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桜祭り

 春を彩る桜の色が宙を舞うこの季節。

 とある花見会場では商店街の方々がいそいそと屋台を設営していた。


「箸屋。去年の売り上げは最高だったそうじゃねえか」

「ああ。この桜模様の箸は老若男女問わず人気の一品さ。画材屋も好調だったと聞くぜ?」

「へへ、桜の花びらのマークが特徴の筆『桜風』は今も生産が追い付かないほどさ」

「何処も好調で良いことだ。……つまり今日が一番の壁だな」


 そう言って箸屋と画材屋が少し黙ると餅屋の店主が餅をつくときに使う大きなウスを持って近寄ってきた。


「準備は良いか?」

「ああ、餅屋。今年の桜祭は気合入れて行こう」

「だな、これを食って気合い入れるぞ!」


 餅屋は餅を三つ持ってきていた。そこには焼印が押されてあり、文字が書いてあった。


『打倒。百戦錬磨の輝夜姫』


 ☆


 画材屋の出し物は『桜の花びらでモザイクアート』だ。一人から参加可能の催し物で、中には小学校の一クラスで一つの作品を出すなど、かなりの大盛況だった。

 画材屋はこの時一番油断していた。


 モザイクアートは競技ではなく展示会。つまり、あの『輝夜姫』がここに来る事は無いと思っていた。


「皆すまない。俺は去年の出来事から一歩引くことにしたんだ。なに、思いは一緒さ」


 今や一般の方から芸術家まで幅広く使用されている筆『桜風』をクルクル回しながら、自分のブースに歩く。

 家族連れが多いのか、周囲は賑わっていた。


 ……賑わい過ぎではないか?


 異変に感じた画材屋は人ごみをかき分け、自分の店のスペースに到着した。そして目の前の作品に衝撃を受けてしまった。



「たけとり……ものがたり……だとおおおお!」



 目の前にはあの『輝夜姫』で有名な『竹取物語』をモチーフにしたモザイクアートが大きく展示されてあった。

 全て桜で作られたとは思えない背景と美しい着物の絵。それはこの日だけ展示される作品とは思えないほどの芸術品だった。

 そしてその作品の横には初めて会う人はその黒髪に目を奪われ、二度目以降はその黒髪が恐怖に感じるであろう『百戦錬磨の輝夜姫』が立っていた。


「か、輝夜姫がなぜここに!」

「その質問の意味がわからないわね」

「だが、俺のイベントは競技では無い! どうして展示会なのに参加している!」

「ああ、その答えはあれね」


 指を刺した先には画材屋の妻が立っていた。正確には妻の背中の看板を刺していた。


「まさか……お前、『優秀賞の三食団子一年分』を!」

「そうよ。競技じゃないから不参加なんて誰が言ったの? 私は食べ物があるなら全力で臨むまでよ」

「だ、だが、この展示会は一般参加者の投票で決まる! ゲストに芸術家の作品もたくさんある!」

「そう? これを見ても同じことを言える?」


 画材屋は絶句した。投票箱の中は透明なガラスケースで今にもあふれだしそうなほど紙が入っていた。

 そしていくつか投票用紙の中身が見えていた。


『四番。竹取物語』


 そう書かれた紙がたくさん入っていた。


「三色団子、いただくわね」

「くそおおおおおお!」


 画材屋はその場で膝をつき、輝夜はその場から立ち去った。

 すると、画材屋に一人の男性が話しかけてきた。


「画材屋店主」

「貴方は……芸術家のパリッシュさん!」

「ありがとう。この投票用紙に投票できる作品は一般参加のみ。つまり私の作品は投票できない」

「そ、それは」


 ゲストとして呼んだ芸術家の作品はとても素晴らしかった。しかし、それを上回る『竹取物語』に全て目を奪われていた。


「これほど素晴らしい作品に出会えて良かった。まさか、私の作品が霞んで見えるほど……霞んで……う、うああああああああ!」


 だれも芸術家パリッシュの作品を見ることは無かった。投票が出来たとしても結果は同じだっただろう。


「パリッシュさん! 輝夜姫は別格なんです! あの人はああ!」

「だが一般人だ! 私の作品が負けるなんて!」


 悔しいが口から漏れ、パリッシュさんはしばらく休業することになってしまった。


 ☆

 

