秋の味覚感謝祭
スポーツの秋。読書の秋。秋の気温は暑すぎず、少し涼しい気候ということで何事も集中して物事に取り組める季節とも言える。
そんな中忘れてはいけない『○○の秋』と言えば『食欲の秋』である。
某所の商店街の入り口には『秋の味覚!』という旗を掲げて賑わっていた。
そして年に一度開催される『秋の味覚感謝祭』は地元で農業を営んでいる有志などによって行われている。
その日が刻々と迫る中、三人の祭りの役員が偶然にも市場で顔を合わせた。
「よお、博士に人形屋。まさかここで会うとな」
「お前もな、学者。相変わらず研究をし続けているのか?」
「久しいな。この三人が揃うなんてな」
それぞれ職業とは縁の無さそうな筋肉質の体格の持ち主。しかしそれぞれの道には必要不可欠の筋肉であり、それを否定することは自身を否定することになる。
「これも運命という奴だろうな。秋の味覚。そしてこの三人が偶然出会った。つまり明日の激戦の前におてんとさんがくれた運命だろう」
「それもそうだな。日が出なければ植物は育たない。そして俺達の心に火がつけば、完全無敵の陣営だろう」
「去年の屈辱は今年の肥料だ。なに、一年あれば人は変わるさ。農作物と一緒でな」
三人は微笑み、そしてそろって言葉を放った。
「「「完全燃焼。百戦錬磨の輝夜姫!」」」
☆
秋の味覚感謝祭。それはその名の通り秋の味覚を使った食材を沢山の人に食べてもらおうと考案された祭りで、秋刀魚の塩焼きや栗ご飯などが提供される。
当初は食べるだけだった祭りに少し刺激を与えようと考えた当時の市長がゲームを考案したところ、それが大好評だった。
そこから各店や自治体でも催し物を出展し、大規模な祭りへと変わった。
芋の研究兼薬師をしている通称博士と呼ばれているこの男は、芋から得られる栄養素から新たなワクチンを作り出す研究を行いながら、町の薬屋さんとして慕われている。
また、自宅から離れた場所には自身の畑を持っており、畑にはジャガイモやサツマイモなど、様々な芋を作っている。
そんな博士も秋の味覚感謝祭の出展者で、自身の作った市場には出回らない『ワケアリ』の芋を使って屋台を出している。
ワケアリと言っても食べれないわけではない。むしろ味は最高級の芋。ただ形が悪いというだけで市場に出回らないだけである。
栽培した芋は三通りの使い道があり、整った形の芋は市場の野菜売り場で販売される。形の悪い芋は研究の素材として使われ、それでも使い切れない芋が今日の祭りに使われる。大半が祭用になってしまうのが自然の摂理であるが。
「形の悪い芋だからこそ、日の目を浴びる場があるんだぜ」
「この芋の形の所為で入らないわ!」
「よっしゃ、良い感じに組み合わさった!」
博士は腕を組み、来る客の笑顔や悔しがる顔を見て心から笑っていた。
博士の催し物は『芋をどれだけ籠の中に入れられるか』というモノで、制限時間は二分。その間に洗面器の中にどれだけ形の悪い芋を入れられるかを競い、そして一番重い人には後日『ワケアリ』の芋が一年分送られる。
形が悪いからこそ重ねれば崩れやすい。だが、それは自然が生み出したパズルであり、自然からの挑戦状でもあると、博士は毎年思っていた。
「自然からの挑戦とは、ずいぶんと壮大な思想ね」
凍る空気を感じた。振り向くとそこには黒髪で白い肌の美少女が立っていた。
「よお、『輝夜姫』さん。名前に似合わず昼間に登場かい?」
「姫はともかく親の付けた名前にケチを付けないで欲しいわね」
