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凱旋の五重奏 ~最強と呼ばれた少年少女達~  作者: 渚石
第一章  ~伝説の魔剣~
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第1話 幼き日の決断

3話まで説明回です・・・申し訳ありません・・・

 クレイヴがレイヴンとなったその日、魔道士領の海の向こう側にある人導士領では年一番の祭りである「レオス祭」が開催されていた。人導士国家成立につながった7つの偉業を持つレオスを讃えるという至ってシンプルな目的を持つ祭りである。祭りは七日間に渡って行われ、日ごとに讃えられる偉業が異なる。


 今日はそのレオス祭初日「レオスによる魔族の討伐」を讃える日である。故に都市全体が活気付いていた。朝から酔っ払ったおっさん達の愉快そうな笑い声や、婦人達の談笑、そして子供達のあふれんばかりの笑顔。心地よい喧騒だ。


 さらに、噴水のある大きな広場では、今となってはおとぎ話のように語り継がれるレオスの偉業を、劇として模する催し物が行われていたり、道沿いにたくさんの露店が並んでいたり。老若男女を問わずして楽しめる空間がそこにはあった。


 そんな中一人だけ、笑顔とは正反対の、もはや恐怖や不安と言った表情を露わにしている少年が、小さな声で何かを呟きながら狭い路地で丸まっていた。


 手や足、いや、よく見ると全身に痛々しい生傷が刻まれている。時折通る人たちはその少年を孤児や捨て子と勘違いして少しの食べ物を置いて通り過ぎていく。与えられるほとんどの食べ物はパンであり、勿論腹が減っている状態で文句を言うつもりもないだろうが、水については勿論与えられることは無い。数日前に雨によって作られたであろう水たまりがあるだけで、飲み水と言える飲み水は存在しなかった。


 そんな少年に追い打ちをかけるように、口の中に広がり始めた鉄の味が更なる不快感を与える。だが最早ここまでくると鉄の味がむしろ心地よく感じ始めていた。


 ……それは、レイヴンの精神がゆっくりと、しかし、確実に壊れている事実を如実に示していた。


 そんな状態を二日続けた少年の精神と肉体には既にガタがき始めているのは言うまでも無いだろう。視界が歪み、意識はぼやけていく。おぼつかない足取りで地を踏む少年の思考は「生きたい」という感情に支配されていた。……いいや、そんな感情すらないだろう。生きたい、と思うことが出来ない程に疲弊し、摩耗しているのだ。


 幻覚や幻聴が現れ始めながらも、過ぎていく人たちの反応から、自分が厄介な存在だと認識されていると子供ながらにして表情の機微をそう読み取れたのは、少年が王族であり、常日頃からそういう日常を送っていたからであろう。


 故に少年はなるだけ人目のつかない場所に移動しようとしていた。人に迷惑かけるのは非常に見苦しいことだと考えたからである。


 知らない土地に一人という精神的苦痛に加え、食べ物を与えられているとは言え10歳の子供にとってはあまりに厳しい食事しか摂れず、それによって肉体的苦痛が重なる。呻くような声をこぼしながら千鳥足を踏む少年。誰が見ても少年が限界であるのは一目瞭然だ。


 そして――



 ――――ガシャン。


 少年は、ついに膝を崩す。それと同時に少年の中の何かが壊れる音がした。


(どうして……? なんで母上は僕をこんなところへ……? 僕は捨てられたの……?)


 今まで抱かないようにしていた疑問がついに少年の中に溢れ始める。自分の中でずっと蓋をしていた母親への疑惑。いや、家族への疑惑。死ぬかもしれないという不安。劣悪な環境による不快感。何も出来ない自分の惨めさ、無力さ。そんな全ての悪感情がレイヴンの精神を蝕む。


(なんで? なんで? ……僕は死ぬの……?)


(お腹がすいた……寒い……五月蠅い……眠い……ああ……死ねば楽に……………………)


 思考はまばら、考えることに脈絡もなくなる。全身から生気という生気が失われ、体は遂に地に伏せた。立とうと力を入れるが、全く力が入らない。平衡感覚は既に消失に、咳き込むたびに地面には血が滲む。


 だが――


(……いやだっっ!!!!!まだ……まだ死にたくない!!!!!)


 ――生きたい、その執念だけは捨てていなかった。


「ま……だ……っっ!!死ね……な…………いっっ!!」


 絶望の淵、という言葉がこれ以上ないと思われるほどの状況。そんな少年の光を失いかけていた深緑の目が、突如として見開かれる。


「やりたいことが……いっぱいあるんだっっ! こんなところではっ! 死ねないっっ!!」


 その時だった。


「そうだ。それでいい。その執念を忘れるんじゃないぞ、坊主」


 目以外の全てから力が抜け、もとい、目だけには絶対に生き延びるというおびただしい執念を纏わせた少年に、全身が鎧で包まれた大男が、待ち構えていただろうと思えるほどの絶妙なタイミングで声をかけた。


「あ……」


 人の声を聞いて安心したのか、勢いよく開かれた瞳がゆっくりと閉じられていく。と同時に弾けるようにして少年の全身は今度こそ完全に脱力、沈黙。


 身体にはもう少しも余分な水分など残っていないだろうと思えるその小さな痩せこけた体躯から絞り出した一滴の涙が、安堵や安心と言った今まで抱けなかった感情の全てを物語っている。


 その様子を見た大男は呆れ半分感心半分というため息をついて、少年を背中におぶった。男の逞しい背中とは正反対の、男っぽさの欠片も感じられない柔らかで滑らかであったであろう肌に擦り傷や切り傷、そして色濃く残っている痣が、この数日間での少年の生への執念を表している。


