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お菓子の祭典ホワイトデー

 ホワイトデー。


 それは、バレンタインデーで女性からお菓子をいただいた男性が、お返しを行うイベント。

 お菓子業界はこのバレンタインデーとホワイトデーになるといつもより忙しくなり、そしてお菓子専門店だけが集まる施設「スイートランド」も去年同様忙しく飾り付けを行っていた。


「おや、今年のケーキの具合はどうなんだ? 『トップザスイーツ』のパティシエさん」

「誰かと思ったらチョコ屋じゃない。こっちは準備万端よ」

「チョコ屋なんて貧相な呼び方を辞めて貰おう。世界のチョコレート専門店『ワールドワイドホワイトチョコ』と呼んで欲しいな」

「ふん、何がチョコレートは森の妖精が作るーよ。初めて会ったときの貴方の筋肉を見てお菓子業界に夢を見ていたあの頃が懐かしいわ」


 ケーキ店の店長とチョコレート店の店長は仲が悪い。しかし、バレンタインデーとホワイトデーだけはいつもの殺気が無い。

 そこに一人の年配の男性が歩いてきた。


「この季節は各店同士の雰囲気が悪くなるのだけれど、今年は違うみたいだな」

「オーナー。おはようございます」

「おはよう。それで、ケーキ……いえ、今年はどれくらいの戦力を?」

「全国から五十名の精鋭を連れてきました」

「よろしい。チョコレートショップは?」

「はい。世界のチョコレート数百種類。駄菓子から最高級まで集めたぜ」

「ずいぶんと今年は気合いが入ってるな」

「そりゃ、今年は絶対に『もう残っていません』とは言えないからな」

「そうか。では決起の意味も込めてこれを渡しておこう」


 オーナーと呼ばれた男性から渡された物は黄色い月の様な和菓子だった。


「これは?」

「相手は月に纏わるおとぎ話の登場人物と同じ名前。それを食らいつくす意味で、これを食べよう」

「良いアイディアですね。ではいただきます」

「いただきます」


 そして満月のお菓子を食べ、全員の気持ちが一つになった。


「『絶対勝利。百戦錬磨の輝夜姫』!」


 ☆


 ホワイトデー当日。


「スイーツランド」は通常の数倍の客で盛り上がっていた。

 各店舗での催し物は全てお菓子に関わるアトラクションや、その日限定のお菓子など。

 中には芸術的な飴細工や、某番組の盆栽の形をしたお菓子などが展示されている。

 そして、ケーキ専門店の「トップザスイーツ」も大繁盛だった。


 アトラクション内容は、「ケーキ崩し」。


 子供の頃、砂場で山の形の砂から少しずつ砂を取り除き、頂上にある石が落ちたら負けという遊びがあるが、そのケーキバージョンである。

 カップルでの参加も可能。

 一人で来た場合は店員さんが相手をしてくれる。


「店長。来ました」

「今年は……少し早いかしら?」


『トップザスイーツ』の店長は時計を見て、去年現れた悪夢の時間を思い出す。

 あれは確か午前の十一時。

 今年は十時。

 早く来てこちらの体勢を崩そうと言ったってそうは行かない。


「準備運動で、最初はここにしようかしら」

「いらっしゃいませ。『輝夜姫様』」

「……お菓子専門店でそのあだ名は少し恥ずかしいわね。まあ良いわ」


 そう言って黒髪の悪魔『百戦錬磨の輝夜姫』と呼ばれている輝夜は椅子に座る。


「最初は北海道から来ました。田村が相手です」

「よ、よろしくっす!」

「ええ、よろしく」


 そして田村が持ってきたケーキは四角形のケーキにイチゴが乗っているシンプルなケーキ。


「イチゴが落ちたら負けっす!」

「分かったわ。では最初良いかしら?」

「ど、どうぞ!」


 そして試合は開始された。


 一見、平等に見える試合だが『輝夜相手』に関しては全員が特別なケーキで臨んでいた。

