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凱旋の五重奏 ~最強と呼ばれた少年少女達~  作者: 渚石
第一章  ~伝説の魔剣~
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第4話 シルバ・オキュラスとフェリス・オルタナ

今回は説明が少なめです。ここから、できる限りストーリー重視で書いていこうと思います!

 あの日から三ヶ月もの月日が過ぎた。時の流れは不思議なもので、熱中していることがあると存外早く過ぎていく。ほどよい気候を保っていた人導士国家ガレンドは、今では暑いと言うよりはむしろ、蒸し暑い気候が広がっている。満開だった桜はいつの間にか深緑の葉をつけ、風に吹かれるたびに葉と葉がこすれ合う心地よい音を響かせている。さらにあたりいっぱいに草原という草原が広がり、下を見ても上を見ても緑が目に映るという平穏を体現させたような土地である。


 だがそんな土地で、平穏とはほど遠い光景が広がっていた。


「おらどうしたレイヴン!!」

「ちょ!! それは反則だって! ごり押しダメ絶対!!」


 10歳の少年に嬉々として、また鬼気とした表情で剣を振るう青年。青年の手にはどでかい大剣が握られ、しかし、それを意に介さないかのように片手で振るっていた。その太刀筋は明らかに、当たれば致命傷では済まない勢いと重さを誇っている。


「あぶねっ!」


 そんな剣筋を見極め、紙一重で避けているのはついこの間まであどけない表情をしていた少年、レイヴンである。レイヴンは小さな短剣を二振、両手に抱えている。所謂二刀流と呼ばれるスタイルだ。しなやかな腕から伸びる両手でしっかりと柄を握り、極太の大剣を流し、時には受け止めている。

そんな様子から以前に比べれば、色々と逞しくなったように思われる。というのも、先ほどからの甲高い金属音、激しく空を切る音、土が抉れる音の元凶である剣戟のおかげであろう。


「-神性を纏え。【纏魔(オーラル)】どっせゃゃぁあい!!」


 青年が声帯全体を使って響かせた叫び声と共に、握られている剣が青白く光り出す。繰り出されるのは魔剣技lv1を習得することで使えるようになる魔剣技【纏魔(オーラル)】だ。単純に己の魔力を適性属性に変換し、それを剣の威力に乗せる技である。青白い光であるところから察するに青年の適性属性は水のようだ。


「甘いよっ!」


青年が大剣を大きく振りかぶった瞬間、とても小さい、だが確かな隙ができた。レイヴンはその瞬間を見逃さない。両手に持った二つの短剣を重ね合わせるように構え、地面を強く蹴った。


「-風の御霊よ、宿れ。【刀風(アネーマ)】」


刹那、レイヴンの姿が消失した。適性属性が“風”のものだけが使える魔剣技である。体全体を周りの空気と同調させるよう風属性の魔力で覆い超速的加速度を実現。さらに、刃に風を纏わせることで、振るたびに風の刃を放つ恐ろしい技だ。

消えたという事実が青年に焦燥を抱かせる。気づけば、10メートルほどあった二人の距離は一瞬にして縮まり、息がかかるほどの距離にあった。すかさず、レイヴンの双剣が一閃。放たれた斬撃は青年の腹部への大きなダメージとなるはず


-だった。


 レイヴンが斬撃を放つ際にタメをいれたその隙を利用して、青年は【纏魔(オーラル)】を中断。即座に体を捻り、文字通り紙一重で回避した。大きくからぶったレイヴンは体勢を崩し、それに伴って大きな隙が生まれる。それを狙っていたと言わんばかりに青年は再び剣を上段に構え、振り下ろす体勢を取った。その間コンマ一秒。無駄のない洗練された動きだからこそ、為せる速さだ。


「せりゃぁっ!!」


 魔力を纏わず振り下ろされた大剣はレイヴンの心の臓を貫いた。普通ならば辺り一面が鮮血で染められていてもおかしくはないのだが、漏れたのはレイヴンのうめき声だけだった。


