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雪まつり


 町はクリスマスの飾りで賑わい、カップル達がイルミネーションを見て楽しむ中、町内会の人々は準備に勤しんでいた。

 毎年行われる『雪まつり』は全国的にも有名で、海外からも観光客が来るほど人気のイベントである。

 雪で作品を作る参加者や、それを見て楽しむ観客。運営を行う町内会の誰もが笑顔になる大会だが、いつの日からか雰囲気が変わってしまった。


「餅屋よ。今年は大丈夫かえ?」


 杖をついた女性が一人の男性に声をかけた。右手には大きな餅をつく道具を持っていた。

「ああ、今年は今までで一番の傑作だ。これを是非地元の人か、来てくれた観光客に食べてもらいたいものだ」

「そうさね。だが、傑作を作ったらバレてしまうんじゃないかえ?」

「俺は餅屋だ。相手が例えどんな勝負にも負けない鬼だろうが、フェアに戦う。餅に嘘はつけねえのが職人ってもんだ」

「もう少し餅らしく柔らかくしてもらいたいものさね」

「悪いが、俺の頭は冷えた餅だ」

 そう言って温かい餅を皿に乗せて、保温ボックスにしまった。

「おや、餅屋の旦那に町長さん。揃ってたんだね」

 二人に声をかけたのは若い男だった。

「スポーツ店の若旦那か。へへ、昨年まではテレビに出てた人が、今ではこうして普通に会話できるなんて、面白い世の中だな」

「いえいえ、僕から見れば二人はこの町の先輩です。僕が小さい頃から行われていた『雪まつり』にこうして運営に回れるなんて、夢のようです」

「かかかっ。オリンピックで金メダルを取った男がここで運営をするのが夢とは、流石に盛りすぎじゃ無いのかえ?」

「いえ、これは僕の本心ですよ」

 そんな話をしつつ、スポーツ店の若旦那は大きな看板をトラックから持ってきた。

『第五十六回雪まつり』

 そう書かれている看板の下には、千羽鶴がいくつもつけられていた。

「流石アスリートだねえ。こんな重い物を軽々と持てるなんて、若さは羨ましい」

「その通りだ。最近餅をついていて腰が痛くてな」

「適材適所です。僕はその綺麗な餅を作ることはできません。それよりもこの千羽鶴には色々な幼稚園から頂いた願い事の短冊もつけているんです」

 スポーツ店の若旦那が言うと、二人は千羽鶴に近づいて短冊を見た。お小遣いが増えますように。健康に過ごせるように。お友達とこれからも仲良しでいられますように。そのような願い事が沢山あった。

「どうです。僕達も一つ」

 そう言ってスポーツ店の若旦那は一枚の短冊を取り出した。

「悪くないねえ。それに、願い事は決まってる」

「そうだな」

 そう言って、三人の代表として町長が筆を取った。


『打倒、百戦錬磨の輝夜姫!』


 ☆


 全国から観光客が集まり、町は賑わっていた。屋台もこれまでで一番の数が並んでいて、各地方の料理が並ぶなど、過去最高の盛り上がりを見せていた。

 イベント会場の一番奥には雪で作られた巨大な滑り台があり、常に笑い声に溢れていた。

「たこやきー!」

「はいはい。すみません、タコ焼きを一つください」

「はいよ」

 そういうやり取りが響く中、一瞬風が止んだように誰もが思った。そして不思議と全員が雪まつりの入り口を見た。

 黒い髪に黒い服。その長い髪が風に揺れるも、まったく乱れることは無い。その存在感に一歩引き下がる人も出てきた。

(おい、アレって)

(間違いねえ。去年イベントを総なめした輝夜姫だ)

 知る人ぞ知る有名人。あらゆるイベントに参加し、その日の最高記録を叩きだして、優勝賞品を全て持ち帰る怪物。

 人はその人を『百戦錬磨の輝夜姫』と呼んでいた。

「あのー、もしかしてですが『輝夜姫』さんですか?」

 テレビカメラとアナウンサーが近づいてマイクを彼女に向けた。彼女は若干不機嫌な表情を浮かべて答えた。


「何度も言うように私の名前は輝夜。良い大人が『姫』って呼ばれる身になってくれないかしら?」


 冷たい視線と並々ならぬオーラの中には若干の複雑な心境も抱えているのだろう。アナウンサーはまさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったのか、謝罪をしつつマイクを向けた。