「すまねえ、箸屋。俺は……俺はあああ!」

「いいんだ。誰もがあの輝夜姫に恐怖する。お前はお前の道を歩んだだけなんだ」

「あああああああ!」

「泣くな、ほら、餅屋の手伝いでも行ってろ」

「おおおおう」


 画材屋は罪悪感と敗北感に押しつぶされ、涙が止まらない状態となってしまった。

 箸屋はそれを慰め、餅屋の手伝いをするように促した。


 今箸屋は一人になりたかったのだ。



「やはり、どちらにすべきか、まだ決まらない」


 箸屋の手には二種類の箸があった。


 一つは去年一番売れた桜模様の箸。これは老若男女問わず使いやすいという評判の箸だが、受験生の縁起物としても人気があった。

 なんといっても『滑りにくい』箸で、その材質独特の手触りから感じ取れる感触は、掴んだものを安定して口に運ぶことができる。

 ツルツルのうどんもまるで磁石同士がくっついた様に掴み取れる事ができ、口へ運ぶことができる。


 もう一つは箸屋の伝統的な漆の箸だった。

 店一番の高級な箸で看板でもあるこの箸は、セレブも使っている一品である。

 相手があの『百戦錬磨の輝夜姫』ならこの漆の箸を使うのが普通だろう。

 だが、箸屋にはプライドがあった。


「この箸は、『俺の』箸じゃねえ」


 箸屋は去年に店主の座を譲り受け、研究に研究を重ねた結果世に出たのが『桜模様の箸』だった。

 箸は食事の必需品。

 滑る箸で食材を落としてしまうなら、最初から滑らない箸で食べれば良い。

 その思いから開発した箸が「桜模様の箸」だった。


「箸屋さん、出番です」

「ああ」


 そして出番が来てしまった。


 箸屋が選んだ箸は……。


 ☆


 箸屋の企画は『花びらキャッチ』というものだった。

 高いところから桜の花びらの形をした大きめの紙を箸でつかむ競技で、一つ掴むことに桜餅一つ贈呈されるイベントだった。

 数人が参加し、その難しさから参加者も落ち着き始めてきた。


「次は……去年会場を賑わせた『輝夜姫』様です」

「はいはい。もう姫で良いわよ」


 気の抜けた台詞を言われるも箸屋は真剣だった。

 右手には悩みに悩んだ箸を持っていた。


「では、去年会場を賑わせた輝夜姫様には店主から特別な箸を渡され、それで行って貰います」

「へえ、まあどんな箸でも良いけどね」


 そして箸屋店主は輝夜に箸を渡した。



「これは……ずいぶんと親しみやすいデザインの箸ね」



 箸屋が渡した箸は、丹精込めて作った量産した箸ではなく、研究に研究を重ねた『桜模様の箸』のプロトタイプだった。


「これは俺のプライドであり、俺のこだわり抜いた箸だ。これで俺はその百戦錬磨とやらに泥を塗る!」

「ふふ、貴方のお店には高級の箸が合ったと思うけど?」

「あれは『俺の箸』じゃねえ! これからも引き継ぐ伝統だが、あえて言わせて貰う。この勝負は俺とお前の勝負だ!」



 その言葉に会場はざわついた。



 箸屋の意地が会場の全員に伝わったのだ。



「お、おおお」


「おおおおおおおおおおおお!」


「頑張れ! 箸屋ああああ!」


 かつて無いほどの箸屋コールに、会場が震えていた。

 箸屋は歓声など求めていない。求めているのは目の前の黒髪の悪魔からの勝利のみだった。


「良いわ。その勝負、乗ってあげる。ただし」



 ピッ。



 輝夜は箸を横になぎ払った。


 今でも桜祭り会場は桜が舞い散っている。

 桜キャッチは桜の花びらの形をした大きめの紙をキャッチするイベント。

 一方で、今輝夜姫の箸に捕まれている桜は『本物』である。



「全力で来る勝負に手加減なんてしないわよ?」



 ☆



「箸屋がダメだったらしい」


 噂を聞いたのか、画材屋の店主が餅屋の店主に話しかけた。


「あいつは最後まで悩んでいた。伝統を使って勝つか、自分の実力をぶつけるか」

「勝つ可能性が高い方に賭けた方が良かったんじゃ?」

「いや、それでは意味が無いんだろう。これはあいつにしか分からない感情だろうな。それよりも準備は良いか?」

「ああ。参加者も揃って、輝夜姫も『あの人』と組むようになってる」

「ああ。卑怯と言われてもかまわない。だが、負けられない戦いがある!」


 アナウンスが流れ始めた。


『ただいまより、餅つきシャトルランを行います。参加者はステージに集まってください』


 餅つきシャトルランは、二人一組の競技で、スピーカーから『よい・しょ!』とかけ声が聞こえてくる。

『よい』で餅をつき、『しょ!』で餅を回転させる作業だ。

 この日のためにとある大企業ソフト会社に依頼して、餅つきに使用するウスと『よい・しょ!』とかけ声を発するスピーカーを連動させ、正しいタイミングで餅つきが行われたかを判定できるソフトを導入した。