「うぅっ……」

「大丈夫か?」

「うぅ……ガレットひどいよ……そりゃ理想武器だから傷つくことはないけどさ。それなりの痛みがあるから辛いんだよ……」


 理想武器、とは物理ダメージを精神ダメージに変化させる剣の状態である。この世の全ての武器には理想状態と定常状態というものが存在する。というよりは、変化させることが出来る。切り替えは極めて簡単で、理想状態もしくは定常状態のどちらかをイメージして武器に魔力を送るだけだ。


 言わずとも分かるとおり、理想状態にある武器が理想武器、定常状態にある武器が定常武器と呼ばれる。理想武器は先ほど言ったとおりだが、定常状態は理想状態とはその真逆でダメージをそのまま肉体に与えるのだ。

 だが、最近では人導士領での小さな紛争、内戦でも定常状態は使われない。例え敵であっても血は見たくないということであろう。


「しょうがねえだろ~。もう手加減できる手合わせじゃなくなってるんだからよ、つべこべ言わず立った立った」


 そうレイヴンを励ます(?)青年の名はガレット・ルージュ。大男ガレスの一人息子である。歳は16で、体格は父親よりはずいぶん細いが、細身だからこそ肉体による曲線が美しく見える。鼻が高く、ハンサムと言うよりはイケメンといった感じの顔立ちはきっと母親に似たのだろう。髪は真っ黒だが、現在進行形で薄くなり始めている父親を見ながら「俺も将来は……」と嘆いている様子が最近多々見られる。

そんなガレットは現在、レイヴンの指導係となっている。最初はガレス直々に特訓していたのだがあまりにも厳しい……いや、もはや非人道的とも言える特訓メニューをみかねたガレットが自ら名乗り出たという経緯がある。


その経緯というのがまた悲惨なもので、ガレットが特訓だ特訓だといつにもなく上機嫌なガレスを見たとき、他の家の子まして王族の子供を、自分の時のように初日からしごくことはないだろうと高をくくっていた事が徒となった。

ガレスとレイヴンの特訓開始から1時間後、叫び声でもなくうめき声でもなく、よく響くバリトンボイスの泣き声が聞こえてきた時は何事かと思ったガレットであったが、その様子を見に行くと、原因はレイヴンをまるで我が子のように抱きかかえおいおいと咽び泣くガレスであったことは言うまでもない。

後からレイヴンが話していたことであるが、特訓内容は腕立て伏せと腹筋であったようだ。腕立て伏せがちょうど1000回目に突入した頃から意識がないらしく、そのメニューを課したガレスが「体を温めていたらぁぁぁあ!!温めていたらぁぁぁああ!!!」と泣き叫んでいたことからまだまだアップ段階のつもりだったらしい。実にアホである。


 レイヴンが記憶を飛ばしてしまったことにしっかり消沈したガレスはガレットの「俺が明日から練習付けるけどいいよな?」という提案に頷かざるを得なかったということは言うまでも無いだろう。こうして、この三ヶ月間ずっとガレットがレイヴンの特訓相手になっているというわけだ。


「前から言ってるけどな、レイヴンは隙に飛び込みすぎだ。その隙が罠だったらどうする?格下ならまた話は別だろうが、お前と同等以上なら確実に殺られるのはお前なんだぞ?」


 これはレイヴンの今の課題でもあった。最初の頃に教わった相手の隙を伺う技術。レイヴンはその技術を三日とかからず会得してしまったのだ。


それもガレットと同等、いや、それだけで言えばガレットをも凌ぐほどに。しかしそれが意外な弱点となった。元から持ち合わせる反射神経の良さも相まって、隙を見つけてしまったら飛び込む癖ができてしまい、それからというもの隙を見たら飛び込んでしまうのである。例えそれが故意的に作られたものであったとしてもだ。


「わかってるよ……わかってるんだけど……。体は……体はいつだって正直なんだから仕方ないじゃん!!」

「おお、わかったわかった。わかったからそれを大声で叫ぶのはやめような? 要らぬ誤解を招くから」


 お前わざとだろ?とツッコミたくなるような表情で涙目になるレイヴンをどうどうとあやすガレット。いつもの光景である。


「相手が作る隙ってのも大事なんだけどな、レイヴン。お前自身が相手に隙を作らせることだって大切なんだぞ。」

「どういうこと?」

「例えばだ。今の戦いでもそうだったが、俺が上段に剣を構えたとき僅かに隙を作った。ばれるかばれないか程度のな。でもお前はそれをしっかりと感じ取って瞬時に突っ込んできたな?じゃあここで問題。戦闘中に人が最も無防備になるのはいつでしょうか?」