「すみません。えっと、輝夜さん。今日もイベントに参加を?」

「そうよ。雪合戦に餅探し。そして彫刻。商品はどれも北国の海鮮料理や食材だから、負けるわけにはいかないわね」

「そうですか。ですが今年はなかなか大変だと思いますよ?」

「へえ、何か対策をしているのかしら?」

 そう言うと、一人の男が輝夜に近づいてきた。

「君が噂の輝夜姫だね」

 そう言うと、周囲の女性客は口元を抑えながら悲鳴を上げた。

「誰かしら?」

「あはは、僕はそれなりに活躍した野球選手なんだけど、少し自意識過剰だったようだね。今年からスポーツ店の副店長になった者だ」

「元野球選手ということかしら?」

「そうさ。それもアメリカでね」

 その二人のやり取りにアナウンサーは慌てつつも、何とか腹の底から言葉を出した。

「えっと、スポーツ店ということは、雪合戦の主催にもなっていますよね?」

「はい。もう間もなくので、会場に向っていました。僕が会場までエスコートしましょうか?」

「結構よ。これから勝つ相手にエスコートされるなんて、貴方が傷つくだけよ」

「あはは、本当に面白い。良いですよ。受けて立ちます」


 そして雪合戦会場に到着した。

 場所は広い公園で、頭には紙風船を乗せて、そこに雪玉を当てたら退場というシンプルなゲームだった。

 優勝賞品は大量の巨大タコ焼き。どうやらスポーツ店の若旦那の大好物であり、海外ではファンサービスとして自分で作ってファンに配っていたらしい。


『それでは皆様、位置につきましたかー?』


「「「「おおおお」」」」


 その掛け声を聞いて、司会はスタートの合図として、音だけが出るピストルを上に向けた。

『それでは、開始!』


 パーン!


 合図と同時に広場では沢山の雪が飛び交った。同時に紙風船が割れる音が沢山聞こえる。

 当然投げた雪玉は会場外にも飛び、屋台の屋根や店主や客に当たることもあるが、これはご愛嬌というやつだ。

「俊君!」

「うわ、上沼!」

 小学生も参加しているため、そんな声も聞こえる。

「川上の爺さん。そろそろ勝たせてくれるか?」

「まだ若いもんには譲らねえよ」

 また、ご近所同士のやり取りもあった。そんな中、ひときわ目立つ一人の少女の姿があった。


「おい、あれは何だよ」


 少女はゆっくりと前に進んでいた。


「絶好の的じゃん。当てろー!」

「うおおおおお!」


 そう言って子供から大人まで雪を少女に投げた。が、まるで雪が避けていくように紙風船には当たらなかった。

「後ろにも目があるのかよ」

「あれが百戦錬磨ってやつか!?」

「んなオカルト信じるかよ。近づけばいいんだよ!」

 そう言ってガタイの良い男が近づいた。次の瞬間。


 バアアアアアン!


 ガタイの良い男の紙風船が割れた。

「いつの……間に……」

「居酒屋ああああ!」

 目にも止まらぬ速さの雪玉。まるで弾丸のような球は男の紙風船を割った後、奥の参加者も数名巻き込んでいた。

「一回で数個。漫画かよ!」

「ドッヂボールでダブルアウトがあるくらいだから、ありえるよ!」

 参加者は驚きつつも、いつの間にか自分の紙風船が割れていたりして、試合はとうとう終盤に入り込んだ。


 そして。


「やはり君が残ったか」


「そうね。アスリートだからって残るとは限らないと思っていたけど、認識を改めた方が良いかしら」


 元野球選手と百戦錬磨の輝夜姫が広間の中央で右手に雪を持って立っていた。

「君は百戦錬磨って呼ばれているみたいだね。僕も似ているあだ名を持っていて『百発百中』なんて言われているんだ」

「それがどうかしたの?」

「君の頭の紙風船を割ることくらい、簡単ということだよ」

 そう言ってスポーツ店の若旦那は雪を丸めていた。

「どうだい、お互い持っている雪で一本勝負というのは?」

「別に良いけど、一つ良いかしら」

「何だい?」

 輝夜は溜息をついて、言った。


「貴方は元アスリートよね。私は一応素人なんだけど、そんな元アスリートに超有利な提案をして、心が痛まないの?」

「ぐああああ!」


 周囲はその話を聞いて、『確かに……』とつぶやいていた。

「素人とは面白い。つい最近近所のバッティングセンターに行ったら、的当てコーナーを見て驚いたよ。一位から五位まで全て君の名前だった」

「腕ならしのつもりがうっかり取ったのよね」

「僕は君を評価している。だからこそ、この提案をした。僕は確かに元野球選手だが、君はあらゆる分野で極めている者だと思っているよ」

 その言葉に輝夜は鼻で笑い、そして答えた。

「あらゆる分野というのは買いかぶりすぎだけど、良いわ。受けて立つわよ」

 そう言って輝夜は持っていた雪をぐっと握った。


「では行かせてもらう!」

 

