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プロローグ

 上を見上げれば清々しいほどに()んだ青空。流れゆく白い雲。そよそよとした風が僕の頬を()ぜる。


 見下ろすように遠くをみれば、交差点で多くの人や車が行き交っているのが見える。イヤホンをつけて携帯をみながら歩く人。人混みにぶつかりそうになりながら自転車を漕こいでいる人。小さな子供が泣きながら親を探している様子も見える。


 また建物と建物の間で所々に木々が植えられ、緑化都市の様相(ようそう)を見せている。


 下をみれば地面が遠く…遠く離れている。



 (……やっぱりこわいなぁ。なんでこんなとこまで来てしまったんだろう。でも、もういっそ楽になってしまいたい)



 そう思ってしまうのも仕方ないと思うくらい、僕の、河原 辰馬(かわはら とうま)の人生はお世辞にも良かったなんて言えない。







 小さな頃から誰も僕のことをみてくれなかった。両親はいつも遅くまで仕事で物心(まのごころ)ついたときにはほとんど家にいなかった。帰ってくるとケンカばかりしている親で、何かあればすぐに僕を()ぐった。そのくせ外面(そとづら)は良かったからただの駄々を捏ねる子供だと周りの大人は思っていたと思う。


 お風呂に入るのは週に一度。休日のご飯は夜だけ。学校でお昼の給食が出るときは夜もなかった。お腹が空すいて泣き()めいたときは一段と強く殴られて、1週間寝込んだ時もあった。


 そして小学生になった


 ぼくは小学校が終わるとホームレスのようにお金を探して歩いた。お金を見つけて、何か食べるものを買わないとお腹が空いてどうしようもなかった。

 自販機の下にお金が落ちてないか……。釣銭(つりせん)を取り忘れてないかみてまわった。必死(ひっし)になって探し回っていた。


 お金があれば喜んで(よろこんで)駄菓子を買いに行った。見つからないときは次の日まで空腹に耐える毎日だった。



 そして当然そんなぼくに友達は出来なかった。


 小学2年生の頃からイジメも始まった。

 くさい。ばか。しね。ちかよんな。ばい菌がうつる。そんな言葉を毎日浴あびせられた。近くを通れば押し倒され、文句を言ったら殴られた。…先生はいつも知しらんふりをしていた。



 一度殴り返したときがあった。



 その時には先生は大げさに問題を取り扱っ(とりあつかっ)て、全部ぼくのせいにされた。悪口を言ったのも殴ったのもぼく。そうして親も呼ばれて相手の親にも謝った。



 ぼくは悪くない。



 そう言った気持ちもあったけれど、誰からも謝れと言われた。親にも言われて泣きながらぼくは謝あやまった。家に帰ってから両親からいつもより一層殴られた、蹴けられた。


 どうしようもないくらいにいたかった。からだも。


 ずっと言われ続けた。


 お前のせいだ。あんたが悪い。こんなやつがいるせいで。

 そんな言葉だけがずっと心に残る。



 お前のせいで……。


 あんたが全部悪い……。


 こんなやつなんか死んでしまえ………。



 ぼくは死に(しに)たかった。


 どうしようもなく死にたかった。


 誰かに構って欲しかった。誰かに気づいて欲しかった。誰かに分かって欲しかった。


 でも誰も構ってくれない。気づいてくれない。分かろうとしてくれない。だからぼくは気づいた。


 誰もぼくなんかを必要となんかしていないことに……。



 死にたい。生きたくない。どこか遠いところに行ってしまってだれも、何もいないところへ行きたい。


 そんなことばかり考えていた。それでもすぐに死ぬ覚悟なんか出来るわけもなかった。ぼくは諦めていた。全部を諦めてただ淡々といきていた。


 両親から殴られて、学校に行けばイジメにあい、学校から出ても何処かにいくあてもなくて、お腹が空いて食べ物を探す毎日。どうしようもなくみじめで、どうしようもなくつらくて、そんなことさえ考える余裕もなくなっていった。



 中学生に上がってからも同じだった。

 だれもぼくを見ていない。必要としていない。だれも……。生きてることが辛くて、ずっと死ぬことばかり考えていた。


 どうすればいいのか、どうすれば楽になれるのか、どうすれば死ねるのか……。そんなことばかりを考える子供だった。


 また、中学生になったころからイジメはエスカレートしていった。


 これまで間接的だった嘲笑や悪口はもっと直接的に殴ったり、蹴ったりするようになっていた。



 反発すればその分相手はもっと残酷なことをするのは分かっていたからぼくは言いなりになった。殴られて、蹴られて、時にはトイレに顔を突っ込まれたこともあった。そのことを面白おかしく言いふらす奴らにはもう腹も立たない。