 例えばこの四角いケーキ。外見から全く予想できないほど中身が『空洞』で、少しでもフォークを刺せばイチゴが落ちてしまう作りになっている。


『絶対に輝夜姫に勝たせるな』


 これが『トップザスイーツ』の社内メールで送られ、代表のパティシエはこの日の為に一ヶ月以上、たった一つのケーキの為に時間を割いていた。


「ふうん、なかなか綺麗な形ね」

「ど、どうもっす!」

「でも、ここは『分厚い』からここをいただくわね」

「……え?」


 四角形の一角。そこを流れるようにフォークですくう。ピクリとも動かず、かつケーキはしっかりと削り取られていた。


「ば、馬鹿な! あそこは……」


 田村は万が一自分が先行だったときの為に、一角だけ安全地帯を作っていた。

 まさかそこを見ただけで見破るなんて!


「ふむ、美味しいわね。ほら、次よ?」

「……ええい! 僕を信じろ!」


 サクッ。



 ボト。



 イチゴが無残にも落ちる音が聞こえた。


「……一回戦、輝夜さんです」

「ふふ、あ、これは美味しくいただくわね」

「あ、ああ、ああああ……」


 頂点のイチゴと一緒に、田村のケーキは一瞬で輝夜の口の中に入っていった。

 一ヶ月。いや、もしかしたらそれ以上時間をかけて素材を選んで作ったケーキが、この数分で無残にも散っていく姿は、田村のパティシエ人生において大きな傷跡となっただろう。


 ☆


「さ、最終となります」


 店員の言葉に輝夜はふっと笑い出した。


「よくも、よくも私の可愛い部下達に屈辱を!」

「屈辱? 他のケーキと違って私用に作ってきてくれたのよ? 全力を出さないと失礼じゃないかしら?」

「くっ! 最後は私よ!」


 世界でも有名な『トップザスイーツ』のパティシエのリアは指を鳴らした。


「まあ良いわ。これを見ても勝てると思うかしら?」

「これは……さすがにやり過ぎでは無くて?」


 現れたのは巨大なウエディングケーキ。

 そして頂点に乗っているのは新郎新婦の砂糖菓子。これが落ちれば敗北である。

 高さにして二メートル。奥行きも一メートルほどある力作である。


「ふふ、降参するなら今のうちよ?」


 リアの作戦は、この大量のケーキを目の当たりにして『お腹いっぱいです』と言わせる作戦である。

 ここまで五十名の精鋭のケーキを残さず食べた輝夜は既に満腹。そこからこのケーキを食べる事は不可能。


 そう思っていた。


「まあ良いわ。いただくわね」


 輝夜はフォークを持って、巨大なウエディングケーキに向かって刺した。


 次の瞬間。



 ブンッ!



 まるで『次元を切るような音』が聞こえた。

 何が起こったか分からなかった。

 目の前のウエディングケーキは全く動いていない。動いているのは……。


 輝夜の口だった。


「むぐ、むぐ、ん。美味しいわね。これは良いクリームを使っているわね」

「なっ、一体何処を食べたのよ!」

「どこって、『私の方』の部分を食べたのよ?」


 リアの考えは追いつかなかった。目の前のウエディングケーキは完成した状態と変わらない。

 しかし輝夜の口はもぐもぐと動いていた。


 ……ああ、単純に死角になっているだけか。


 そう甘く見ていた。


 リアが回り込んで見た次の瞬間、一瞬心臓が止まりかけた。



「はっ……半分……無い!」



 巨大なウエディングケーキの半分が、まるで巨大なマグロをさばく包丁で切ったように、綺麗に切られていた。


「そんな! だって、輝夜姫のフォークでこんな量……」

「事実よ。実際美味しかったわ。間に入っているのはオレンジ、レモン、所々ナタデココも入っていて、催し物のケーキではなく本物のウエディングケーキね」


 輝夜の言っていることは当たっている。ケーキの上部にはオレンジをメインに、真ん中はレモンのジャムをベースに酸っぱすぎず甘すぎずを考えた調合。そして土台付近にはナタデココを使っていた。


