七人目
転校生の名前は赤羽葉子といった。
高校一年生が七月に入ってから引っ越してくるなんて、少し奇妙にも思われた。
建前としては、夏休みの間の臨海学習にも参加させたく、二学期からに予定されていた転入を早めたのだといううやうやしい説明があった。
けれども噂は早々に流れてきた。
一流企業に勤めている父親が急に海外に赴任することになったらしい。これが実はいわゆる左遷で、海外の子会社に社長ということで体良く飛ばされたそうだ。
身体の弱い母親は地元の高知県を離れず、療養施設に留まることになった。どうやら精神系の病気らしい。
そこで、葉子さんは東京の叔父の家に預けられることになったそうだ。
公立の学校でもよかったのに変な噂が広まるだろうということも苦慮した結果、同い年の従姉妹がいるウチの学校に転入することになったそうだ。叔父さんには便宜を図れるだけの財力があるということだろう。
隣のクラスの赤羽清香は学級委員長をやっていて、運動神経も良くて、はきはきしていて、いわゆる教師にウケのいい優等生だった。
葉子はどちらかというと大人しく、地味な子だった。
清香は葉子に気を遣っている様子をときに誇張して見せたが、常に距離を保っていた。
ウチの学校には「七人組」がいた。
その実態は、誰にもよく分かっていなかった。
七人組のメンバーはときどき代わった。なにを理由に代えられるのかは分からなかった。ある日突然一人がいなくなる。どこからともなく別の人が加わる。それがなんとなく皆には分かる。
学年もクラスも部活も委員も、なんの共通点もない七人だけれど、皆がメンバーを把握していた。
七人がなにをやっているのか、なんの目的で組を作っているのかは分からない。誰も実害を受けている様子はない。だからこそ、先生たちも注意のしようがない。
問われるようなことがあったとしても、七人がグループの実態を否定すればそれまでだった。
七人が揃っているところを見た人などいなかった。というか、誰も、七人が集まっているところを見ようとはしなかった。
だって、七人が揃っているところに出くわすと、高熱にうなされた挙げ句に死んでしまう、助かる術はないという噂まであった。
実は影で学校を取り締まっているのだとか、渋谷の一画を仕切っているだとか、風俗でボロ儲けしているだとか、そんな噂が立っては消えていった。
いまは六人、三年一組の佐々木恵、三年三組菅野ゆかり、二年二組仁科幸、二年四組竹原志乃、一年一組矢萩千重子、一年二組三村典子。
七人目は、先週消えた。一年四組の細田紀代子だった。
細田さんは、目立つところのない、どこにでもいそうな生徒だった。
特別に成績が良いとか、スポーツが得意とか、美人であるとか、なにかに抜きん出ているということもなければ、素行が目立つということもなく、注目されるという要素のまったくない人だった。
実は、七人目が細田さんだったことはあまり知られていなかった。
けれど、細田さんはどうゆう訳だか二年四組のゴミ箱を抱えたまま頭から焼却炉に突っ込むような形で焼死していたのが見つかった。
そもそも一年生の細田さんが二年生のクラスのゴミを捨てに行かされるということ自体がおかしい。
竹原さんは美人特有の冷たい微笑をいつもと同じようにたたえたままで、後輩の死を嘆き悲しんでいる様子を見せはした。しかしながら、表立って特別な関係をもってはいない二人のことを、誰も咎めようはなかった。
それから一週間というタイミングでやって来た転入生は、束の間、注目を集めた。
しかしながら赤羽葉子という名前を聞いて、皆の注意は削がれた。
七人組の名前のどこかを組み合わせると、「シチニンミサキ」と成るのが常だったからだ。
細田さんは「キ」ヨコだった。だから、「キ」が苗字か名前か、どちらかに入っている人が疑われた。
葉子さんの嫌疑はすぐに晴れ、皆が疑心暗鬼になって七人目を暗中模索し始めた。
木村さん、北野さん、君島先生、清美さん、京子さん…。「キ」が入る名前なんて、そこらじゅうにいた。
佐々木さんがメグ「ミ」ではなく、ササ「キ」になったという説まで出てきて、「ミ」が名前に入っている人まで疑われ始めた。
だとしても、葉子さんが疑われることはなかった。
そう。ウチの学校では亡くなる人がときどきあった。
不自然なことはあまりなく、事故死だったり、自殺だったり、病死だったり。
必ず名前に「シチニンミサキ」のいずれかの文字が名前に入っていて、順番に亡くなっているように思われた。
これは何十年も前に始まったことらしく、一番最初のときは修学旅行だったらしい。
帰りのバスが横転して、亡くなったのが七人。そのときの七人の名前のうちの一文字ずつを組み合わせると「シチニンミサキ」になったって。誰かが都市伝説だかになぞらえてそんなことを言ったらしい。
バスが横転したそのときに同時に七人亡くなった訳ではなくって、即死した人もあれば、応急処置が間に合わなかった人も、そのときの重症から病に転じて救われなかった生命もあったそうだ。
そうして、一人が亡くなると別の一人が、また別の一人がって、けれども一人ずつの名前のいずれかの文字を組み合わせると必ず「シチニンミサキ」になったんだって。
皆が七人を特定したがるのは、自分の生命を安泰にしておきたいから。だって自分が七人組の一人だとすると、それは、生きてこの学校を卒業できないことを意味する。
もしくは、学校外の誰かを殺さなくてはならない。
十何年か前にそんな人があったんだって。七人組の一人と噂されていた人が電車の人身事故に見せかけて、ウチの学校とはまったく関係のない人をホームから突き落として殺してしまったんだって。その人は無事に卒業したって。
だからこそ、夏休みが始まってしまう前に七人目を見つけておきたい。そんな風に焦っていたのは私だけではなかったはずだ。
そして、あんなことが始まってしまった。
「キ」が名前に入っている人への攻撃が。
最初はちょっと小突いたり、足を引っ掛けたりする程度だった。
七人目の人だったら、すぐに死んでしまうだろう。皆がそんな風に考えた。
リストが作られ、七人目捜索隊が作られ、「キ」が名前に入っている人は順番に攻撃を受けた。
「キ」の人全員なんらかの攻撃を受けると、今度は「ミ」の人が対象となった。
一巡したけれど、亡くなったり、重症または重病を負う人はなかった。捜索隊は、登校できなくなった人の家を訪問までしていた。
二巡目は攻撃の度合いが強くなった。平手打ちや、つねったり、多少力が強くなったそうだ。
先生たちは見て見ぬふりをしていた。だって、「シチニンミサキ」は教師もその対象であり、七人目が特定されないこにとは自らの生命が脅かされているのと変わらないのだから。
「やめてあげて!」
日直をやっていて放課後に残っていた葉子さんが、踊り場で三好さんにいままさに平手打ちをしようと右腕を振りかざしている捜索隊の清香さんに声を荒げた。
声の方に振り向いた清香さんが葉子さんの背後に六人の姿を見た。
そう、そこには七人が揃っていた。
清香さんはその場に倒れ、救急車で運ばれて行ったが、高熱が続いた二日後に帰らぬ人となった。
葉子さんは、その後、なにごともなく学校生活を送り、卒業し、養女として迎えてくれた叔父と共に裕福に暮らしているそうだ。
あのとき、誰が気づいただろう。
葉子の「葉」という文字には「木」が入っていることに。