レイヴンのはっ!となった表情から察するに、問いの瞬間考えるまでもなくピンときたようだ。もともと戦闘センスにおいては光るものがあるため、感覚的にわかるのだろう。


「隙を突こうとした瞬間……」


伝えたいことが伝わったな、と言いたげな表情で頷くガレット。

実は彼もレイヴンほどの年頃の頃に同じようなことを父親であるガレスに言われている。今の言葉は当時ガレスがはなったものと一言一句違わず同じ受け売りなのだが、本人の体裁を保つため秘匿事項としておこう。


「そう。というわけで、まずは隙に飛び込まないこと。作られた隙ではなく作らせた隙ならすぐさま仕掛けろ。ただ、一瞬でもタイミングが遅れたら行ってはいけないということだけは覚えておけ。ほぼ返り討ちに遭うぞ。」


 経験があるのか、いつになく真剣な面持ちで注意を促す。実は、彼が人導士国立シトシス学院の初等生だったころ、剣魔舞闘と呼ばれる武の祭典に出場するための予選突破をめぐる戦いにおいて、それが原因で負けたことがある。その戦いで優勝していれば魔道士と人導士の垣根を越えた大会に出ることが出来たのだが、叶わず悔し涙を呑んだのだ。それは真剣な表情にもなるだろう。


 そのなんとも言えない迫力を含んだガレットの表情に気圧されたレイヴンは少し戸惑い、強張りながら頷いた。それを見たガレットは「はは……」と申し訳なさそうに後頭部を掻いた。時々忘れそうになるが、目の前の少年はまだ10歳の子供だということを再度頭に入れる。


「まあ、そのなんだ。最近学校はどうなんだ?友達とかできたのか?」


苦し紛れにぽろりと漏れ出した質問は、なんとかレイヴンの精神状態を緩和させることに成功したようだ。強張っていた顔が一瞬にして破顔した。


「うん、出来たよ!シルバちゃんっていうんだけど、僕の風属性魔剣技を相性の悪い水属性魔剣技で相殺してくるくらい強いんだ~。今日一緒に登校しようって約束してるんだけど……あ、今何時なの?」

「今?8時20分だが……、何時に出発する約束だ?」

「9時半だよ。もうそろそろ……」


 ちらちらとガレットを見やるレイヴン。「もう帰らないと間に合わないなぁ……」という意味が込められていそうな目線を向けている。男なので色気はないはずなのだが、妙に可愛らしいレイヴンの上目遣いにガレットは反論することができない。王子の色仕掛けはいろんな意味で破壊力抜群だ。

 しばらく見つめ合っていた二人だったが、結局先に折れたガレットが目をそらしあごで家の方向を指す。家に帰るぞ、と言う合図だ。

 二人が特訓していた場所は家からレイヴンの全力疾走で約30分程度。最初の頃は来るだけで死にかけていたレイヴンだが、今ではちょうど良いランニングコースになっている。今となっては会話を挟むことも可能となった。

 その帰り道。

(いまこいつ“ちゃん”っていったよな?確実にシルバ“ちゃん”って。女の子なの?もしかして女の子なの?え、俺10歳児に先超されちゃう系?いやいやいや、流石にそれはない。確かに生きてこの方女の子と喋って事のない俺だが、10歳の初等生に先を越されるなんてな?)


