エピソード66-2
>9月5日午前4時8分付
誤植修正:無効に関しては→向こうに関しては
・2022年7月11日付
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例の記事を書いたのがアルストロメリアである事――それがネット上で拡散する事はなかった。ただし、あのアルストロメリアを指す場合に限定される。つまり、あの記事を書いたのはアルストロメリアを名乗る別人と言う認識のようだ。
【あれはさすがに別人だ】
【ただし、ARゲームで一種の騙りとして使われるのを防ぐ狙いで使えない名前はあるようだな】
【それは、あくまでもビスマルクやガングートに限定されていて、アルストロメリアは該当しない――】
【果たして――本当にそうだろうか?】
【何を名乗ろうが、名乗ったもの勝ちではないだろう。それに――】
ネット上ではあの記事を書いたのは別人だとしても、仮にARゲーム上で名乗られでもしたら――という懸念を抱くユーザーが多かった。それに、インターネットが急速に発展し、更にはネット炎上が日常茶飯事な現在においては――たった一度の風評被害でも、信頼を取り戻すのに時間はかかる。
「わずかなネット炎上でも、それに対応する為に莫大な資金がかかる。そう言う時代になったのは、皮肉と言うべきか」
メットを外した状態でタブレット端末を手に一連のニュースを見ていたのは、鹿沼零である。偶には――と言う事でレモンティーを飲んでいるのだが、ホットではなくアイスティーの方だ。それに、彼は何を思っているのかは不明だが、その表情は気力を失ったような印象を周囲に抱かせる。
「芸能事務所によるマッチポンプ案件は警察にゆだねられたが、まだ全ては終わっていない――終わっていないはずだ」
全ての決着は、一連のニュース記事が出た段階で終わったとは――鹿沼は考えていない。それこそ、まだ何か忘れているような事があるのではないか? そう言った事を考えている。
「それに――この一連の事件は、これが終わりとは思えない。レイドバトル後に何か大きな動きも――」
その後、鹿沼の目に大きな事件を告げるような――まとめサイトの記事が視界に入った。しかし、この記事に書かれた事件はアーケードリバースに無縁の案件だった為、こちらで大きく言及される事はなかったと言う。
午前11時、デンドロビウムは何時ものアンテナショップに足を踏み入れる。ギャラリーの人数的には、混雑をしているような規模ではないので――待ち時間も少なめでプレイは可能だろう。
しかし、周囲のギャラリーの間には例のニュースを見た人物もいる。ネットの拡散速度を考えると、容易に想像出来る事態だが――。アルストロメリア関係の話をしているのは、そちら絡みである事も想像出来るだろう。
《待ち時間10分》
センターモニターを見たデンドロビウムは、ギャラリーの割に混雑が少ない事に違和感を持った。他のARゲームは1時間待ちもあるのだが、アーケードリバースに限っては10分程度で空席になる物なのか――と。
「こんな時間帯にプレイする方が珍しいのか――」
午後であればある程度の人数が並ぶので、午前中に来たのは運がよかったとも取れる。しかし、一か月で最終集計をするとすれば――あまり余裕がないと言える状況かもしれない。
【スコアはアルストロメリアが上――と思ったが、差が埋まっている?】
【ガングートが2位なのは変わっていないようだが】
【それよりも3位のデンドロビウムが――スコアの伸びが凄いぞ】
【チートプレイは禁止されている以上、この3人でトップ争いか?】
【まだ分からないぞ。RTA勢力は弾かれたが――別の勢力がバトルを妨害しないとは限らないだろう】
様々な意見がネット上に飛び交うが、首位争いはアルストロメリア、ガングート、デンドロビウムに絞られたと断言されている。しかし、ビスマルクや瀬川アスナ、アイオワ、ジャック・ザ・リッパーもベスト10には残っている以上、まだ断言はできない。誰が1位になってもおかしくはないという状況だが、レイドバトルに確実な攻略法が存在しないのである。そうした事情がある為か、一部のプレイヤーは別のARゲームに乗り換え、レイドバトルが終わるのを待っている状況でもあった。
