エピソード57-4
・2022年7月7日付
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ヴィスマルクにとって、その出会いは別の意味でも唐突だったと言えるかもしれない。目の前に現れたのは――あのハンゾウだったからだ。
「そう言えば、あなたはヴィスマルク――だったわね」
ハンゾウの方もヴィスマルクに何か聞きたそうな表情が――はっきり分かった。彼女の方は何を聞きだそうとしているのか? ヴィスマルクも身構えようとしている。
「ハンゾウ本人――なの?」
まさか、本当にハンゾウが姿を見せるとは思いもしなかったので声が若干震えていた。だからと言って頭の中が真っ白で聞きたい事を忘れるような事は――。
「こっちも探している人物は何人かいたけど――」
さすがに誰を探していたのかは話さなかったが、彼女の反応を見る限りは想像が出来る。
「何を聞きだそうとしているの? 残念だけど、アカシックレコードやアルストロメリアに関しては分からないわよ」
自分でもこの辺りの情報は聞きだしたいので――前振りはする。しかし、ハンゾウの方はブラフだとあっさり気付いた。どうやら、向こうもアカシックレコードの事を聞きたい訳ではないようである。
「彼の事を知っていたら、聞きたいのだけど――」
ハンゾウは自分のスマホで何かを操作し、ブックマークしたニュースサイトの記事をヴィスマルクに見せた。
「橿原――隼鷹? 確かアキバガーディアンの創設者ともネット上で言われている――」
「橿原でもあっているけど、この場合は――苗字が違うわ」
ハンゾウが見せたのは、橿原隼鷹の映っているニュース記事なのだが――。しかし、その姿はアキバガーディアンの制服やワンオフのスーツとは大きく異なる。
「柏原――? それって、どういう事?」
ヴィスマルクは驚くしかない。彼女が見せたのは、箱根で行われている駅伝で山の神として知られていた頃の橿原だった。これには驚きの声――と言うよりも、初耳である。一体、彼女は何を聞きたいと言うのか?
「橿原隼鷹、彼の本当の名字は柏原。元々は駅伝の選手だった。それが、どうしてアキバガーディアンを立ち上げたのか?」
「何となく分かったけど――それを聞いてどうするの?」
「改めて確認しようと思っただけ。橿原がアキバガーディアンを立ち上げた理由よりも、彼があの組織にいる理由を聞きたかった」
「ソレは本人に聞いた方が早くない?」
ヴィスマルクの一言も正論である。確かに、橿原に会って聞けば済む話なのは間違いない。しかし、それをハンゾウが出来ない事情と言うのがあった。それが――。
「本人に聞けない理由――それはレイドバトルにある」
「レイドバトル!?」
ヴィスマルクの声が若干裏返るのだが、その理由は衝撃的過ぎる物だった。レイドバトルに理由があると言われても――ヴィスマルクには思い当たるようなルールが分からない。
「このルール。ピンポイントで何かを狙っているようなルールよ」
レイドバトルのページを開き、そのページをハンゾウがヴィスマルクに見せる。
《裏工作、自作自演等に該当するような行為はアカウント凍結の可能性があります》
《アキバガーディアンへの情報提供は禁止とします》
この項目にはヴィスマルクも驚くしかなかった。それに加え、この項目が第3者によって付け加えられたものではない事も――見せたページが公式ホームページある事が物語る。
2人が話をしてから数分後、ARゲームのセンターモニターで有名プレイヤーの動画がアップされた事を知らせるメッセージが流れた。
《アルストロメリアのプレイ動画がアップされました》
まさかの人物名を見て、周囲もざわつき始めた。2日目にして――大物出現である。アルストロメリア――ここ最近では有名プレイヤーになりつつある筆頭とも言える人物だ。
【まさか、アルストロメリアが先とは】
【タッチの差でビスマルクの動画もアップされたようだ】
【初日にアップされたのが――RTA勢力の動画ばかりだったのが、嘘みたいな状況だ】
【それもそうだな。ARゲームのプレイ動画は宣伝する事で動画が注目されやすいというシステムがないはずなのに】
【確かに、それもそうだ。では、RTA勢の動画ばかりだった初日はどのようになっていたのか?】
つぶやきサイト上では、初日のRTA勢の動画しかアップされていなかった状況――それを疑う声が多かった。色々と憶測は出るのだが――逆にネット炎上のネタになると言及しない傾向が強く、あまり有力な情報がつぶやきサイト上にある訳ではない。こういう事もあるだろう、と考える人間もいる。しかし、まとめサイトやつぶやきサイトからの脱却を訴える声はゼロではなく、規制法案が出るほどの過激発言さえあるほどだ。
『動画のアップが規制されていた訳ではなく、様子見と言うオチだったとは――』
草加市役所のARゲーム課に姿を見せた鹿沼零も、動画がアップされていない状況を疑問に思った。RTA勢力の動画しかアップされていなかったのは、そうした勢力の動画しかアップしないようにと圧力をかけていたとも考えていたからである。
『しかし、これは逆に都合がいいかもしれない。次のプランへと進めよう』
彼は不敵な笑みを浮かべながら、ARゲーム課に届いたメールをいくつかコピーして、市役所を後にした。向かった場所は谷塚駅近くのアンテナショップと市役所には報告済みで、この辺りに何か含みがある可能性も高い。




