エピソード64-5
・2022年7月10日付
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午後1時10分、遂に――その時は来た。
「私は――ネット上で何を言われようとも、芸能事務所の圧力で歪められたコンテンツ市場になる位なら――」
アルストロメリアは、デンドロビウムに向けて――今度はビームガンが仕込まれているスカウトナイフを突きつけた。それでも、眉ひとつすら動かさないのは――デンドロビウムも覚悟をしている証拠なのか?
「ARゲームの正常な市場流通を守る為に、障害となる存在は排除する!」
それが、アルストロメリアが一連の事件を起こした本位でもある。ネット上では憶測で、そこまで到達した人物もいたのだが――あくまで本人の発言ではない為、事実とは言えなかった。ARゲームの場合、つぶやきサイトの発言でさえも公式アカウントでなければ『なりきりチャット』や『なりすましBot』と言われる始末。しかし、ARゲームの場合はつぶやきサイトを使わなくてもARガジェットでコミュニティツールは足りる。だからこそ――今まで、ネット炎上とは無縁に近い位置にいたのだろう。
しかし、ガイドライン変更で状況は一変した。ある意味でも市場開放に近いようなガイドラインは、今までなかったようなネット炎上を引き起こし、新たな火種を生み出したのである。
「しかし、保護主義の様な自由が存在しないようなフィールドで、攻略本に従ったプレイでもするのか? そうではないだろう――」
ARゲームは自由度の高いゲームだ。身体を動かすという部分を踏まえれば――同じような攻略法が誰にでも可能かと言うと、そうではない。人間の体格は、それこそ十人十色であり――背を伸ばし過ぎたようなプレイは、自分の身体を壊しかねない。体感ゲームでも身体にあったプレイスタイルを理想とする事があり、それはARゲームも例外ではないのだ。
デンドロビウムは、過去にリズムゲームのフィールドにいた事がある。そこでのトラブルが――後にサービス終了までには至らないものの、大きな亀裂を残す結果となった。だからこそ――それをARゲームで起こすべきではない、そう彼女は考えている。
しかし、ARゲームのガイドラインを見て保護主義的な文面やルールには閉口するしかなかった。これでは――攻略本を片手にクリアするようなADVやRPGと同じではないのか、と。
「ネット炎上は悪の文化だ。それこそ――リアルウォーに他ならない」
アルストロメリアは少し距離を取って、手持ちのスカウトナイフを投げつける。しかし、デンドロビウムには命中せず――逆に別のギャラリーが持っていたスマートフォンに直撃した。
「しかし、コンテンツが炎上する事は――回避する手段がないだろう」
対するデンドロビウムも、蛇腹剣を振り回し――鞭の様な動きをする剣は、周囲のギャラリーが持つスマートフォンに次々と命中していく。
「ネット炎上は、リアルウォーでいう所のロストテクノロジーに該当する。それこそ、アフィリエイト系まとめサイトは核兵器に匹敵する!」
アルストロメリアの発言を聞き、デンドロビウムは耳を疑う。核兵器は学校の歴史で学ぶ物だが、それは既に100年以上前に失われた技術であり――再現不可能となっているのはマスコミも報道している。
「それは明らかにレッテル貼りだろう。芸能事務所AとJが行おうとした、神コンテンツ化計画の――」
デンドロビウムも自分の言葉で反撃するのだが、それがアルストロメリアに届かない。それに加え、デンドロビウムは本当に伝えるべき事があるのだが――それを言ったとしても、今の彼女には無駄だろう。
「そんな事は――既に分かっている! だからこそ――日本は芸能事務所AとJを――」
アルストロメリアは何かを叫ぼうとしたのだが、それを止めたのは――予想外の人物だった。その姿を見て驚いたのは、どちらかと言うとデンドロビウムである。