「なっ! 輝夜ってのは本名だったのか。てっきり黒髪と白い肌とその容姿にどこかのプロダクションのタレントだと思っていたが、すまねえ!」
「良いわよ、悪気が無いなら。それよりも私も挑戦して良いのよね?」
「ああ。これは自然からの挑戦状であり俺からの挑戦だ。太陽は隠れるが俺は隠れねえぜ」
「ふふ、太陽は隠れるけど貴方は隠れない。なかなか面白いわね」
そう言って輝夜は芋を積み上げていた。そして『組み上げて』いた。
「なっ! 馬鹿な、形が不揃いの『ワケアリ』だぞ!」
高く。さらに高く。積み上げられた芋は輝夜の身長の半分をすでに超えていた。
残り一分と三十秒。だがここまではまだ二人ほど通過した道。スーパーの袋つめ放題で鍛え上げた町内のお母さんの腕は時折店主さえ驚く。ここまではまだ見覚えのある高さだ。
「あら、『もう三十秒』?」
「……何?」
普通なら時間が予想よりも早く進んだことに感じて言うセリフだろう。しかし身長の半分の高さまで積み上げた状況でのセリフである。途中で崩れても時間は止められない。二分経過後のタイミングの重さで競われる。
「ええ。もっと長ければさらに伸ばせるのに、二分だと半分もいけないわね」
「何を根拠に半分だと」
「芋の形、そして長さ。それらからここ全ての芋を作ったタワーを計算したのよ。ただ、私も腕が二本しかないからどうしても無理が生じるわね」
「戯言を」
「そう思う?」
残り時間は一分。
そして博士はあることに気がついた。
「……俺は誰と話しているんだ?」
先ほどまで黒髪で白い肌を持つ美少女『輝夜姫』と会話をしていたはずだ。
しかし今は……。
『サツマイモ』に向かって会話をしていた。
「ふふ、良い香りね。さすがに身長の高さに芋があれば香りも楽しみながら参加できるわね」
「馬鹿な! 不揃いの芋だぞ!」
約一メートル半のサツマイモのタワー。まるで一つの芸術作品がそこにあった。
いびつな形から人の足の様な面白い形の芋たちしかない状況で、『綺麗』と言葉がこぼれる作品がそこにあった。
『終了です。重さを量らせてください』
終了の合図と共に、つみあがる芋の動きが止まった。まるで建造物である。
「良い挑戦状だったわ。でも一つだけ不満を言っても良いかしら?」
「な、何だ?」
額に汗をかく博士。
「どこにも隠れない男というのが、声だけ聞こえてどこにも見当たらないのだけれど、一体どこに行ったのかしら?」
芋を間に会話をする博士と輝夜姫。
博士は言葉が出ず、ただ目から一粒の悔し涙を流してその場を後にするのだった。
☆
学者と呼ばれ続けて数十年。時は幼稚園児時代まで遡る。
祖父の土地である山へよく遊びに行っては昆虫採取や草花の観察をしていて、いつの間にか『昆虫マニア』や『学者』というあだ名がついた。
夏休みの自由研究でとある学者から特別表彰を貰ってからは『学者』というあだ名が定着して以降、知り合いからは敬意を持ってそう呼ばれている。
ただあだ名で終えるほどこの男は単純ではなかった。
山で取れる草花やその時活性化する昆虫などを研究し、今では本当に大学の生物学の教授とまでなった。
ただ、教授になってからすぐに祖父が腰を痛めてしまい、農業を辞めて山を売ろうと考えていたところ、『学者』が大学の教授を辞め、祖父の農業を引き継いだ。
「山は俺の兄妹であり、親であり、子だ。簡単には手を離すかよ」
学者にとって山は全てを教えてくれた、言ってしまえば学者の教授である。
