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凱旋の五重奏 ~最強と呼ばれた少年少女達~  作者: 渚石
第一章  ~伝説の魔剣~
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第6話 再生へと導く亀裂

事前情報と題名が違う・・・?ツッコんじゃダメ。絶対。

「なんなのよあいつ」


 学院内に存在する休養室のベッドから目覚めたシルバが開口一番にひねり出した言葉は、言い訳や泣き言ではなくフェリスへの罵倒だった。

 吐き捨てた言葉とは裏腹に、その表情からは悔しさや自分の情けなさ、至らなさ。そして自分に対する怒りが混ざりに混ざって心中複雑であることが見て取れる。


「気がついたんだね。案外早くて助かったよ~」

「……私はどれくらい眠っていたの」

「そうだね、一時間くらいかな?」


 いつも通りの明るい声で接するレイヴン。きっと、シルバを思ってのことだろう。

 あの場にいたレイヴンにとっても、シルバが力押しで負けるところを見るのは初めてだった。あの喧嘩が幕を閉じた直後、珍しく放心状態となり呆けていたことは誰にも知られていないがレイヴンにとってはそれほど衝撃的な光景だったのだろう。

 一方、それはシルバも同じだ。速さのレイヴン、技のフェリス、そして力のシルバ。シルバの独断と偏見だが、それぞれの特徴を推せばこのような分類になるだろう。

 そんな分類をしておいて負けたのだ。それはもう悔しいことこの上ないだろう。


「思い詰めるのもよくないよ。フェリス君、最近凄く強くなってるしさ」

「……でも……」

「でも?」

「……レイヴン、あなたは負けてないわ。彼に」


 予選が終了し、フェリスの剣魔舞闘本戦出場が決まったその日、レイヴンがフェリスに対決を申し込んでいた。なんでも中級魔剣技がどのようなものなのかを喰らってみたい、ということだった。

 もちろん断る理由もなければ受ける理由しかないフェリスは快諾。レイヴンと勝負できることの嬉しさからかルールすらもレイヴンに決めさせようとする暴挙に出たのだが、そこは流石にレイヴンによって止められた。

 その対決は、シルバの言うとおりレイヴンの勝利で終わった。「君の技を食らってみたい!」と言いながら、フェリスの【紫電(ブロス)】を返り討ちにし、「うわぁ流石フェリス君!強いなぁ!」と国によっては殺されかねないほどの煽り(本人に煽りのつもりはない……余計にたちが悪いのである。)をするレイヴンはさながら悪魔のようであったが、そこは10歳児の優しい世界。フェリスが「いやぁ、敵わないなぁ」と笑顔で返し会話はそこで終了。そう、これぞ優しい世界。


 しかし、レイヴンがフェリスに負けていないのは事実であるため、レイヴンはシルバに返す言葉を見つけられない。女の子を慰めることなど今までしたことがないのだ。なんなら年上の「女の子と関わったことのない(ガレット)」に慰められたことしかないのだから。

 そんなレイヴンはどう答えれば良いかわからず、斜め下を向き床を見つめている。


「……ごめんなさい。意地悪なこと言ってしまったわ。深い意味は無いの。忘れてちょうだい」


 しまった、と思ったのだろう。レイヴンの様子を見た瞬間「はっ」とした顔になり、すぐに弁解を始めた。


「ううん、僕の方こそごめん」


 レイヴンも自分の発言に思うところがあったのだろう。さらにあの喧嘩のあと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がレイヴンを更に申し訳なさの果てへと誘う。それをシルバにも今すぐに教えたい。そういう衝動に駆られる。見ていていたたまれない。可哀想というよりは自分の罪悪感を消したいから。色々な思考が駆け巡る。

 しかし、そう残したレイヴンはドアノブに手をかけ、外に出ようとする。居づらくなったのだろう。いや、シルバを一人にさせてあげようとしているのかもしれない。どちらにせよその行動は正解だったようだ。


「……ありがとう」


 シルバ自身、今は一人で考えたかった。どうしてフェリスが急激にあれほど強くなったのか。無詠唱で発動したあの魔剣技は一体何なのか。最後に聞こえたあの声はなんなのか。不思議でしかない。

