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学園祭

 海ノ杜学園生徒会室にて、会議が静かに行われていた。

「とうとう来たわね。学園祭が」

「はい、会長。今年の運動部は黄金世代と言われています」

「それに会長も女子卓球で全国一位です!」

「ええ、だからこそ、今年こそは負けないわ」


 生徒会長、副会長、書記という札を付けた生徒たちが真剣な顔で話し合う中、黒板には一つの文章が書いてあった。


『打倒! 百戦錬磨の輝夜姫!』


 ☆


 海ノ杜学園の学園祭は毎年恒例で、運動部と文化部が連携して催し物を出している。

 昨年は、野球部の選手からヒットを打ち取れれば、手芸部が販売しているたこ焼きが景品としてもらえるというものだった。


 しかし、去年現れた黒髪の少女、通称『百戦錬磨の輝夜姫』によって、全ての部活は敗北し、屋台の食べ物を全てコンプリートされてしまった。

 会計からは「食べつくされたわけではないから、赤字ではない」とは言われたものの、当時の生徒会長はこうつぶやき、その場で膝をついたらしい。


「我が学校の運動部が、これほど無力だったとは……」


 それを目の前で聞いた当時副会長の現在生徒会長は、その悔しさを糧に卓球で全国制覇をし、彼女にとっては因縁の学園祭がやってきたのである。


「会長……大丈夫ですか?」

「ああ、思い出していたのだよ。あの頃受けた屈辱をね」

 静かに目を閉じ、音を聞く。すると、突然風向きが追い風から向かい風に変化し、不思議と寒気を感じた。


「会長! 来ました! 輝夜姫です!」


 書記の発言に周囲はざわめき、そして恐怖を感じた。しかし、各運動部の部長は、それ以上に闘志を燃やしていた。

 輝夜姫と呼ばれた彼女は、黒髪が美しく、そのスタイルと顔つきはまさしく童話の世界から出てきたとも思える。

 初めてその姿を見た受付の男子生徒は、緊張のあまり言葉を失いかけた。

「い、いらっしゃいませ。こ、こちらが案内図になります」

「ありがとう。それと、生徒会長はどこの部活かしら?」

「へ? せ、生徒会長ですか?」


 彼女の質問に受付の男子生徒は戸惑った。そこへ生徒会長が輝夜姫に向かって歩き出し、話しかけた。


「卓球部よ」

「貴女は?」

「海ノ杜学園生徒会会長よ。ようこそ『百戦錬磨の輝夜姫』」

「はあ、ここでも姫をつけるのね」

 呆れた表情を浮かべつつ、輝夜姫こと本名輝夜は生徒会長と会話を続ける。

「わかったわ。じゃあ貴女とは最後の楽しみにしておくわ。最初はそうね……野球部ね」

「舐めないで欲しいわ。ここの野球部は今年甲子園で優勝。そう簡単には負けないわよ」


 そう言って、戦いは始まった。



「斎場! いけええ!」

「負けるなよ!」

 歓声が響き渡る中、マウンドには斎場と呼ばれた男子生徒がボールを持って深呼吸する。

「高校生最高速度の記録を出した俺なら、あいつを倒せるはずだ!」

 ポケットには手芸部の女子生徒からもらった手作りのお守りを入れていつも試合をしていた。

「大丈夫だ。この試合に勝ったら美由紀ちゃんに……」

 何かを念じて、斎場はまっすぐバッターボックスを見る。


「お約束の展開ね。美由紀ちゃんっていうのは思い人かしら?」

「ああ、幼馴染で、誰よりも俺の事を知っている」

「そう。じゃあこの試合がどうなるかも?」

 輝夜はバットを構えた。

「ああ、知るだろう。お前が負けたという事実をなああああ!」

 斎場は大きく振りかぶり、全力でボールを投げた。

 甲子園では高校生最高記録の速度を出したが、それ以上の速度の球速だろう。


 しかし……。



 カキーーーーン!