「かつてここまで現代的な仕組みを取り入れた餅つき大会を見たことねえな」

「ああ。だが『あの人』は別の祭で輝夜姫に一矢報いた……いや、同等の実力だったと聞く。それ相応の設備は必要だ」


 そして会場に人が集まってきた。

 一際目立つ黒髪もちらっと見て、餅屋は一瞬足が震えた。

 顔を思いっきり叩き気合いを入れる。


「これより餅つきシャトルランを始める!」


「わあああああああ!」

「おおおおおおおお!」


 凄まじい熱気に圧倒するも、輝夜姫は冷静だった。


 ☆


「はい、三十五回。第三位だ!」

「くう。もう少し行けたと思ったのにな!」


 次々と餅つきが行われ、とうとう黒髪少女の姿が目の前に現れた。


「来たわ」

「ああ、待ってたぜ。輝夜姫」

「この大会は思った以上に良いわね」

「どういうことだ?」

「出している人全員がズルせずに私に挑むその姿。正直簡単だけど、楽しいわ」

「へ。そりゃそうかい。だったら最後くらいは少し驚いてもらおうか!」


 そして輝夜姫のパートナーとなる人物が現れた。


 紫色の髪。白い肌。外国人ですと言わんばかりのその容姿に誰もが見とれていた。


 輝夜姫以外は。


「……またマリーなのね」

「ええ。呼ばれたの。ワタクシの実力を知りたいって」

「ふん、勝手にライバル扱いになられても困るし、ここで蹴りをつけるわよ」

「ふふ、やってみなさい。少しでも脅えているその感情、期待に応えさせてあげるわよ!」


 二人の視線はまるでレーザーのごとく一直線だった。その間を通るならばきっと気絶するだろう。


「では準備を。あ、マリー選手はこの手袋を」

「これは?」

「一応衛生上の問題と、餅をつく時の怪我防止の為の特殊な手袋です」

「へえ、強い衝撃をその場で吸収する良い手袋ね。ありがとう」


 そして二人は大きなウスの前に立った。

 中にはほかほかの餅米が入っていた。


「……それでは、開始!」


『よい』


 すとおおおおおおん!


『しょ!』


 シュッ!


『よい』


 すとおおおおおおおおおおおおん!


『しょ!』


 シュ!


 最初はゆっくり。そのためか輝夜姫は力を込めて餅をついていた。


「もうちょっと加減してはどうかしら?」

「余計なお世話ね。それよりもそっちの手を心配した方が良いわよ」

「大丈夫よ。当たることは絶対にないから」

「何故かしら?」


「貴女の餅つきが手に取るようにわかるもの」


「良いわ、全力で行くわよ!」


『よい』


 すとおおおおおおおおお……パシッ!


