第3話 素質と理想
こちらは1/5に元々第二話だったものを分割したものです
名前:レイヴン・シュレイク(旧クレイヴ・アレイド)
種族:人族(魔道士/人導士)
魔力属性:風
概念適性:時
歳:10
力:8(8↑)
知能:7(7↑)
魔力:23(23↑)
耐久:9(9↑)
俊敏:10(10↑)
技術:9(9↑)
特殊技能:なし
テクネー:
・魔力を全ての属性に変化させることが出来る。また、変化させた魔力は適性属性と変わらない働きをする。(全ての属性が適性属性と変わらない働きをする。)
(おいおい……10歳児のステータスじゃねえぞこれ……)
ステータスをみたガレスは、もしかすると……と思っていたことではあったが、想像以上のそれに驚愕の色を隠せなかった。基本的に10歳までのステータス値というのは平均的に一年に1ずつ増加していくものだ。つまり平均的に年齢と同じステータス値となるのだ。例えば6歳なら全ステータス値は大体6前後という風に。
10歳以降はそれぞれの努力に応じて増えていくのだが、その伸び率は非常に悪い。その一つの理由として挙げられているのは、新しい経験というものが少なくなるというもの。新しい経験が人を成長させるのだ。レイヴンは元王族であり、そういう点で言えば経験は豊富であろうが……。
(この魔力値は一体何だ?バグってるのか?23って……こいつの特殊な魔力に関係している……?)
驚愕のあまり考え込むガレス。が、レイヴンの声がその思考を断絶させた。
「ガレスさん! 聞いてるの!」
「ああ、すまない。なんだ?」
「なんだ? じゃないよもぉ……さっきから何回も話しかけていたのに……。ステータスの説明をしてくれるんじゃなかったの?」
そう、本来の目的を訴えるレイヴン。そうだったなと頷くガレスは、まだこのステータスに対して動揺を隠しきれていない。その証拠に、いつも後ろで組んでいる手を前に出し両手の指同士をもじもじさせている。筋肉質の大男がそのような事をしている様子を想像してもらいたい。実に気持ち悪い。
「そ、そうだったな。じゃあ最初から説明していくことにしよう」
「うん!!!」
「まず名前だがこれは問題ないだろう。お前さんの場合旧クレイヴ・アレイドとなっているがこれは正式に名前が変わったと自分自身が認めているからだ。それについては特に異論反論はないか?」
「ないよ、僕はレイヴンシュレイクだから。どっちも母上にもらった大切な名前だから」
「……そうか。じゃあ次に種族について……普通は魔道士もしくは人導士のみが表示されるはずなんだがなぁ……。これがお前さんの最大の特徴だろう。魔道士でもあり、人導士でもある」
ここでレイヴンの表情が陰る。
「その魔道士とか人導士とかって一体何が違うの?」
ガレスにとって、その質問は予想外だったのか少し面食らっている様子。しかしすぐに、だよな……と納得したように呟いた。そういった魔力絡みの類いは全く教えられていないのだろう。
「そうだな、それを理解するにはまず魔力の存在からしっかりと分かっておく必要があるんだが……魔力については知ってるか?」
横に首を振るレイヴン。やはり知らないようだ。
「魔力って言うのは自在に操ることができるエネルギーのことだ。魔力を使えば水も炎も雷だって起こせる。だが言ったとおりエネルギーだから使えばなくなる。無限にあるわけじゃない。……念のために聞いておくがエネルギーはわかるか?」
「ガレスさんいくら僕が子供だって馬鹿にしすぎだよ!今のご時世赤ちゃんでもエネルギーくらい知ってるっていうのに!」
「いやそれはないだろ」
魔力は知らないがエネルギーは知っているようだ。そんな偏った知識をお持ちの王子はぷんすか!と愉快な音が聞こえてきそうな雰囲気で頬を膨らませていた。だが、ガレスが再び説明を始めると持ち前のちょろさで興味深そうに目を輝かせた。
「まあなんだ、そのエネルギーってのが魔力なわけだが、魔道士と人導士の違いってのはそのエネルギーの取り出し方にある」
「取り出し方?」
「そう、取り出し方だ。在り方といってもいい。そうだな、例えばの話だが……。レイヴン、お前が手のひらから火を出したいと思ったとする」
「野蛮だね」
「思ったとする」
「はい」