 戦う男にはよくあることなのだろう。初心なガレットは10歳児への嫉妬を世間への疑問へ昇華。しかし自制より先に口が動いていた。体はコントロールできても感情はコントロールできないのだろう。父親に似てわかりやすい男である。


「レ、レイヴン?その、なんだ。シルバって子は女の子なのか?まあ名前からして男だよな?ははは、すまんすまん変なことをきいt」

「女の子だけど?」


 レイヴン、会心の一撃。ガレットは(精神が)死んだ。


「そ、そうか……。」


 ガレットは「泣いてない!俺は泣かない!!」と力強い宣言を心の中で唱える。そのむなしさというのもかくや、目からこぼれ落ちる無数の液体がそのむなしさをさらに増加させていた。

 涙で濡れた服を乾かすように、レイヴンへのあてつけのように走る速度をあげるガレット。大人げない。実に大人げない行動だ。

 気づけば家に着いていたが、その後、レイヴンの「いってきまーす!」の声と共にガレットの精神が完膚なきに叩きのめされたことはいうまでもないだろう。





 それから数日後の昼下がり。太陽は地面を強く照りつけ、大量の湿気を含んだ大気中での居心地をさらに悪化させている。時折吹く風によって一時的に緩和されるものの、多大な大気はそれを拒むかのように循環する。そんな、夏真っ盛りともいえる気候の中、レイヴンは校内に存在する闘技場へ足を運んでいた。

 いつもならば人っ子一人いないこの闘技場も、今日から三日間は喧騒が鳴り止まないであろう。というのも年に一度、夏に開催される初等・中等剣魔舞闘の予選が行われるからだ。

剣魔舞闘とは、魔道士、人導士領に存在する四つの学校から代表を選抜し、学生の頂点を決めようという催しである。全人類の憧れであり、同時に全人類のほとんどが至れない頂点だ。

最も、ここ近年魔道士と人導士の関係悪化によってピリついた雰囲気を孕んでおり、存続の心配がされているのであるが……。だがそこは世界きっての祭典。戦争でも始まらない限り続くとされている。


 勿論、剣魔舞闘に出場すること自体が魔力を体内に宿す者達にとって、非常に難しく、また目標や通過点でもある。全世界で魔力を介して中継されるため全世界に名が知れ渡り、スカウトや引き抜きなどのチャンスに恵まれるのだ。それがよい方向に行くか悪い方向にいくかはその人次第ではあるのだが。

 ともかく、そんな人生の分岐点とも言える予選が行われる場所にレイヴンは足を運んでいた。しかし、レイヴン一人ではない。隣にはレイヴンと変わらない身長の少女が歩きながらレイヴンの服の裾をクイックイッと引っ張っていた。


「レイヴン、本当にいいの?」


 少女はレイヴンに小さな声で尋ねる。周りのざわざわとした声に負けない、しかししっかりと聞こえるくらいの声で。


「うん、いいんだ」


 対して強い頷きをもって返す。


「今の僕が出ても中等生に勝てっこないからね」

「……嘘ね。レイヴンってば嘘をつくといつも右手の甲をズボンに擦りつけるもの」

「うっそ!? え!?」

「…………嘘よ」

「……………………」


 カマをかけられたと理解したレイヴンにジト目を向ける少女。彼女こそ、レイヴンの数少ない友人の一人であるシルバ・オキュラスだ。絹糸のような滑らかな美しい白髪に深緑の瞳を光らせている。腰には立派な打刀が添えられており、そのせいで10歳にしては落ち着いた、しかしどこか鋭い雰囲気を纏っているが、しかしながらやはり10歳。10歳らしい体つきだ。

 そんな少女からジト目を向けられたレイヴンは、素直に抗うことをやめた。シルバと行動を共にするようになって1週間ちょっと。彼女に異論反論口答えの類いで敵わないということを既に学習しているためだ。


「なんで剣魔舞闘に出ることをそんな頑なに拒絶するのか、未だに分からないわ」


 ふたりの初めての出会いは剣技実習の時だった。「三人一組になってください~」という教師による死の呪文が唱えられ、友人の少ないレイヴンは、なんとか二人組になれたのだが見事あぶれてしまった。だが、あぶれているのはレイヴンたちだけではなかったのだ。

辺りをキョロキョロと見渡すと、とがった氷のように鋭利な雰囲気を纏った少女が一人ぽつんと佇んでいた。私は一人でも大丈夫。構わないで。視線でそのようなことを言っている。だが、雰囲気が語っていたのだ。「助けて、仲間に入れて」と。