2人の振り向いた先の入り口付近にいたのは、北欧神話系のアーマーにデュアルアイのARバイザー、アーマーのカラーはブルーと言う人物である。それが青騎士だというのは、ギャラリーにも即答だった。それに加えて、デンドロビウムも気づいた程である。しかし、どう考えても便乗勢力やネット上で写真の出ている人物とは比べ物にならないほどのデザインには周囲も困惑していた。実際にアルストロメリアが何者なのか――問い詰めようとしたほどだから。
『アルストロメリア――お前は、今まで何をしていたのか自覚しているのか?』
まさか、ガングートと似たような事を再び言われる羽目になるとは――。彼女は、ARガジェットで別の武器を呼び出そうともしたのだが――それを止めたのは、何とデンドロビウムだった。
「スレイプニル――ここに来たのは、単純に冷やかしではないのだろう?」
デンドロビウムのに反応、ARメットのボタンを操作し――彼女は素顔を見せる事になった。ARメットがオープンし、そこから見せた素顔は黒髪に黒い瞳――普通の女性だろうか。体格に関しては――誰もがツッコミを入れるだろうが、そのツッコミに彼女は耳を貸さない。
「青騎士の偽者、それはあなたの差し金なの?」
アルストロメリアから直球の疑問が飛ぶ。その疑問が出るは当然の流れと言えば当然だが、彼女は首を横に振って否定する。
「じゃあ、あれは全てネット上の悪目立ち等の理由や金の為に動いていたバイト感覚の――とでもいうの?」
「その通りよ。都市伝説を利用し、芸能事務所が自分達のアイドルを宣伝する為に仕掛けた、ハニートラップとも言うべきもの」
「それにARゲームは今まで振り回され、ネット炎上対策を万全にしたと言うのに――その壁さえも崩された。それも、あなたの仕業なの?」
「それは違う。ネット炎上対策は無敵という訳ではない――それは、君も自覚していたのではないのか? アルストロメリア」
彼女の方は淡々とアルストロメリアの疑問に答える一方で、アルストロメリアの方は若干の納得がいかない様子。ネット炎上対策は万全のはずであり、それを保護主義等と批判されるのは別問題だ、とも反論するが、彼女の方は聞く耳を持っていない。
「私は瀬川アスナやアキバガーディアンの橿原みたいに、ものわかりは良くない方よ――。保護主義なんて、私にとっては一銭の得にならない」
彼女は、保護主義に関しては無価値とまで切り捨てる。今は歴史の授業をしている訳でも、学校で学ぶ歴史を語りあう場所でもない。
「スレイプニル、ここに来た理由は何だ?」
デンドロビウムの一言を聞き、ある事をスレイプニルは思い出す。そして、それを語る為にも彼女はセンターモニターを指差した。
「一連の事件は、既に解決してるし――ここで話しても、メインステージを楽しみにしているギャラリーには――関係ないでしょう」
スレイプニルのノリに若干頭を痛めるデンドロビウムだが、彼女の言う事も一理ある。芸能事務所の一件や超有名アイドル商法、青騎士騒動を今から総括するのも――ここでは場違いと言われるかもしれない。
「レイドバトル――そこで決着をつけましょう?」
スレイプニルの発言には、アルストロメリアも耳を疑う。まさか――彼女も参戦するのか、と。
「スレイプニル、あなたはアーケードリバースのアカウントを持っていないはずでは? 今から新規登録しても――」
「そうじゃないわ。アルストロメリア――あなたが戦うのは、彼女よ」
アルストロメリアに対し、スレイプニル自身が参加するのではなく――彼女は別の人物を指差したのである。その人物とは――デンドロビウムだった。これには、指名された本人も困惑をしているが、やる気ではあるようだ。
「全ての決着はレイドバトルで――と言う事ね。分かったわ、その勝負――乗ってあげる!」
アルストロメリアの方はやる気になったようである。仮にデンドロビウムに勝利しても、スレイプニルは何も提示しておらず――。
「どっちが勝ったとしても、アーケードリバースとしては大いに盛り上がる。私は、そうしたバトルを見たかった――邪魔者がいない状態で」
スレイプニルが望んだ物、それはチートプレイや不正、ネット炎上等のネガティブ要素を完全排除した上での――フェアなバトルだった。果たして、それが本当に実現するのかも――周囲のギャラリーを含めて予測はできない。




