新生活応援フェア
「タンスはこの辺で良いですか?」
大型ホームセンターで働く力自慢が大きなタンスを持って近くの従業員に話しかけた。
「ああ、それはここだ。ありがとよ」
「良いですよ。チーフの右腕が治るまでの間俺が頑張りますよ」
包帯が巻かれた右腕をさすり、頭を下げた。
「めんぼくねえ。そうだ、景品の搬入はそろそろだろ?」
「そうですね。今年は食品が多いですよね。何でですか?」
「需要だよ。最近の学生や新社会人は食べねえからな」
ホームセンター入り口には『新生活応援フェア』という旗が飾られていて、春の風に揺られていた。
「息子さんがいるチーフだからこその考えですね」
「ああ。まあ、レトルトカレーや缶詰ばかりだけどな。あ、そこのバイト、それはそっちだ」
痛む右腕を気にしながら『家具チーフ』と呼ばれる男性店員はバイトに指示を出していた。
「家具チーフ! 大変!」
最近臨時で採用した女性のバイトが声を荒げて走ってきた。
普段は帽子を被っていて口数の少ない彼女だが、こんな日もあるのだろう。
「なんだよ。これからが忙しくなるのに店員が騒いでちゃ客も引いちまうだろ」
「並んでいる客の中に一人怪しい人物が」
「ああ? 一体何が」
家具チーフは外へ出た。そこには『新生活応援フェア』を心待ちにしていた客が数名。その行列の一番後ろには予想していない人物が立っていた。
「あ、あ、あれはああああ!」
町のありとあらゆる祭に参加し、景品を全て持って行く漆黒の悪魔。または暗黒の女帝。色々な異名はあるものの、最近では一つに搾られている。
「あいつは、『百戦錬磨の輝夜姫』じゃねえかああああ?」
☆
新生活応援フェア。
昨年は家具を一つ買うごとにくじが引けて、大当たりは海外旅行のチケット。参加賞はポケットティッシュやレトルトのカレーなどが配られ、ホームセンターの店員一同忙しくなる時期だった。
そんな『一日』ではなく『数日間』行われるイベントに、誰もが予想していなかった。
「店長! どういうことですか!」
家具チーフはホームセンター店長に問いかけていた。
「忘れていた! あれは、あいつは……『大量の食べ物を景品にすると現れる』傾向にあることをおおおおお!」
「てんちょおおおお! どうするんですか! 開店まで残り三分ですよ!」
「だ、大丈夫だ。景品を準備しているコーナーは三つ。一つは家電コーナーの福引き。これは完全な運だ。二つ目は『Tシャツを三分でいくつたためるかゲーム』で、衣類コーナーチーフに緊急参戦して貰おう。問題はお前のところの『腕相撲』だ」
「力自慢のあいつが出たところで勝てるかどうか」
「家具チーフの右腕が無事だったら良かったんだが……」
「くっ!」
家具チーフは過去に『腕相撲世界大会』で準優勝を獲得した経験がある。
その力を大いに活躍できる場所を探した結果、今の『家具』を持ち上げる職業についた。
「大丈夫です。あいつならきっと……」
先ほどタンスを持ち上げた男性を思い浮かべ、家具チーフは念じていた。
その時だった。
カラーン、カラーン。
鐘の音が鳴り響いた。
「何の……音ですか?」
「信じたくないが……これも事実だろう」
家具チーフは腕の時計を見た。
既に開店時間から五分が経過していた。
「福引きが……取られたんだよ!」
☆
「家電! 大丈夫か!」
「ああ、家具。大丈夫……じゃねえ。まさか『輝夜姫』が現れるなんてな」
新生活応援フェアが始まって初日の開始五分。すでに福引きコーナーの一等『缶詰一年分』には『輝夜姫様』の文字が書かれていた。