「それには当然魔力が必要だ。じゃあこの魔力は一体どこにある?」
「手のひらから出すなら……体の中?」
「そう、それが人導士だ。人導士ってのは体内に魔力を宿している。だから体内に存在する魔力を使うことが出来るわけだ。だが、逆に言えば体内にある魔力以外の魔力を使うことが出来ない」
「……つまり自分の中の魔力を使い切ったら……?」
「ああ、そうだ。魔力はもう使えない。とは言っても安心しろ。人導士の魔力は回復する。たくさん食べてよく寝れば全開だ」
一度頷き、ほっと胸をなで下ろすレイヴン。
「次は魔道士についてだが……魔道士は自分の中の魔力を使うことは出来ない。自分の中の魔力を使えば寿命を削ることになる。変な意味ではなく、そのままの意味でだ。あいつらは身のうちにある魔力がどうやら身体機能と繋がっているらしい」
「……じゃあ魔道士はどこから魔力を取り出してるの?」
「当然の疑問だな。答えだけ先に言うと自分以外から魔力を取り出している。いや、回収していると言った方がいいだろうな」
「回収……?」
「そう、回収だ。じゃあ問題だレイヴン。魔力はある種のエネルギーだと言ったが、エネルギーというのはどこに存在している?」
再びあごに手を当て考え始めるレイヴン。
「……そうか……体の中だけじゃない……」
「正解。エネルギーというのは体内だけに存在するものじゃない。熱、光、音、力学……ほかにもいろいろなエネルギーが存在する。魔道士ってのはそれら全てを魔力に変換することが出来る」
「へぇ……それは凄いね……」
「あぁ、凄い。それはもう壮大さ」
なにか遠い記憶を思い起こすように、呟きにも等しい応答をするガレス。だがそれも束の間、再び説明を始めた。
「という感じで人導士の完全上位互換みたいな存在の魔道士だが弱点は存在する」
そう、魔力を外部から回収する魔道士にも弱点-いや、出来ないことがある。人導士には出来て魔道士には出来ないこと。この特徴のおかげで今までの人導士国家と魔道士国家の均衡は保たれてきた。時に協力し互いに不可侵。暗黙の了解としての境界線の役割を果たしてきたのである。
「それはな、魔力を一気に使用できないということ」
だが、およそ大きな役割を果たしてきたとは思えないくらいの小さな特徴に、ぽかーんという間抜けな音が聞こえそうなくらい口を開けるレイヴン。その口から紡ぎ出された言葉は当然のものであった。
「それだけ……? 魔道士は魔力をたくさん使えるのに人導士は限られてるんだよ? ……とても不平等だよそんなの」
明らかに不満顔になるレイヴンを諭すように、ガレスはレイヴンの頭の上にぽんと手を乗せる。不平等という言葉が良い意味で子供らしく、実に切実だ。また、その言葉を聞いたとき、ガレスの瞳が少し見開かれたのを見るにガレスの心に深く刺さったようだ。彼自身そう思ったことがあるからなのかもしれない。
「そうだな……。でもな、この特性は凄く、凄く大きいんだ。……たとえ話をしよう。魔道士と人導士で戦争が起こったとする」
「いやだ、戦争なんてしたくない!」
「落ち着け、たとえ話だ。それで魔道士が、短期間に起こる戦い全てに負けたとする。その戦争はどっちが勝つかわかるか?」
「……? そんなの人導士に決まってるけど……。でも全部勝てるなんて保証はどこにも……」
「そうだな、確かにそんな保証はどこにもない」
凜とした、力強い、はっきりとした声音だった。
「だがな、魔道士が毎回3の力しか出せない中、人導士は10の力を出せる。10出さなくても勝つには4あればいい。まあ本当は戦略やら相性やらが絡んでくるんだが、単純に思考するとそうなる。そして戦場に於いて物量は絶対的な戦力の差だ。全ての戦闘に勝利できるわけでないだろう。だが相対的に数は多くなる。というわけで負けることはない」
暴論だ。
レイヴンがそう思ったとおり、これはかなりの暴論である。
しかし、この世界は、この暴論がまかり通る世界なのだ。事実、魔道士もこれを理解しており、過去に起こった大戦以降、教訓とも呼べるこの摂理を理解し侵攻を留めた。というのも元々は三竦みの関係にあった大陸なのだが、その話はまた別の機会にでもしよう。
そんな事実があるからこそ、人導士も魔道士もお互いに一目置き、均衡を保っているのである。