「次は貴女の番よ?」

「わ、分かっているわよ!」


 これは試合である。

 輝夜は成功した。次はリアの番である。


「大丈夫、本物のケーキを作った私はどこを取っても……大丈夫よ!」


 そしてフォークを刺した先に堅い棒の様な物が当たった。次の瞬間。


「しまった! チョコの柱が!」


 二メートルのケーキを支えるチョコの柱が中に入っていた。それをすっかり忘れていたリアの頭は真っ白になった。

 次の瞬間。



 ボトッ!



 新郎新婦の砂糖菓子が皿の上に落ち、割れてしまった。


「あ……ああ!」

「私の勝ちね」

「今年も……今年も負けたのね……」

「ふふ、最後のケーキだけは本物だったわ。他のは私を倒すためだったから砂糖やカラメルがふんだんに使われていて正直飽きていたけど、これは本当に美味しいわ。だから」


 輝夜はフォークを持ち直し、ウエディングケーキを見つめた。


「きちんと全て、美味しくいただくわね」


「や、やめてええええ!」


 ★


 リアは夢があった。

 それは仕事で忙しい両親を笑顔にしてあげることだった。


 両親は簡単に言うと上流階級の人間。普段は芸能人や政治家との会食で舌は鍛えられていた。

 毎日のご飯も専属の調理師に作らせて、それを食べて育っていた。

 リアは言ってしまえば『お嬢様』だった。


 そんなある日、学校の調理実習でクッキーを作った。

 学校で手に切り傷を作りながらクッキーを一生懸命作った。


 クッキーの見た目はボロボロだった。


 誰よりもボロボロで味も最低だった。所々焦げてしまい甘いクッキーの筈が苦みを発しているのである。


 最初はそれを捨ててしまおうとも思った。

 しかし、学校の調理実習の話は両親の耳に入っていた。


「リア、今日クッキーを作ったんだろ?」


 父の言葉にビクッとした。正直怖かった。


「パパに一つ、くれないか?」

「でも、美味しくできなかった」

「そんなの、食べてみないと分からないだろ」

「……分かった」


 味見をした時点でリアは知っていた。


 美味しくない。


 苦い。


 甘くない。


 そんなクッキーを毎日豪華な料理を食べている父に食べさせて良いものか。子供ながら考えてしまった。


「あら、パパばかりズルい。ママも食べるわよ」

「おお、一緒に食べよう」


 どうしていつも両親は忙しいのに今日だけはどちらも休みなのだろう。

 運命、日頃の行い、神、色々なものに憎しみさえ覚えた。

 そしてとうとう父の口に私のクッキーが入っていった。


「これは……」



 美味しくない。

 そういう答えが来ると思っていた。



「……くう、これは……ああ……」


 父は涙を流していた。


「ぱ、パパ! ぺっして! 美味しくないでしょ!」

「違うんだリア。こんな、これほど美味しいクッキーは食べたことが無いんだ!」

「あり得ない! 苦いんだよ! 甘くないんだよ!」


 リアは反論した。普段は会話もそれほど無い、会っても一緒にいられる時間は数分で挨拶だけ。

 そんなリアがこの日初めて父に反抗したのだ。


「ふふ、リア……美味しいわ……凄く……凄く美味しいわ!」

「ママも何言ってるの! こんなの美味しくない! 失敗したんだよ!」


 母も涙を流していた。

 そして父は続けて二枚目のクッキーに手を出そうとしていた。


「ダメ! こんなの、いつもの高級で美味しいご飯と比べたらその辺の砂と一緒よ!」


 そう叫んだ瞬間だった。