 その音は、学校内全てに響き渡り、同時に野球部の敗北を知らせる音だった。

「ば、ばかなああああ!」

「さいじょおおおおお!」

 斎場は言葉も出さず、その場で膝をつき、部員たちの声は全く聞こえない状態となってしまった。


 野球部に勝利をすると、手芸部からたこ焼きが贈呈される。

 残酷にも手芸部の美由紀という女子生徒から、泣きながらたこ焼きが贈呈された。

「たっくんが、たっくんが負けるなんて!」

「ルールなんだし、文句を言わないで欲しいのだけれど」

「ああ、うああああああ!」

 悔しい声と涙とともに渡されたたこ焼きは、一瞬で輝夜姫の口の中へと入っていった。



「森田ああああ! 絶対止めろよ!」

「お前ならできるぞおお!」


 場所は変わってサッカー部。

 そこではキーパーの森田という男子生徒からゴールを奪えば、漫画研究会から揚げパンがもらえるというルールだった。

「この日のために俺は頑張ったんだ! 見ていてくれ! 兄さん!」

 去年、同じ場所には森田の兄が立っていた。

 森田は兄を尊敬していた。

 少年サッカーでキーパーをしていた森田兄は、神童とも呼ばれていて、地元のプロチームからすでにオファーが来ていた。

 去年の悲劇が無ければ。


「あら、似ているけど兄弟かしら?」

「ああ、兄さんは去年、君に負けてから自信を喪失させ、家に引きこもったんだ。でも、一年ぶりに兄さんは家から出て見に来てるんだ! 去年の屈辱を今日、俺が代わりに晴らしてやる!」

「良い目ね」


 そして輝夜にボールが渡され、足でボールを固定する。


「どうして貴方の兄が、自信を失ったか、知ってるかしら?」

「え……」



「私が助走もつけずに蹴ったボールが、止められなかったからよ」



 森田の背中から音がした。

 シュルシュルと鳴り響く音は、ゴールキーパーなら聞くことができる音だろう。

 ネットにボールが当たり、すさまじい回転がかかっているため、すぐには地につかずにその場で留まる音。


 同時にその音は、一点を取られてしまった音だった。


「森田! 大変だ! 君のお兄さんがその場で屈んで震えて……おい! 森田! お前まで屈むな! 森田あああああ!」



「うう、揚げパンが地味に胃に来るわね」

 次々と各部活から勝利を奪い、戦利品を口に入れる中、輝夜は独り言を漏らしつつも最後の部室へと向かった。

「ふふ、まあ良いハンデね」

 扉を開けると、そこには仁王立ちで構えていた生徒会長の姿があった。

「よくも、全部活の部長の心を折ってくれたわね」

「あら、まだ卓球部が残っていたと思ったけど?」

「うるさい! 上げ足を取るな!」

「うっ!」


 上げ足という単語を聞いた瞬間、輝夜の顔色が若干悪くなった。

「おや、どうした。もしかして疲れ果てたか?」

「いや、揚げパンの油がなかなか胃に来るのよ。でも貴女には勝てるわ」

「くっ! ゲームは十一点の一本勝負よ!」

「わかったわ。そういえばここで勝てたら、賞品は何かしら?」


 輝夜の発言に、書記が一つの箱を持って近づいていた。

「賞品は『会長が超大事にしているミニサボテンのサボさん』よ!」

「ちょ! 書記! 何勝手に持ち出しているの!」


 会長も予想していなかったのか、自分の大切なサボテン(サボさん)が賞品になるとは思っていなかったらしい。

「ま、まあいいわ。勝てば良いのだからね。見ててよ、サボさん」

『信じているよ!』

 まるでサボさんの声が聞こえるようだった。


 そして試合は開始された。

「会長! 頑張ってくれ!」

「頼む! 勝ってくれ!」

「サボさんが見てるよ!」

『頑張って! ご主人!』

 そんな声援が卓球場に響き渡る中、会長は冷静だった。相手の目を見て、相手の球を見て、相手のラケットを見て。



 後ろにピンポン玉が転がるところまで、しっかりと見た……というより、見るしかできなかった。



「……速過ぎるわ」


 サーブで放たれた球が見えなかった。

 スマッシュで放たれた球ならまだしも、サーブの速さでは無い。


「サボテンのごとく棒立ちかしら?」

「……様子見よ。次!」


 次こそは打ち返す。そう念じ、再度相手を見る。


 ゆっくりと輝夜の手から離れて浮いた球は、約三十センチほど宙を舞い、そして落下しラケットに当たる。


「そこだっ!」

「甘いわね」


 かつっ!