当然その少女を含んだ三人一組を組むことになったのだが、この少女、初等生らしからぬ目力同様、初等生らしからぬ強さを誇っていた。同年代、いや初等部ならトップクラスのレイヴンと張る……下手すれば越えるくらいに。


 それからというもの、この二人は行動を共にするようになった。だが、そんな少女はだからこそ、レイヴンの口から剣魔舞闘には出ないと初めて聞いたとき驚きを隠せなかった。その驚きと疑心は今でも消えてはいない。出ない癖にこの闘技場に来る理由もわからない。そんな気持ちでいっぱいなのだ。それは、レイヴンを認めているからこそだからだろう。


「んん~……何でって言われても……なんでだろうね?」

「はぁ?」


 あっけらかんとした態度のレイヴンに不満の声をあげるシルバ。沸点の低い自分の感情が沸騰してきているのが分かる。だが、シルバも伊達にレイヴンと一緒に行動しているわけではない。この誤魔化しはいつものことだ、落ち着けと自分に言い聞かせる。


 そうして落ち着いた頃には、既にレイヴンの頭にはシルバの質問のことなどすっぽぬけていた。舞う蝶の交尾を見ながら顔をだらしなく緩ませている。再び殺……怒りがこみ上げてくるがシルバは持ち前の自制心を以て腰から抜刀しようとしていた刀を鞘に収める。

 最近シルバは思うのだ。私はこいつに上手く誤魔化されているのではないか、と。


「あぁ、ほら見て見て! 今日はフェリスくんが戦うみたいだよ!!」


そうこうしている内に闘技場についていたようだ。

闘技場はシンプルな作りをしており、中央に戦いの場となるフィールド、その周りを階段状の観客席が取り囲んでいる。どこにでもある一般的な闘技場だ。それが学内にあるということは至って一般的ではないが。


 いつの間にか蝶の交尾から抜け出したレイヴンの指さす方に目を向けると、レイヴンの数少ない友人の内のもう一人であるフェリス・オルタナが、切っ先の尖った細長いレイピアを正面で構え、半身の状態で立っていた。勿論、闘技場の中で。

装備は極めて軽装。身につけている金属類は見当たらず、「遊吟士」という表現が似合う赤色の大きな羽を腰から提げている。


 敵の攻撃に耐えるより避けることに重点を置いた結果なのだと思われるその装備に反して、フェリスと相対するように構える相手は、太陽の光をまぶしく反射する銀色の甲冑に身を包んでいた。

両手には大きな槌の柄がしっかりと握られており、高攻撃力、高防御力を体現したような、そんな見た目である。


胸についている虎の紋章を見る限り中等生であろう。体つきもフェリスとは比べものにならない。身長は170cmほどあり、腕に至ってはフェリスの3倍、いや4倍ほどの太さである。

剣魔舞闘に武器や防具などの指定がないため、それを最大限に活用した装備なのだと思われる。自分の体つきに合わせた適切な装備でもある。


「さぁこんかぁい!わいの特殊技能【生成】によって創られたこの装甲が突破できるかぁ?!」


 相手が初等生ということから挑発的な台詞を放つ筋肉質な男。だがそれは皮肉にもフェリスのパフォーマンスをより大きく見せる「手伝い」となった。



「えぇ、突破して見せますよ。それが僕ですから」



 その言葉を皮切りに、フェリスの足下に電気が走る。フェリスは、その電気の強度を確かめるようにして数回のステップを踏み、それに応えるようにしてジジ……ジジ……とブーツが痺れるような音を響かせる。その確認が終わると同時にブーツで地面を蹴る。すると、レイヴンの【疾風(アネーマ)】にも引けを取らないほどの加速を見せた。よく見れば右手に握るレイピアも稲妻を発し……いや纏っており、稲妻の輝きによってレイピアがまるで敵を殺さんと機会をじっと伺い唸っている龍のようにも見える。その龍はフェリスの速度と比例して大きさを増し、その光度やレイピアそのもののリーチすらも大きくしている。


 フェリスは右手に握っているそんな状態のレイピアを確認すると、甲冑男を貫くように(……・・)してそれを突きだした。

この時、二人の距離は未だに初期位置の半分ほどまでしか縮まっていない。距離にして5メートルは離れている。だが、それにも構わずフェリスはレイピアの切っ先を直線上にいる甲冑男に向かって突きだした。