 お互い開始の合図なんてなかった。むしろ、スポーツ店の若旦那は輝夜が雪を握りしめた瞬間を見て投げた。

 その動きは一般人には理解できない。突然始まった一本勝負にどちらが勝つのか、全員が気になっていた。


「丸い球は脆いのよ」


 次の瞬間、輝夜は握りしめていた雪を投げた。

 その握りしめた雪は棒状にとがっていて、まるで太いダーツのようだ。その太い棒状の雪はクルクルと周りつつ、スポーツ店の若旦那が投げた丸い雪玉に命中した。

 雪玉は破裂し、破片が飛び散った。スポーツ店の若旦那は反射的に腕を目元に持って行き、身を守った。次の瞬間。


 ばあああああん!


 そんな音がスポーツ店の若旦那の頭から鳴り響いた。

「なっ!」

 輝夜が投げた棒状の雪は、スポーツ店の若旦那の雪玉を貫通し、そのままスポーツ店の若旦那の頭の紙風船を貫いた。

「貴方が百発百中と呼ばれているくらい命中率が高くて助かったわ。お陰で私は貴方の雪玉を狙いやすかったわ」

「馬鹿な……動いている雪玉に雪玉を当てるなんて、そんなの狙ってできる芸当じゃないだろ!」

 そう言うと、輝夜は振り返って表彰台の方へ向かいながらつぶやいた。

「現実を目にしてもなお受け入れないのであれば、それまでよ。貴方の『百発百中』は動かない的に対しての称号止まりということね」


「く、くそおおおおおおおおお!」


 ☆


 餅探し会場は広場からすぐ近くで行われていた。

 食べても問題が無い人工雪の中から、餅を見つけ出すというイベントだが、今年は大きなプールを準備して大々的に行われていた。

 前半は小学生の部から高校生の部まで行われており、最後は一般の部が行われており、そこで優勝すると餅一年分が贈呈される。

 輝夜が会場に向かうと、餅屋の店主が近づいてきた。

「若旦那が負けたか」

「そうね。私にも負け、そして彼自身にも負けたわ」

「そう言うな。去年まではどこのメディアにも取り上げられていた有名人だ。まあ、思う事があって戻って来たんだがな」

 何か特別な理由がありそうだが、輝夜は男に興味が無いため、それ以上は聞かなかった。

「そんなことよりも次の会場はここね」

「そうだ。ルールは去年も出ているから知っているな?」

「ええ。でも、同じルールだったら今年も余裕かしら」

「そう言っているのも今の内だよ。見てみな」

 餅屋の店主が会場を見た。それにつられて輝夜も見た。すでに子供の部は行われていて、雪の中を掘りながら餅を探していた。が、しばらく経過しても見つからない。


「去年の敗因はうっかりヨモギの餅を使ったから。今年は白い餅さ!」


 その言葉に輝夜は驚いた。

 去年の餅探しは色がついている餅があったため、強引に掘り進めていれば、いずれ色が異なる物体が見つかる。が、今年は白い餅が採用され、掘った後によく見る必要があった。

 しかし輝夜はそこに驚いてはいなかった。


「辞退しようかしら」

「ええ!?」


 百戦錬磨の輝夜姫からのまさかの発言に、餅屋は驚いた。

「見つかりにくい餅に恐れ入ったかね?」

「違うわよ。餅くらいすぐに見つかるわ。でも、去年のヨモギ餅はとても美味だった。それを食べたくて来たのに、これでは出る意味が無いわね」

「ふむ、やはり噂は本当か」

 そう言って餅屋は一旦離れ、何かを取ってきて戻って来た。その持ってきた物を輝夜に投げた。

 小さな四角い白い塊。大会で使われる餅のかなり小さいサイズの物だった。

「これは……」

「百戦錬磨は勝負に関して全て本気を出すが、俺も餅に関して妥協したことは無い。直接俺が足を運んで探した最高の餅米。そして研究を重ねた調理法。それが詰まった餅がそこに詰まってるんだよ」

 輝夜はその小さな餅を食べた。よく噛み、それを飲み込むと、輝夜は息を漏らした。

「先ほどの発言は撤回するわ。敬意を持って参加するわ。でも、一つ貴方は失敗した」

「失敗?」

 微笑む輝夜。そして餅屋に言った。


「貴方は私に情報を与え過ぎた」


 そしてついに一般の部が始まった。

 子供が終わって、新たに人工雪を追加し、その中には餅が入っている。当然雪の中に餅が入るということで、固まってしまうが、そもそも雪の中の餅を探すというのには歴史があるらしい。