「家具、俺は何もできなかった。ただ、ただあのクルクル回る福引きを見守るしかできなかったあああああ!」
「泣くな! お前はそれしか出来ないだろう! くそおおお!」
無残にも福引きはまだ一人しか参加していないのか、金色の球が一つ、寂しく残っていた。
「衣類が心配だ。悪いが急ぎ俺はあっちに行く」
「頼む……あの『輝夜姫』の暴走を止めてくれ!」
「ああ!」
そして家具は走った。
そして衣類コーナーのイベント会場に到着し、現在一般参加者がTシャツをたたんでいた。
『はい、三分! 合計は……二十枚です!」
それほど大きな会場では無いため、小規模でのイベントながらもそれなりに盛り上がっていた。
主婦達は足を止めて、次は私という形で行列が出来ていた。
『えー、次の挑戦者、お名前をどうぞ!』
『輝夜姫よ』
『輝夜姫……様。ではどうぞ!』
黒い髪。すらっとした綺麗な顔つき。噂に聞く『輝夜姫』がそこに立っていた。
(名乗る時も『姫』をつけるのか? 噂以上に個性的だな)
家具チーフが心で思いながらも行く末を見守っていた。
『では、始め!』
Tシャツをたたむゲームが開始された。
同時に会場はざわついた。
何と『輝夜姫』は片手で一つのTシャツを折りたたんでいた。
『なっ!』
『ふふ、Tシャツが足りないんじゃ無いかしら? どんどん持ってきなさいよ』
不気味な笑みを浮かべながらも折りたたむ『輝夜姫』。それを見た衣類チーフは苦笑いをしていた。
『そん……な! 片手で……しかも一秒に二枚!』
『ほらほらほらほら!』
綺麗にたたまれた洗濯物が積み重なり、とうとう三分の合図が鳴り響いた。
『さ、さんびゃく……ろくじゅうまい』
『ごちそうさま。ではこのカップ麺一年分は貰っていくわよ』
そう言ってテーブルの上に置いてあった『カップ麺一年分』と書かれた紙を強引に奪い、その場を去って行った。
「おい! 衣類チーフ!」
家具チーフはその場で立ちすくんでいた衣類チーフに声をかけた。
「家具チーフさん……ごめんなさい。私、何もできなかった」
「無理だ、あんな怪物……勝てるわけがねえ。それに強引過ぎる……なんだあれは」
「家具チーフさん、今すぐ戻って! 次は貴方のレトルトカレーが危ない!」
「だが、あれは止めようにも」
家具チーフは戻りたくなかった。
今の状況を見ると、確実にレトルトカレーは奪われてしまう。
負けがほぼ確定している勝負を見るのは嫌だった。
「結果だけを見たら後悔するわ。貴方の信じた彼の行く末を見てあげて!」
負けるだろう。
しかし、衣類チーフの言う通りだ。
結果だけを知る未来は、家具チーフには耐えられないだろう。
☆
急いで家具コーナーに戻ると、周囲は盛り上がっていた。
「あいつ、輝夜姫じゃないか?」
「ああ、あの黒髪。間違いない」
「なんであいつが」
「空気読めよ」
そういう客の言葉もちらほらと聞こえ、急いで腕相撲大会の運営席に戻った。
『次の挑戦者の名前をどうぞ!』
『輝夜姫よ。よろしく』
『輝夜姫様ですね……えー、では弊社の力自慢三人との腕相撲ですが、自身はどうでしょうか?』
『余裕ね』
既にステージには『輝夜姫』が立っていた。
(噂よりもひでえ。あんな見下すやつだったなんて!)
腕相撲大会のルールは簡単。三人を倒せばレトルトカレー一年分が渡される。
そしてその三人は家具コーナーの力自慢ばかりをそろえた精鋭。
しかし目の前の黒髪の悪魔を前に全員が震えていた。
「ふふ、手汗が凄くて気持ち悪いわよ」
「う、うるさい!」
『では、よーい、スタート!』
ばあああああん!
