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大型スーパーの感謝祭

「おい、今年もやるのか?」

「当然だ。去年は散々だったからな」

「よし、各コーナーのチーフ、部下への通達は任せたぞ」

「当然だ。今年の感謝祭は任せな!」


 そう言って、それぞれのコーナーの制服を着て、腕には『チーフ』の証の腕章をつけている従業員が、会議室にて重要な会議が行われていた。


「さあ、俺達が『百戦錬磨の輝夜姫』に敗北の二文字を送るんだ!」

「「「おう!」」」


 ☆


 某所の大型スーパーの年末、一年の終わりに感謝祭というイベントが行われている。

 初売りよりも壮大に、そして地域密着型を重要視したイベントとなっており、それはそれは毎年好評だった。


 去年までは。


 従業員は忘れもしない、一人の少女によって全てのコーナーのランキング表の一位欄には『輝夜』の文字が書かれていた。

 一般客にとってはただ凄いと思うだけだが、毎年参加していた常連客はその名前に絶望をしていた。


 精肉コーナーの名札と腕章をした精肉コーナーチーフは腕を組み、今年のイベントの設営を行っていた時だった。部下が息を切らしながら走ってきた。


「ち、チーフ! 来ました、輝夜姫です!」

「ちっ、思ったより早いな。入り口付近だとしたら……惣菜コーナーに足止め頼めるか?」

「内線で聞いてみます!」


 精肉コーナーのイベントに、今輝夜が来るのはまずい。時間が必要だ。

「惣菜コーナーのチーフが足止めをしてくれるそうです!」

「助かった、ちなみに惣菜コーナーの出し物は何だ?」

「コインつかみ取りです」

「さすがに今回は運要素を入れたイベントにしたか。さすがだぜ、惣菜チーフ!」


 そう思い、後に絶望することだろう。



 コインつかみ取りは、一円玉から五百円玉の小銭がたくさん入った箱から片手で掴み取り、ランキング上位に入ればその分の商品券がもらえるというルールだった。

「精肉コーナーに行く前に、ここで負かしてしまえば良いのですよ」

 惣菜コーナーチーフが眼鏡を光らせ、惣菜コーナーのイベントコーナーに歩いてくる輝夜を見ていた。


「い、いらっしゃいませ」

 惣菜コーナー従業員が震えながらも対応する。

「今回の景品は……へえ、掴み取った金額分の商品券ね」

「は、はい。ただし惣菜に限ります」

「十分よ。それで、最高記録は……三千五百円ね」

 隣には更新された時間も書いてあり、つい先ほど記録が更新されたらしい。


「じゃあ挑戦させてもらうわよ」

 輝夜の挑戦の声に、惣菜コーナーのチーフは眼鏡を光らせた。

 なぜなら、コインつかみ取りの箱は……。


 縦位一メートル、横一メートル、奥行き一メートルの巨大な箱に、あり得ないほどの数の小銭が入っているのだから。


「三千五百円ですらすごい金額と言えるでしょうけど、果たして輝夜姫はいくら取れるのでしょうか!」

「はあ、やっぱり姫なのね。慣れたから良いけど」

 そう言って輝夜はため息をつきつつ手を伸ばす。

 じゃらじゃらとかき混ぜ、小銭を掴む。


 じゃらじゃらと。


 じゃらじゃらじゃらじゃらと。


「……ま、ま、まさか、まさかあああああ!」


 そう、惣菜コーナーチーフは最大のミスを犯したのだった。


 箱に手を入れてから出すまで、制限時間を設定しなかった。


「お、お客様、次のお客様がいますので、その……空気を読んでいただければ!」

「そう? 後ろには誰も並んでいないけど?」

「なああああ!」


 日本人特有の遠慮がここに来て発動していた。

 惣菜コーナーのつかみ取りコーナーには大きな箱がある故に、とても目立つ。つまり、参加すれば皆見てくるのだ。


(さくらでも良い! お前、着替えてこっちに並べ!)

(わ、わかりました……ああ!)

(どうした?)