「レイドバトルのプレイ人口が減っているのは、やはりRTA勢力が初日に無双したのが影響しているのか」
待機スペースに座り、ペットボトルの麦茶をデンドロビウムは口にしていた。待機スペースも数人が座っている程度であり、閑散としている。アーケードリバースでは、このレベルで落ち着いているのかもしれない。ひどい所では――午後になっても待機スペースに人がいない状況も数日続いていると言う話もあった。
ARゲームに対する風当たりが悪いのは今に始まった事ではないとはいえ、何と言う状況なのか――。
『RTA勢力だけが悪いとは限らない。別のARゲームがサービス開始したという話もあるから、そちらの様子を見ているのだろう?』
デンドロビウムの目の前に姿を見せたのは――スレイプニルだったのである。これに関してはデンドロビウムも驚いたが、さすがに麦茶を飲んでむせるような事はない。
「何しに来た? スレイプニル」
『レイドバトルの様子を見に来たのだ』
「様子を見たというのであれば、アルストロメリアの様子も見に行くべきでは? 片方に肩入れするのは――」
『ネット炎上を招くと言いたいのか? それに関しては心配いらない』
デンドロビウムはスレイプニルが来た事に対し、肩入れし過ぎでは――とも言及した。しかし、向こうに関しては心配無用とも取れる表情をしている。
『あの時に言ったはずだ。どっちが勝ったとしても、アーケードリバースとしては大いに盛り上がる――と』
スレイプニルは、あの時に言った事を改めて繰り返す。デンドロビウムを指定した時の――あの発言だ。
「フェアなバトルは実現できるのか? それこそ、アニメやゲームの世界だけだろう?」
デンドロビウムは冗談半分に疑問をぶつけるが、その疑問に対しても余裕の表情だ。スレイプニルはARメットを被っている関係で――表情が分からないと言うのに。
『自分が望んだ物は――チートプレイや不正、ネット炎上等のネガティブ要素を完全排除した上での――バトルと言うのも言及したはず』
結局、彼女が真相を言うはずもなかった。
『それと――例のニュース記事は、一種のフェイクニュースでも芸能事務所によるネガティブキャンペーン、アンチ勢力の炎上行為ではない』
スレイプニルは次にデンドロビウムが言うであろう話に関して、先に切り出した。これにはデンドロビウムも言葉が出ない状態である。
『ARゲーム課や一部のアーケードリバースプレイヤーは今までの事件を黒歴史にしようとは考えていない。それと過去の事例をかぶせるのは――』
「お前に――何が分かる!」
スレイプニルが何かに言及しようとした矢先、デンドロビウムはARガジェットではなく――空になった麦茶のペットボトルをスレイプニルのバイザーに突きつける。しかし、それに動じるような彼女ではない。既に――覚悟は決まっているという事か。
『悲劇のヒロインやメアリー・スーを気取るようなプレイヤーは、ネット上で芸能事務所Jの差し金と言われるような時代だ』
「だから、復讐でARゲームをプレイするな、と言いたいのか」
『無心でゲームをプレイ出来るような人間は――そういないだろう。感情むき出しでプレイするのも自由だが――これだけは忘れるな』
麦茶のペットボトルをはねのけるような事でもすると思ったが、そうした行動は全く取る気配がない。そうした行動がネット上で切り取られ、再び炎上事件を起こすきっかけになると彼女は自覚しているのだ。
『ARゲームを楽しむ事――それをもう一度思い出せ! ゲームを楽しめなくなったら、それは単純な作業ゲーだろう』
その言葉を残し、スレイプニルはデンドロビウムの目の前から姿を消す。まさか――その言葉を聞く事になるとは、予想だにしていなかった。ブーメラン発言――とも言えるだろうか?
「分かって――いるんだ。作業ゲーと感じたら、それはゲームを楽しんでいると言えない位は」
デンドロビウムの手は震えている。何故、このタイミングで震えていたのかは――自分にも分らなかった。
 




