させた。ここに来たのはあれから数日経っている。即ち充分に練習はできた。
周りの手頃な枯れ木に魔術を使う。枯れ木はこの間のようにグニャグニャと身体が変化して人型になる。
おおっと一緒に来た兵士たちが驚愕の声をあげる。
それを横目に見て、お爺様が満足げに頷いて話しかけてくる。
「うむ。これが余の力以下とはいえ、活躍できれば兵士たちの戦いも楽になる。死なない兵士を壁として戦えば良いのだからな」
「そうですな。まずは戦闘にどれだけ役に立つかを確認しましょう。ギュンター! この木偶の後方に位置して戦闘評価をせよ!」
父様が偉そうにちょっと歳のとった老人の兵士に命令する。その命令を聞いて、頷いて了承する老人。
「ははっ! お任せ下さい。何人かの兵士を連れていきます!」
「うむ。任せたぞ」
そう答えて父様は腹に抱っこされている私へと上から覗き込むように声をかける。
「この男はギュンター将軍。我が国でも指折りの騎士だ。魔法も使えるぞ」
おぉっ、この貧乏王家でも将軍がいたのねと、ジロジロ見るとなるほど鉄製のハーフプレートアーマーを王家以外で唯一着込んでいる。他に鉄製の鎧を着込んでいるのはお爺様だけだ。父様は灰色のローブ、母様も灰色のローブだ。私も灰色のローブを着させられている。お揃いかな?でも、魔法の力とかは無さそうなので、単に余ったローブなのかも。
そんなことを考えていたら、ギュンター爺さんがこちらへと声をかけてきた。
「初めまして。ネム様。儂はこの国の将軍職をやらせて頂いているギュンター・オディオンと申します。よろしくお願い致します」
軽く頭を下げて、真面目な表情で挨拶をしてきたのは、鋭い目つきの歴戦の戦士さんのようだ。見かけからすると白髪も多くてお爺さんに入るかも?こちらも可愛くあざとく挨拶をする。
「よろしくおねがいしまちゅ! ネム・ヤーダ・カサマーでちゅ!」
ニパッと全力投球の挨拶だ。フハハ、可愛いでしょう?幼女の微笑みには耐えられまいと、ほくそ笑み、相手の反応をみる。
が、なんということでしょう。眉をピクリと動かしただけである。むむむ、幼女の微笑みに反応しないとは、もしかして私、美幼女じゃない?と動揺するが、他の兵士たちはほんわかした表情になり、こちらへと視線を向けていたので、判断に困る。やはり鏡が必要だ。美幼女を確認するには鏡が必要だ。あとで母様に聞こうっと。
「よし。ではやってくれ、ネム」
腕を組んでお爺様が厳しい顔で、そう命令する。
「あいっ! はちさんはどこでつかっ?」
小さく可愛らしいおててをあげて聞く。
「ここから500メートル離れた大きな枯れ木を巣にしている。かなりでかい巣だぞ。気をつけるように」
感知魔法にて確認済みなのだろう。父様が指を森の奥に指差して教えてくれるので
「わかりまちた! ではでは、ゆーちゃいちごーいきまつっ!」
そうして私は勇者な木偶人形を動かした。
文字通り、目の前に映るウィンドウ越しに、魔力のラインで繋がる木偶人形へと力を送る。
思考が木偶人形へと移り変わる。なんだかロボットのコックピットに入った感じ。全天モニターではない。あれは使いにくいと思うので前面モニターと横に後ろが見れるモニターがいくつかついている古き良きコックピットだ。
木偶人形へと思考を移した私はその視線をネム本体に移す。私は父様に抱っこされてウィンドウを見ながら寝ているようにも、動きを止めて人形のようにも見えた。
むむむ、操作時は隙ができるかなと考えた瞬間に元の自分に戻る。
およよよよ、思考を断ち切られると元に戻るというか、やっぱり実際はウィンドウ越しに見ているだけだと気づく。没入感が半端ない操作力。没入型VRとか現実になったらこうなるんだろうなという感触だった。
ならば良し。私は操作している間も隙はないようだ。敵が迫って来たら速攻幼女の感知力で気づくことだろう。幼女の感知力って、なんだというツッコミはなしだ。軽く頷き、再び木偶人形へと意識を移す。
私は木偶人形内でポチッとなと、魔術を発動させた。なんの魔術かというと、植物魔術だ。魔法しか使えない人からは通常なら気づかれない発動をする魔術。
「植物レーダー発動」
内心で自分で決めたコマンドを呟く。魔法に比べると適当さ半端ない。力ある言葉はコマンドワードが固定されているが、魔術は法を掻い潜る術。即ち自由に決められる。
そして私はこの木偶人形に対して、ある概念持ちの人形として作成した。
即ち………。
ピコーンとコックピットの左に多数の敵が表示される。植物探知。枯れ葉からでもある程度の敵感知ができる魔術だ。森の中ではこの感知からは逃れることは難しい。
「ふむふむ、大量にいますね、1000はいるんじゃないですか?」
レーダーに映る敵の光点。わかりやすいように機動兵器に搭載されたっぽくしたレーダーだ。その一つへと詳細表示と念じる。
ふよんとさらにウィンドウが開く。
立体的な映像が移り、くるくるとその姿を回転させて見せてくる。
全長50センチ。魔力反応は低い。強力な顎と針を搭載。識別コードは何にしますか?と文字表記で聞いてくる。
そこで私は考えた。これは味気ないと。
なので追加で魔術を使う。サブブレインとして考えてくれるやつだ。
「サポートキャラ作成。名前はアリス!」
コックピット内だと、言葉遣いが普通になり素晴らしいと思いながら自分の記憶を補佐する思考魔術を作成する。自らの記憶領域を模した物を魔術で作成してサポートしてくれる。まぁ、簡単に言うとAIだ。
するとウィンドウに金髪碧眼のお人形のような美少女が現れた。ぱっちりお目々のストレートのロングヘアー。天使の輪っかを作る可愛らしい子だ。
その女の子はこちらへと視線を向けて、その可愛らしい小さなお口を開いた。
「初めまして、パイロット。私はアリスです。よろしくお願いしますね」
小首を傾げてにっこりと微笑むので天使のような可愛らしさだ。可愛い可愛いと思わず拍手した。小さなおててで、パチパチと。アリスも可愛らしく拍手をしてくれるので、美少女と美幼女の夢の共演である。他の人がこの光景を見るには有料だ。
にふふ、さすが私と口元をによによさせていると、アリスが再び口を開く。
「私はパイロットの円滑な行動をサポートするための戦闘AIです。では、敵の識別コードを決めて下さいね」
AIって、言っちゃったよ、この子。まぁ、AIなんだけどさ。世界観ぶち壊しであるが仕方ない。
「了承です。アリス、敵の識別コードはハニービー。空中を飛翔する数で押してくる敵です。あと私のコードネームはメビウスで」
私はキリリとどこかの機動兵器のパイロットを真似て告げる。コードネームは昔の戦闘機ゲームのコードネームからとった。なんだかかっこいいでしょ?
鑑定魔術はさすがに発動しなかった。まぁ。情報源はどこからだよってツッコミできるしね。あくまで私の記憶から参照されるのだ。アリスは忘れた私の記憶からもサルベージしてくれる。
「わかりました。敵識別コード、ハニービーと設定。戦闘を開始しますか?」
「もちろんです! 試作型戦闘人形デック出撃です!」
そう言って私はコックピットに備え付けてある架空の操縦桿を握るのだった。