 鈍い音が聞こえた。その音は小さい音だが、周囲の人は聞こえていた。


「餅屋! 今の音……」

「ああ、まずいな……」


 餅屋は薄々感じていた。

 この祭は長年行われている。催し物も変わっている。 しかし、唯一この餅つき大会だけは変わらず行い、あの大きなウスも第一回から使っている。

 あのウスの今の音は……。



「経年劣化だ!」



 ★


 餅屋は百年以上続く伝統的な店。

 不景気な時もなんとか切り盛りしてどんな時代も生きてきた。

 餅屋店主が子供の頃、倉庫の中のウスを見つけて、不思議そうに眺めていた。


「小僧。ここは危ねえと何度言ったらわかる」


 腰は曲がっていて、歩くのも大変そうな年配の人が声をかけた。

 笑顔は見たことが無い。餅一筋の職人で、いつも身権威しわを寄せている厳つい表情の持ち主である。


「じいちゃん。これは?」

「これはウスだ。餅を作るときに使う」

「餅? それだけなのにこんなに大きい物を使うの?」

「ああ、餅は縁起物だ。縁起物を作るにはそれなりに大きな物が必要だ。そしてこれは大きいだけじゃねえ」

「大きいだけじゃない?」

「ああ。これは俺が子供……いや、俺のじいちゃんが子供の頃からあるウスなんだ」

「すげー! 超じじいじゃん!」

「じじい言うな。ウスに失礼だろう」


 ポカリと叩かれてしまった子供の頃の餅屋はその場で涙目になりながらも話を続けた。


「でもこんな古いウスを使い続けて何があるのさ!」

「ああ、それは俺にも分からねえ。古くなれば新しい物を買えば良い。それは絶対にこれからの時代やってくるだろう」

「じゃあ買い換えようよ」


 その言葉を遮るように話した。


「良いか。形ある物必ず壊れる。それは人間も同じだ。だがな、壊れることは終わりではない」

「終わりでは……無い? でも無くなるんだよね?」

「ああ。俺がこのウスを壊れる瞬間を見ることは……きっと訪れないだろう。だがお前なら見ることが出来るだろう。小僧、覚えていろ」


 じいちゃんはあまり人の目を見て話す人ではなかった。しかしこの時だけは幼い餅屋の店主の目を見て話した。



『このウスが壊れた時こそ、新しい時代の幕開けとなる。それを俺の代わりに見届けてくれ』



 ★


「……ちや、餅屋! 何ぼーっとしてやがる!」

「あ、ああ。すまねえ。昔を思い出していた。で、今は……」


 大変な事が起こってしまった。



 ウスとスピーカーの連動システムが誤動作し、とんでもない速さで『よい・しょ!』が繰り返されていた。

 たとえて言うならバイクのエンジン音。もしくはヘリコプターのプロペラ音。そんな音が会場を響かせていた。

 そして、そんな中会場の中央では。



 輝夜とマリーが未だに餅つきを行っていた。



「そろそろ、諦めたら、どう!」

「まだね、全然、余裕だもの!」


『よいしょよいしょよいしょ』

 タンシュタンシュタンシュ!


 物理法則すら超えているとも思えるその餅つきに、周囲は圧巻だった。


「もう記録は誰も越せねえだろ! 中止だ!」

「分かった! 止めてくる!」


 餅屋が画材屋に呼びかけ、スピーカーに走り出した瞬間だった。


「っ!」


 マリーが一瞬画材屋を見た。

 次の瞬間。


「があ!」

「どうした!」



「き、昨日の二日酔いがまだ……」



「馬鹿やろおお! あのソフトの止め方はお前しか分からねえ! どうして昨日飲み過ぎたあああ!」


「無理だ……この餅つき大会で一番やってはいけない『二日酔い特有のあの行動』が今にも」

「それ以上言うな! 食前だぞ!」

「ぐう、トイレに駆け込む、すまん餅屋!」


 餅つきを続けるマリーは安堵のため息を漏らした。

 

「ふう」

「何かあったのかしら?」

「いえ、この楽しい試合が中止されるのかしらと心配になっただけよ? それにしてもワタクシは余所見をできるほど余裕だけど、貴女はどうかしら?」

「なっ!」

「力が抜けている。それではモチモチの桜餅は出来ないわね」

「ふふ、手加減って知ってる? そのウスはどうやら古いから力を抜いてあげてたの」

「それは言い訳ね」

「何ですって?」

「ワタクシは全力で試合をしたいのに、貴女がそうならワタクシは降参でも良いわよ? 景品の桜餅一年分はあなたものも。別に悪くはないわよね?」


 その言葉に輝夜の目はいつもよりも冷たかった。

 不戦勝から得た食べ物はいつも物足りなかった。

 いつも全力で勝負に挑み、そこで取得した景品こそ本物の旨みがあったのだ。


「そんなの、許せるわけないでしょ!」


 ぱあああああん!


 ピシッ!


 ウスがまたしても悲鳴を上げた。

 しかし、その音よりもマリーは輝夜の力強い餅つきに微笑んだ。


「それでこそね。さあ続けましょう」

「望む所よ!」


 ぱああああん! シュ! ぱああああああああん! シュ!


 もはや餅をつく音が重なり、大音量になっている。

 不思議とその力強い餅つきの勢いから、周囲の桜が舞い始めた。


「や、やめろ……それ以上はウスが!」


 餅屋は餅屋で額に汗をかいていた。

 年に一度日の目を浴びる長年生きたウスが、今目の前で壊されそうになっている。



「それ以上は、ウスが壊れてしまううううう!」



 ぱああああああああああああああああん!



