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其の三

巨大な魔法陣の描かれた広間に出た。

見上げると吹き抜けの天井からは塔の頂上に輝く極大の水晶が、

雪片まみれになりながらも青い光を胎動させているのがわかる。


魔術にとって最良の触媒といわれる水晶。希少性と圧倒的な伝導度のため採取と販売には国の許可が必要で、主に社会基盤の構築に使用されてきた。とりわけ天候を操る『季節の塔』には、水晶の中でも恐らくこれ以上巨大なものは存在しないと断言できるほど立派な水晶が備えられている。


真下には玉座の名に相応しい荘厳な腰掛けが置かれ、女王はまさにその玉座に腰掛けていた。鋭い眼光を侵入者へ向け、声が広間に反響した。


「直ちに引き返しなさい。ここは季節の神に祝福されし女王の神聖な間。貴方たちが気軽に立ち入ることのできない場所です」


「私たちは国からの命を受けて救出に来た者です。女王陛下、ご無事ですか?お怪我は?」


ケイスの投げ掛けにも応じず、女王の髪が逆立ち始めた。

人並み外れた魔力を蓄え始めた証拠である。

足下の魔法陣と真上の水晶も、呼応するかのように輝きを放った。


「……女王陛下?」

「もうこれ以上、貴方達の思い通りにはならないわ」

「いったい何のことです?」

「私の故郷にした仕打ちを、忘れたとは言わせません……!」


ケイスの横を凍った風が通り抜けた。

頬が裂け、飛び出した血も直ぐさま凍りついた。


「マズイな」

「最後にもう一度尋ねます。直ちに、引き返し、なさ、ぁ……」


女王はガクンと項垂れた。玉座から落ちそうになるのを色を取り戻したビエントが慌てて支えた。彼は『霧のベール』で至近距離まで女王に接近し、こっそりと『睡魔』を放ったのだ。


「ふぅ。危ない危ない。もう少しで氷の彫刻ができとったな」

「もちっと早くヤッてくれよな。こちとら冷や汗も凍ってんだ」

ホセが身体を伸ばすと、背中からピキパシと音がした。

「そりゃ儂も同じじゃて。いつバレるかと思うて寿命が半年分縮んだわ」

ビエントも顎からのびる髭は奇妙な形のまま固まっていた。


ケイスはフクロウのバッジを指先で叩いた。

《……私よ》

《女王陛下を無事保護。これより帰還する》

《お疲れ様。本当によくやってくれたわ。ありがとう》

《犯人探しは、やらないでいいのか?》

《私たちの仕事は女王陛下の救出。後は憲兵に任せるわ》

《なるほど。交信終わり》

雪男と対峙したフロアの、ホセの開けた穴をさらに拡張し、

アルディラの呼んだ不死鳥に乗って四人と女王は塔を後にした。

吹雪は完全に止んでいた。


その後、冬の女王が救出されたという吉報はまたたく間に知れ渡り、人々の不安は拭われ、事件は幕を下ろした。数人の大臣が行方不明となった真相を闇に残して。


「女王は?」

「先ほど、救出に成功したと部下から連絡がありました。催眠状態にされ、魔力の解放を強制されていた為に衰弱している様子ではあったようですが、順調に快復へ向かっているとのことです」

国王は安堵の表情を浮かべた。

「これで冬も終わるというわけか」

「加えて陛下、残念な知らせが一つありまして」

「なんだ?」

「予想外に手こずったようで、塔を改修する時間が必要とのことです」

「ああ、そうか。そんなことか」

国王は両手を後ろ手に組み、窓の外に広がる風景へ目を向けた。

しかしその表情は明るかった。

「春が来るのはまだ先になりそうだな」

雲の切れ間から陽光が射し込み、城下町を照らした。



「犯人は女王と近衛兵を操り塔を占拠。サスカッチは女王の使い魔か、はたまた何者かの差し金か……。いずれにせよ魔法を唱えられるほど賢くない雪男に『霧のベール』を施した奴がいるってことは確かね」


「結局、犯人は?」

ケイスの問いに、女は肩を竦めて小さく笑った。

「一応、コサン大臣ということになったわ」


「王と女王が混在するこの国で、権威を一手に担おうと女王の排斥を掲げた先代国王が二年前にいたわけだけど……」

「ケイスが消した」

「魔女狩りに仕立て上げるのには無理があったね。そんな茶番に釣られるほど皆もバカじゃない」


「その話はいいわ……彼と親交の深く、お互いの理念も享受し合っていたコサンは、先代亡き後も何人かの大臣も引き込んで女王の失墜を企んでいたみたい。新聞を差し置いて今回の事件が急速に民衆に広まったのも、彼の部下が盗賊ギルドを介して流したからのようだし、最終的には冬の女王を首謀者に見立てた大規模なテロを演出しようとしたってことね」


「どうして冬に?」

「簡単に国の機能を麻痺させられるからじゃないかな。みんな家の中に引き篭もってたし。雪掻きキツいし」

「冬の女王陛下も、若干天然入ってるからの」


「女王が言っていた『仕打ち』というのは?」

「彼女の故郷も両親も健在だし、過去に大きな事件があったという記録も無いわね。でも女王の幼い頃、村が数人の山賊の襲撃に遭うという、彼女自身も思い出話として話す程度に軽いイザコザはあったようだけど」

「記憶の改ざんか。下手すりゃ死罪だ」


「だが四季の神と接せられる人間を消してしまったら、国の存続も危うくなるだろうに。先代も女王を消そうとしていたが、地位としての女王だけで、彼女たち自身じゃない」

「でもケイスが消した」

「まぁ消えて当然の男ではあったがの」


「コサンだって腐っても大臣だ。それもベテランの。怨恨で動くほど馬鹿でも短気でもないだろ?」

「ひょっとしてコサンも操られていた、とか?」


ひと通りの議論のあと、女は思わずため息を吐いた。

「さぁね……。この世の中、白と黒で区別できるほど単純じゃないってことよ。敵はこの国の中と外、あらゆる所にひしめいてるわ。それに人間とも限らないし」


「私たち、これから忙しくなりそうね?」

「国を守るのが季節風(モンスーン)の仕事。分かり易くてイイじゃない」

「ツラい職場だ」

「転職するかい、爺さん?」


「まさか。こんなやり甲斐(スリル)ある仕事、他にあるまいて」

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