『さー始まりました餅探し。一般の部はご存じ百戦錬磨の輝夜姫が連覇を狙ってます』

 そして盛り上がる会場。先程餅をゲットした少年達も、賞品を両手に持って盛り上がっていた。

「へへ、百戦錬磨の輝夜姫の隣とは運が良い」

「貴方は?」

「しがない大工だ。土よりも軽い雪を避けるなんて楽なもんさ」

「そっ」

 特に興味を持たない輝夜。それを見て面白く無いのか、男は舌打ちをしてスタートラインについた。


『さー、準備は良いですね。一般の部は餅がなんと一つ。そしてゲットすれば餅一年分が授与されます。ではよーい……スタート!』


 開始の合図とともに沢山の大人が大きなプールに入り、雪をかき分け始めた。

 かなり広いプールの中に餅が一つ。センサーもついて無いため、場合によっては優勝者が出ないまま終わる可能性もある。

「へへへ、雪をかき分けた数だけ見つかる確率は上がる!」

 大工の男はその大きな両手を使って雪をかき分けた。左右に飛ぶ雪が他の参加者に当たっても気にしない。

 だが、素手で触っている物は雪に変わりはない。徐々に手は冷え、そのスピードは落ちてきた。

 中には途中で休憩する人も現れ、設けられているお湯が入った桶に手を突っ込む人もいた。

「こんなの見つからねえだろ」

「不可能だ」

「ずいぶん探したが、もしかして踏んでいたか?」

 そんな声が飛び交う中、スタートラインから一歩だけ足を踏み入れた少女が、腕を組み、目を閉じて、そこでジッと立っていた。

「おい、アレ、何をしてるんだ?」

「わからねえ……」

 ざわつく会場。そして輝夜はボソッと言った。


「見つけた」


 迷わず一歩一歩進み始めた。普通は掘り進める所を、体だけで雪を突き進む。例えるなら、氷海に突き進む大型の船のように、ひたすら突き進んでいた。

「ありえねえ……くっ!」

 大工の男は直感で危機を感じ、輝夜の所へ走った。すると輝夜は男の方へ向き、一言放った。


「邪魔をするなら、防ぐだけね」


 その瞬間、男には大きな波のような雪が襲った。男は一体何が起こったのか理解できなかったが、輝夜の後ろに立っていた観客は理解できていた。

 思いっきり目の前の雪を掃い、沢山の雪を男にかけた。その沢山の量というのが、人が片手ですくえる量とは思えない程の物だった。

「ぬあああああ!」

 巨大な雪の波に飲まれ、男は雪の中へと消えていった」

「大工!」

「やべえ、このままだと!」

「きっとあそこだ!」

 他の観客も一気に輝夜の所へ走った。きっとそこに餅がある。そう誰もが思った。

「一気に来るなら都合が良いわね。てええい!」

 輝夜の掛け声とともに、輝夜を中心に巨大な雪の波が四方八方に現れた。ドローンで上から撮影していたカメラを操作している作業員は、その光景を見て、一つの感想を言った。

「何だこれは。波なんかじゃねえ。花だ!」

 輝夜を中心に波が現れるその状態は、上空からだと花にしか見えないのだろう。そして花びらに飲まれた参加者は次々と身動きが取れなくなり、やがて輝夜の中心には一本の雪の柱が生まれた。

 その円柱以外の雪は全て飛ばした。その光景は神々しく、まるで映画で宝を取るシーンを見ているかの様だった。

「より良い餅は凍っても良い餅なのよ。米の香りが私に勝利を与えたわね」

 そう言って円柱の雪を半分に折ると、中から白い餅が出てきた。


『試合終了! 今年も優勝は百戦錬磨の輝夜姫だー!』


 ☆


 最後の大きなイベントは町長主催の『雪の彫刻祭』だった。

 だが、意外なことに、参加者の中に輝夜の名前は無かった。

「どういう事だ町長。今年は有名な彫刻家にも来てもらって、必ず勝つって言ってただろう!」

「納得いかねえ。あいつは全てのイベントを壊す破壊神なんじゃねえのかよ」

 そう言う若旦那と餅屋。だが、町長は溜息をついた。

「噂通りだったんだよ」

「噂?」

「百戦錬磨の輝夜姫が挑むイベントは必ず食べ物が関係する。しかも大量の食べ物であれば、全国どこでも参加する。今回あたしゃが彫刻祭で用意した優勝賞品は、有名洋菓子店の氷の彫刻を食べる権利って事さね」

