緊急任務、そして
数日が過ぎた。布津が来てからというもの、情報は無く、また敵の襲撃も起きなかった。
「……」
如月は相変わらず大音量で音楽を聞いている。傍目からは呑気にも見えるが、如月の内心では気を紛らわす事が優先されていた。
ブチッ。
唐突に音楽を止める。
「梶浦」
「んん?」
読んでいた小説から目を放す。
「ちょっと付き合え」
言いつつ如月の手が杖に伸びる。梶浦は苦笑いをすると立ち上がった。
数分後。二人の姿が学園内の湖のほとりにあった。
ヒュゥゥ……。
だいぶ冷たくなった風が、二人の間を通り抜けた。
対峙する。如月の手には白木の杖。対する梶浦の手には黒いトンファーがあった。
今日は休日である。学生の数はまばらだ。仮に見咎められたとしても、彼等も学生である。稽古だと言って切り抜ければ問題無い。
「久々だな」
「……あぁ」
如月がゆっくりと棒術の構えを取る。
それに合わせ、梶浦も構えを取る。
「行くぞ…!」
如月が地を蹴る。
ブンッ!ヒュン!
振り下ろし、続いて二段突き。だが読まれていたのか、ギリギリの所で躱される。
梶浦の右手が動く。
―――来るッ!
咄嗟に身を伏せた如月の頭上を、黒い風が通り抜ける。
トンファーの一撃が回避され、梶浦の隙が大きくなる。如月は見逃さない。
狙いすました一撃。膝だッ!
鋭い突き。狙いはあたわず梶浦の膝に―――
消えた。いや違う!上だ!
大上段より降り注ぐ黒い一撃。だが黙って喰らう訳にはいかない!
如月は突きの勢いのまま、前転で回避する。目標を見失った一撃はそのまま地面を叩き割った。
「…流石だな。アレを躱すとは」
「どういたしまして」
梶浦はニッ、と笑う。
「……少し、本気を出すぞ」
如月の構えが変わる。―――正眼。
如月は再び地を蹴った。
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フゥ…。
紫煙が風に吹かれ、掻き消える。
布津の姿が、七号棟の屋上にあった。壁にもたれかかり、煙草を咥えている。
…あれから、一年は経ったのか…。
ふと、かつて自分がこの地にいた時の事を思い出す。
ズキリ。
同時に、呼応するかの如く頭痛が走る。
…もう奴は倒した…。だから黙ってくれ…。
それきり。痛みは消えた。もう一吸い。
フゥ…。
煙草の火を消す。
布津は携帯灰皿に吸い殻を放り込むと、階下に続く階段への扉を開けた。
太陽はまだ、高い位置にいる。
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「いやぁ~。めっきり寒くなりましたねぇ!」
再び施設内。立ち会いから戻った如月と、見回りを終えた浅野がいた。
浅野は二人きりの重苦しい空気に耐え切れず、明るい声で如月に声を掛けた。
「……そうだな」
それに対し、如月はぶっきらぼうに答える。
……イヤァァ!機嫌悪りぃ~!
浅野は内心ビクビクしつつも、話題がないか考えを巡らせていた。そんな時。
ガチャッ。
扉が開く。現れたのは梶浦だった。
「ただいま。戻ったぜ」
トイレに行っていたらしい。手にはハンカチと…封筒。
「伝令。届いてたぞ」
「あ。俺読みますよ!」
渡りに船、と言わんばかりに浅野が声を上げる。梶浦が手渡すと、封を切った。
「…えーと。なになに…」
『君達のいる学園の近くに、敵施設の拠点を発見した。どうやら研究所に相当するものであるらしい。至急調査に向かってくれ』
内容はこの文書と、地図が同封されていた。
「施設調査か…研究所ねぇ」
梶浦がぽつりと言う。
「…行くか」
如月が立ち上がると、浅野が不意に言った。
「あ。それだったら俺一人で十分ですよ。こっちの守りもありますし」
浅野がジャケットを引っ掴む。
「一人でか?無茶だ」
「これ位俺だって出来ますよ!」
ジャケットに袖を通す。
「しかし…」
言いかけた如月を梶浦が制する。
「まぁまぁ。任せてやれよ、如月。浅野だってチームの一人なんだしさ」
「……分かった。だが深追いはするな。良いな?」
如月は少し思案してから、そう言った。しかし浅野は驚愕の表情を浮かべ、
「…明日は隕石が降りますね」
ボソリと言った。
「浅野」
「は、はいッ」
「帰ってきたら血祭りだ…」
如月の目が真剣、と書いてマジ、と読めそうな程鋭かった。
「アハハ…行ってきます…」
乾いた笑いを残し、浅野は廊下へと消えた。
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浅野が出発してから数分後。
ガチャッ。
再び扉が開けられた。布津である。
「梶浦」
「布津さん。お疲れ様です」
「あぁ。…所で」
布津が持っていた封筒を渡す。
「扉の前に置いてあったが。伝令か?」
「あれ…?伝令ならさっき来てたんですが…」
がたっ。如月が不意に立ち上がる。
「見せろ」
布津の手から封筒をもぎ取り、封を切る。
「………これは…!」
「「?」」
如月の驚きに、二人は顔を見合わせる。
「どうした?何が書いてあるんだ?」
「奴等だ。挑戦状なんぞ送ってきた」
如月は杖を手にし立ち上がると、扉へ向かう。
「どけ」
まだその場にいた布津を押し退ける。
「おいっ!ちょっと待てよっ!」
梶浦の声は届かず、如月は扉の外へと消えていった。
「ああもう!…布津さんすみません」
「構わん。…浅野はどうした?」
「それが…伝令の内容を見て一人で行けるって言ったもので…」
梶浦が伝令を見せる。
「このタイミングでか…。罠の可能性もあるな…」
「え…本当ですか?」
布津はうなずく。
「こちらに情報をある程度流し、動いた所で戦力の分散を図る。常套手段だな」
「じゃあ二人共危ない…!」
「ああ…。梶浦。お前は如月を頼む。俺は浅野の方に行く」
「分かりました!」
梶浦が乱雑に置かれていたトンファーを拾い上げる。
「浅野を頼みます!では!」
爽やかな笑顔を残し、梶浦が飛び出していった。
「………」
出来過ぎているな…。死者が出なければ良いが…。
布津は刀とロングコートを素早く身に着けると、外へ続く扉を開けた。