「初対面の全く知らない相手に声をかけられただけで気絶か……」


 これだけボロボロならそれも仕方ないか、といった表情で肩をすくめる男。


「にしてもこの少年……そんな状態であんな……」


 本人はそれどころではなく気づいていないが、力尽きる直前に少年の全身は淡い光に包まれていた。その淡い光の正体は紛うことなく魔力であったが、魔力を魔力として放出することはかなり難しいことである。故に男は驚嘆している――


 ――わけではない。


 勿論、それ自体にも驚いている。だが、実に驚いたのはその濃度だ。魔力のみを「可視化」できるようにするためにはそれ相応の濃度を持った魔力を放出する必要がある。これは達人クラスの輩でも数年の修行が必要とされている。いや、これが出来てこそ達人と言われるまであるのだ。


 だがこの少年は生と死の狭間の中でそれを発現させた。恐ろしい才能だ。だが共に、使い方を間違えれば再び死が待ち構えているという事実が男を動かした。


「全く。どんな境遇で過ごしてきたんだか」


 少年への労いの言葉とも取れる独り言を呟いた男は、未だに喧噪の鳴り止まない大通りを避けるように、大地をしっかり踏みしめ慣れたような足つきで歩き始めた。その背中は、まるでこれから起きる事の重大さを予言するかのように大きなものに見えるのだった。







 少年が倒れ、大男に連れて行かれたその翌日。小鳥の囀りが耳当たりよく響く早朝。木々をなびかせる風の音が心地良い。そんな爽やかさの代名詞とも言えるこんな朝とは対称的に、少年は夢の中で緑色の体液を纏うスライム状の化け物と対峙していた。


「うぇ……こいつくさいぃ……ぬるぬる……しょくしゅ……」


 ……夢の中までも苦労しているようである。

 倒れた少年を保護した全身鎧の大男は、自分の家に連れ帰り看病という看病をし尽くした。衰弱しきった少年を風呂に入れて温め、おかゆを口の中に流し込み、飲み込ませ、さらに全ての傷の手当てまで。


 つい昨日まで死にかけていた人間とは思えないほど平和な朝を迎えた少年ではあるが、当の大男の姿は同じ部屋には見えない。しばらくすると、少年がスライムを倒し、満面の笑みと共に嬉しそうな声をあげ始めた。もはや日常会話が成立しそうな寝言である。


 すると、廊下からドスドスという大きな足音が聞こえ始めた。


「起きた!!……のか?」


 ドアをぶち抜く勢いで部屋に入ってきたのは言うまでもなく大男である。だが肝心の少年はスライムを討伐したことで盛大に祝われているらしく「もう飲めないぃ……はは~」と口元を綻ばせている。

 少年は10歳だ。念のためもう一度言っておこう。10歳だ。


「一体何の夢を見てんだよ。お前さんまだ酒の味など知らないだろうに……。……ともかく起きろ。もう大丈夫なはずだ。」


 肩を揺すられる少年。中々起きないのでだんだんと揺する力を強くする。男はさらに揺する。揺する。揺する……


「起きて!?」

「ふぇ!?」


 ついにツッコんだ男に対して、少年は寝起きにしては素晴らしすぎる素っ頓狂な声をあげて応えた。そしてしばらくすると、落ち着きを取り戻すのに比例して、少年の頭の上に?マークが浮かび上がってくる。今すぐにでも、ここはどこ?あなたは誰?と記憶喪失者が発しそうな言葉を投げかけてきそうな少年。しかし、その出るであったろうは男によって遮られた。


「私の名前はガレス。ガレス・ルージュだ。君の呼びたいように呼ぶと良い。一応この家の主だ」


 いきなりの自己紹介に対して少年は驚いた様子であったが、すぐに思い直す。


「僕の名前は……レイヴン。レイヴン・シュレイクです」

「ほぉ、何も言われなくても名前を名乗るとはしっかりしたもんじゃないか」

「い、いやぁ……」


 褒められ、頬を紅潮させるレイヴンをみて、やはり普通の子供じゃないかと安堵にも似たため息を漏らすガレス。


「まぁ、なんだ。寝起きですまないが、お前さんにはいくつか聞きたいこともある。答えてもらっても良いか」

「は、はい」


 ごくり、と喉を鳴らすレイヴン。知らない家で起きて、知らないおじさんにいきなり自己紹介され、質問攻めされそうになっているのだ。緊張するのも無理あるまい。

 そんなレイヴンの心情を察したのか、ガレスは強ばらせていた顔を破顔させる。


「あぁ、そんなに堅くならなくて良いぞ。自分の家だと思って過ごしてもらって構わない」


 “自分の家”という単語を聞いて表情を曇らせるレイヴン。


「……何かあったのか?。話したくなければ話さなくてもいいg」

「いえ、話させてください。多分……というか絶対に僕を助けてくださったのはガレスさんですよね?命の恩人に話さずのうのうと助けてもらっただけなんて失礼ですし……」

「そ、その通りではあるんだが……なんというかお前さん一体何歳なんだ?体だけが小さいなんてことは」

「?? 見た通りの子供ですよ。去年10歳になりました」

「そ、そうか。そうだよな。変なこと聞いたりしてすまないね」


 最近の子供はみんなこうなのか?俺が子供のころなんか鼻水垂らして虫追いかけまわしてただけだったぞ……と世代格差(?)を感じるガレス。そんなガレスに気を使うことなく、レイヴンは今までのことを今までの暮らし、そして自分が何故あのような状態に陥っていたのか、語り始めた。


今回から本編がスタートという形になります。

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