 すでに彫刻祭は開催していて、テーブルには沢山の作品が置いてあった。中でも客の目を引く作品は、有名彫刻家による巨大な城の氷の彫刻と、優勝賞品である氷で作られた桜の彫刻。

 色を塗れば盆栽とも思える立派な氷の桜の木だが、予算の関係上で急遽この桜の木の氷をかき氷として食べる権利に変わった。

「どこに予算を使ってるんだか」

「二人いれば余裕と思ったんだがねえ」

 ため息をつく三人。と、そこへ一人の少女が後ろから声をかけた。


「かき氷くらい、そこの屋台でも売ってるから、別に良いわよ」


 右手にはイチゴのシロップをかけたかき氷をほおばりながら、主催の三人の近くに寄った。

「おま、輝夜姫!?」

「姫じゃないってのに……まあ良いわ。それよりもあの桜の木の彫刻は凄いわね。城の彫刻も凄いし、小規模の雪まつりとは思えない作品ね」

「す、全てはお前さんに勝つためさね!」

「私に勝つためね。勝った後は何が残るのかしら」

「何が……?」

 かき氷を食べながら、周囲の作品も見て、周りの賑わいをしばらく聞いた後、輝夜は話始めた。

「他の町でも私に勝つためにあらゆる手段を使う人はいたわ。でも結局私に勝ったところで何になるのか理解できないわ。人によっては私を踏み台にしてさらに高見を目指す場合もある。でも……」

 そう言って手に持っていたストローを前に向けた。その先には桜の氷があった。

「町のイベントにプロを呼んで勝つことに、意味があるのかしら。ましてや貴女は出場していないでしょう」

「ぐう!」

 輝夜の言う通り、この彫刻大会で優勝するのは彫刻のプロの作品で満場一致。他の子供達が作った作品や、アマチュアの陶芸教室の方々の作品は目にも止まらなかった。

「もちろん私が挑戦するのは商品が食料の場合に限るけど、これに関しては追加で餅一年分くらい無ければ参加しないわ」

「参加するのかよ!」

 思わず餅屋は突っ込んだが、町長は輝夜の話を真に受け、何も言い返せなかった。


「そうさね……あたしゃ、怖かったんさね」


 ぼそりとつぶやき、町長は輝夜を見た。

「あのプロの彫刻はあたしゃの孫。きっかけを与えたのはあたしゃね」

「へえ、じゃあ貴女が参加すれば良かったじゃない」

「あらゆる大会に勝つあんたに負けるあたしゃを想像したく無かった。これでも町長としてのプライドはあるからね」

 そして町長は床の雪を拾い、それを器用に形を変えて、輝夜に突き出した。その形は日本の北海道の形をしていた。

「へえ、やるじゃない」

「来年。あたしゃもう一度あんたに挑む。お前さんに敗北の二文字と、優勝賞品無しという二つのお土産を渡してやるさね!」

 その言葉に輝夜はニッと笑った。そしてかき氷を食べ終えた輝夜はゴミ箱にカップを捨てた。

「良いわ。来年どのような彫刻が来るか、楽しみにしてあげる」

 そして輝夜は出口に向かって一歩進もうとしたが、一度止まって、振り返った。

「そうそう、このイベントで一番盛り上がっている雪の滑り台だけど、大人でも楽しめるように広く作ってるから」

「広く作って……?」

 そして輝夜は去った。

「一体何を言ったんだよ。そもそも雪の滑り台って」

 餅屋がつぶやいた瞬間、町長はその場で地に膝をついた。

「馬鹿な。あの巨大な雪の滑り台は、先週匿名で製作希望があったものさね!」

 会場の奥には他のイベント会場よりも数倍大きな雪の彫刻があった。

 そしてその彫刻は今回の雪まつりの看板にもなりうるほどの物で、子供達はそこへ上り、滑り台になっている場所で遊び、常に楽しい声が響き渡っていた。

 まるでレンガ作りの壁や、遠近法を使って大きく見える工夫もされていて、それはまるで一つのテーマパークの様だった。

「馬鹿な……あれを輝夜姫が一人で……」

「あの百戦錬磨の輝夜姫ならやりかねないさね。賞品が食品だったら、飛び入り参加であの滑り台を出す。準備の段階であたしゃたちは負けていたのさね」

 そう言って町長は立ち上がり、膝の雪を掃った。


「さあ、来年こそ、絶対勝つさね!」


 その声に二人の主催者は頷いた。


 おそらく声を出したのだろうが、その声は祭りの盛り上がりに消えているだろう。

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