 惣菜コーナーチーフが部下に耳打ちをしていると、輝夜の動きが止まったことに気がついた。

 そして、輝夜はゆっくりと腕を箱から出し始めた。

 とてもゆっくりと。

 まるで、ロボットの動きのごとくまっすぐと。

 そして、惣菜コーナー周囲にいた従業員と客は、後に同じ事を思ったのだった。


 惣菜コーナーに、五百円玉で出来た、シャンデリアを見た……と。



「惣菜コーナーがやられました!」

「何!」

 精肉コーナーチーフが報告を受けて焦り始める。

「一体、何円掴み取ったんだ!」

「それが、多すぎて今も精算中だとか……ただ一つ、シャンデリアを見たと言ってます」

「意味がわからん、シャンデリアって天井につけるシャレている照明だろ?」

 精肉コーナーチーフの言っていることは正しい。意味が分からない。しかし周囲の人の言っていることも間違ってはいない。

「とりあえず置いておこう、こっちの準備がまだだ! 他のコーナーに足止め頼めるか?」

「今内線で連絡したら、ブランドコーナーの準備が出来たそうです!」

「良くやった! ブランドチーフ!」



 ブランドコーナーは、バッグや靴などのブランド品を扱っているコーナーだが、イベントはそれに関連して『本物か偽物かクイズ』だった。

 ブランドコーナーチーフはそのコーナーに相応しい格好をしていて、ネックレスや服までもがブランド品で着飾っていた。

「おっほっほ、輝夜姫。果たしてこのコーナーを制覇出来るかしら?」

「……景品は食べ物かしら?」

「え……?」

 輝夜の質問に、従業員全員が疑問を抱いた。

「見る限り食べ物が無ければ私は挑戦しないわ。えっと確か次は精肉コーナーに」


 これではまずい。精肉コーナーには時間を稼ぐと言って啖呵を切った矢先、素通りなんて全身ブランド品で身を包んだだけの痛い人である。


「まてい!」


 そこに、デザートコーナーのチーフがやってきた。パティシエの格好で来たため、ブランドコーナーでは場違いな気もする。


「もしクイズに正解したら、正解した分のスイーツを選ばせてやる!」

「デザートチーフ!」

「へえ、良いわね。乗ったわ」

 デザートコーナーチーフの男気に、ブランドコーナーチーフは頬を赤らめた。

「任せろ。精肉コーナーの時間稼ぎだと? 馬鹿野郎。ブランドチーフのイベントに俺は信じてるんだぜ」

「デザートチーフ……」


 そして、イベントは始まった。

 ルールは簡単で、一度間違えば終了の連続で本物と偽物のバッグや靴が出てくる二択クイズである。

 最初はバッグ。

「右」

 次は靴。

「左」

 次も靴。

「左」

 次はバッグ。

「左」

 次は服。

「……右」

 次は靴。

「左」

 ……。


 …………。


 ………………。


「……フ! ブランドチーフ! 目を覚ませ!」

「はっ! ここは」

 ブランドコーナーチーフは気絶していた。

「ゆ、夢を見ていたのかしら」

「だったら良かったがな。まさか『百戦錬磨の輝夜姫』がこれほどの実力だったとはな」

「あなたの、あなたのスイーツは守れたのかしら?」

 そう言って、ブランドコーナーチーフはデザートコーナーチーフの目を見た。


「今年は、在庫処分に困らなくて……助かったぜ」


 その言葉とは裏腹に、一筋の涙が、スイーツコーナーのチーフから流れていた。



「ブランドコーナーのチーフとスイーツコーナーのチーフが共倒れしました!」

「なんで共倒れ! いや、それよりも突破されたか……」

 そして、精肉コーナーのチーフの目線の先にはこちらへ向かって歩いていた。


 黒い髪に、すらっとした体。色白の肌からは絶対に予想できない強さを持つ、『百戦錬磨』の姿が。


「何やら途中で変な誘導があったけど、ようやく目的地に到着したわ」

「お待ち……してました。輝夜姫さま」

「あら、それは良かった。じゃあ今年もよろしくね?」

 ニコッと笑顔を浮かべる輝夜。

 去年はこの笑顔に騙され、そして絶望した。

「去年と同じく、今年も『フランクフルト大食い競争』となっています」

「ふふ、去年は確か時間内なのにフランクフルトが無くなって、『暇に』なったからね」

「……今年はそのような事態が起きないように、万全の体制を組んでおります」


 そう、去年の輝夜のフランクフルトを食べる速さは尋常では無かった。

 それ故に、生産が追いつかず、残り一分の所で輝夜が何もできない時間が発生したのだ。

 また、同様に同時に参加していた選手にも影響が出てしまい、結果イベントとして最悪な『ぐだぐだな空気』を出してしまった。

 精肉コーナーのチーフはこれを一年間根に持っており、今日に至るのである。


「では、次の参加者は去年の覇者の輝夜選手と、フードファイターの狩野選手と一般男性佐藤さんです」


(おいいいいいい! 何でフードファイターと同席なんだよ!)