「初等生には大した魔剣技なんて使えない。」ここにいる観衆の誰もがそう思い込んでいるだろう。

そんな思考を一刀両断したのは誰でもない、フェリスの一突きであった。


「-雷の王者よ、破壊と殲滅を、今もたらさん。【紫電(ブロス)】」


 瞬間、龍が猛々しく吠える。レイピアの周りでとぐろを巻いていた龍が甲冑男に向かって一直線に飛び出す。その姿は、見た者が本能的に自分が捕食される側であると認識してしまうほど、雄々しく、荒々しく、しかしどこか繊細なものであった。


 フェリスは金色の龍を剣先から解放しつつ、距離を詰めることを忘れない。右足と左足を交互に入れ替えた華麗なステップを踏み、重さを感じられないように迫るフェリスの姿はまさに獲物に狙いを澄ませた蛇のようである。


 捕食側である龍は甲冑男の甲冑を容易に砕き、ただの男になった元甲冑男に、今度こそ鋭いレイピアが突き刺さる。

 電気によるショックからか、男は反撃しようにも動けないようだ。その間数秒。その数秒でフェリスは2撃目、3撃目と素早く、だが冷静に急所のみを狙い突きを放つ。 

理想武器によるダメージのため血の流出こそ無かったが、相当なダメージだったらしく、5つの突きが放たれると同時に男は白目を剥いて後ろへ倒れた。

 一瞬の静寂。初等生が中等生を「瞬殺」した。その事実が、観衆の声帯を縛ったのだ。


-その場に居た、たった二人を除いて。


「フェリスくんすごーい! 何今の!? すっごくかっこよかった! でも僕と闘る時はあんな技使わないのに、どういう気の変わりようなの?」

「相変わらずいちいち動作が派手なのよ。それに台詞もきざっぽい。気持ち悪すぎて鳥肌が立ったわ」


 シンとした闘技場に響く二人の声。……その内容の一つはそれはそれはひどいものであったが……ともあれ、フェリスの戦闘スタイルについては賛否両論(?)で、二人ともフェリスの実力については認めているようだ。


「実は一昨日ようやく出来るようになってね。君をびっくりさせるために取っておいたんだけど、勢いで使ってしまったよ。……それにしても相変わらずシルバは手厳しいなぁ」


 存在感のある濃い金色の髪に、一瞬アルビノではないかと疑うほどの白く透き通った肌。だが、そんな薄色の肌とは裏腹に入学から三ヶ月の少年とは思えないほどの雰囲気を帯びている。

 その雰囲気はきっと、彼の表情、振る舞いから垣間見える余裕から感じ取られるものなのだろう。罵られても苦笑を向けて冗談として流せるくらいの余裕だ。

最も、シルバの罵倒は冗談ではなく本気のものであるのだが……。何故かシルバはフェリスと出会った当初からフェリスに強く当たる事が多い。


「あれって中級魔剣技じゃないの? Lv3の!」


人導士のほとんどに発現する特殊技能「魔剣技」には大きく分けて初級、中級、上級という区分が成されている。「なんか魔剣技ってみんな使えるっぽいしこの際これだけ詳しく決めちまうか!」という昔のお偉いさんの一言により、そうなったらしい。


 【紫電(ブロス)】はその中の中級魔剣技、いわば定常状態なら十分に人を殺せるレベルの魔剣技である。初級魔剣技も剣そのものの威力が加わればそれはもう簡単に命を絶つことはできるのだが、ここでいう人を殺せるとは「剣による威力を抜いた状態で」という意味合いが含まれている。つまり、今し方フェリスが使った【紫電(ブロス)】は電気ショックによって人を殺す事が出来るということだ。

勿論、戦闘に関わる人のほとんどは自分の体を薄い魔力の膜で覆い、防御力を高めているため定常状態の攻撃でもそう簡単に死ぬわけではないのではあるが。


「あぁ、完全に扱えるようになるのに一ヶ月はかかったよ」


 時間がかかったかのように飄々と答えるフェリスに、シルバのコメカミがぴくぴくと反応する。


「へ、へぇ~。存外苦労したんでしょ?大変だったわね。ご苦労なことよ」


 フェリスに向けて、自らが放てる最高級の皮肉を放つシルバ。視線と視線がぶつかり合う。一方の視線はやたら攻撃的であるが、もう一方の視線は全てを風にながしたような、そんな余裕が感じられる。