お金に換えがたいものも世の中には沢山存在するといつも思いながら毎日山へ登っては山菜を採取し、それを市場で売って生活をしていた。
「一つのモノに執着し極めることに文句なんて誰も言わないわよ」
「そうだな。だからこそお前の『勝利への執着』も俺は文句を言わねえ。今年も来たか『輝夜姫』!」
「去年もだけど、三人ともあだ名はインドアなのに、変に暑苦しいのよね。特にここの次は小さい子が泣くわよ」
「幼馴染というのは性格が似通うもんさ。さあ、今年の遊びはこれだぜ!」
学者の指を刺した先は、今も盛り上がりを見せているとある催し物。
『栗投げゲーム』だった。
「へえ、ずいぶんとセットに拘っているわね」
まるで森。地面には一つの線が引いてあり、作り物の木が数本並んでいた。
木にはリンゴの形をした模型があり、そこには『五』『八』『十』などの数字が書いてあった。
「シンプルなだけに難しいわね。アレにボールを当てるのかしら?」
「へへ、これは『栗投げゲーム』だぜ?」
「……へえ、栗を投げるのね」
渡されたのはイガのついた触ると痛い栗だった。
「おっと、怪我をする前にこの手袋をつけな。もし怪我をしたらあっちに救護室があるからちょっとした怪我でもすぐに行くんだ」
「妙にやさしいわね」
「俺を誰だと思ってやがる。相手が誰でも客に変わりはしねえ。それに、切り傷は放置すれば菌が入る。山に行く際は絶対救急箱を持っていくのが鉄則だぜ」
「ここは山じゃ無いのだけれど……まあ分かったわ」
そして手袋をはめる輝夜。そして栗を持つ。
「へえ、栗の形はとげとげして持ちにくいし、手袋もあってさらに投げにくいわね」
「ああ。小さい頃はそれでよく遊んだもんさ。木になっている栗を当てて栗を増やすゲームなんて小さい頃は言ったもんだが、今では土地が狭くて投げれば人に当たりかねねえからな」
「ふふ、相手を第一に思うその姿勢は凄いわね」
ぽーんぽーんと軽く上に投げては受け止め。投げて受け止めを繰り返す。
渡された栗は三つ。それらを投げて的に当て、的に書いてある点数が一番高ければ、山菜セットが後日送られるというルールだ。
「最高得点は十。それが三つ。これって『普通』に考えて三十が最高得点になるのかしら?」
「ああ。だから山菜セットは多く準備している。だが小分けできるようにしているから高得点者が少なければ少ないほど景品の量は多くなるのさ。ざっと一年分くらいだろうな」
「それは魅力的ね」
ニコッと笑みを浮かべ、輝夜は構えた。栗は本物で強く握れば手袋越しでもとげが刺さる。だが輝夜はそれもかまわずに強く握った。
「お、おい。怪我をするぜ?」
「これくらい怪我するほどでもないわよ。それよりも今回の貴方の敗因は『栗を本物』にしたことね」
「何?」
ピシッと何かが割れる音がした。その音は学者にとって聞きなじみのある音だった。
「栗は三つ。それはあくまでこの『イガ』状態の栗を指すのよね」
「それがどうし……まさか!」
そして輝夜は思いっきり投げた。
学者は目を疑った。
栗が輝夜の数メートル先で『宙に浮いていた』。
「な、え、栗が!」
ブオーンとなにやら『風を切る』音が鳴り響き、周囲は彼女を中心に風が舞っていた。
次の瞬間だった。
バシュ!
『十』と書かれたリンゴの模型が弾け飛んだ。
パシュ!
さらにもうひとつ。
パシュ!
最後の『十』と書かれたリンゴの模型も弾け飛んだ。そして……。
ぶうううううううああああああん!
