エピソード66-3
・2022年7月11日付
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午後1時、デンドロビウムは改めて考えていた。
『ARゲームを楽しむ事――それをもう一度思い出せ! ゲームを楽しめなくなったら、それは単純な作業ゲーだろう』
スレイプニルの言っていた事、それは正論だと言うのは間違いない。しかし、そんな事を言われなくても分かっているはずだ。ARゲームは――リアルウォーのような存在ではない。本来であれば誰でも楽しめるようなコンテンツであるはずだから。
それを楽しめないような物にして炎上を展開しようと言うのは、芸能事務所が行うネガティブキャンペーンや炎上マーケティングである。こうした宣伝行為を法律で禁止と明言するような事は――現状では難しいだろう。
将来的には炎上商法の定義を明確化して禁止にしようという意見もあるが、ネットを扱う人間のモラルに依存されて――。
【しかし、ネット炎上のノウハウをビジネスに利用するって、どう考えてもブラックだよな】
【それが横行すれば、芸能事務所AとJ以外のコンテンツが黒歴史化され、禁酒法のような世界が出来上がる】
【ディストピア化が――】
やはりというか、案の定というか――炎上を助長するような勢力が存在する限りは、一連の事件は終わっていないのだろう。有名な動画投稿者がステマを展開したという事で大炎上したのだが、単純に炎上しただけで終われば――と言う部分がある。さすがに、この件で芸能事務所AとJの陰謀論等が拡散――する訳はなかった。
そちらの話題は放置して、今はARゲームを集中的に炎上させるようにと言う運動があるのだろうか? その真相を知るのは――この段階では誰もいなかったと言う。
午後1時30分、谷塚駅近くのARゲームフィールドに姿を見せたのは――スレイプニルだった。
【あのプレイヤーは確か――】
【青騎士を名乗る小物ゲーマーか】
【青騎士? あの便乗商法を展開していた青騎士か?】
ネット上では、スレイプニルが姿を見せたと同時に――このような発言が目立つようになる。しかし、こうした書き込みは一切スルーしているような気配さえあるだろう。実際に彼女はARメットをしており、メット経由でSNSを見ることは可能なはずだから。それでも――彼女がスルーをしている理由は別にあるだろうか。
『今回の一連の事件の黒幕は、間違いなく芸能事務所だろう。AかJか――この際はどうでもいい』
まさかの爆弾発言から始まり――ネット上では同様の嵐である。コメントでも、それ以外の芸能事務所が炎上マーケティングを行うはずがない――と擁護する声さえある。つまり、元凶は芸能事務所AとJだけだと言うのだ。それを――スレイプニルは否定する。
『ネット炎上勢力は、芸能事務所AとJに飼いならされている――そう言う認識を広めようとしていた』
『炎上マーケティングが超有名アイドル商法と同義である――そうした認識をさせる事こそ、黒幕の目的だった』
『しかし、黒幕の目的はあくまでも炎上マーケティングと言う名の戦争を広め、それをスタンダード化させるつもりでいたのだ』
『それによって、大量破壊兵器が使われ、命が失われるような戦争と言う形を排除し、ネット炎上等でコンテンツを潰していくという形の戦争にしようとした』
『それが、一部勢力の言うリアルウォーと言えば、分かる人間には分かるだろう』
スレイプニルはボイスチェンジャーを使用していない。そのままの声を聞けば――正体が女性であるのは分かるだろう。しかし、そんな事は些細な事であり――今は重要レベルと言う訳ではないので、誰もつぶやこうとはしていない。
『ARゲームは現実の戦争とは違う。しかし、近年は疑似体験とはいえど――戦争を題材としたゲームも存在する』
『そうした傾向を否定するつもりはない。それはメーカー側が決めた事でもある――プレイヤーには選択肢も用意されているだろう』
『しかし、プレイしないという選択肢を悪用してエアプレイでネットを炎上させるような事や――アンチ行為を認める訳にはいない』
『プレイヤーはゲームをプレイするのがメインであるのと同時に、それに対して正確な感想を述べる事も必要とされる』
『その一方で、その立場を悪用してネット炎上やコンテンツ流通を妨害するのでは、それは行うべきではない――そう断言出来るだろう』
彼女の演説は続く。演説と言っていのかは分からないが――そこから判断できる事は多すぎて絞り切れないのが聞いているユーザーの感想だろう。しかし、彼女の発言には熱意がある。まるで、デンドロビウムやアルストロメリアと同じような――。
『真の敵――それは、アルストロメリアと誰もが思うように差し向けられていた。アカシックレコードの存在を含めて――』
『しかし、芸能事務所の謝罪や事務所側の活動縮小、それにARゲームへの撤退――。芸能事務所がネット炎上させている説も、証拠がつかめていない状況だ』
『この状況で芸能事務所が黒幕と考えるのも難しい。ガーディアン等の情報待ちと言えるかもしれない――』
『しかし、真の敵は気づかないような場所にいたのだ。原作者や原案者――そう言った意味ではなく、灯台もと暗し的な――』
その一言を聞き、スマートフォンの手が震える人物もいた。自分が犯人なのでは――と気づかれ、逃げる準備をするような人間もいれば、アカウントを消して逃亡を図ろうと言う人間もいる。そうした人間を逃がさないように、スレイプニルは断言――した。
『真の敵は――誰でもない、つぶやきサイトのユーザーだ。アカウントを持って、ネットを炎上させ、そこからお金に限らないような対価を得る――』
『その対価は、ストレス発散、他のつぶやきユーザーからのフォローが増える、テレビで名前が載る――現金を得なくても、そうした名声等が後に――』
そこから先を言おうとした矢先、別のプレイヤーがスレイプニルに襲いかかろうと背後から襲撃してきたのだ。しかし、スレイプニルは瞬時に姿を消した――ようにギャラリーは認識する。つまり――。
『こういう人間が生み出され、それをネットで晒し――炎上させる。こうした行為自体を行って世界を支配したかのように考えるのが――そもそもの間違いなのだ!』
スレイプニルは襲撃してきたプレイヤーを瞬時に無力化したのだが――その手際は誰かを連想させる。その人物とは――。
『こうした行為は、ARゲームではチートとして禁止されている。つまり、チートキラーと言うのは――貴様たちの様な存在を狩る為の存在だったのかもしれないな』
そして、スレイプニルはARメットのバイザー部分をオープンし、その素顔を晒すのだが――その顔はネット上でも既に一部で拡散していたので、あまり驚きはなかった。しかし、逆に驚いたのは彼女の体格にあったのだろう。体格は明らかにぽっちゃり――というか、それに類するような物である。それであの動きと言うのは、チートなのではないか――そんな意見も飛ぶし、つぶやきサイトでも早速拡散していた。
『デンドロビウムがチートと考えていたのは、不正ツールやガジェットを使ってのプレイだけでなく――不当評価でコンテンツの価値を低下させるような、お前達の事を言うのだ!』
スレイプニルは、ワンパンチで相手プレイヤーを吹き飛ばして無力化したのだが――その動作がデンドロビウムのソレだった。ネット上では早速だが――自分がネット炎上をしていたと否定するユーザーが続出、ほぼ想定通りの展開となったのである。これは、もしかするとアルストロメリアも――こうなると予測していたのかもしれない。
「後はお前達次第――。レイドバトルに水を差すようなことは、これで0とは言わないが大幅に減るだろう」
スレイプニルは、自分がこうした役を引き受けることで、デンドロビウムとアルストロメリアがレイドバトルに集中できる流れを作ろうとしていた。そして、一連の青騎士騒動にもピリオドを打とうと考えていたのである。