 もうどこかでぼくはおかしくなっていた。だからなにも感じなくなっていた。殴られても痛くない。どこか違う誰かが殴られているような錯覚さっかくを覚えた。悪口を言われても違う誰かに言われているような、そんな客観的に捉えているような感覚だった。



 今思えば、きっと心が麻痺(まひ)していたんだと思う。そうすることでしか、ぼくはぼくを守ることが出来なかったんだ。



 何もかもが空白でぼくの心の中は空っぽだった。でもきっと何処かでぼくは救いを求めていた。


 何かとんでもないことが起こって、ぼくがヒーローになる夢を。何か凄いことをぼくが起こして誰からも賞賛される未来を。何か……。そんなことばかり夢想して、起こるはずのないことを考えていた。



 そして高校生になった。



 ちょうどそのころだった。両親は離婚した。もともとケンカの絶えない2人だったから、当然といえば当然だ。

 ぼくは母親に引き取られてすぐさま新しく父親になる人に合わされた。その時には身支度もきちんと施され、身綺麗な状態であった。



 それからの生活はまるで嘘のようだった。



 毎日お風呂に入って、朝は湯気のあがる白米に、まん丸な目玉焼きにそれに添えられたベーコン、豆腐の入った味噌汁が出てきて、夜ごはんには熱々の唐揚げやカレーなど手のかかる料理を母が作って、父親と一緒に食べた。


 空腹からは解放され、普通の一般的な生活を送れるようになっていた。

 だけどその頃にはもう味覚も感じなくなっていた。



 美味しいはずなのに、なにも感じない。甘さも美味さも辛味も酸味も、あったはずの味覚は消えていた。


 美味しくないものを美味しいそうに食べるのは苦痛だったけど前の生活よりマシだと思い生きてきた。



 高校生活ではぼくの事を知っている人はいなかったから、平凡だった。積極的に誰かに話しかけることもせず、一日中誰とも話さない日も多くあった。


 そんなぼくの心はぽっかりとした穴が()いているようだった。

 上手くいっているはずなのにどこか全部が狂ってしまったような、モノクロの世界から灰色だけの世界へと悪化してしまったような、そんな感覚だった。


 前までは生きることに必死で生きていることなんて考える余裕がなかった。


 ただ時間の出来たぼくには(むな)しさだけがあった。


 なんで生きてるのか?なんで死なないのか?考えれば考えるほど、どうしようもないやるせなさが募った。


 生きていることに意味があるのか?

 死ぬことに意味はあるのか?

 何のために生きているのか?

 死にたくない理由はあるのか?


 そんな事ばかりが頭をよぎった。



 放課後ぼくは歩いた、ただ理由もなく歩いた。


 いつも通る公園をよこぎった。いつもお金を探していた自販機の前を通った。よく学校のやつらがたむろっているゲーセンの横を隠れるようにして歩いた。いろんな人が行き交う交差点をただ歩いた。



 気づいた時にはとても高いビルの屋上にいた。


 上を見上げれば清々しいほどに澄すんだ青空。流れゆく白い雲。そよそよとした風が僕の頬を撫なぜる


 (高いところはこわいなぁ。でもこのまま生きていることに意味なんてあるのかな。辛いばかりの生活を続けていくことなんて……。落ちてしまえばもうなにも考えなくてすむんだろうなぁ。目をつぶって落ちたら何も感じなくて楽かもしれない)



 考えれば考えるほどぼくは落下の狂気に興味を惹ひかれた。一歩踏み出すごとに恐怖とともに興奮が広がった。ドキドキと胸が高鳴る。この高鳴りは恐怖なのか…それともこんな生活から離れられる嬉しさなのか…。



 一歩


 風が優しくぼくの頬を撫ぜる。ぼくの事を(いざな)うかのようだ。


 一歩


 太陽が優しくぼくに降り注ぐ。


 一歩


 冷たいコンクリートが立ち止まるなとぼくの足を進める。


 あと一歩


 喧騒に包まれた都市の誰もがぼくに気付かず、そしていつもの生活を続けている。イヤホンをつけて携帯をみながら歩く人。人混みにぶつかりそうになりながら自転車を漕こいでいる人。小さな子供が泣きながら親を探している様子も見える。


 いいなぁ。ぼくもあんな風に普通の人生だったらなぁ。


 惹かれるようにぼくは一歩を踏み出した。


 最後の一歩


 進んだ時、ぐらりとぼくの身体は傾きスーッと肝が冷えていくような感覚とともにぼくの身体は宙に浮いた。景色が高速で過ぎていって早く、より早く重力の法則のままに加速していく。


 どんどんと地面が近づいていくーーーーー。


 ふと上を見上げれば




  あぁ、空が綺麗だ。




 そしてぼくの視界は真っ暗になった。



  ーーーーーーーーto be countinued

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