 ギュッと抱きしめられ、一瞬何が起こったか分からなかった。


「リア。その手、痛かっただろう? 料理を作るのも大変だっただろう」

「う……うん」

「でもな、その苦労もしっかりパパは噛みしめて思ったんだ。大好きな娘のクッキー。きっと世界のクッキーを並べてもパパはこれを選ぶよ」

「ええ、ママもきっとこのクッキーを選ぶわ。これを食べた瞬間、不思議と涙と笑顔がこぼれたの。不思議なクッキーね」

「う、うう……」


 言葉が出なかった。

 その時はいわゆる『料理は愛情』という意味が分からなかった。

 先生が渡したレシピ通りに作れば全部うまくいくと思っていた。

 しかし、そうでは無いと分かった。


「うああああああああん!」

「美味しいクッキーをありがとう」

「また、作ってね!」

「づぐるううううう!」


 そして両親を抱きしめ、リアは決めたのだった。


 世界中の人々が笑顔になれるスイーツ。

 世界一のスイーツを作り、それをもう一度両親に食べさせると。


 ★


「私は、その為に全てを犠牲にしたのにいいいい!」


 ばばばばばばば!


 まるで動画を早送りしているかの様にケーキが無くなっていく。

 リアはスイーツの為に全てを投げ出した。

 容姿が良いため、異性からの求婚は多かった。

 しかし全て断った。

 全ては両親の為。両親を喜ばせる為に一日たりとも気を緩めなかった。


「気を緩めなかった……ね」

「何よ!」


 目に涙を浮かべながらリアは輝夜に叫んだ。


「確かにこのケーキはどのケーキより最高だったわ。でも、目的が変わっているわね」

「目……的?」

「そう。両親を喜ばす為に頑張ったのに、どうやら去年から『私を倒す為』に頑張ったそうね。ふふ、私からすれば嬉しいけど、次は両親を喜ばす事ね」


 そう言って、輝夜は一枚の皿をリアに差し出した。


「これは……砂糖菓子の」


 割れた筈の新郎新婦の砂糖菓子。それにクリームが塗られて、修復されていた。


「これだけは食べないであげる。次はどうするか貴女が考えなさい。じゃ、ごちそうさま」


 リアは砂糖菓子の乗った皿を受け取り、輝夜はその場を去った。


「結婚……か。今さらもう……遅いわよ」


 そして新郎の砂糖菓子だけを乱暴に口へ放り投げた。


 ☆


『レディースアンドジェントルメン! 本日のメインイベントにウェルカム!」


 大きなステージはまさに大熱狂。

 これから行われるイベントは、この『スイートランド』で毎年行われる一大イベントの『チョコレートクイズ』だった。

 芸能人、評論家、一般人。色々な予選を勝ち抜いた神の舌を持つ人たちが集まるこのイベントは、去年よりも盛り上がっていた。


「今年は頑張れー!」

「負けるな評論家!」


 観客の視線は『芸能枠』と書かれた場所に座る世界的マジシャンの『祭場』という青年と、『評論家枠』と書かれたチョコレートの雑誌を数百と書いている『チョコ村(芸名)』という女性だった。


「はは、が、頑張ります」

「思った以上に緊張しますね」


 そしてアナウンスが再度流れた。


『さて、去年のチャンピオンに登場して貰いましょう。『百戦錬磨の輝夜姫選手』です!』

「……それ、別に名乗って無いのだけど」


 会場はさらに盛り上がる。

 去年はこの輝夜が次々とチョコを正解し続け、他の選手が四つや五つ正解して脱落するなか、一人だけ八十個正解し続け、最後は『チョコがもうありません』と店長がステージ上で言い、なんとも言えない空気で終わってしまった。