凄まじい音が鳴り響いた。
まるで『何かをたたきつけた』ような音だった。
「あ……があ……」
「仕事に支障が出そうだったらごめんなさい。でもこっちも真剣なのよ」
『い、一回戦は輝夜姫様です!』
酷い戦いが目の前で行われた。
まるで残虐。弱い者いじめ。色々な表現が出来る戦いだった。
「あ……うああああ!」
「おい! 何処へ行く!」
あまりの酷い戦いに二回戦目の選手である店員が逃げ出した。
力自慢の青年は呼びかけるも、店員の姿は遠くへ行ってしまった。
家具チーフは力自慢の青年を呼び止めた。
「あいつに罪は無い。あれを見たらそうなる」
「家具チーフ。ですが」
「それよりも二回線は俺が出る」
「チーフ! 何を……」
そう言って家具チーフはステージに出た。
「あら、次の相手は右腕負傷者かしら?」
「俺には左腕がある」
「私は右利きなんだけど?」
「……なら右でやる。それで負けたらお前は出禁だ!」
「ふふ、良いわよ」
そう言って、右手に巻いていた包帯を取り、傷だらけの腕をさらけ出した。
一瞬会場がざわつくも『輝夜姫』は動じなかった。
『で、では……よーい、スタート!』
その合図と共に家具チーフの視界はぐらつき、一瞬気を失った。
★
『優勝は赤コーナーです!』
腕相撲世界大会の映像を家具チーフは何度も繰り返し再生していた。
腕相撲世界大会で優勝を果たせなかった家具チーフは毎日酒に溺れていた。
「くそお、あそこで気が緩まなければ!」
酒の入ったコップを強くテーブルにたたきつけて、怒りに狂う家具チーフ。
その背中を毎日息子は眺めていた。
「ぱ、ぱぱ。またおさけ?」
まだ小学生の息子。彼の為にも父はヒーローでなければいけなかった。
しかし今ではただの酒に溺れた醜い男。しかし酒に頼らなければ生きていけないほど追い詰められていた。
「くそう。くそおおうう!」
何度も机を強く叩き、消えぬ過去を何度も拭い取ろうとする。
「ぱぱ! やめて! てがかわいそうだよ!」
「うるせええええええええ!」
その時だった。
気がつけば家具チーフは。
愛する息子の顔を殴っていた。
「け、けんじいいいいい!」
鼻から血を流し、その場で倒れている息子を前にしてようやく我に返った。
やってしまったのだ。
全て自分が悪いはずなのに、家具チーフは息子に手を出してしまったのだ。
「この……このうでがああああああああああ!」
思いっきり壁を殴る。そこには大きな穴が空き、腕からは血が流れていた。
「だめだ、だめだだめだだめだ! まだ足りねええええ!」
痛みがある。まだ腕がある。息子を傷つけた憎い腕がまだ繋がっている事が許せなかった。
がしっ。
何かに捕まれた。
血だらけの腕を見ると、そこには息子が鼻血を流し、目には涙を流しながら腕を掴んでいた。
「ぱぱ、うでがかわいそう。ぱぱのうではせかいいち。だからだいじにしないと……だめえ!!」
「あ、ああ……うああああああああああああ!」
そんな過去の記憶が蘇った。
★
「はっ!」
目を覚ました。
目線の先はホームセンターの天井だった。
家具チーフは腕相撲で負け、その場で思いっきり『投げられてしまった』のだ。
「くっ、腕が!」
骨折した腕がさらに痛み、その場から動けなかった。
「チーフ、無理はしないでください。今救急車を」
「いや、大丈夫だ。騒ぎにしたくない」
試合は二回戦を終えた後だった。気絶していた時間はとても短かったのだろう。
「ふふ、もう一人倒せばカレー一年分ね。ほら、早く来なさい。この『輝夜姫』様に!」
そう言って不気味な笑みを浮かべる黒髪の悪魔。
そのときだった。
「私は自分で名乗るとき、『姫』なんてつけないわよ」
声は家具チーフの隣から聞こえた。
気がつけばそこに『最近臨時で採用した女性のバイト』が家具チーフのに触れていた。腕には包帯が巻かれていて、鉄の棒でしっかりと固定されていた。
「金具で固定したから、この状態で病院に行きなさい。じゃないともう戻らなくなるわよ」
「おい、バイト。お前は」
「三回戦。私が出て良いかしら?」
その言葉を放った瞬間、バイトは帽子を取った。
そこにはどうやって収まっていたのか聞きたいほどの黒髪がフワッと流れてきて、帽子で隠れていた素顔はとても整っている美少女がそこに立っていた。
「お、お前は!」
「私の偽物が騒ぎを起こしちゃって、何がしたいのかしら?」
会場はざわついた。
ステージには『輝夜姫』と呼ばれた黒髪少女が二人立っていた。
「なっ! ほ、『本物』!」
今まで不気味な笑みを浮かべていた『輝夜姫』は驚いていた。
「どういうことだ」
「どういうことって、こっちが聞きたいわよ」
「なんでお前がここで働いている!」
家具チーフの疑問に『輝夜』は答えた。
「え、私だって生活あるし、働くのは普通でしょ」
周囲は『……確かに』と声がハモった。
「というか、私が参加するのは年に一度のお祭りやイベント。こういう場所には基本的に参加しないわよ」
「よ、予想していなかった。まさか本物がいるなんて」
「ほら、三回戦。やるわよ」
「うう」
そう言って、輝夜対輝夜姫の戦いが行われようとしていた。
『そ、それでは、よーい、スタート!」
がっ!