地に落ちた『イガ』からすさまじい音が鳴り響く。ただゆっくりと地に落ちた『イガ』だと思ったが、よく見るとすさまじい回転をしていた。
「なっ! まさか、『中身を飛ばした』のか!」
「そうよ。きちんと飛んだ栗は三つね。さあこれで三十点。残りは二個……いえ、『二投』ね」
輝夜の前で『大は小を兼ねる』に属した発言は禁句である。そう、高得点者が少なければ景品が多いなどという話を冗談でも耳にすれば最後、そこに待つのは絶望の展開しかないのだから。
☆
三人で山に登り、時には迷子になり親から怒られ、時には動物を見つけて危機回避をしたり、当時は相当な無茶を無邪気に行ったと人形屋は時々昔を思い出す。
二人はそれぞれ自身の特技を生かし、突き詰めるところまで突き詰めた。一人は今でも研究を続けて世のために働いている。もう一人は祖父の跡を継いだものの、その知識は時折必要となり、時々テレビなどで『植物学者』という形で出演もする。
一方『人形屋』は昔から二人に引っ張ってもらい、いざ一人立ちの時には何もできず、気が付けば山から持ち帰った粘土を捏ねていた。
「二人が進み、俺は止まる。人形も一人では歩けず、俺と一緒だよな」
毎年笑顔で顔を合わせるも、輝く二人に圧倒され、最後は一人で落ち込む。もう数年前からの悩みであり、これからの悩みでもある。
「最近の人形はネジを巻けば歩くわよ?」
「『輝夜姫』か。二人を倒したのか?」
「ええ。暑苦しい二人にね。それにしてもいつもは一番暑苦しい貴方が一番静かってどういうことよ」
「はは、なに、大人の悩みってやつだ。長生きすれば一時静かな時も出てくるさ」
「ふーん、長生きね」
何かを思い出す表情を浮かべる輝夜。
「へへ、客が来たなら元気も来るさ。二人がやられたなら、なおさら俺はもっと張り切らねえとな!」
「そう。それで、今年の人形屋の出し物は何かしら?」
「去年同様に『ジャックオランタン・コンテスト』だ!」
☆
秋の味覚感謝祭の催し物のほとんどは、その場で点数がわかるものばかり。というのも、主催者である『人形屋』の催し物こそこの祭り一番の盛り上がりを見せるものだからだ。
『ジャックオランタン・コンテスト』は、かぼちゃのお化け『ジャックオランタン』を一時間以内に作るというモノで、参加者は学生や芸能人や芸術家が参加する。
カボチャ一つ使って一時間以内に作るという高難度の催し物故に参加者は少ない。しかし三年前に突如現れた謎の紫髪の少女の飛び入り参加者の完成度がすさまじい作品の登場により、一気に有名になり、今では世界各国から選りすぐりの選手が参加する。
謎の紫髪の少女はその大会以降出場せず、一昨年は芸術家の優勝。去年は芸術家が連覇をするかと思いきや『百戦錬磨の輝夜姫』の登場により芸術家は敗退した。
『今年もやってきました! ジャックオランタン・コンテスト! 司会は栗生がお送りします!』
栗毛の女の子が元気いっぱいに声を張り、会場は盛り上がる。一通り紹介を終えてそれぞれがカボチャを一つ選ぶ。軽く叩く者や触って感触を確かめる者もいる。
『さあ、準備はできましたね! では……始め!」
そして試合は開始された。
「おい、人形屋。調子はどうだ?」
「博士か。もう体調は良いのか?」
「ああ。あんな少女に言い負かされて自信を喪失しただけさ」
人形屋の所へ博士が来る。同時に学者もやってきた。
「始まったか。最後の砦のコンテスト」
「俺たち『三人』の全力。今年こそは勝ちてえな」
「……そうだな」
「どうした人形屋。いつもより元気が無くねえか?」
肩を叩く博士。
「なあ、俺はその『三人』の中に入って良いのだろうか?」
「何を言ってる?」
「俺はいつも二人に引いてもらい、いざ一人立ちの時、二人の存在はすごく遠く感じた。俺は一人この町で人形屋を営み、二人は高みへ突き進む。果たして『三人』という括りに俺は存在して良いのか?」
普段は見せない表情に二人は困惑していた。
「な、なにを……言ってやがる」
「遠慮しているんだろ? 出会ったときに偶然近所だったから今でも誘ってくれているだけなんだろ? 今もそうだからすぐに返事ができなかったんだろ? だったら俺はもう!」
「下らねえな。人形屋」
三人の周囲だけ空気が凍った。ステージは盛り上がる中でその三人の周囲だけはまるで真空状態のごとく音が消えているとも感じるだろう。