 しかし、シルバがいくら考えたところでわかるはずもなかった。ましてそれが「自分に関与している」なんてこと考えもしなかったのだから。

 だからこの時のシルバは思いもしなかったのである。()()()()()()()()()()()()()のだということを。

 沈みきってしまいそうな夕陽が、彼女の頬をぬるりと撫でるように照らすのだった。




 時を同じくして、シトシス学院内のある部屋。


「シルバには申し訳ない事をしてしまったな……」


 暗い部屋で苦笑の中に自嘲のようなニュアンスを伴わせて呟くのはフェリスであった。


「仕方あるまいよ。それがあの子のためになるのだから。」


 この学院では「仕事や研究が捗るように」とのことで教員一人一人に部屋が与えられている。実際は休憩室としか使っていない教員がいたり、むしろそこに寝泊まりするような教員もいるのだが今はおいておこう。

 フェリスはシルバに対する申し訳なさと自分の中に存在する罪悪感をどうにか薄めようと、元凶である教員へ言い訳兼懺悔を繰り返していた。


「そうはいっても……。あぁ、またこれで罵倒されることが多くなるんだろうな…」

「ははは、君らはほんとに仲がいいからなぁ」

「笑い事じゃないですよ全く…元々は誰のせいだと…」

「間違いなく私ではない。私は全く悪くないのだ。悪いのはむしろ社会だろ?」

 

 そう、いつもの様子からは想像すらつかないほど屈託ない笑顔で笑う教師は、おもむろにフェリスの頭を撫でた。わかっている、辛い思いをさせてしまったなと言うように。


「いいのです?そんなことをしてしまって。一応ここでは先生で通しているはずなのでは?」

「何を言っているフェリス。この空間には私と君しかいない。私の家となんら遜色ない状況ではないか。つまり私はクレア先生ではなく、今はただのクレアだよ」


 クレア、というその名はまさにあのクレアだ。レイヴンたちのクラスの担任であり艶やかな黒髪を垂らしたスレンダー美人。剣魔舞闘予選の進行をしていたあのクレア・マリアナその人である。

 クレアはフェリスの頭をポンポンと優しく撫でると、少し微笑み我が子のように見つめ続ける。フェリスは下を向いているためその顔を見られることは無い。見られれば死にたくなること折り合いなしだろう。


 勿論フェリスにはちゃんとした、二人の親が存在する。実際の母親はクレアであったのだ!なんてことはない。しかし、子供がいないクレアにとって、小さな頃から長くを過ごしてきたフェリスに母性、父性を抱くことはそう難しくなかった。下手すればいつでも自分の子供だと思えてしまう。それほどに。

 一方でフェリスは、失礼なことだろうが特にクレアのことを母親のようだとは思っていない。怠け者で時に厳しいスイッチガールだと思っている。


「それにしてもシルバ嬢はえらくお前を罵っているようだが、フェリスお前……なにかしたんじゃないだろうな? そのなんだ……そういうのはもう少し年を取ってからだな?」

「おかしい。何故僕がなにか粗相をした前提で話が進んでいるのだろう」

「いやまさかやるとこまでやってるのか……。お前さてはクズだな?」

「今のは否定じゃなくて肯定として受け取られてしまうのか……もうそれでいいです……」


 もはや諦めたようにシクシクと泣くフェリス。よく見れば涙は出ていないので嘘泣きだろう。こんな時まで空気を読むフェリス。余裕である。


「まあ、冗談はさておき」


 そう言ったクレアの表情は既にスイッチが切り替わり、先生モードとなっていた。いつも通りの冷静で落ち着いた声でフェリスに語りかける。


「シルバ嬢の件についてはレイヴンにアフターケアをさせるよう頼んでおいた。お前ばかりに重荷を背負わせることなど出来ないという判断の下だ」


 クレアが先程から「シルバ」のことを「シルバ嬢」と呼ぶのは、文字通りシルバが令嬢であるためだ。シルバの家名であるオキュラス家―人導士国家ガレンド設立を果たしたレオス・クレイと共に行動し、偉業の数々に関わってきた一族である。