 そんな鈍い音がラケットから出て、ピンポン玉は真横に飛んで行った。


「会長おおお!」

「くっ! 次は、こっちのサーブよ」

「ええ」


 そしてサーブの交代。

 会長も同様にゆっくりとボールを浮かせ、そして落下するボールに打撃を与えてボールを相手コートに運ぶ……。


「え……」


 気が付いた時には、会長の後ろでピンポン玉の音が聞こえた。


「そん……な!」

「ふふ、スマッシュは打たせないわよ?」


 会長の必殺技ともいえる通称『三つ目』。それは、サーブを打って、相手の返した球に対してスマッシュを打つ卓球では基本的な戦略だが、会長に関しては様々な条件下でスマッシュを打てるように練習を重ねてきた。

 つまり、どんなサーブの返しでも、スマッシュで返す自信があったのだ。


「さあ。ゲームの続きをしましょうよ?」

「……ええ」



 そして試合は、十対ゼロ。

 誰もがその試合内容に絶望を感じていた。


「はあ、はあ」

 会長の体力はもうわずか。肉体的な体力では無く、精神的体力が尽きかけていた。

「さて、あなたのサーブを返せば終わりね」


「まだ、あきらめないわ! 私はこの学校の生徒会長! そして、サボさんは渡さないんだからああああ!」


 そして放たれたピンポン玉は、会長も予想していないほど速く、鋭い球だった。

「おっと」

 輝夜も予想外だったのか、強打ではなく、普通に返してしまった。


「もらったあああああああ!」


 放たれたスマッシュは鋭く、今まで会長が放ってきたスマッシュの中でも一番と言えるほど強い威力のスマッシュだろう。


 しかし。



 カアン!



 放たれたスマッシュは、まるで輝夜のラケットに吸い込まれるように当たりに行き、そしてピンポン玉はそのまま会長のコートへと入った。


「あ、ふ、復帰を!」

「無駄よ。だって……」


 会長のスマッシュは強力だった。回転も凄まじかった。それ故に起きてしまった。

 強烈な回転が残ったまま返され、落ちたピンポン玉は会長側のコートに触れた後、あろうことか輝夜の方へと跳ねた。

 そしてそれは会長からでは打ち返すことが不可能の位置に跳ねてしまい、十一対ゼロの完全敗北を味わうのだった。



 会長含め、各部長は全員心が折れていた。


「サボさんが、サボさんがあああ!」

「すみません! 会長! まさか負けるとはああああ!」

『ごしゅじんんん!」

 会長と書記が抱き合って泣く中、輝夜は苦笑しながら話しかけた。


「サボテンなんていらないわよ。食べれないし」


「サボさああああん! おかえりいいいい!」

「ごめんなさあああい、かいちょおおお!」

『ごしゅじいいいん!』


 会長と書記が泣き叫ぶ中、生徒会の副会長は声を震わせながらも去りかけていた輝夜に声をかけた。


「貴女はどこの高校ですか!」


 その問いに、輝夜は笑みを浮かべて質問に答える。


「そんな些細なことは別にいいじゃない。ご馳走様でした」


 やがて、輝夜姫の姿は見えなくなり、残ったのは輝夜姫に負けた選手たちの、悔し涙と悲しい空気だった。

 注)勝負に勝利して得た賞品は、輝夜姫がその場ですべて食べました(サボさん以外)

 前回以上にノリと勢いだけで書きました。楽しんでいただけたら(本当の本当に)嬉しいです。

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