「ああ、下らねえ」
「冷めるぜ」
「そう……だよな。やっぱり俺は」
「むしろ俺の先を進んでいたやつが転ぶなんて、考えもつかなかったぜ」
「ああ、起き上がる人形のごとく転んでも泣きながら起き上がるお前がそう言うとはな」
「今、なんて……」
博士と学者は人形屋の肩を掴んだ。
「この祭りを開催するのに、お前はどれだけの人を集めた? あのステージを作り上げるのにどれだけの時間を割いた?」
「それは……町内会で提案をすれば」
「それだけでこんな大規模な祭りができるか? お前の行動は俺たちの先をいつも行っている。俺や学者はいつも決まった路線を進んでいる。お前はただの木偶の坊じゃない。しっかり地に足をつけた人じゃねえか!」
その言葉に人形屋は衝撃を受けた。
いつも二人に引っ張られ、転んで泣いていた人形屋。しかしいつも二人に追いつこうと無理して起き上がり、そしてまた引っ張られる。そんな日常が毎日続くと思っていた。
大人になり引っ張る人がいなくなり、ネジを巻けば歩く人形のごとくどこへ向かうか自分でもわからなかった。
「それにな。あのステージには誰がいる?」
「ステージ……」
芸術家。芸能人。百戦錬磨の輝夜姫。そんな強豪が揃う中、一人幼い少年が真剣にカボチャと向き合っていた。
「俺たち自分の事しか考えていない中、お前は血を引き継ぐ子をきちんと残しているじゃねえか」
「ああ……ああ!」
人形屋の妻はとても静かな性格で、普段の会話も少ない。しかしそれは仲が悪いわけではなくそういう性格であり、言葉が無くても分かり合える存在だからだ。
そしてその間に生まれた息子。彼は実家が人形屋ということで同級生からは『男なのに人形?』と馬鹿にされながらも、常に前向きに行動し今もステージに立っている。
息子の容姿は人形屋やその妻から引き継いだものの、性格は全く異なる。その性格は確実に博士と学者のモノだった。
「が……頑張れ! 俺の子よ!」
主催者ということで出演を断ったが、息子がどうしても出たいということで『特別枠』として出ることになった。
あまりにも参加者が多い場合は各地で代表を選出してもらう形を取っているが、息子の年齢となるとなかなか同世代の参加が集まらず、こうして特別な処置を取った。
『さー、盛り上がってきましたね。おっと、芸術家のジェイソンさんは大胆に横から切ったー! そして中身を取り出したー! これは魚で言うところの大名おろしですね!』
中を取り出し、皮だけになったカボチャをさらに切り、形を整える。そして出来上がったカボチャのお化けは誰が見ても『ジャックオランタン』だった。
『かんせーい! 一番最初に完成したのは芸術家のジェイソンさんです! これはベーシックなジャックオランタンですね』
『一時間という短時間でこれ以上凝った作品ハ、難しいと思いましタ』
『ところどころ片言な日本語でのご感想、ありがとうございます! おっと、今回最年少で参加の平田選手。なんとカボチャの上から中をすくい取っています。そして皮を整えれば……なんと片手でも持つことができる継ぎ目の無いジャックオランタンだー!』
この完成度に会場は盛り上がった。
「む、息子……いつの間にそんな技術を」
「子は親の行動をいつも見ているもんさ。どうせお前のことだからボトルシップでも始めたんじゃないか?」
「……」
「おお、まじか」
息子の技術の進歩に驚き、そしてなにより完成したジャックオランタンの完成度に驚いた。
芸術家の作品より繊細に、そして継ぎ目の無いという部分に関しては品質をも点数につけたい部分である。
『やるわね』
まさかの人物から息子へ言葉が贈られた。
『おっと、各地で有名な『輝夜姫』さんも驚きの作品ですか?』
『ええ。その作品からは色々なメッセージも感じるわ。一切の手を抜かず、そして何よりも『私に勝つ』という意志さえ感じるわね』
こくりとうなずく人形屋の息子に人形屋は目に涙を浮かべた。
戦っているのは人形屋だけではない。そして三人でもない。この町内皆が全力でぶつかりに行っている。そう思えた。
『そりゃ去年の優勝者ですからね。ですがメッセージですか?』
『本人に聞いてみる? どうして継ぎ目の無い作りにしたのかしら?』