勿論レイヴンはそんなことは一切知らない。が、ガレスの自信に満ちた物言いと表情を見て、なんとか納得の意を示す。
「おっと、すまない。話がそれてしまったな」
我に返り、謝罪と共に再び説明を始めたが、レイヴンの心に突如として浮上した不安感は、まるで粘着性の霧のようにしつこくこびりついていた。
「とまぁ、説明としてはこんな感じだ。なにか質問はあるか?」
「テクネーとか特殊技能とか色々知りたいことはまだあるけど……大体わかったよ!」
ステータスや適性属性、適性概念など一通りの説明が終わり、ようやく一段落ついたと表情を緩めるレイヴン。テクネーや特殊技能については、まだ知る必要はないからと、言われるがままにスルーしたが、当の本人はやはり気になって仕方がないようだ。
「適性属性は自分の魔力がどの属性に変化させられるかを表したもので、適性概念は自分の魔力が干渉しやすい概念って事で良いんだよね?」
「まぁ、そんな感じだ。今はそれだけ分かれば十分だ……と言ってもおそらくピンときてはいないだろうから、実践が一番だろう」
実践、といっても出来る場所は限られている。ガレスの家周辺は他の兵が住み込んでいて、出来たものではない。かといって修練場や道場のような施設はしっかりしているものの、端から見れば親子に見える二人が、二人だけでそのような施設に入るのは少々不自然すぎる。かくなる上は誰も来ないような荒れ地でやるかだが、最低でも2時間はかかる場所に毎回足を運ぶのも骨が折れるというものだ。ならばいっそー
「レイヴン、お前学校に行ったことあるか?」
学校に行かせてしまえばいいではないか。その考えに行き着いた。昼頃は仕事があるので相手に出来るのは夜だけ。それでは昼の時間がもったいなさ過ぎる。自然に考えてその答えに至ることは当然だろう。
「あるよ!」
「あるんかい!!」
あった。
「そこはあれじゃないの?行ったことない!っていって目を爛々と輝かせるパターンじゃないの?行かせて! しょうがねえなぁ行かせてやろうって流れじゃなかったの?」
「……?」
「そうだな違うな」
思わぬ返答に驚いているが、別段不思議なことではない。知識を与えられないように育てられたという点から見れば少し疑問に残るところではあるが。
「王宮に居る頃、僕に色々なことを教えてくれる先生がいたんだ。お父様とお母様はなにも教えてくれなかったから、僕が知ってることは全部その先生が教えてくれたんだよ。」
そうか、と。
やはりこの子は学校には行ったことがないのだ。ガレスはそう解釈した。存在を秘匿するために、できる限り外部とのつながりを遮断していたのだろう。ただ、物事を習うだけの場所を学校だと勘違いしているのだ。
「レイヴン、それはな……実は学校ではないんだ。」
突然の否定に目を丸くするレイヴン。では学校とはどんなところなのだろう。自分が学校と思っていた場所はなんだったのだろう。色々な思考が巡りに巡る。
「友達とか……いたか?」
そんな思考を中断させられる。そして新たな思考がはじまった。「友達」というワードをレイヴンの脳が認識した途端、脳の中の回路が歓喜の声をあげるように一斉につながる。
「友……達……?」
一般的には友達と遊び回っているであろう年頃の少年には、いくつもの条件が重なりすぎていた。王族であること、どちらの種族にも属していること、さらに、少年の存在が秘密裏にされていたこと。これだけの爆弾を抱えていれば友達なぞ、作らせるわけがない。他の誰でもない、環境がそうさせたのだ。
運命だったのか、それとも偶然だったのか。それはわからない。しかし、今そうなっていることは紛れもない現実だ。
「そう、友達だ。なんでも気軽に話せて一緒に遊べるような友達だ。そんな存在がほしくはないか?」
「……ほしい」
今まで同年代の子供をすら見たことがないであろうレイヴンは“友達”という言葉の魅力にすっかりとりつかれていた。その証拠に、柔らかそうな頬を紅潮させている。それが興奮によるものなのか妄想によるものなのかというのは本人にしかわからない。
「なら、学校へ行け。そこにはお前が経験しておかなくてはならないことがたくさんある」
レイヴンに暖かい笑みを向け、そう言ったのだった。