 しかし今年はそんな事が起きないように『ワールドワイドホワイトチョコ』の店長は世界のチョコ数百を取り入れた。


「今年は……チョコがありませんとは言わない!」


 店長の目は本気だった。

 他の選手が途中で脱落してもかまわない。

 ただ一つ。あの輝夜に『わかりません』と言わせることが目的だった。


 座席はもう一つ。『一般枠』というのがあった。

 アナウンスが再度流れ、紹介を始めた。


『今回は海外からお越しの美少女。一般参加の『マリー選手』の登場です』


 現れたのは会場皆が驚くほどの美少女が現れた。

 紫色の髪が特徴のすらっとした知的の女性。まるで漫画から現れた少女だった。


『一般枠と言うことで、意気込みと言いますか、何か一言お願いします!』


 司会が一般枠のマリーにマイクを向け、話し始めた。


『そうね。パンが無いなら、チョコを食べれば良いじゃ無い? ふふ、頑張るわ』

『何と! ご自身の名前に纏わる有名な台詞で気合いを入れていただきました!』


 マリーの言葉が受けたのか、会場はさらに盛り上がった。


 そしてマリーと輝夜は目を合わせた。

 その目を合わせた時間は二秒、いや、三秒。その空気はなんとも言えないほど冷たい物だった。


「て、店長。あのマリーっていう人もかなりの強者だとか」

「知らん! 今は輝夜姫だ!」

「は、はい!」


 ワールドワイドホワイトチョコの店長は準備を始めた。ケーキ屋は完全な敗北を決めたそうだが、そんな些細な事は関係ない。

 世界のチョコを扱う店のプライドにかけて、この勝負は負けられないだ!