 今では国家の中枢役員を果たしており、色々な仕事を請け負いしっかりこなすことから人望は厚い。そんな両親を持つ娘が何故ああなったのかは甚だ謎ではあるが……。


「レイヴンにも申し訳ないことしちゃったなぁ。まあ予選の後にぼこぼこにされたお返しだと思って気を楽に保とう……」

「なんだ? また負けたのか? 私が師匠になってもうすぐ二週間だぞ?そろそろレイヴンくらい倒したらどうなんだ」


 師匠からの手厳しい言葉にムッとするフェリス。師匠の前では表情に出やすいようだ。

「だってレイヴン強いんだもん……」と柄にもない口調で拗ね始めた。事実、フェリスがレイヴンに勝てた試しは今まで一度も無い。それはクレアも知っていることあり、更に言えば「勝てないことなど分かっている」というのが率直な感想だ。なにしろ、()()()()()()()()()、と。


「まあ今はそれでもいい。問題は彼女の方なのだからな。」


 さっきとは違う、強い口調だ。


「シルバは……シルバの両親はなんと言っているんですか?」

「全て私に一任してくれているよ。鍛え方についても、接し方についても。だから君は気にすることなく動くといい。全て私のせいにしてくれて構わない。そのためだけ、とは言わないがお前を弟子にしたのは少なくともシルバ嬢育成計画が関わっているのだからな」


 その言葉にさらにムッとした表情になるフェリス。少なくともフェリスはシルバのことをよきライバルであると共に友人だと思っている。自分が強くなることでシルバが強くなる。だから私の弟子にならないか。

 最初そう聞かされた時、フェリスはものすごく嬉しかったのだ。レイヴンに少しでも追いつける。シルバとレイヴンと自分で競い合って、高めていけたらどんなに楽しいか、と。

 しかし、計画を聞いた瞬間その感情は一気に虚無感に変わったのだ。


「シルバ・オキュラスを叩きのめせ。私が強くしてやる」

 そう言われた日、フェリスが一日中引きつった愛想笑いしか出来なかったことを思えば、相当なダメージだったことこの上なかっただろう。

 見かねたクレアが全てをつまびらかに喋らなければきっとフェリス自身が壊れていただろうと言うほどに。


 だからこそ、シルバをまるでモノのように言うその言い方が気に入らなかったのだ。しかし、事の重大さはフェリスも分かっている。分かっているつもりだ。だからこそ、その不満を口にするようなことはしない。

 だがやはり、疑う余地があると思うのもフェリスの本音だった。何しろ、その「事」というのがまさか、と思われるものだったから。


「本当に……()()()()()()()()()()()んでしょうか。」


「………………今はまだわからないとしかいえない。だが、お前にとっても強くなることは悪いことではないだろう。例え戦争が起きなかったとしても、な」


 そう言われてしまえば何も言えない。唇を噛み、同時に苦虫を噛み潰したような表情になるフェリス。理論は分かっている。しかし、感情が追いつかない。


「……なんにせよだ」


 そんなフェリスをみかねたクレア「まだ子供だな」とでもいいたげに短いため息をつく。しかし、呆れはしない。そういうもどかしい感情は通過点として誰にでも存在しているとしっかり認識しているから。


「お前が強くならなければもし戦争が起こったとき、守りたいモノを守ることが出来ない」


 わかっている。そんなことフェリスは十も百も承知だ。誰かを倒したいとか、世界の頂点に立ちたいとか、有名になりたいとか、そんな目的のために強くなりたいわけじゃない。

 オルタナ一家が示す、「市民のために」。その矜持こそが最初にフェリスを動かしたのだ。その根源にある感情は「守りたい」。守るため、導くため。そのためにフェリスは幼い頃、剣を、レイピアを握ったのだ。

 自然と拳が握られ力が入る。血が滲むような力は無いが、それでも血流が止まり白くなっている部分が比喩ではなく本当に真っ白になるほどの力が入っている。


「レイヴンは強い。……だがな、あいつも一人の人間だ。守ってやらねばならないこともある。それこそ、シルバ嬢についても同じだ。二人とも芯にはとても強いものをもっている。……だが、それはお前もだ」