そして息子にマイクを向けられた。
『人形は一人で歩けない。だから転ぶ。そして壊れる。壊れれば持ち主は泣く。よくウチには糸で簡単に修理された人形が届くんだけど、それじゃ人形は怪我をしたまま。だから父さんはいつもその糸を切るんだ』
芸術家は自分の作品をチラッと見て、顔を伏せた。
『そして縫い直す。父さんの直した人形はいつも元気いっぱいになって帰るんだ。買いなおすわけじゃなくしっかり直すんだ。人間は親を選べない。人形も持ち主を選べない』
そして、強い眼差しで輝夜を睨んだ。
『だから、このカボチャも僕に選ばれた以上、僕はこのカボチャを粗末に扱えない。それだけ!』
その言葉に会場は一瞬静まり、そして拍手が鳴り響いた。
「はは、まさかお前の子供の言葉に圧倒されるとはな」
「あ、ああ。植物とにらめっこしていた俺には恐らく縁のなかった言葉だろう」
人形屋は目を隠した。子供はいつの間にか成長しているものだ。親はその成長を何度も見逃すだろう。
帰ったら思いっきり誉めてやろう。そう人形屋は思った。
『あわわ、すごい歓声ですね。さて、そろそろ制限時間となりますが、芸能人枠の祭場選手は……うん、リタイアですかね?』
『中身が空洞だったー!』
マジシャンとして活動している祭場選手。去年も出場して、それなりに立派なジャックオランタンを作成したものの、残念である。
『一方『輝夜姫』選手……は……』
誰も輝夜のジャックオランタンに目を向けていなかった。というのも、人形屋の息子の予想外な出来に、全員の目が奪われていた。
『こ、これは……何ですかあああああ!』
会場がざわついた。
そして輝夜は最後の作業を終えて『完成』と告げた。
『名付けて、『ジャックオランタンの中のジャックオランタン』ね』
そのままの名前に会場は一瞬笑い声が聞こえるも、その完成度に再度驚きの声が上がる。
輝夜の作った作品は、一見普通のジャックオランタンだが、その皮の中をのぞくと小さなジャックオランタンが存在していた。
『人形屋の息子と聞いて最初は名ばかりと思ったけど、最初の工程で私も全力を出すことにしたわ』
『ぜん……りょく』
『ええ。継ぎ目も無い、しっかりと一目で『ジャックオランタン』とわかる作品を作る。でもそれだけじゃ足りない』
『全然足りなくは無い。目や口の空洞だけでは一時間で作るのは難しい!』
『そうね。そこは苦労したわ。でも、『やるしかないと思ったわ』』
『なっ』
『そもそもこの祭りの主催は人形屋よね? そしてこのステージも人形屋開催。ならば私は『人形』を作って答えないとと思ったのよ』
その言葉に博士と学者は苦い顔をした。
「おいおい、とうとう百戦錬磨の輝夜姫さんの頭はおかしくなったか?」
「おい、人形屋。どうした、額の汗がすげえぜ!」
「うお! おい、どうした! あの『ジャックオランタン』に何が隠されているんだ!」
「隠れてねえ。見えるだろ。だが取り出せねえ。ああ、あれこそ『人形』だ!」
人形屋の言葉に二人は理解できなかった。
しかし人形屋の息子はどことなく気が付いた感じだった。
『えっと、輝夜姫さんも何かメッセージを込めたのですか?』
『そうね。この祭の主催である人形屋とその息子さんにこの大きな『ジャックオランタン』と中に入っている『ジャックオランタン』を送るわ』
人形屋は負けたと呟いた。
「おい、今なんて、お前の息子の作品もすげえぜ!」
「そうだ! どうして負けなんだよ!」
人形屋は何を言われてもこの勝敗は決まったと感じていた。しかし不思議と嫌ではなかった。大きなジャックオランタンと小さなジャックオランタン。それは人形屋とその息子をしっかりと守っているようにも見えた。
同時にこの中で『人形』を作ったのは『輝夜姫』だけだった。
「勝てねえよ。あんな人形の中に人形……『マトリョーシカ』なんて作られたらよ!」
その言葉に会場は再度盛り上がり、優勝者の発表が行われた。
連覇という栄光を黒髪の少女は静かに持ち帰った。
今回もノリと勢いマシマシのマシで書いてみました。ちょっとした一息のつもりが色々と詰め込んでしまったという感じですね。
こんなノリと勢いだけの作品ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです!では!