腕に力が込められた音が聞こえた。しかし二人の腕はピクリとも動いていなかった。
「折角だし、特別にこの場でお話しながらやりましょう」
「何!」
「まず福引きだけど、中身を見たら一等の球はまだ出ていなかったわ。もしかして自分で金色の球を準備したのかしら?」
「うぐ!」
「Tシャツをたたむゲーム。アレは凄いけど、ルールでは『両手でたたむ』よ。片手で凄い速さでたたむ人が珍しいから司会者も忘れていたそうよ」
「なっ!」
「そして腕相撲。これは『一般人』の参加のみ受付で、あなたの様な『プロの腕相撲の選手』が出て良い場所では無いわ!」
「があああ!」
次々と話し出す輝夜。その言葉一つ一つが『輝夜姫』に突き刺さっているようだった。
「ということで、ルール違反とイカサマを行った罪として、この場で負けて貰うけど、何か言い残す事は無いかしら?」
「……私は……いや、『俺』がいつ負けたとおお!」
偽物と呼ばれていた『輝夜姫』の黒髪が突如ずれ落ちた。髪がなくなったことで印象が一気に変わった。あれは家具チーフが何度も映像で見た憎き相手、腕相撲大会で戦った世界王者だった。
「決まっているじゃない。今よ」
ばああああん。
たたきつけられる音が鳴り響いた。
その音は先ほど店員がたたきつけられた音よりも優しく、信念のこもった音に思えた。
☆
「これが……給料だ」
「ありがと」
そう言って家具チーフは臨時の女性バイト『輝夜』に給料を渡した。
「このままここで働く事は考えねえのか?」
「ええ。私がいると面倒よ」
「そう……か」
結局『輝夜姫』を名乗った元腕相撲世界チャンピオンは逮捕され、警察に連れて行かれた。
小さなイベントで『輝夜姫』を名乗って参加し、悪名を広めていたそうだ。
「思ったよりもあんたは良い奴なんだな」
「私は自由に生きているだけよ。それに人より努力をしているだけ。だから貴方もその腕を治療する努力をすることね」
そう言って輝夜はその場を立ち去ろうとした。
家具チーフはその背中を見て声をかけた。
「なあ、『百戦錬磨の輝夜姫』」
「はあ、今日は『輝夜姫』と呼ばれないと思っていたんだけど……何かしら?」
「俺の腕は努力をすれば二年で治る。だから、治ったら勝負して欲しい」
そして家具チーフはボロボロの右腕を前に出して声を出した。
「是非、その『百戦錬磨』という肩書きに泥を塗らせてくれ!」
「ふふ、楽しみにしているわ」
そう言って、夕焼けに『輝夜』は消えていった。
今回もノリと勢いだけが先行して書いてみました。そして今回は少しだけいつもとは異なった感じですね。いつもは完全に市民の敵であり輝夜がこっちサイドにつくという部分です。いや、時々こういうシーンも入れないとただただ印象悪くなるだけかなと。
ちなみにホームセンター。言い換えれば家具屋。それと輝夜をちょっと引っ掛けています。彼女にも景品だけでは生きていけない理由があるので、今回の話を書いてみました。
楽しんでいただけたら嬉しいです! では、また会いましょう!