 餅をつく音ではなかった。


 その音は、ウスが粉々になる音だった。


 中央から割れるのではなく、まるで花火のように周囲に粉砕した。


「あ、あああ、ああああああああ!」


 餅屋は心の底から叫んだ。まだ答えは見つけていない。じいちゃんから頼まれた内容もふわっとしか考えていない状態でウスが壊されてしまった。

 答えを見つけないままでは、じいちゃんとの約束は守れない。



 そう、思っていた。



「ウスが無ければ、ウスを作れば良いのよ」



 餅屋は驚いた。

 ウスは粉砕されたはずだった。


 だが、『餅をつく音』は続いていた。

 

 ウスは粉砕されているはずだ。なのに、この餅をつく音はいったいどこから。

 そう不思議に思いながら餅屋は顔を上げた。



「しつこいわね! あきらめたらどうなのよ『マリーアントワネット』!」

「そちらこそ、腕がそろそろ限界じゃないかしら?『輝夜姫』」



 二人の少女が睨みながら、そして皮肉のあだ名を呼び合いながら餅つきは続いていた。

 その餅は。



 紫髪の少女マリーが餅をすごく回転させ、餅を宙に浮かせていた。


「バカな! ウスは壊れたのに!」

「簡単よ、ワタクシは単純に『輝夜姫』に負けたくないのよ。ウスの上で叩く必要があるなんてルールは無いわ。それが空中でも餅を『返した』ことに代わりは無いわよね?」

「この! いい加減諦めてその餅を安全な場所へ移しなさいよ!」

「こっちのセリフね。叩くことを止めたらすぐにテーブルに置いてあげる」


 二人は言い争いながらも餅つきは続いていた。また、凄い速さの「よい・しょ!」も続いていた。


 その凄まじい早さの餅つきから、次第に周囲の落ちていた桜が舞い始めた。


 舞い始めた桜は餅を中心に渦を巻いていた。あれはまるで……。



「ウス……だとおおおお!」



 会場の全員が思った。そこには桜吹雪のウスが現れた。触ってもおそらく手が通り抜けるであろう桜のウス。その上で輝夜は餅をつき、マリーは餅を回していた。


『形ある物必ず壊れる。だがそれは終わりでは無い』


 じいちゃんの言葉が餅屋の脳裏を過った。


 そうか、これが終わりであり、始まりなんだ。


 そう餅屋は思った。


 パシッ! パアアン!


 そんな音がスピーカーから鳴り響き、音が突然鳴りやんだ。その鳴りやんだ音と同時にマリーは餅をテーブルに投げ、その場で膝をついた。


「はあ、はあ」

「なかなかやるじゃない。『マリーアントワネット』」

「ふふ、『輝夜姫』もね」


 試合は引き分け。優勝賞品の大福一年分は二人の物へとなった。

 しかし餅屋店主にとって、それはどうでもよくなった。


 新しい時代の幕開けを見るという約束を、守る事ができたのだから。


 ★


 餅屋は久々に夢を見た。

 桜祭りのために毎日作戦を練って、あの『輝夜姫』と対等に戦える相手を探すため、寝る時間も削って頑張っていた。

 桜祭りを終えた後、吸い込まれるように布団に転がった餅屋は夢の中で懐かしい人物と出会った。


『小僧。でかくなったな』

「じいちゃんは小さくなったな」


 変わらず厳つい顔。小さい頃、ウスの話をした翌日に亡くなり、結局答えは今日までわからなかった。


「ウス、壊れたよ」

『そうか。お前の代で壊れたか』


 少ない言葉だが、そこにはそれ以上の意味が含まれている気がした。


『どうだ。形ある物必ず壊れるが、終わりでは無かっただろ?』


 最後に見た時と同じ目をしていた。

 餅屋は思いっきりの笑顔で答えた。


「ああ、この目でしっかり、新しい時代の幕開けを見ることができたよ」


「そうか小僧。じゃあ後は頼んだぞ?」


「頼んだ?」


「ああ。これからはお前の時代だ。俺は死んじまったが、お前は生きている。形ある物はいつか壊れるが、終わりでは無い。お前が生まれたことで既に新しい時代は始まっていた……」


 徐々に薄くなるじいちゃんは、最後に餅屋の目をしっかり見て話した。



『『壊れた』俺は、お前の作る時代を眺めて、あの世で餅を食ってるよ』



 この日の夢を餅屋は忘れないだろう。


 今まで笑顔を見せなかったじいちゃんが、夢の中とは言え、最高の笑顔を見せてくれたのだから。

 今回もノリと勢いをそのままに、ただ今回は序盤二人にはそれぞれの思いがある感じで書いてみました。

 一般人がメジャーリーガーと対決したいか?とわれると、「絶対に負けるから無理」と言って断る人もいるでしょう。まあ結局は輝夜さんの容赦の無さはかわりませんが。

 二人目は自分の全力をぶつけた感じですね。他のお話では『輝夜をどう負かせるか』を練っていたりしましたが、箸屋は真っ向勝負をしかけたわけです。

 三人目は話すと長くなるんで割愛で!

 ということで、今回もノリと勢いマシマシで書かせていただきました。少しでも楽しんでいただけたら幸いです!

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