 ☆


『十品目はこの、緑色が特徴のチョコレートです!』


 既に脱落者は二人。芸能人枠の祭場と評論家のチョコ村はそのステージにいなかった。

 二人は二品目で敗退。とてもあっけなく、会場も一瞬静かになってしまった。

 中でも一番空気が凍ったのは、チョコ村が『これはフランスで有名なブランドのチョコ!』と言い、答えがコンビニで十円で販売しているチョコだった事だった。

 祭場はコンビニまでは当たっていたが、メーカーを間違えた為に敗退。チョコ村よりはマシな答えだったが、それでも一緒にステージに降りる時の空気は最悪だった。


 そんな中、二人は次々と答えを当てていた。


「抹茶だけど引っかけね。アメリカの『WAGASHI』で限定販売している抹茶チョコ。一ドル」

「さすがは輝夜姫ね。でもワタクシも同じ答えよ」


 二人のスケッチブックには同じ答えが書いてあった。


「やるわね」


 会場は盛り上がる一方だった。


 ☆


『二十品目はこの、白いチョコレートです!』

「ふむ、中のクッキー。これは……」

『では答えをどうぞ!」


『『アメリカ・ハッピーチョコレートのホワイトクッキー』』


『正解!』


 ☆


『三十品目は真っ黒なチョコです!』

「……苦いわね」

「あら、お口に合わなかった? マリーアントワネットさん?」

「ふふ、ワタクシをその名前で呼ばないでくれるかしら?」


 二人の視線が火花を散らす中、スケッチブックにはまたしても同じ回答が書かれていた。


『せ、正解です! 次!』


 ☆


『次は四十です!』


 ここまでは店長も予想していた。いや、店長はこれ以上も予想していただろう。

 しかし、ここで店長も予想していない出来事が起こってしまった。


「ちょっと良いかしら?」


 マリーが手を挙げて、司会に話しかけた。輝夜がそれに対して話し始めた。


「あら、ギブアップかしら?」

「まさか。ただ、お腹が少し一杯なのよ。それで一つ思ったんだけど、これって『食べないとダメ』なのかしら?」


 会場はざわついた。

 店長も驚いた。

 食べないと行けないというルールは存在しない。あくまでこの大会はチョコを当てる催し物である。


「チョコは後で美味しくいただくわ。この状態だと美味しくいただけないから、香りと見た目で当ててみせるわ」

「なっ!」


 そのマリーの言葉に落ち着き始めた会場は再度盛り上がり始めた。


「ふ、ふふ、舐めた真似をしてくれるわね『マリーアントワネット』!」

「だからその名前は辞めて貰える?『輝夜姫』」


 再度火花を散らしながらも、司会がなんとか仲裁に入った。


『えっと、どうしましょう』


 店長に視点を向けられ、同意を求められた。


 店長にとっては別に問題は無い。むしろ食べ物を当てるクイズに対して味という一番重要な部分を自ら消したのだ。好都合である。


「ふふ、決まりね。では再始動と行きましょう。『輝夜姫様?』」

「ええ、良いわ」


 そして試合は再始動した。



 ここからが地獄の始まりだった。


 ☆


『百五十品目です。これです』


 司会が適当になってきた。

 当然である。

 マリーは見た瞬間答えをスケッチブックに書く。

 輝夜は食べてすぐ書く。

 もう正解なのが約束されているのか、流れ作業で次の問題へ移っていく。


 店長も徐々に焦り出す中、緊急事態が発生した。


「店長! 残り三十です!」

「馬鹿な! まだ百はあるはずだ!」

「それが、順番を間違えてしまい後ろに控えているチョコが溶け始めていて!」

「馬鹿野郎! 何をやってやがる!」


 急いで保管している場所を見ると、確かにいくつかチョコは溶けていた。


「こんなことって……」

「店長! どうしましょう!」

「どうって、祈るしか」



『もう残っていません』



 一瞬、去年の記憶が横切った。


「あ、ああああ、あああああああああああ!」

「店長! お気を確かに!」

「あ、ああ。だ、大丈夫だ!」


 冷静さを一瞬失ってしまった。


「大丈夫だ、溶けたチョコを集めろ! 今すぐ!」

「え! 何を!」

「俺を、いや、チョコを信じるんだ!」


 ★


『ワールドワイドホワイトチョコ』のロゴは『WWWC』で、インターネットが主流の世の中にチョコを『ちょこっと』入り込めたら。そういう願いからこの名前をつけた。


 店長の健太の父はいわゆる『親父ギャグ』が大好きだった。

 何をするにも親父ギャグ。しかしそれが日常だった。


「健太、この米って凄いと思わないか?」

「凄い?」

「ああ。本当に『偉いっす(えライッス)』ってな」

「何だよそれ」


「健太、あの鏡を見ろ!」

「何かあったのか!」

「鏡に『見らーれて(ミラーれて)』いるぜ」

「驚かすなよ!」


 こんな小さな親父ギャグが毎日続いていた。



 親父が入院するまでは。



 ある日、父は糖尿病で入院することになった。

 毎日夜に酒とつまみの菓子を食べていたからだという。

「親父、病院の飯はうまいか?」

「いや、全然うまくねえ」