「あぁ、本当に大変だったよ。なにせ剣の訓練の半分を費やしたからね」


 皮肉を皮肉で返したのか、それとも純粋にシルバの質問に答えたのか。苦笑を浮かべたその表情からはっきり汲み取ることはできない。しかし、最後に口角が上がったところから面白がっているのは確実だろう。

 そんな二人の様子を「ずっと見つめ合うなんて仲が良いな~」という風に見ていたレイヴンが何かを思い出したように口を開く。


「そういえばシルバちゃんって中級魔剣技の練習してなかったっけ?ほら、水がびゅーん!って飛んでいくあれ」

「うっ……」


 普通ならシルバもいきなり噛みついたりはしない。ここまで過剰に噛みついたのにはしっかり理由があった。

 シルバは二ヶ月ほど前から中級魔剣技【水流弾(アクレネイド)】の習得を試みている。が、その成果はいっこうに現れず、完全に足踏み状態を喰らっているのだ。一ヶ月足らずで中級魔剣技を会得したやつがいる。しかもそれが気にくわないフェリスである。自分は二ヶ月かかっても未だに習得できていないのに。

 そんな思考がシルバの思考を支配し始めようとしていた。しかし、


「フェリス・オルタナ。何をしているのですか。」


 突如、その思考と三人の会話を阻むようにして圧力のある声が発せられた。

 三人が声の主の方に目を向けると、そこには地面までつきそうな他に染まりそうもない黒い髪を垂らした30代ほどの女性が立っていた。可愛らしい顔つきだが、スーツ姿とぴんと伸びた背筋からどちらかというとスレンダー美人という印象を抱かせる。そんな雰囲気とは裏腹に眼鏡はかけておらず、化粧すらも施されていないようだ。


「勝負は決しました。今すぐ闘技場から退場しなさい。」


 声の主は闘技場フィールドにいるフェリスへ向かってカツカツと固い地面を鳴らしながら歩いてくる。


「ごめんなさい、クレア先生。僕が引き留めてたんです。」

「あら、その声はレイヴンかしら。」


  クレアと呼ばれたその女性はそういってレイヴンのいる方を見る。だが不思議なことに、何故かその目は閉じられている。

 彼女は学内で怒らせてはいけない先生リスト上位に位置するほど怖い先生なのだが、目が見えない。なんでも、昔戦場に駆り出されたとき負傷し、その傷を治すことが出来ず失明に至ったらしい。


「お友達の戦いを観にきたのかしら? 熱心なことね」

「まぁ、はい」

「でもあなたがこれに参加しないと聞いたときはショックだったわ」


 シルバがピクッと肩をふるわせて反応する。シルバにとっても数少ない(というよりはいない)友人であるレイヴンの話題にはどうしても敏感になってしまうのだろう。

 当のレイヴンは「はは」と愛想笑いを浮かべている。


「まあいいでしょう。早く試合を再開させなければ私も怒られてしまいますからね。フェリス・オルタナも早くここから出るよう。すぐに次の試合を開始します」


 フェリスはその言葉に従ってクレアと一緒に闘技場を後にした。怯えた様子でクレアの後ろをついて行くフェリスはなんだか連行されていく罪人のように見えたのだが、余裕を絶やさない彼のことなのできっと自分たちの勘違いだろうと、レイヴンとシルバはそう思うことにした。

 事実、フェリスはにこにことした笑みを浮かべていたのだが、透き通った肌の上にはうっすらと冷たい汗が滲んでいる。浮かべられていた余裕はクレアによって悉く粉砕されたのであった……。


最後まで読んで頂きありがとうございます!

今回はレイヴンと共に行動する二人を中心に描きました。次回からもそうなるかも?私はフェリスもシルバも好きですが皆さんはどうでしたでしょうか…?

次回の更新は年明けになると思います。

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