エピソード22
・2022年6月27日付
調整版に変更
午後2時30分、谷塚駅近くのアンテナショップに辿り着いた人物――それがアルストロメリアである。スポーツブラに下も水着に近いというか――よく不審人物扱いされずにここまで来られたと言えるかもしれない。
「ご注文のガジェットは届いております。後は、こちらに――」
男性スタッフが小型アタッシュケースに収納された物を、カウンターに置く。そして、彼がケースのロックを解除すると、そこに姿を見せたのはタブレット端末とはほど遠いデザインのARガジェットだった。そのデザインは、まるで変身ヒーローのブレスレットに近いと言えるシロモノである。デザインが特注と言う訳ではないのだが――。
「これが、アーケードリバースの――」
「他にもガジェットはありますが、ご希望のモデルだと――こちらになりますね」
「一部モデルだけが品切れだと?」
「そうではありません。一部のプロゲーマー等が使うのは試作型と言うか初期ロットですね」
アルストロメリアはもっと別なデザインを想像していたのだが、さすがにデンドロビウム等が使用するようなモデルとは違うようだ。初期ロットと言うと、あまりいい話を聞くような物ではないと聞く。
ある意味でも運用試験をしているかのような感じを受ける。ロケテストでもデータが不十分な場合、ARガジェットやアプリソフトの段階でデータ収集を行うケースがあるらしい。それが、デンドロビウム等の使用しているガジェットタイプ――との事である。
アルストロメリアは、ふと活動報告書に書かれていたある項目を思い出した。アーケードリバースで運用するARガジェットは、他のARガジェットやARゲームでは味わえないようなリアルを求める――と。
【デスゲームでリアルを求める場合は、創作作品でもよくつかわれる手法だが――】
【ARゲームは軍事利用を禁止し、デスゲーム的要素も搭載禁止――それを踏まえれば、自然とこうなる】
【VRとは違った別次元体験――それを可能としたのがARゲームと言う事か】
【これをふるさと納税で実行した事こそが、ある意味で役所が病気かもしれない】
【ソーシャルゲームではないにしても、もう少し別の物には出来なかったのか?】
【家庭用ゲームにすれば、転売屋等の懸念もあるだろう】
【ARガジェット類の転売禁止は、そこから来ているのか】
【未だに、これをコンテンツの一つとかたくなに認めない人物がいるが――時代遅れと気付くべきだ】
つぶやきサイトのタイムライン上では、このようなやり取りも存在していた。ARゲームが求める物に対し、賛否両論があったのはこのためである。
『しかし、ARゲームはある時期に起こした失敗が原因で、致命的なダメージを受けた――』
『だからこそ、ARゲームはコンテンツとして終了させるのではなく――再生させる事を選んだ』
『この世界は未知の娯楽を求めており、その一つがライトノベルやアニメなどでしか存在しなかったようなARゲームと言えるだろう』
『――賽は投げられた。後は超有名アイドルの様な唯一神コンテンツ理論を掲げるような勢力を――対処するだけか』
『一般市民への認知は、一定以上のネット炎上要素などを排除してからでも遅くはない』
活動報告書には、こんな事が書かれていたのである。アーケードリバースのスタッフは、フィクションの世界でしか存在しないようなゲーム体験を現実化させる事に成功したのだ。太陽光システムや様々なコンテンツ流通のパイプライン、その他にも別のコンテンツで流用できるような技術もセットで開発する事で――。
そして、様々なシステムのデータを収集していく内にARゲームのデータが拡散していき、現在のARゲーム市場が生まれたのかもしれない。それでも――数年前には色々な事件が起きており、これが炎上の原因として未だに語られている。
アルストロメリアはブレスレットを試着し、感触を確かめていた。ガジェットの電源は入っていないので、何かが起動する訳ではない。
「カードに関しては確認済みですので――」
ARゲームでは複数アカウントの所持が禁止されているので、1人に付き1アカウントと決まっている。しかし、一度アカウントを取得すれば他のARゲームへ登録するのもスムーズになるので、別の簡単なARゲームで登録するユーザーも存在していた。
「あとは、アーマーカスタマイズ等の部分ね」
アーケードリバースをプレイする気でいるアルストロメリアだったが、男性スタッフの方は何か言いたそうな雰囲気である。
「実はですね――」
彼の口から出てきた言葉、それはアルストロメリアにとっては衝撃的な一言でもあった。
「アーケードリバースのエントリーですが、定員オーバーでエントリーを一時停止しているのです」
その言葉を聞き、彼女はショックを受けた。下手をすればスポーツブラの紐が切れそうな勢いで。しかし、定員オーバーが意味するのは、人気がいまいちなコンテンツと言う訳ではなく、それだけプレイヤーがいる事を意味していた。
「しかし、このカードは――」
彼女がスタッフに見せたカード、それは『ふるさと納税』の返礼品として同封されていたカードである。これが何のカードなのかは届いた段階では分からなかったのだが、ここで正体が判明するとは――。
「これは――失礼しました。少々、お待ちください」
カードを一時的にスタッフに預け、少し待つ事にした。あの慌て具合からすると、重要な書類を見落としていた可能性も否定できないが――。