 ふとフェリスは不満と疑問が混ざり合った表情の顔を上げる。何故自分の話になるのか、と。


「お前だって一人の人間だ。守りたい者を守れなかったとき……」


 しかし、話の途中でクレアの顔がふと陰る。その表情の変化を皮切りに会話は途切れた。

 クレアは「いいや、なんでもない」とフェリスに聞こえるか聞こえないか程度の小さな声で呟き、さらにフェリスから顔を背けた。いや、顔だけでなく体全体を。まるで過去を見返るかのように。


 一方でフェリスは今まで見たことないクレアの姿に驚きを隠せなかった。この人が自ら顔を背けることなんて一度も無かったからだ。

 考えてみれば自分はクレアの過去など知らない。さして気にしたこともなかったのだ。今となっては師弟関係を結んではいるが、昔はよく遊んでくれるお姉さん、そのような認識しかなかったからである。今思えば、何故クレアが自分の家と交流を持っていたのかすら疑問に思う。


 しかし、クレアは自分のことをよく知っている。昔から一緒に遊んでいて、両親からも色々聞いているだろう。―そしてなおかつ同じ「二重使い(ジクロス)」であるから。


 この世の中には適性属性または適性概念を生まれながらして2つ、3つ持っている人々がごく希に存在する。それぞれ「二重使い(ジクロス)」や「三重使い(トリクロス)」と呼ばれ、時には尊敬の眼差しで見つめられ、そして時には軽蔑の対象となってきた。適性属性に比べて適性概念の二重使い(ジクロス)は非常に少ないため、よほどのことが無い限り疎まれそして蔑視されるのだ。曰く「呪いの忌み子」と。

 そして、フェリスとクレアはその「概念の二重使い(ジクロス)」なのだ。

 今はそういった迫害の風潮は薄れてきている。しかし、貴族出身のフェリスはそのようなことを公表しにくい。理由は明白だろう。またクレアも同様の理由で学校には公表していない。知っているのは学長くらいなものだ。


「すまない。だが、今はとにかく私の言うとおりに事を進めてくれ。シルバ・オキュラスのことはちゃんと私が保証する。肉体的にも精神的にも壊しはしない」


「…はい。わかりました。」


「…………今日の鍛錬は中止にしておく。明日からの指示と鍛錬に備えてしっかり心の整理を付けておいてほしい。」


「……」

 バタン。

 強く扉が閉められる。それは言葉に出来ない怒りや不満を態度で示した結果なのだろう。ドアが閉められた音がそうそう響くわけもなく、すぐに静寂な空間が訪れた。

 その中で、最後の言葉には返事をせず退室するフェリスを見送ったクレアは、感傷に浸りながらこう口を零した。


「フェリス、今のままではお前の本当に救いたいものを救えないんだ……。救えなくなったあとから気づいても遅いんだよ……。その時きっとお前は壊れてしまう……。そのことにどうか、どうか早く……」


 大量の書物が収納された棚に背をもたれるクレアは、沈み行く夕陽に向かってそう呟くのだった。


最後まで読んで頂きありがとうございます!作者の渚石です。

今回のお話はいかがだったでしょうか。楽しんで頂けたら、そしてフェリスを好きになって頂けたら作者は満足です。感想・評価をいただければ更に満足です。満足するあまりきっと爆散します。それはもうビッグバンも恐れおののくくらい。

少しずつ背景が見え始める頃合いとなってきましたが、あと少し意味深な発言に付き合って頂けたらなぁと思います。その・・・物語の続きを予測するとか結構醍醐味じゃないですか・・・?

いつものことながら誤字脱字報告お待ちしてます!!一応確認はしていますがどうしても見落とすことがあり・・・申し訳ないです。

意見や批判、アドバイスも素直に受け止め反映していくつもりなので是非ともお願いします!

改めて、渚石と「凱旋の五重奏」をこれからもよろしくお願いします。

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