「肉とかは出ないのか?」

「出るが、薄い」


 親父からあの『親父ギャグ』が無くなってしまった。


 まるで親父から何かが抜き取られた。そんな気さえした。

 そして数年後。一本の電話が鳴った。


『健太さん! お父様が!』


 それだけで分かった。

 急いで病院に走った。

 何も考えずに走った。

 そして扉を開け、ベッドを見ると、点滴や呼吸をするためのマスクをつけた醜い親父の姿があった。


「親父……おやじいいいいい!」


 泣く年齢でも無かった。しかし、このときばかりは泣かざる終えなかった。

 隣に立っていた先生の襟を掴み健太は叫んだ。


「どうしてだ、先生! どうして親父はああああ!」

「血糖値が下がっていないんです! 今原因を……待ってください、これは!」


『お徳用チョコレート』


 大量のチョコレートが入っているお菓子袋がゴミ箱に入っていた。


「はは、すまんな。健太」

「親父、どうして……食ったのか? 食ったのかよおおおお!」



「ああ、ちょこっと……食っちまった」



「親父のばかやろおおおおおおおおおおお!」


 ★


 店長の目は真剣だった。

 一粒でも満足のいくチョコを作る。

 親父のように我慢を爆発させる人を二度と産まないように。


「店長! これじゃあ……」

「良いんだ。確かにこのチョコは提供してくれた店への暴挙だ。だが、今日だけは許してくれ」

「店長」


 ちょこっと我が儘を。



『次は百八十一……て、店長さん?』

「ああ。すまんが次が最後だ」

「あら、もう在庫が無いのかしら?」

「ああ。だが次当てられたら俺はこの場で土下座をしよう」


 会場がざわついた。


 世界のチョコレート専門店の店長がこの場で土下座をすると言ったのだ。

 客よりも業界の著名人が注目した。


「ふふ、面白いわね。それで、最後のチョコって何かしら?」

「これだ」


 そのチョコは一言で言えば巨大なパフェ。中央のバニラアイスの周囲には様々なチョコが飾られていた。


「このパフェには様々なメーカーのチョコが混ざっている。全て当てられれば敗北を認めよう! だが二人の勝負でもある。多く答えられた方が勝ちだ!」


「何を言っているの! もう溶けて混ざっているじゃない!」

「そう。溶けている。いや、今も溶け始めて混ざっている最中だ。早く食べないと分からない」

「チョコ専門店としてのプライドは無いのかしら!」


 輝夜の言い分はもっともだ。しかし、健太にも意地があった。


「世界のチョコを扱う店長だからこそ、世界のチョコを使った夢のパフェを出した。言ってしまえばこれは俺の今持ってる力の全てであり、俺の我が儘だ!」


「くっ!」


 初めて輝夜が一歩後ろに下がった様に見えた。

 それは他の店の店長も見ていた。



 初めて輝夜が動揺しているのである。



「へえ、『輝夜姫様』はその程度で動揺するのね」

「え!」


 突き刺さる声。

 その声はマリーからだった。


「これらのチョコを集めるのにどれほど頭を下げたでしょうね。そしてこのパフェを作るのに、どれほど悩んで決断したのかしら。その決意、ワタクシは受け取ってあげるわ!」


 マリーの目は変わらず鋭かった。


 そして、動揺していた輝夜は深呼吸し、マリーと同じく鋭い視線で店長とマリーを見た。


「ふん、良いわ。味わって食べるわよ!」

「あ、ワタクシは見るだけにするわね」


 そして輝夜は食べ始めた。

 マリーはチョコの部分を見て、時々店長の顔を見た。


「ふふ、この部分は三つ混ざってるわね」

「……何故分かる」

「色を見ただけよ? ふふ」


 そして輝夜は食べ終えた。

 二人はスケッチブックにチョコの名前を書き始めた。

 そして一斉に答えを出し、店長は微笑んだ。




 数秒後、世界のチョコを扱う専門店の店長は、その場で土下座をして、悲しみと励ましの拍手が鳴り響いた。



 ☆


 イベントが終わり、ステージも徐々に片付け始める中、『ワールドワイドホワイトチョコ』の店長は一人パイプ椅子に座っていた。


「今年も負けたか……しかも今年は二人に」


 何も無い天井を眺めて呟くと、老いた男性の声が店長に届いた。


「世の中、チョコのように甘くは無いだろ?」

「……ああ。砂糖の効いた世界じゃ無かったよ」

「そうか。ところで最後のパフェはもう一度作れるか?」

「ん? どうしてだ?」


「『ちょこっと』味見をしてみたくなってな」


 その言葉に店長はふっと笑って答えた。


「老いた体にあのチョコは刺激が強いぜ? 親父」

 今回新キャラ?としてライバルっぽいキャラクターを出してみました。毎回輝夜さんだけが強い話だとマンネリだと思うので、紫髪のマリーさん登場です。次話も出すかは不明ですが!

 今回もノリと勢いと少しほろっとした部分を入れて書いてみました。少しでも……いえ、「ちょこっと」でも楽しんでいただけたら幸いです!

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