エピソード58-3
・2022年7月7日付
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バトルの詳細はプライベート回線で行われたので、周囲に聞こえている事はない。その一方で、他のプレイヤーは2人がある程度削った所から、攻撃を仕掛けて止めを刺そうと考えていた。あの重戦車が遠距離攻撃に隙がないので、接近して近づくプレイヤーが多い。
しかし、返り討ちになっている。レイドバトルでは1回撃破されると終了と言う訳でも、アーケードリバースと同じように戦力ゲージが減る仕様でもない。撃破されても一定時間後には復活可能なのだ。ただし、レイドバトルの制限時間は限られているので――何度も倒されているとスコアが上がらないのも欠点と言えるだろう。
【バトルに全員参加しているのは悪くないが――】
【一部プレイヤーが潰し合いをする展開とか、八百長気味な試合を展開する事も――】
【しかし、今回は何かがおかしい】
【2名だけが削っている訳ではないが、消極的なメンバーが多い】
【重戦車が相手である以上、消極的なプレイはスコア的にも影響が出るぞ】
【機動力が遅いレイドユニットであれば、速攻を決めるのが普通じゃないのか?】
【レイドバトルのプレイスタイルは、人それぞれ――】
【しかし、攻略ウィキ等のプレイばかりを試すプレイヤーは歓迎されないな】
【ARゲームは自由度が売りのはず。だからと言って、ガチャプレイの類が推奨される訳ではないが――】
【しかし、ここ最近のARゲームにおける実況者の人気は――超有名アイドル商法にも似ているというか、何か違和感を――】
バトルの様子を実況するつぶやきサイトのタイムラインでも、様々な意見が飛び交う。その中には、ARゲームにおける実況者の立ち位置が芸能事務所A及びJとやっている事が――という意見だ。何故、このような意見が飛び交うのか? ネット炎上を狙うのであれば、もっと言い方が異なるだろう。つまり、彼らは本気でARゲームの今後を思っているのだ。
レイドユニットのHPが半分になった位には、既に2分が経過している。スコアはジャック・ザ・リッパーがリードし、その後にアルストロメリアが続く展開だ。他のプレイヤーは、同じスコアが続いており――下手をすれば無気力試合と言われかねない。無気力試合のようなケースは何度が報告されており、RTA勢力と共にブラックリスト入りしているプレイヤーもいるほどだ。しかし、それが原因でレイドバトルが炎上したという報告はない。
【何故、レイドバトルは炎上しない】
【初日はRTA勢力が大炎上させたが、それ以降はさっぱりだ】
【一体、どのような細工をしたのか?】
【おそらく、細工であれば周囲が気づく。それに、工作行為は禁止と明言されているのは知っているだろう?】
【つまり、情報戦も工作行為と?】
【普通にレポートを書く程度であれば規制はしない。単純にレビューと受け取られるような物は問題と言う判断をしている】
【問題があるとすれば――ネット炎上行為、超有名アイドルの宣伝を狙った悪質な情報拡散、つぶやきサイトの悪目立ちだろうな】
実況専用のタイムラインのはずなのに、このような無関係とも言える話題が入るのはどうしてか? 考えられるのは、ARゲームのつぶやきを監視しているAIのバグと言う可能性が高い。実際、ネット上でも監視AIがザル警備になっているという情報が拡散しているほどだ。
「どちらにしても、消極的と判定されるプレイヤーは――あのメンバーを相手にしたくないと言うプレイヤーか?」
今回の動画をコンビニでチェックしていたのは、ジークフリートである。既にダミーの人物や便乗はいなくなったので、別のゲームでジークフリートを名乗っている人物と情報屋の彼のみだろう。ARメットを装着している関係上、彼の素顔を目撃している人物は皆無に等しいが。さすがに近寄りがたいオーラを出しているのでは、仕方ないのかもしれない。
『情報屋のジークフリート、撤退したとネットで聞いたが――』
彼に接近した人物、ARメットからわずかな後ろ髪が見える位で正体が分からない――と思われたが、その口調からジークフリートは何かに気付く。ジークフリートは、彼から逃げようとも考えたのだが――下手に逃げれば怪しまれる。
「誰かと思えば、噂の草加市議会議員――鹿沼零か」
ジークフリートは、彼の外見からして鹿沼零と判断した。しかし、その言葉に目の前の人物は回答をしない。発言すれば正体がばれる――ここで騒ぎは起こしたくない部類の可能性も否定できないが。
「まぁいいだろう。こちらも、コンビニで騒ぎを起こして通報はされたくない。聞きたい事があれば――」
『では、質問をしよう――』
ジークフリートの発言を聞いた瞬間、鹿沼と思われた人物はARバイザーをオープンにする。そこから見せた素顔は、黒髪の男性なのだが――明らかに鹿沼とは違う人物だったのは間違いない。
「山口飛龍――どういう事だ?」
目の前にいた鹿沼と思われた人物の正体、それは山口飛龍だったのだ。何故、彼が鹿沼を名乗って接近したのかは不明だが――ジークフリートにとっては、何かの危機を感じていたのだろう。
「ジークフリート、君があるまとめサイトを利用し、様々なARゲームに対して闇情報を手に入れていた事は知っている」
山口の手にはARガジェットではなく、日本刀にも似たようなARウェポンが握られている。ARウェポンでもARゲームのフィールド外で振り回せば、銃刀法違反で通報されるのは明らかだ。
「闇情報? まとめサイト? 情報発信源に、そんな物を使えばネットが炎上する――それは、お前が一番知っている事だろう?」
ジークフリートの口調に若干だが、口調の揺らぎ等を感じる。おそらく、図星だろう。しかし、このトリックがプロゲーマー等にも拡散されれば――それこそゲーム環境は悪化するのは目に見えている。容易にネットを炎上させる事が出来るノウハウ、それがあれば名声を得る為に乱発されるのは確定事項だ。それだけは――阻止しなくてはいけない。ジークフリートが選択するのは、山口飛龍と戦う事――それしかないだろう。
「そうか。必要悪としてネット炎上が必要だと言うアイドル投資家もいるが――そちらと同じ事を言うのか?」
山口は刀を抜き――鞘は空中に放り投げた。それと同時に鞘は消滅するが――これはARウェポンの仕様と言える。
「アイドル投資家だと? それをお前が言うのか? 元架空アイドルの――」
何かを言おうとしたジークフリートに対し、目にも見えないような斬撃を振りおろす。最終的にジークフリートは気絶したが、それはAR対戦格闘としての結果に過ぎない。つまり、ARウェポンを山口が展開した段階で彼は気づくべきだったのだ。既にゲームが始まっていた、と。
「ARゲームを純粋に楽しめなくなれば――こうしたストレス発散法も思い浮かぶ。そうだろう? アルストロメリア――」
山口はアルストロメリアの今回の行動に対し、何かのストレスを感じていたのではないか、そう思っていた。だからこそ――彼女は行動を開始した。誰かが正さなければ――ARゲームは資本主義者の手に落ちる、と。