(すみません! 偶然なんです! 芸能人なので時間が決まっているのです!)


 今までの足止めが偶然にも、フードファイターと輝夜が同席する瞬間を産んでしまった。


(ま、まあいい、今回のフランクフルトは脂身が多い物を厳選した。時間を稼いでもらったのは、先に調理してもらい作り置きしていたんだ!)

(さすがチーフです。去年の出来事から学んだ作戦ですね!)


「フランクフルト食べ放題の上に、一位は豪華な牛肉。二重の意味で美味しいわね」

「そこのレディー。辞退するなら今のうちだよ?」

「貴方は?」

「フードファイター狩野として最近テレビに出ているのだけれど、見覚えないかな?」

「無いわね。興味も無いわ」

「ふふ、面白いレディーだね。でも、そう言っていられるのも今のうちだ!」


 そして、戦いのゴングが鳴り響いた。


「いただきます。はふっはふっ、これは熱い。そして厚い」

 フードファイター狩野が苦戦する中、輝夜の様子を見る。

 輝夜は目を閉じていて、背筋を伸ばし、動かない。

「ふふ、食べる前から降参かな?」

「何を言っているの?」

「え?」


「おかわりを待っているのよ」


「な、なにいいいい!」


 叫んだのは精肉コーナーチーフだった。

 一瞬だった。確かに食べた瞬間の姿は見た気はする。しかし、一口で長さ二十センチほどのフランクフルトを食べたのである。

「ど、どうぞ」

「ありがと。はむ、おかわり」

「え、ええ!」


 あまりにも早い食に、おかわりを持ってきた従業員が焦る。

「もう面倒だから五本とかまとめて持ってきてくれない?」

「は、はい!」

「お前、何を勝手に同意を!」

 精肉コーナーのチーフは焦った。

 この場で輝夜の命令通りに五本一気に出したら、間違いなく「はむ、おかわり」調理が追いつかなく……。と思っていた最中に五本はすでに輝夜の胃の中に入っていた。


「あ、ああ、ああああ!」

「お、落ち着いてくださいチーフ! まだ作り置きはあります!」

「そ、そうだな、そう簡単には……」


「負けるかあああ!」


 フードファイター狩野は吠えた。

 今まで誰にも負けたことの無い彼にのしかかるプライドとプレッシャー。何より、この細い体の少女に負けるかも知れないという可能性が少し見え、焦りを感じた。


「まずいですチーフ! 狩野選手が本気を出したせいで、調理を上回っています!」

「いや、だが制限時間は五分だ。それまでには『あ、おかわりください』間に合うはず」


 ……今、誰が声を出した?


 ステージにいるのは、『百戦錬磨の輝夜姫』と『フードファイター狩野』のはず。


 ……いや、もう一人。


 …………もう一人の存在を忘れていた!


『一般男性佐藤の存在を!!!!』


「美味しいですね。どんどん箸が進みます。あ、おかわり」

「な、なんだお前は!」

 フードファイター狩野の問いに佐藤が戸惑う。

「え、ふ、普通の会社員ですが……」

「それにしては、食べたフランクフルトの本数は俺と一緒……違う、俺より数本多いだとおおおお!」

「ああ、実は私、食べるのが好きなんですよ……」


 そして、佐藤は不気味な笑みを浮かべて話した。


「同席出来て嬉しいです。フードファイターさん」


「チーーーーフ! 調理が追いつきません! 一般男性のブーストも重なって、残り少しです!」

「ぎょ、魚肉ソーセージだ! 場をなんとか持たせろ!」

「ダメです! 鮮魚コーナーで使用しているため、魚肉ソーセージはありません」

「じゃあ、アスパラ巻きを」

「野菜コーナーはここから往復でも五分はかかりますよ!」

「じゃあ、じゃああああ!」


 そして、恐れていた時間が生まれてしまった。



「……おかわりが来ないんだけど」



「くそおおおおおおおおおおおお!」



 そして、今年もまた、無の時間(一分)が生まれ、精肉コーナーイベントは若干気まずいまま終わった。

 同時にその時の順位は一位輝夜、二位佐藤、三位狩野となり、フードファイター狩野は芸人引退を決意した瞬間にもなった。

 ※登場人物は食品に対して最大限の感謝を持ちながら味わって食べております。決して流し込むような行為は行っておりません。ただ、人より数倍早いだけです。

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